「夏の果実〜彼の憂鬱〜」 


「すきありー!」
「ねぇよ、そんなもん。」
「うぎゃっ!」
「むー・・絶対勝つんだもんね!」
「はぁ・・」

谷本夏は幾度目かの深い溜息を堪えられずに落とした。
彼に勝とうと躍起になっている少女は水鉄砲に水を補充するのに忙しい。
砂浜にはもう一組の男女が仲睦まじく水を掛け合っているのが見える。
少女の兄兼一とその想い人美羽の二人である。
天候は申し分なく、水着の女の子たちは高水準の可愛さで、
一見ごく平和なダブルデートの現場といった光景である。
なのにどうしたわけか彼の表情は冴えなかった。
「えいやーっ!っおわっ!?・・ぶーっ・・」
彼がぼんやりしている隙にと攻撃を仕掛けてきたほのかの顔面に水が掛かる。
少女のリアクションはあからさま過ぎて彼にとって防衛することなど容易い。
「うー・・なっつんこっち見てなかったのに、やるな〜;」
「いつまでやっても同じだ。まだやんのか?」
「なんだよ、ちっとも楽しそうじゃないね、なっつん。」
「・・・おまえ楽しいか?」
「う〜ん、お兄ちゃんたちばっかりいちゃいちゃしててつまんない。」
「・・・まぁ風林寺に遊ばれてるだけのように見えなくもないが。」
「それよりさ、なっつん。・・ちっともほのかのこと見てくんないのは何故さ?」
「は?・・・気のせいだろ。」
「嘘付き。・・・さてはあのムチプリと比べてがっかりしてるのだな!?」
「ぷっ!おまえ気にしてんのか?!」
「ああっ笑ったなー!?ぅう・・・あれは反則なのだ。ほのかだってほのかだって〜!」
「泣くな、鬱陶しい。比べたりとかがっかりとかしてねーから気にスンナ!」
「ホントにぃ〜!?」
「オレはおまえの兄キたちが付いて来てんのがなんか釈然としねぇだけだ。」
「あー、ほのかの監視だとか言ってたけど自分たちで思いっきり遊んでるねぇ。」
「嘘に決まってんだろ。オレたちをダシにして風林寺を誘いたかったんだろうぜ。」
「お兄ちゃんてあいつにメロメロだもんね、もう〜!!」
「おまえ、やきもちか?」
「え、違うよ。前はそんなこともあったけど、今はどっちかというと・・」

「こらこら、君たちー!もっと離れて、離れて!」
「・・・お兄ちゃん・・しゃべってただけだよ!」
「ごめんなさい、谷本さん。お邪魔してしまいましたですわ・・」
「はー、それにしてもこんなプライベートビーチ持ってるなんてさすが谷本くん。」
「ホント、静かですし、とても綺麗なところ。私までお誘いくださって嬉しいですわ。」
「あのさ、お兄ちゃん。初めはほのかだけだったんだよ・・?」
「ほのか、ちょっとは自重しろよ。だめだろ二人きりなんて。ねぇ、谷本くん。」
「・・・ふーん・・そりゃどーも・・」
「今更何言ってんの!?お兄ちゃんてば勝手なんだから!」
「僕だってそんな美羽さんと二人っきりでとか考えられないよ。」
「兼一さん?どういう意味ですの、それ。」
「えっ!?いや、だからその、二人だけってのはその・・お許しがでないだろうっていうか・・」
「けっ、おまえが一人だと誘えなかったんだろ。言い訳しやがって。」
「た、谷本くん!やだなぁ、もう。ほら、人数多い方が楽しいじゃないか!」
「だったら他に友達誘ってどこでも行けばいいじゃん!ほのかなっつんと二人がよかったよ。」
「おまえなぁ、こんなとこに二人きりなんて危険だろ!?」
「何考えてんのさ!?」
「男なんてそんなに簡単に信用しちゃダメなの!」
「そんなこと言ってたらどっこも行けないじゃんか!」
「まぁまぁ、二人とも。こんなところで喧嘩はおやめなさいですわ。」
「ふーっ・・うんまあそうだね・・せっかくなんだもん。遊ぼ、なっつんも。」
「勝手にしてろよ、オレはここで昼寝でもしてるから。」
「なあんでさー!?一緒に遊ぼうよ、なっつん。」
「ビーチバレーで勝負でもしましょうか?ほのかちゃん。」
「いいよ。なっつん、2対1じゃほのか負けるよ、参加してよ!」
「何で対戦で、ペアまで決まってんだよ・・」
「だって、ムチプリとなっつんのペアはダメだよ!絶対。」
「くすくす・・ほのかちゃんは谷本さんとがよろしいんですよね?」
「全くほのかの谷本くん好きにも参るよ。仕方ない、ここは美羽さん、負けられませんね!」
「ええ、もちろんですわ。」
「・・・はぁ・・」

