「夏風」 


まだ夏には早いというのに汗ばむような日差し。
はしゃぐ自称「相棒」は陽の光りみたいに笑う。
開け放たれた窓から時折吹く風が心地よく頬を掠め。
目を細めて差し込む光りに似た笑顔に胸躍らせる。


「なっつん、なっつん、アレ。あそこなのだよ。」
「風であんなとこにのっかったのか・・・」
「うん、ちょっと抱っこしてくれないかな?取ってみるからさ。」

風に飛ばされたと言う紙片が本棚の上に載っていた。
白い角がほんの少し見えていて、所在をここだと知らせている。
椅子でも取って来ようとしたのだが、相棒は「要らない」と言う。
かなり背の高い本棚は壁のほぼ全面を覆っている。
オレの肩にコイツを乗せれば届きそうではあったが。
躊躇していると相棒はオレに遠慮もなくよじ登る体勢に入った。
元々身軽なソイツを仕方なく抱き上げ、肩に乗せてやる。
すぐに後悔した。柔らかい身体がオレの目の前を過ぎる。
一気に息を詰めたオレになんの気遣いもなくソイツは手を伸ばした。
そしてあっさりと紙を摘み、「取れたよー!」と頭の上で叫んだ。
ぽんとオレの肩から胸元に下りてくる相棒は嬉しそうに笑った。

「おお、なっつんより高いなんて!こりゃ気持ちいいなぁ!」
「・・下ろすぞ?」
「ケチなこと言わないでもう少し味あわせてよ。」
「ナニ言ってんだ。」
「そんなに重い?」
「重いから言ってんじゃねぇよ。」

人の気も知らず、ソイツはオレの頭を撫でる。
怒っても平気な顔で終いに頭を抱き寄せられた。

「うーん、なっつんの頭を抱えられるなんて!タマリマセンな!」
「・・いい加減にしとけ、怒るぞ。」
「そんなに怒ることないじゃん。なっつんの髪が気持ちいいんだよ〜!」
「触るな。」
「へへへ・・可愛いな〜、なっつんvよしよし・・」

下から睨みつけてみたがくすぐったい笑い声しか降って来ない。
無邪気な笑顔がオレの頭上で日差しのように瞬く。
ふっと睨むのを止め、珍しい角度から見える顔を眺めてみた。
見つめているうちに笑顔が消え、目線を合わせると声も消えた。

「・・なぁに?何か付いてる?!」
「いや。言われてみりゃ珍しい眺めだと思ったんで・・」
「でしょ!?だっていつもと逆だしさ。」
「だな。・・もう下ろしていいか?」
「うーんと・・あとちょっと。」
「なんなんだよ、一体・・」

顔を覗き込む大きな瞳がオレの顔面に影を落とす。
支えている身体は抵抗も無くオレに任せたまま。
オレはふと手中に収めた小鳥をイメージしてしまった。
おそらく手を離せばすぐに飛んで温もりは遠ざかる。
このまま掴まえておければ、などと浮かんでも顔には出さず。
相棒は好奇心の混じった黒い瞳で真直ぐにオレを見ていた。
しばし沈黙が部屋に充満した。オレも口を閉ざしていたから。
窓からはまた強い風が入ってきて髪がそよぐのを感じた。

「・・・なっつん・・」

ぽつりと浮かんだオレを呼ぶ声もまた珍しい響きをしていた。
そんなに甘えたような声で、どうしろと言うんだと心の中で呟く。

「なんだよ?」
少し怒気を含んだ面倒くさそうな声で返事した。
それくらいで傷つくような奴ではないから。

「あのさ・・あの・・;」
「はっきり言えよ。どうしたんだ。」
「むぅ・・いいよ、もう。」
「変な奴だな。」

恥ずかしそうにほんのりと頬を染め、目を反らすソイツ。
身じろぐ身体がオレの腕の中で同様に途惑っているようで。
どうしたものかと思案中にやんわりと腕がオレの首に巻きつく。
オレの頬を跳ねた髪が撫で、一瞬触れた頬は確かに熱かった。

