「泣かないで」 


「嬉しいと涙が出るものなんだよ。」
その主張はらしいものなのに声は弱く擦れている。
無邪気で向こう見ずでいつも後先考えずに突っ走っる奴で。
それでも後悔したり折れたりしない、潔くて強い心の持ち主。
そんな奴だからオレは無意識に安心していたのかもしれない。
少しばかり離れてたって、コイツは変らないだろうって。
なのに今の弱々しい姿はオレの知らない奴のようにさえ思えた。
「何でそんな風に泣くんだよ?」
そう抗議しても普段ならやかましいほど降ってくる言葉は堰を切らず、
オレに身体を凭れさせたまま静かに涙を零しているのだ。
どうすればいつものコイツに戻ってくれだろうと焦る。
わからないまま抱きしめると大人しくその身を預けるだけで。
途惑いで混乱する頭で少し痛いかもしれないほど腕に力を込めた。
「くるし・・なっつん。やっぱり本物だぁ・・」
呟かれた言葉は少しいつもの元気を取り戻していたように思えた。
「そんなに・・・寂しかったのかよ?」
答えの代わりに掴んだ手はぎゅっと強く意思を伝えてきた。
「なんだい、ほのかだってね・・たまには泣くんだよ。」
「オレが居ないくらいでか?よくあることだろ。」
「寂しがって悪いの!?どうせなっつんは寂しくなんかなかったんだよね?!」
いつもの調子が戻ってきてオレはほっと胸を撫で下ろしていた。
だがもしかしてオレの居ない間、こんな風に泣いていたのかとふと思う。
さっきのような涙と泣き顔を思い浮かべると胸の奥は音立てて痛んだ。
「んなこと言ったっておまえがそんなに寂しがるなんて思ってないし・・」
「薄情者。ほのかなんてなっつんのことばっか考えてたのに。」
「嘘吐け!・・けどそうやって怒ってろ。らしくないから泣いたりすんな。」
「泣いたらなんでダメなのさ。泣きたかったら泣いたっていんだもん!」
「そんなにピーピー泣いてばかりじゃあ何処へもいけねぇだろ。」
「泣いたのはたまにだよ。毎日泣いてたみたいに言うな!」
すっかりいつものほのかに戻ってオレをぽかぽかと殴り始めた。
安心した途端に冴えてきた頭が嬉しさを身体中に伝えるのを感じる。
単純な自分におかしくなる。オレは随分おまえに振り回されてるよな。
「ほのかはね、素直なの。誰かさんと違ってね。」
くすりと笑った顔にはまだ大粒の涙が残っていてはっとした。
「・・悪かったな。素直じゃなくて。」
「許してあげるよ、ほのかは寛大だからね。」
そう言っていつもの偉そうな言葉とは不似合いな綺麗な微笑みを湛えた。
オレの知らない間にほのかが大人びてしまった気がして腹立たしい。
”オレの見てないときに大人になるな”とか
”そんな顔を他の誰にも見せるな”なんてことを口にしてしまいそうだった。
”オレのこと毎日考えてたなんてホントか?”ってことすら。
「どうしたの、なっつん。急に難しい顔して?」
「・・なんでもねぇよ。」
「言ってごらんよ。聞いてあげるから。」
「どうしてそう偉そうなんだ?なんもないっつってんだろ。」
「ホント素直じゃないねぇ!」
「うるせー!」
「でもしばらくはどっこもいっちゃだめだからね!?」
「あ?・・これ以上休むとヤバイしな。多分大丈夫だろ。」
「ヨシ。まったく苦労しちゃうなぁ。」
「おまえの苦労なんてオレに比べたら可愛いもんだろうが。」
「失礼な、なっつんなんか苦労してるかい?」
「おまえのわがままにどんだけ付き合ってやってると思ってんだこの!」
「それはなっつんがオセロ弱いせいでしょお?!」
「む・・!」
「そういうんじゃなくてほのかさぁ・・思ってたよりずっと好きみたい。」
「!!な・何を突然・・」
