「夏の果実〜渚の誘惑〜」 


「なっつん、泳ごう!」
いつもの笑顔で誘うほのかに僅かに目を細める。
結構泳ぎは得意らしくなかなかの泳ぎっぷり。
「ぷはぁっ、イー気持〜!」
「そっちは潮の流れが速いから戻って来い。」
「そうなの?じゃあなっつん、待っててね?」
言った途端に小さな頭が波間に沈み、浮かび上がって来ない。
まさかと思うが気になって夏はほのかの居た方向へと脚を動かした。
だが潜ったまま近くまで来ている影を見てほっとして立ち止まる。
「つっかまえたー!ってあり?」
あわよくばひっくり返してやろうと意気込んでいたほのかは拍子抜けした。
「おまえごときにひっくり返せると思うか?」
見上げると腕を組んで不遜と言える顔で夏が見下ろしていた。
「ちぇーっ!つまんないの。お兄ちゃんだったら引っかかるのになぁ。」
「あいつそんなにどんくさいのか?」
「なっつん、競争しよ。」
「どこまで。」
「うーんと・・あ、あのちっちゃい島まで行って帰ってくるの。」
「ふーん、まぁいいか。」
「よっし、負けないじょ!」
夏は本気を出したわけでもないが、好い勝負だったようだ。
僅かに負けて悔しかったほのかは浅瀬で夏にタックルして来た。
自分ではなくほのかを庇おうとして二人して浅瀬に転がった。
「やった、捕まえたじょ!なっつんの負けー!」
「なんでそうなる!?オレのが早かっただろ?!」
「まだここは海だもん。海から上がる前に捕まえたから同時だよ。」
「なんだと〜?聞いてないぞ・・」
目の前にあった黒い瞳とつい目を合わせてしまい、夏は思わず伏せてしまった。
「なっつん?」
ほのかの両腕が彼の首に巻きついていて彼には逃げ場がない。とうとうばれてしまった。
この海へ着いてからずっとほのかの水着姿を直視できずにいたことが。
「おい、離せよ・・」
「やだ。なっつんてば、何で!?」
「いいから離せよ。」
気まずさと気恥ずかしさもあって夏は少し乱暴にほのかの腕を振り解いた。
「!・・どして・・?なっつんほのかのこと嫌いになっちゃったの・・?」
「じゃねーって。・・・すまん。」
「ほのかの気のせいじゃなかったんだ。なっつんの嘘吐き。」
「・・・ちょっと休憩するぞ。ホラ、手。」
夏はさすがに悪いと思って手を差し出した。まだ浅瀬に浸かったままだったからだ。
しかし、いつもなら喜んで掴んでくる小さな手は海に浸ったままで、ほのかは俯いていた。
「悪かった・・ほのか?・・泣いてんのか?!」
ゆっくりと上げられた顔には案の定涙が浮かんでいたが、瞳は真直ぐに彼に突き刺さった。
「泣いてなんかないもん。なっつんの馬鹿。」
拗ねた言い方と表情が可愛くて夏はつい苦笑を漏らしてしまう。
「何笑ってんの!?」
「あ、いや、その・・」
「もう怒ったぞ〜!」
口元を押さえて笑いを堪えていた夏に不穏なほのかの声が降ってきたかと思うと
勢いよくほのかは再び彼を抱き寄せるようにしがみついてきた。
「許さないんだから!もう〜!!」
ぎゅうと力を込めてほのかは夏を抱きしめた。
勢いと状況に負けて不覚にも波打ち際に夏は尻餅をついた格好だ。
濡れた髪から零れる雫が顔にかかり、柔らかい身体が夏を包む。
所在に困った自分の両腕が宙を彷徨っていることにも気付かず。
「馬鹿馬鹿、意地悪。大嫌いだ、なっつんなんてーっ!」
言っていることと行動は真逆でほのかは全身を夏に預けて叫んでいる。
頭が妙に冴えたようなのに身体は現実味のない感覚に囚われ、夏は呆然としていた。
ほのかが泣いてる・・オレが傷つけた・とぼんやり感じながら少しずつ感覚は戻って来た。
おそるおそる手を湿った髪に添えると片方の腕で少女の細い背中をそっと抱いた。
「そんな泣くなよ、おまえ・・子供みたいだぞ?」
「ふぇ・どうせほのかは・・おこさまだよ・なっつんなんて・・きらいだぁ・・」
「もうお子様でもないから困ってんだろうが・・」
「・・?」
やっと落ち着いたのか顔を上げたほのかはよくわからないとあどけなく首を傾げた。
苦笑を浮かべた夏が涙で濡れた頬をぺろりと舐めてやると驚いて眼を丸くした。
「しょっぱいな。」
「あは、当たり前じゃん・・」
「別に見てないわけじゃなくてだな・・見れなかったんだよ、まともに。」
「・・何で?」」
「う・言えるか、そんなこと・・」
「言わないとダメ。許してあげないよ!」
「許してもらわなくていい。」
「ええっ!?どうして?!」
「オレも許してやらん。ったく・・おまえは。」
「ほぇ??なんでさ、教えてよなっつん。降参するからさ!」
「うるせー!」
開き直って夏はほのかを少し力を込めて抱きしめ返した。
身体を包む甘い感覚は頭の先までじんじんと情報過多なほど感じられる。
濡れているせいで余計に密着してしまう身体がいつもより刺激を深めていた。
「ふわ、なっつん・・くるし・・ねぇ、なんで・?」
「言わねーっつったろ。」
「そんな意地悪しないでさぁ、ね?」
腕の隙間から可愛い顔を覗かせてほのかがおねだりする。
ちっともわかってないその無邪気な顔にほんとうに意地悪の一つもしたくなる。
「おまえな、ちょっとは兄キの言うことも聞いておけよ?」
「へ?」
「あんまり引っ付くなって言ってただろ?!」
「あぁ・・そういえば・・」
「男を信用しすぎるなとかってのもな。」
「えっと、そんなの言ってたっけ・・?」
「でないと・・」
「ふ!?」

