マイプリンスマイヒーロー 


 「小学生じゃないよ!失礼しちゃう!!」

 ついてないときにはついてないことが重なるものだ。
ほのかの外見に於いて誤解される向きなのは否めない。
それにしたって小学生はあんまりだとほのかは憤慨した。
面白くないのでずんずんと大またで歩く。頭からは湯気でも
立ち上っていそうだが、それは外気温の高さも手伝っていた。
連日の気温は暑さに強いほのかでさえもうんざりする程だった。
こうなったら毎日のようにプールなり、水の近くが恋しくなる。

 「なっちのばかっ!ばかばかばーか!!」

 八つ当たりされた夏という名の保護者は今日も留守なのだ。
せっかくの夏休みに何が面白くて仕事なぞしているのだろう。
自分勝手だとわかっていても夏の行動に我慢がならなかった。
連れて行けとせがんだのはプールだけではない、他にもある。
しかし仕事と言う名目に渋々一人で出かけてみれば小学生単独はお断りなどと
頭に来て当然の対応だ。新しいアトラクションを備えた遊泳目的施設であるが
本来ならば夏と二人で来ていて、こんな不当な扱いに怒るはずもなかったのだ。
そうだ、これは八つ当たりでなく真っ当な怒りだとほのかは鼻息を荒くした。

 ほのかのことを放っておくことが増えたのは真に仕事のせいだろうか。
近頃多少不審を抱くようになった。単純に夏の言い訳を飲み込んでいたが
もしかするとそこに嘘はなかったか、ほのかは珍しく脳内検証を試みた。

 「・・・まさか浮気!?だったらゆるさんじょ!」

 ほのかが見つけた一つの回答を口に出した頃、夏はくしゃみをした。
空調完備の社長室で秘書に怪訝な顔をされた。風邪など引いた覚えはない。

 「どっかのバカが噂してんのか・・?」

 ほとんど正解を口の中で呟いた。心当たりが頭に浮かぶ。ほのかだった。
夏は都合良く空いた仕事の穴を機に、一旦帰宅する旨を秘書に伝え慌てさせた。
数時間で戻ると告げると急ぎ車を出し、ほのかに連絡を入れてみるが不通だった。
夏はしばし考えほのかの自宅、白浜家の番号をコールしてみた。直ぐ母親が出た。
ほのかは今時の女子と異質な点があり、あまり携帯に依存しない性質なのだ。
余談だが夏も仕事上は使用するも私生活ではそんなほのかの性質を歓迎している。
ただこういう急な予定変更ではやはり文明の利器なしには不都合も生じるものだ。
こういう場合が発生するせいで、ほのかよりその母と電話することが頻繁である。
妙な話だが母親とのメールのやりとりの方がほのかより多い傾向にあったりする。
果たして案の定、ほのかは怒って携帯を携帯せず一人で出かけたことが判った。

 「いつもごめんなさいね、我侭で。」と陳謝する母親に丁寧に返事をすると
電話を切りほのかの動向を推察した。そして当初の予定通り自宅へ向かった。
戻る前に自宅へと電話を入れてみると、のんびりとした声が受話器からした。

 「はい、谷本夏はただいま外出中です。お名前とご用件をどうじょ。」
 「俺だ。人の家で勝手に電話番すんな。今から帰る。」
 「なっちい!?わーい!帰るコールのパパみたいだ!」
 「誰が父親だ!あと10分程だ。プールは行かなかったんだな?」
 「その点は深い事情があったのだよ・・あそこは場所も悪いのだよね。」
 「保護者同伴なのは大人向けのアトラクションが多いせいだ。拗ねるな。」
 「なぜそのことを!?むう・・おかけになった番号は不通になったのだ。」

 図星を突かれてほのかは電話を切った。夏は急ぎ自宅へと車を走らせた。

 自宅前で張り込まれるのを避けるために夏はほのかにだけ鍵の在処を教え、
ちょくちょくほのかは勝手に谷本邸に立ち入り掃除したり好き勝手している。
なので予想はつけ易かった。何せそこらの施設より豪華な上無料なのだから。
帰宅するとほのかはさっきまで寛いでいたことがばればれの居間で腕を組みながら
怒った風に夏を待ち構えていた。要するに約束を違えたことを訴えているのだろう。
それに入園できなかった理由も当然夏のせいにして当て付けることも承知していた。

 「お帰りなさい。お疲れ様なのだ。早く帰ってこれたんだね!」
 「仕事に急な穴が空いただけだ。ちょっと抜けてきたんだよ。」
 「ふ〜ん・・そりはまたなぜかね?」
 「どうせ引き返してきて俺の悪口言ってたろ。」
 「それで?!予想通りだからって誉めてほしいのかい!」
 「悪かった。明日はどうだ?なんとか都合を付けるぞ。」
 「・・・ほのかワガママなのに怒らないの?!」
 「俺が約束を破ったんだからしょうがねえ。」
 「つまんない・・なっちも怒ればいいのに。」
 「怒ってほしいなら怒るぞ。こっちこい、ほのか。」
 
