泣いていいんだよ  


時折見せる寂しそうな横顔に寂しくなった
昔を思い出しているのだとわかった
懐かしそうに目を細め 愛しさに満ちた眼差しで
わたしではダメなんだろうなと感じた
だけどその寂しさを分けてくれたらとも思う
何もできなくても 傍に居ることくらいはできるよ
そう伝えたかった 格好つけないでいいのにと

隠そうとしていることには気が付いていた
わたしのことをたまに気付かれないように見ている
ほんの一瞬のことでしかなかったけれど
わたしには突き刺さるように胸に響いた
なんにも知らなかった昨日 そして今
彼もまた知らなかったのだ こんな今を
どうして出逢ったのか悩んでいるのかもしれない
それは考えても仕方ないことのように思えた
どんなにしても逢えないこともあれば
思いがけずに出逢ってしまうこともある
わたしがいつの間に好きになったのかがわからないように
彼もまた昔と今の違いに隠れて見えないのかもしれなかった

わたしのことを好きになれないのも仕方ないと思った
妹さんは彼の大事なひとで わたしはその人を思い出させる
きっと辛いのだろう 彼には苦しい思い出過ぎたのだ
だからきっとわたしが妬ましいんだろう
わたしは妹さんではない 替わりにはなれない
取り戻せないことを思うといつも打ちのめされるんだね
そんな苦しみをわたしはわかってあげられない だけど・・・
彼はとてもとても優しいひとだから 援けてあげたい
後悔なんてものから解き放してあげられるのならば
わたしが憎いなら憎んでもいいと思う


わたしに感情をぶつけてくれたのは嬉しいことだった
隠していた心のなかを少しだけ見せてくれた
痛くて血の味のした口付けは却ってわたしの頭を冴えさせた
わたしに向けてくれたのだ 苦しさと辛さを
嬉しさのあまりわたしは彼にしがみついて泣いた
振りほどいた顔はいつもの澄ました顔ではなくて
等身大の彼だった 幼いと思えるほど無防備で
必死に叫んでいたわたしなど好きではないという言葉も
まるで知られたのが恥ずかしい子供のような感じさえした

「おまえ・・何がおかしいんだよ・・」
「嬉しいんだよ。」
「頭どうかしてんじゃねぇの?」
「ううん。すっきりしてるよ。」
「おまえが望むようなことオレはしねぇって言ってんだよ。」
「そうなの?いつもしてくれてるのに。」
「なんでおまえなんかを・・・」
「うん、不思議だよね。なんでだろうね?」
「何を・・」
「ほのかはなっつんが気になるし、それは恋ではないかもしれないけど・・」
「なっつんだって、ほのかがキライで憎いほど放っておけないんでしょう?」
「・・・・」
「こんなの気持ちってね、ほのか初めて。なっつんもそうなんだ、安心したよ。」
「おまえ・・何言って・・」
「どんどん怒っていいよ。憎らしいなら。そんでもってキライで構わない。」
「なんだと・・」
「楓ちゃんじゃない。わたしはほのかだよ。傷つけてもいいよ。」
「いいって・・」
「思うことぶちまけていい。ほのかはなっつんが呆れるほどずうずうしくて図太いからね。」
「莫迦じゃねぇ・・?おまえ・・」

ぴくりとなっつんの眉が動いた なんだか泣きそうな顔
でもきっと泣いたことないんだろうと思った 人前では特に
だからふと思いついたわたしは動かない身体の後ろ側へと回りこむと
彼の顔が見えないようにしゃがんだままの背中から目隠しした
「!?なっ・・何やって・・・」
「ほのかが憎いってもっと叫びなよ、どうしてわたしなのかって!」
「っ・・・な・・・」
「ホラ、莫迦にしていいよ。悪く言ってもわたしなら傷つかない!」
「・・おまえが・・傷つかない・・?」
「そうだよ。大嫌いだって叫んでみたらすっきりするかもよ。」
「おまえなんか・・・オレは・・・」
「そうそう、その調子!」
「・・・いつか居なくなるんだろ?オレの前から・・」
「!?・・・なっつん・・」
「だったらさっさと出てけばいいんだ・・・どうしてオレの内に入ってくんだよ・・」
「妹じゃねぇのに甘えんなよ、おまえなんかちっともかわいくネェし。」
「ウンウン・・そうかい。」
「オレをなんだと思ってんだ、いつだって殺せるんだぞ、おまえみたいなガキ・・」
「殺されたくないけど・・まぁできるだろうね。」
「女でもねぇのに・・オレを・・・」
「失礼な・・女だよ、一応。」
「女みたいに・・・オレを見るだろう、最近・・むかつくんだよ!」
「!!・・・それは・・・ごめんよ。ほのかは正直なんでね。」
「子供のくせに。なんでだよ、オレはおまえが・・」
「キライなんだよね。いいよ、それで。」
「ああ・・・おまえなんて・・・めちゃめちゃにしてぇ・・」
「生憎そう簡単に壊れたりしないよ。」
「どうすりゃ泣き喚いてオレを怖がるんだよ・・?」
「難しいねぇ・・・それは。」

