「なだめるようなキス」 




「なっつんなんてダイキライ!」

ほのかが叫んだ。大きな声で涙が飛び散った。

「こっち来ないでっ!ウソツキッ!」

真っ赤な顔は悲痛にゆがみ、本気で怒っていると告げる。
追いかけるのも、追いつくのも簡単だ。しかしそうすれば、
きっと更に怒るのだろう。それでも行くしかない。

ほのかは階段を駆け上がった。どんどんと追い詰められ、
涙の雫が足跡を印す。オレの歩調も速まってしまう。
転ばないかと冷や冷やした。時にかくんと躓いて冷や汗をかく。

・・・もう待っていられない。

オレがほのかに追いついたのはそう思ってから僅かの間。
後ろから構わずに抱き寄せた。手に噛み付かれてしまった。

「イヤっ!はなし・・」

重ねた唇は一瞬びくりと震えた。舌を入れた途端噛まれた。

「つっ・・」
「大ウソツキ!許さないんだから!」

何を言われてもしょうがない。抱きしめて無理やり重ねた。
今度は噛まれなかった。すすり泣きが聞こえて血の味が苦かった。
それでも離さなかった。愛しさと切なさで離すことができない。
泣いているほのかはいつもよりずっと頼りなく小さく感じた。


「・・・行かないで・・」
「・・・待っててくれ。」
「じゃあ連れて行って!」
「連れては・・行けない。」
「ばかあっ!!!」

叩かれても罵られてもいい、それでも待っていて欲しい。
危険にさらすわけにはいかない、オマエを。どうしても。

ほんの少し遠い場所へ行って帰るだけだと言ったのに、
ほのかは嫌だと言った。今度だけは嫌だと、全身で抵抗した。
オレだって置いて行きたいわけじゃないんだ。

「・・あんまり興奮したら身体に障るぞ?」
「平気だもん。ほのかのこと舐めないでよ。」
「無事に生まれたら、どこへでも連れて行くから・・」
「わかってるよ、わがままだって。だけど・・寂しい。寂しいよう!」
「母親になるってのに・・オレも寂しい。だから泣くな。」
「ホント・・?寂しい?ほのかと離れたくない?」
「ああ、けど場所が悪い。オマエと子供の命に代えられない。」
「なっつんだって大事だよ。危ないことしないで!」
「・・仕事だ。それにオレは死なない。」
「・・約束、今度はちゃんと護る!?」
「連れて行かないのは今回だけだ。約束する。」
「・・・じゃあもっと優しいキスをして。ほのかのこと慰めて!」
「さっきのはオマエが逃げるからだ。もう逃げないか?」
「ウン・・」
「無茶ばっかして・・子供がびっくりしてるぞ?」
「なっつんとほのかの子はそんなヤワじゃないもん。」
「冷や冷やしたオレのことも慰めてくれよ。」
「ちゃんと帰ってきたらよしよしってしてあげる。」
「ふっ・・ヨロシク頼む。」


遠い国への出張から帰ったら、大分お腹は目立ってきていた。
ほのかはいつものように笑って出迎えてくれた。

「お帰りなさい、なっちパパ。」
「・・また変な呼び方になってる・・」
「えへへ・・寂しかった?慰めて欲しい?」
「ああ、うんと優しくな。」
「よーし、じゃあたくさんキスしてあげる。」
「オレにもさせろよ。」
「当然だよ、寂しかったのはほのかもなんだからちゃんと慰めてね!」
「しょうがねぇなぁ・・」

あれは結婚して初めての子供が出来た頃の話だ。
不安定な時期にちょっと危ない仕事が重なった。
まだ幼い顔をしたほのかは子供みたいに泣き喚き、
いつもより聞き分けなくしてオレを困らせた。
今は・・・今もそう変わってない・・けどな。

「パパ、こんなとこにいたの!?ママ怒ってるから早く来て!」
「もう見つかったか。やれやれ・・誤解だってのに・・」
「早く誤解を解いてなだめてあげなよ、かわいそうだよ、ママ。」
「おまえいっつもママの味方だな?」
「僕はママが世界一だもん。・・ママは・・パパだけどね・・」
「ばぁか。おまえの方が大事にされてるんだぞ?パパなんかなぁ・・」
「あーっ!こんなとこに隠れてっ!!」
「ママ!やっぱりパパは誤解だって言ってるよ!?」
「なっちー!子供を盾にするなんて・・」
「してねーよ!それにオマエが勝手に誤解したんだろ!?」

「二人ともいい加減にしなよ・・あっ泣いてる!」
『あ!』

下の子が眼を覚ましたらしい。ほのかは慌てて部屋へと向かう。
そっと後ろから肩を抱いて頬にキスすると、睨まれてしまった。

「もー・・そんなんでごまかさないでよねっ!?」
「誤魔化してなんかない。」
「ほのかがそういうのに弱いと思ってるんでしょお〜!」
「かなり思ってる。」
「悔しい〜!!」
「もう〜・・パパ!ママ!」

いつもオレはほのかに振り回されてる。昔も今も・・
けどまぁ・・素直なとこもあるし、不満はないさ。

「・・パパ、にやけすぎだよ。」
「え、そうか?!」
「ホントにママが好きなんだね・・」
「悪いか、坊主。」
「悪かないよ、でもママを怒らせちゃダメ。」
「怒ってるママも可愛いだろ?」
「それでもダメ、かわいそうだから。」
「ふーん・・オマエもまだまだだな。」
「僕負けないんだから。」
「・・オレのもんだから。・・悪いな。」
「うー・・・!」

からかい甲斐のある息子だぜ。負けず嫌いだしな。
どっちに似たかなぁ・・?どっちでもいいが。
さて、どうやってなだめるか・・・楽しみだ。
相手も手のうちを読んでくるようになったし。
手強い方が楽しさも増す。つくづくいい女だと思う。
手痛くされたらされたで、なだめるようなキスをもらおう。







めちゃめちゃ未来の話でした。^^;
未来版に登場させた長男を出してみました。
彼の妹はちょい役になっちゃっいました。
・・・こういうの苦手な方はごめんなさい。