理性をかき集めて必死で抑えて、それでも。
触れ合った場所が疼いて堪えきれなくなる。
だからあまり触れるなってんだよ。
わかんないんだろうな、それも仕方ないか。
こんなに無意識だから始末に終えないよな。
誘惑に耐えるのは骨が折れる。
このままどこまでも流されていいのなら・・
そう思えるほどおまえは全部がオレを誘ってんだよ。



「けほっ・・・しょっぱい・・」
「・・お互いさまだ。足らないのか?」
「ううん、う・う・・・んと・・」
「どっちだよ、それは?」
「今はいい・・心臓壊れそう・・」
「今って、次はいつだ?」
「えっ、えっと・・!ううぅ・えっと〜;」
「言わないともう一回・・」
「ふひっ!ああ・あのその・・じゃあ・・もう一回・・だけ/////」
「!?・・・知らんぞ?もう・・」




浪は穏やかに繰り返し二人の足元をすくった。
火照った身体の二人はまるで気付かないようだった。
夢中になってお互いの唇とその内側を差し出す。
もう初めに感じた潮の味はどこかへ消えて。
寄せて返す浪に呼応するかのように繰り返し感じあう。
我に返って恥ずかしさにお互いが目を反らしてしまったことは
誰も知らない二人だけの秘密になった。



「そろそろ戻るか。」
「うん・・」
「立てるか?ほら。」
「ありがと。でもやっぱり支えてて?」
「しょうがねぇな・・こんくらいで。」
「う・・そうなの・・?」
「こんくらいでふらふらじゃあ、先は長いな。」
「ううう・・・なっつんって・・知らなかった!」
「ちょっとは学習したかよ。」
「う・・ん・・でもいいんだもん、わかったから。」
「何が?」
「私も知らなかった、こんなになっつんのこと好きだって。」
「!?・・・おまっ・・・よくそーゆー・・・;」
「何よう、なっつんだってほのかのことすごく好きでしょ!?」
「言うか、そんなこと!」
「いいよーだ、わかったもん・・」
「わかってりゃ・・いんだよ・・」


手を繋いで帰る日の傾いた砂浜に遠い一番星が光る。
赤い顔をした二人は同時に見つけて互いに微笑み合った。







あのね、もうね、いい加減にしなさいよ!って感が漂ってますよね・・
書くまではこんな感じ。と思ってましたが、出来てみたらその甘さに撃沈。
いよいよ辛くなってきました。これ以上どうしろと!?(別にどうもせんでいいのか;)
兼ちゃんと美羽ちゃんがどうなったかっていうとまだこちらは手繋いだくらいですよ。
かなり時間かかると思います、こっちは。でもいっちゃうときは早いよ、きっと。(何がとか良い子は聞かない!)