「だから仕方ないよね。ウン!お帰り、なっつん。」
「お・おぅ・・って、おまえ何・・」
「どうしたの?何顔赤くしてんのさ。」
「どうって!その・・さらっとおまえが・・」
「好きって言ったこと?なっつんに何度も言ってるじゃんか。」
「そうだったか!?」
「やっぱ苦労してるのほのかだと思うな。」
やれやれと呆れて見せるのがむかつく。さっきの顔は何処行ったんだ!
いつものコイツに戻ってほっとしていたはずだったというのに
どうにもやりきれないと感じる自分が居るのもまた事実で。
「おまえはほんっとややこしい奴だぜ。」
「頭で考えるからだよ、たまには素直になってみたら?」
「どうやって?!」
「さっきみたくぎゅっと抱きしめてくれたらほのかご機嫌になるよ。」
「!?」
「あのときはなっつんだって何も考えてなかったんでしょ?」
「・・まぁな・・」
「そのわかった風な態度が腹立たしいんだよ。」
「だってなっつんて・・わかりやすいんだもん。」
「はぁ!?」
「ほのかの前だけなのかな?だったら嬉しいけど。」
「知るかっ!」
「怒ることないのに。やだよ、このコは。」
オレが間違ってた。いつものコイツは憎らしすぎる。
「おまえの機嫌とるために抱きしめたわけじゃねーってんだよ・・」
「?!」
悔し紛れに呟いたオレの科白にほのかは一瞬で顔を真っ赤にした。
「なんだよ?!オレは別に・・」理由が見込めなくて言葉に詰まる。
「・・・なっつんてば天然。」
「あ?」
「ううん。すごく嬉しかったから。えへへ・・またぎゅってしてね?」
照れた顔でお願いするとか、そういうこと・・・どこで覚えるんだろう?
一々それに引っかかりそうになってるのは・・やっぱそうなのか?!
思い当たったことがあまりに照れくさいので絶対に口には出せないと思う。
おまけにその心当りのせいで次に出てくるはずの言葉を忘れてしまった。
そしてそれはほのかが嬉しそうに笑ったそのせいなんだ。
満足そうに、とても幸せそうに笑ったんだ。
「・・いつもそんな風に笑ってろよ・・」
「え?」
もう一度腕の中に閉じ込めてみた。機嫌を取るためではなく・・
心当たりが本当かどうかを確かめるために。
「ど・どしたの?なっつん・・」
「何も考えずにこうしたらわかるんだろ?」
「う、うん・・何かわかった・・?」
「偉そうなこと言ってたおまえが大人しくなるな。」
「そ、そんなのなっつんが動けなくしてるからじゃ・・」
「だよな。オレはこうしたかったんだ、きっと。」
「??・・ほのかが煩いから大人しくさせたかったってことぉ!?」
「じゃなくて・・わからせたかったんだよ。」
「何を?」
「口にすんのが嫌だから。」
「?」
だって悔しいだろ、そんなこととても言えない。
おまえがこんなに・・愛しいとか・・
どんなにおまえにオレがマイッってるかとかさ・・
言わないかわりに抱きしめてゆっくりと憎らしい口を塞いだ。


「・・これって反則じゃない?」
「ナイね。」
「誤魔化したわけじゃないよね・・?」
「わかんないんならもう一回・・」
「わっ・わかりましたっ!」
「やっぱわかってねぇようだな・・」
「そんなぁ・・」

あのほのかがこのときばかりは形勢逆転だ。
それも学んだから、これからは負けっぱなしではいないぜ。
これでも手加減してやってんだからな。
オレのこともっと好きになれって想いは込めて。
おまえの好きだなんて言葉では絶対に足りることなんてない。
わかるまで何度でも抱きしめて口づけるから。
悔しさももどかしさも胸の痛みも何もかもが
おまえのためなんだぞって伝わるように。








※背景入れ替えました