谷本夏はまた溜息を零しながら立ち上がり、渋々足元の砂を払った。
「・・おまえらには絶対負けねぇ・・」
「うん、なっつんとなら無敵だもんねーっ!お兄ちゃんたちになんか負けないよ!」

勝負となると不思議と張り切るようで、気合の篭った試合が繰り広げられた。
ほのかの善戦もあって、勝負は谷本×ほのかペアの勝ちに終わった。

「兼一さんは無駄に力が入りすぎるんですわ、砂浜は足腰が鍛えられてよい場所ですわね。」
「すいません〜、美羽さん・・・ほのかが思ったより戦力でしたね〜?!」
「・・・言い訳は男らしくありませんわ、兼一さん。」
「そんなぁ、美羽さん、怒らないでくださいよ〜!」


「まーたいちゃいちゃしてる。負けていい気味なのだ、べーっ!」
「ほっとけ。喉渇いたから何か飲みに戻るぞ。」
「ほのかも行くー!あ、お兄ちゃんたちにも何か持ってきてあげる?」
「ほっとけ。」
「そうだ、お兄ちゃん気付いてないみたいだから二人で隠れちゃおうか!?」
「・・・すぐ見つかるだろ。別に隠れなくても・・」
「なっつん・・もっといつもみたいにほのかを構ってよう・・」
「構ってるだろうが。どうした?」
「ちっとも目を合わせてくれないじゃん・・?」
「気のせいだって。」
「ほのかの目を見て言ってみて?」
「嫌だ。」
「もう!なっつんの意地悪。この水着・・嫌い?似合わないかなぁ・・」
「んなことカンケーねぇし。」
「じゃあさ、腕組んでいこ!」
「ダメだ。」
「なんで?!いっつもしてるじゃん!」
「あっちいだろ、引っ付くなって。」
「嘘ばっか・・・くすん・・」
「だーから、別におまえは何も・・」

「ほのかっどうしたっ!!谷本くん、何したの?!」
「なんもしてねー!おまえは引っ込んでろ。」
「落ち着いて、兼一さん。ほのかちゃん、どうかしましたですわ?」
「・・腕組んでくれないって・・・なっつんが・・」
「なんだ、そんなことか。ほのか、恥ずかしいんだよ、谷本くんてテレやさんだからさ!」
「ばっ!」
「谷本さん、恥ずかしがらなくても代わりに手でもお繋ぎしてあげたらいかがですの?」
「風林寺・・;」
「あ〜と、兼一さんも心配なさらずに少し二人にして差し上げたらいけませんの?」
「えっ、でも・・そうするとですね・・・ぼ、僕たちもその・・二人になってしまいますですよ?」
「あら、そうですわね。・・それを困ってらしたの?」
「はぁ、だってこんなとこに二人きりなんて・・慣れないもので間がもたないっていうか・・」
「谷本さんももしかしてお元気がなかったのは・・」
「・・・いや・・その・・」
「ごめん、谷本くん。正直に言うと二人だとどうしていいかわかんなくってさ・・」
「君のこと疑ったりしてないんだ、ホントは。しばらく二人で過ごしてていいよ、ほのか。」
「少し辺りを散歩でもしながらお話します?兼一さん。」
「うん、美羽さん!」
「それじゃ後で。ほのかちゃん、元気出して甘えてらっしゃいですわv」
「でも必要以上に引っ付くなよ、ほのか。じゃあ、美羽さん、行きましょうか?!」
「ハイ、兼一さん。あ、夕方には戻りますからご心配なく。ほのかちゃん、夕食前にまたお風呂入りましょうね。」
「ん・・・いいけど・・・・なっつん、二人とも手振って行っちゃったよ・・?」
「ふん、勝手なやつらだぜ・・”やっぱりオレたちをダシにしてやがったな!”」
「それよりなっつんこそいい加減に機嫌直してよぅ・・」
「オレは別にいつもどおりだっての。」
「じゃあ、ハイ!」
「なんだよ、この手は・・」
「手、繋いで!」
「命令かよ!」
「譲歩してあげたんだよ?腕組みたかったのに・・」
「わーったよ・・ほら、行くぞ。」
「うんっ!」


白い砂浜を手を繋いで歩くほのかは機嫌も直って嬉しそうだった。
憂鬱そうだった彼もそんな少女の笑顔に落ち着きを取り戻しつつあるようで。
結局皆が二人だけになりたかったのかもしれないとそれぞれの胸の内で呟いた。
暑い夏、青い海、白い雲、そして隣に大好きなひと。
一番眩しいのはその人の笑顔かもしれない。







どこらへんが夏の果実かって?!いや若い男女を指しております。
夏くんに二人っきりになりたいのにな〜と無意識にいらいらさせたかったんです。
でもどうだろ?いちゃいちゃ度は低いですね。これ兼一×美羽にもなるのかな?
主人公の二人も好きなので美羽ちゃん出せて嬉しかったですv
ちなみに、夏くんは照れてあまりほのかのこと見てません。(笑)
そんな夏くん困惑の「夏の果実〜渚の誘惑〜」これから書きますv