耳元で声がした。そんなところで囁くのは反則じゃないのか。

「なっつんの腕・・さっきから段々きつくなってるよ・・?」

困ったような照れたような囁きに実のところ眩暈がした。
だから内容を把握するのに時間が掛かってしまう。ああ、そういうことか。
オレは離さないようにと思うあまりその軽い羽のような身体を抱きしめた。
怖ろしいことに無意識にそうしたらしく、言われてやっと気付いた。
しかしそのまま抱きなおしはしたが離しはしなかった。
どんどん腕の中の体温が上がっていくようだった。

「なっつんてば・・その・・もう離していいよ?」
「ナニ照れてんだよ。」
「何だよぅ!?悪い?」
「自分からここへ飛び込んだくせに。」
「だって・・そんなつもりじゃないもん。」
「そんなつもりってどんなつもりだ?」
「うー・・・知らないよっ!」

さっきまであんなに無邪気だった相棒はすっかり大人しい。
もう手を離しても飛び立たないかと思えたが、やはり抱いたまま。
顔ごと反らしているソイツの耳元にお返しにと低く声を吹き込んだ。

「こっち向けよ、キスしたいから。」

びくりとオレの腕の中の身体全体が震え、その心地良さに酔う。

「やだ!ほのかはしたくない。」

反抗期の子供みたいに手を突っぱねるが、火に油ってやつだ。

「無理矢理されたいとか?」
「なわけないでしょっ!?」

やっと見えた顔は予想通り真っ赤で思わず顔が弛む。

「なんでダメなんだよ?」
「だ、ダメなの!今は。一度離してよ。」
「そんなに警戒しなくてもキスだけだって。」
「ホント・・?」
「そんなにがっかりした顔されると困るな。」
「そんな顔してないよっ!!なっつん最近ヤラシイんだから!」
「オマエがあんまり誘ってくるからしょうがねぇだろ?」
「誘ってなんかないよーっ!!」

むきになってオレを打つ拳も甘すぎて堪らない。
風が浚った紙みたいに遠くへと連れ去りたくなる。

「・・・じゃあね、ほのかがするからなっつんじっとしてて。」
「ふぅん・・・まぁいいけどな。」
「目瞑ってよ。」
「ハイハイ。」

偉そうな命令口調に口元を弛ませながら目を閉じてやる。
柔らかい熱がそうっと触れて、ぎこちなく押し付けられる。
そんなことされると余計に物足りなくなるというのを知ってるのか?
唇を離し、ほっとして弛緩した身体を再び引き寄せると小さな悲鳴。
オレはどちらかというと意地が悪い方なので、態と軽く掠めるだけに留めた。
そうしたら案の定、相棒は意外そうに大きな眼をくるりと見開いた。
なんだよ、やっぱ期待してたな、コイツ・・・
さて、どうしたものかと焦らし方を考える。
腕から解放してやると眉を下げて思い切り残念そうな顔が見えて可笑しい。

「どうした?」
「えっ!?・・ううん、なんでもないよ。」
「だったらなんだよ、その不満そうな顔は。」
「ち、違うもん。ちょっとその・・」
「何?」
「うー・・・」

明らかにどうするか迷っている相棒を涼しい顔でじっと待つ。
強請ってきてくれることはほぼ間違いないと思いながら。
オレよりずっと正直だからその様子を見ていればわかる。
もう一度強い風が吹いて何かが飛ばされたらそれに気を取られた振りをしてやる。
おそらく不意を付くつもりでオレの胸へと舞い戻ってくるだろうから。
そしたら今度こそ満足するまで離さない。
嬉しさと恥ずかしさに染まる頬と真夏の太陽のような笑顔ごと全部抱きしめて。
幸い窓辺のカーテンが強く揺れている。風はオレたちを夏へと誘うだろう。







今世紀最大の甘さに仕上がったかもしれない!と書き上げた後思いました。
もうすっかり出来上がってそうな二人ですが、まだキスどまりなんですよ!(笑)
すごく楽しそうな夏くんを書けて、わりと満足です。v(^^)v