涙のあとは 


 実はほのかってそんなに明るい子ではないの。
ヤキモチやきだし、くやしがりのさびしがりやで
悩みがなくていいね、なんていわれるとむかつく。
いっぱいあるよ!そんなことあたりまえでしょ!?
けどね、ちかごろちょっとだけ大人になったんだ。

 「・・え、今日のそんな不味かったか?」
 「ううん、最高だよ。おなかいっぱい。」
 「ダイエットじゃねえだろうな、許さんぞ。」
 「それはあきらめたじょ。ちみも怒るしいいことないもん。」
 「だったら胃の調子が・・熱もねえし顔色も悪くはないが。」
 「いったたた・・れでィーはもっとテイネイに扱いたまえ!」

 とかく扱いが雑なのだ。もうそれもあきらめたけど。
人の頭をつかんだりおでこ全開にするのってセクハラでない?
デコひろいとか言うのもっとダメ。いちいち余計なんだじょよ。
まあ心配してくれてるんだろうけどもね。しょうがないひとだ。

 「これはねえ、ちみに置いといたの!はい、あ〜ん!」
 「俺は味見するからいらんって言ってるじゃねえか。」
 「いっしょに食べよっていつもいってるじゃないか!」
 「・・おぅ・・」

ほのかの迫力勝ちだ。なっちーはシブシブな顔を作ってから小さく
お口を開ける。そこへスプーンで最後のひとすくいを差し入れる。
素直じゃないひとの扱いも慣れたものだ。なっちーのおかげでね。
おいしかった?ときくと「当たり前だろ」なんてえらそうな返事。
ホンの少し照れているのがバレバレなとこがカワイイのだじょ。

 「食べ終わったらほのかお昼寝する。なっちおいで。」
 「おいで、じゃねえ!またか・・ちょっと待ってろ。」

察しの良いなっちーはわかるとそれ以上ごちゃごちゃきかない。
試合が何時とかってこと前もって知らせてあるし大抵すぐわかる。
でも下手な慰めとか励ましよりずっとなっちの傍がいいのだ。

 お気に入りのクッションとブランケットとなっちーの膝。
これがツライ時の最高の癒し。美味しいオヤツの後だと尚更だ。
なっちは暇つぶしの本を既に用意していて、台所に茶器を下げたら
後片付けは食洗機に任せてほのかのところへさっと戻ってきてくれる。
そして何も言わずソファに腰掛ける。ほのかはそこに横になるのだ。
なっちは寝ている間本を読んでいるだけで何もしないでいてくれる。
涙が落ちたりしてもいいようにタオルをさり気なく膝上に乗せて。

 「なっちーおやすみい!」
 「あぁ、おやすみ・・」

前はどうしていたっけな。試合に負けたりしてくやしいときには
お部屋の中で暴れてぬいぐるみに当り散らしたりしてたかもだ。
もうしない。子供っぽいし、やけになったってすっとしないから。
じっと我慢するってことを覚えたの。それを覚えた日を忘れない。

 「変な顔して・・なんだよ、言いたいことは言えばいいだろ?」
 「・・やつあたりよくない・・ほのかもうやめるのだじょ。」

顔を見るなり泣きそうだったことがわかったなっちーは「あっそ・・」
って興味を失った風に背を向けた。「帰れ」って言われると覚悟した。
ところが「オヤツ食ったら今日は昼寝しろ。目の下のクマやばいぞ。」
背中越しにそれだけ言うと、用意してあったオヤツをアゴで指し示した。
ひんやりしてほろ苦いバニラアイスの乗ったカフェゼリーだった。

食べ終わる前にブランケットと毛布がソファに乱暴に放り投げられた。
そこで寝ろってことらしい。そしてなっちは端っこに座って本を読み出す。
「あとは好きにしろ」ってことらしかった。だからそのとおりにしたのだ。
横になってみると目の前になっちの膝があった。目を瞑ったら涙が出た。
忘れたくても忘れられない場面が蘇ったからだ。繰り返す失態の場面が
頭の中と心を掻き回す。本当はずっと泣きわめきたかった。


声を殺して泣いた。なっちーは思い出したみたいにポイと頭に載せた。
タオルハンカチだ。それを握り締めるとふんわりと洗剤の香りがした。
その後はよく覚えていない。いつの間にか眠っていて部屋は薄暗かった。

 「家には電話しておいた。帰りたくなったら送ってく。」
 「あ・・うん・・」
 「なんか飲むか?」
 「うん。」

その後も特に何も話をしないまま、いつもより遅い時間に送ってもらった。

 「・・明日は元気だじょ!なっちい、また明日ね!」
 「・・あぁ、またな。」

別れ際、思い切り手を振った。振り返ってはくれなかったけどきっと笑った。
なんでってほのかは、その日なっちに会ってから初めて笑ってたんだ。
また明日と言ったときに嬉しそうに目を細めたのをちゃんと見てたから。
なっちーにたすけられた。くやしがって何かに当り散らしたりしないで
一人で我慢できたのはなっちのおかげだった。ありがとうじゃ足りない。
それからも何度か耐えたんだけれど・・時々こらえきれなくなっていると
不思議になっちにはわかってしまって「昼寝してくか」って言ってくれる。


 この頃は嬉しくても泣けてくる。悲しいことをなっちはいつも一人だけで
乗り越えてきたのかなって思ったら胸が痛い。だからなっちは優しいのかな。

 ”なっち・・・つらいこととかかなしいことあったら・・ほのか・・”



 ぼんやりと目を巡らせると、なっちはいた。よかった。

 「目が覚めたか・・人を夢にまで呼んでんじゃねえよ。」
 「えっ呼んでた?・・あのね、あのさ、そうでなくて・」
 「おまえに膝貸せって言えってか・・・・気が向いたらな。」
 「なっち・・ほのかの夢のぞいたの?」
 「んな能力を付加すんな。」

 「ねえ、なっちー」
 「?なんだ。」
 「ほのかも優しくなりたいじょ。恩返しにさ。」
 「ばかやろ」
 「やろうちがうもん。」
 「ばかほのかか」
 「ばかは余計」
 「ばかほの」
 「ちがうってば」



 素直でないからこのひとは。でもちゃんとわかってるじょ。
なっちみたいになれるなら、いやなことにも立ち向かう勇気が湧く。
そんでね、きっといつかはほのかを頼ってくれるよね。待ってる。
そのためにも勇気ためる。強くなる。さあおいでって言うからね。
涙を出してしまえば笑顔になるんだもんね、どっちも。二人とも。


 実はほのかは明るいばっかりの子じゃないんだけれど。
大切なひとがいるし、凹んだっていっぱい悩んだって平気だ。
誰だってつらいことのひとつやふたつやみっつあるんだしね、
誰かがしんどいときそういうこともわかってないとだよねえ?
きっと泣いたり悲しんだりするのって誰かと同時にできない。
かわりばんこんなんだよ。それいいよね、たすけあいっこできて。
だからほのかはなっちと笑うためにもずっと負けてはいないんだ。


 「大人になるっていいねえ・・なっちー!」
 「はあ!?いきなり何言ってんだ。」
 「共に大きくなろうではないか!ねっ!?」
 「・・・まぁ、のんびりいけよ、ほのか。」


 なっちーとほのかはこれからもいっしょだよって言う前に
ぽんと大きな手が頭の上に落ちた。うれしくって笑ったんだ。







ほのかにだって悲しいことはあるよねってことで。^^