 不思議そうな顔になってほのかが夏のすぐ目の前まで素直にやってきた。
ほのかは拗ねていたことも怒った振りも忘れている。夏は思わず微笑んだ。

 「一人で出歩くのはやめろ。プールには特に一人で行くのは禁止する。」

 ぽこんと夏の拳骨がほのかのおでこに落ちた。痛くもない軽いものだった。

 「ほのかって小学生に見える?ねえ、そんなに頼りない?」
 「そういう意味で言ったんじゃねえ、・・危ないからだ。」
 「なっちが途中で来てくれるかもって思ったんだよね・・」
 「来なかったらどうしたんだ。何かあってからじゃ遅い。」
 「なっちはいつだってほのかのピンチには間に合うもん。」
 「俺の言ってること無視すんな。」
 「ほのかのに先に答えて!小学生はないでしょ!?ねえ!」
 「・・・見えない。だから心配してんだろ。」
 「ウソだ。なっちはほのかに甘いから・・だって間違えられたんだよ!」

 ほのかは余程傷付いたらしい。瞳が見る間に湿って涙が溢れそうになった。
夏は眉を顰めた。怒った振りをするかどうか悩んだのだ。泣かれるのは痛い。
 
 「泣いてんじゃねえ。・・単に身長で判断したんだろ?チビだからな。」
 「チビだとう!そうだよ、そうとも。ほのかはオチビでワガママなガキんちょさ!」

 とうとう涙は零れ出た。子供のように泣いて腕を振り回した。しかしほのかの拳は
少しも当たらないため、夏は思わず前に進み出たが、それで更にほのかは眉を吊り上げた。

 「バカにしてからに・・なっちのバカ!キライ!ばかばかばかば・」
 
 夏は口を閉じさせようとして小さなほのかを胸に押し当てた。にも関わらず 
ほのかは未だ口をもごもごさせ文句を言っている。夏はほのかの頭上で嘆息した。

 「ああ俺はバカでいい・・でもってお前をバカにはしてねえぞ。」
 
 ふがふがしていたほのかが急に大人しくなったかと思うと夏に抱きついた。
抱き合ってしまっている二人はどちらもお互いのことを案じているのか沈黙した。


 「俺のピンチを救うのはお前だ。いつだって。」


 夏の声が少し低く小さくそう囁くとほのかはゆっくり顔を上げた。
夏は弱りきった顔をしていた。さながら窮地を救って欲しい姫君のようだと
ほのかには見えた。王子様なのにお姫様っておかしいなと思うと口がゆるんだ。

 「泣きそうだね?泣いてもいいじょ。ほのかが助けてあげる。」
 「泣いてねえ。けど・・もしそうならどうやって助けてくれんだ?」

 ほのかはぐいと夏の服を引っ張ってもっと屈めと命令した。夏の顔が近づく。
するとえいっとばかり首を伸ばし、頬に口付けをした。夏がぽかんとしたので
とうとう涙を振り切ってほのかは笑ってしまった。嬉しそうに。幸せそうに。

 「お姫様にはちゅーでしょ!?ほのかが王子様でさかさまだけどね!」
 「誰が姫だ。お前だって王子はおかしいだろ、それを言うならヒーローだ。」
 「ほのかが!?なっちの?!わあっ!それいい。そうする。そうなる!」

 「・・もうなってるってんだよ・・ばかめ。」

 恥ずかしそうな小声にほのかは更に口角を上げて楽しげな笑い声を漏らした。

 「なっちもほのかのピンチに間に合うヒーローだよ。ダブルでかっこいいね!」
 「ダブルヒーローか・・ま、悪くねえ。」
 「ふへへえ・・なんかほのか満足した。なっち、おやつ!」
 「なんだよ、食い気優先かよ。」
 「腹が減っては戦ができぬ、だもん!」
 「そうですか。」
 「当然じゃん。」
 「そういうことにしてやるよ。」
 「えらそうじゃの。」

 ちょっと唇を尖らせてみたほのかに軽く意趣返しをしたのはほんの一瞬だった。
何をされたのかわからない顔で今度はほのかがぽかんとした。唇は少し開いていた。

 「そんな間抜けな顔してたら本気でするぞ。」
 「え・えっと・・や・ややややや・・やだあ!!」

 真っ赤に茹だったほのかをおいて、夏は踵を返して部屋を出て行こうとした。 
よく見れば夏の耳も赤かったのだがほのかは見逃した。背中に待てと追い縋る。
しかし夏はつかまらず、台所でオヤツみつくろってくると言って出て行った。

 「待ってろ!美味くて悲鳴上げるくらいのオヤツもってくるから!」

 言い捨てるようにしてから扉は閉じた。逃げた夏に向かってほのかはぼやいた。

 「ばか。やっぱりなっちはおばか。味なんてわかんないかもだよ!」

 悔し紛れにそう叫んでみたものの、力なくソファにへたり込んだ。顔はまだ熱い。

 「やだもう・・さっきはお姫様みたくやわやわな顔してたくせに・・」

 ほんの一瞬、唇が重なったときの夏は王子様みたいだったなんてことは絶対に
言わない。秘密だとほのかは思う。なぜってそれじゃあ皆と同じになってしまう。
ほのかは夏が王子だから好きなんじゃないんだからと、甘く痛む胸を押えて言った。







ごく甘で攻めてみました。うっぷ・・^^;