なんだか熱いものが込み上げて、わたしは泣いていた
なっつんの想いがまたわたしを喜ばせてくれたから
頭を抱えて 愛しさで苦しいことなんてあるんだと知った
私が泣いて黙り込むと手に熱いものが滲んできた
なっつんの涙だとわかるともうどうしようもないほどに
止められなくなった わたしはただこのひとが愛しくて愛しくて・・
頭を抱き寄せるようにして泣いた 思い切り声を出すのも構わず
熱い涙があとからあとからわたしの手や腕を伝ってきた
泣いてくれた彼の顔が見えなくてよかったと心底思った
どうにかなりそうなほど苦しかったから 止められなくてまた泣いた
「泣けとか言っておいて、おまえが泣いてるじゃねぇか・・」
「いいんだよ・・・泣いたって・・これはいいことなんだよ。」
「何がいいんだ・・・熱くてたまらねぇ・・」
「ウン・・・熱いね・・」
「胸が焼けそうで・・・むかつく・・」
「胸が?顔じゃなくて?」

頭を包んでいたわたしの腕を掴んで離された
だけど引っ張られた腕は掴まれたままだった
本人もどうしたいのかわからないのかもしれない
だから今度は後ろから背中を抱きしめた
彼の身体は大きくて全部包んではあげられなかったけれど
嫌がるかもしれないと思ったけれど何も抵抗は感じない
だから頬を寄せてその大きな背中に体重を預けた

「泣いたらね、そのときは苦しいけど、後ですっきりするよ。」
「・・・・」
「それとね、なっつん。ほのかはどこへも行かないから。」
「・・・・」
「安心して。ずっと居るよ、ここに。」
「・・・・なんでだよ・・」
「もっともっと泣かせたげるよ。憎たらしいほのかちゃんが。」
「・・冗談じゃねぇ・・」
「へっへ・・・」

口では怒った風だけれどわたしが抱く手を今度は解こうとしない
俯いているらしい頭と身体はじっと動かない
少し顔が見たくなって手を離すと強く握られた
「どこへも行かねぇんだろ?」
「ウン?」
「じゃあ・・・行くなよ。」
「ウン。わかった!」
「莫迦ガキ」
「へへ・・なっつんも相当なもんだよ。」
「・・・そうだな、莫迦だオレは・・」
「あれ?どしたの!?否定していいよ?」
「どうでもいい・・・それよりよくも・・泣かせやがったな・・」
「ふふ・・ほのかも泣いたからあいこでしょ?」
「オレはもう泣かねぇ・・」
「遠慮しないでいいのに。」
「おまえは絶対許さないからな。」
「ウン、覚悟してるよ。」
「わからせるまでは・・・おまえに。」
「え、何を?」
「どんだけおまえが憎いかわからせるまではな。」
「なら一生わからないままでいいよ。」

なっつんがゆっくりとわたしに振り向いた
その顔に今度はわたしの方が固まってしまった
もう泣いていない彼の眼差しはわたしの知ってるあの目だった
「・・そんなにほのかのこと・・憎い・・?」
彼は何も答えずにさっきとは随分違う優しい唇をわたしに載せた
目を閉じると残っていたらしい涙が一筋わたしの頬を滑り落ちた








「片想い」シリーズとりあえず一区切りです。
とりあえず、で終わりではないです。ほのかと夏くんはまだ向き合ったばかり。
二人ともお互いを想う気持ちはあるけど、恋愛には至ってないので。
今の二人は夏くんもほのかの想いもまだまだ本番前といった感じです。
なのでこれで終わりではないというわけです。引き続き読んでくだされば幸せです。