My girl


あんなに近寄るなとオレが必死になったのは、
妙な胸騒ぎと予感がしたからかもしれない。
感じたのはほのかと知り合ってすぐのことだった。

”また来るねー”そう言って手を振り、にこやかに出て行った。
”もう来るな!”とオレは言ったはずだ。しかしアイツはやって来た。
どうして家に入れてしまったんだろうとオレは自問したものだ。
遠慮を知らないヤツとはいえ、門を開け、扉を開いたのはオレなのだ。
掃除も洗濯も当然させるつもりなんかこれっぽっちもなかった。
なのに、置き場所を聞かれて教えたのは・・・やはりオレだった。

名前なんか教えるな、とオレは言った。”知りたくも無い”などと。
オレの行動は矛盾に満ちていた。だからバレていたのかもしれない。
期待したのも、構われたがったのも、実のところオレの方だったんだ。

いつも”演じて”人と接していたくせに、ほのかの前では素だった。
嘘ならいくらでも吐けたはずなのに、オレはそうしなかった。
惜しみない親愛を示されて、初めは圧倒されていたかもしれない。
いつしか来るなと言わなくなった。言わなくても来ると安心したからじゃない。
来なくなる日を遠ざけたかったんだろう。そうと意識していなくても。

遠慮を知らないほのかはどんどんオレのテリトリーに入ってくる。
呆れた振りをして、迷惑顔までして、待っていた。いつもいつも。
「好きだよ」「優しいね」「ありがとう」言われるたびに嬉しくて胸が痛んだ。

巻き込むまいと別れを告げたとき、ほのかはいつものように駄々を捏ねなかった。
今でもあのときを鮮明に覚えている。すぐにオレの言いたいことを悟って涙ぐんだ。
「ほんとに素直じゃないよね〜!」と以前オレが笑った顔を作って耐えていた。
いじらしいと思った。自然と微笑んでいた。忘れていた安らかな気持ちになれた。
しかし、そんな気持ちを思い出した途端、オレは何か忘れ物をした気になった。
それが何なのかは思い出せないオレに、ある人物が迷い解く手掛かりをくれた。

あそこはオレの分岐点だった。もう失うのは嫌だと思っていた。
大切なものを護れない悔しさをオレは誰よりも知っていたから。
だから兼一が憎らしかった。オレの失くしたものをあいつは持っていた。

愛する者を護りたいなんて、ぬけぬけと・・腹立たしかった。
オレはもう・・愛されることはないと諦めていたからかもしれない。

”だいじょうぶだよ、ほのかがいるよ”

ほのかは単なる慰めで口にしたのかもしれない。けれどオレは、
愛してもいいのかと問わずにはいられなかった。言葉にはできず己に繰り返し尋ねた。
それほど愛されたいと望んでいた。小さな手にしがみつきたいほど求めていた。

だけどそんなことを伝えることはできなくて、ただ見ているしかなかった。
望んだ相手はまだ子供で、無邪気で明るい笑顔は皆から求められていた。
オレにたまたま出会って、少し構っただけのオマエにこれ以上の無理は強いられない。
ずっとそうして見ているしかなかった。せめてその笑顔が曇らないようにしようと思った。
いつまでだかわからないが、傍に居られるだけ居たかった。オマエの気が済むまで。


そんなオレに光が見えた。ほのかが兼一の好きな女のことを持ち出した。
オレに興味があるかとおそるおそる尋ねた。誰もが憧れるほどの女だからと。
興味が無いと言ったオレに随分驚いていた。ほのかの尋ねた理由に体が強張った。

”誰も好きになったらイヤだ”
”どんなヒトが好き・・?”

何か勘違いをしているのかもしれない。子供の独占欲のようなものかもしれない。
だけど、オマエは・・

「誰も・どんな女でも好きになったりはしない。」

そう告げたオレに微笑んだ。頭を殴られるより激しい衝撃を食らった。
そのとき、許されるならもう一生離さないでいたいと思ったくらいだ。
甘い誘惑の日々が始まったのはその頃からだ。辛く心穏やかざる日々。

言葉でも、態度でも、目線だけでも、いくらでも感じられた。
幸せで息が詰まるほどだった。辛くてもいい、いくらでも悩ませて欲しかった。
オレも隠せなくなった。どうしても見つめてしまう、そうと気付かれるくらいに。
掠めるように額に口付けると、全く気付かないので呆れたが、それも楽しかった。
嫉妬はわりとよくするようになった。泣くほどに心配するから困惑はするが、
実はそんな悩む様が可愛くて、どさくさに紛れてよく髪に触れてやんわり抱きしめた。
卑怯というか、姑息なオレのやり口に見事に引っかからないことに苦笑を漏らしながら。
気付いて欲しかったが、気付かなくてもいいと思った。
こうして傍にいたいと言って甘えてくれるなら結構満たされる。
これ以上幸せだと怖いということと・・一度箍が外れたらと思うとそれが怖い。
ギリギリのところで踏みとどまっていた。毎日が試練で、それが楽しい。

”誰も好きになるなよ、オレ以外は”
”どんなヤツにも渡さないからな”

そう言えない分、視線に込めた。次第に顔を赤らめるようになっていった。
どうして毎日毎日、新しい顔でオレを誘惑するんだろうと不思議に思った。


「最近なっちは見すぎだよ、ほのかのこと。」
「・・そうか?」
「そうだよ、心臓に悪いったらないよ。」
「なんでだ?」
「ドキドキするもん。やだなぁもう・・」
「じゃあ見ないでおく。」
「・・見ないで、どうするの?」
「そうだな・・何見るかな・・」
「ちょっとなら見ていいよ?」
「それってどれくらいかわかんねぇ。」
「うーん・・ほのかがもうダメって言うまで。」
「ふーん・・じゃあそうするか。」
「え!?今!?ううむ・・ま、負けないもんね!」
「対抗する気か、生意気な。」
「悔しいじゃないか。だからほのかも見てやるー!」
「いいぜ、この勝負ならもらったな。」
「まだわかんないじゃないか!」
「楽勝だぜ。」
「むー・・そうはいかないんだからね。」
「じゃあ負けたらどうする?いうこときくか!?」
「よっし!じゃあほのかが勝ったらいうこときくんだよ!」
「わかった。」
「試合開始!」

にらめっこみたいだな、真剣な顔がおかしい。
早くもほのかの瞳が泳いできた。笑い出しそうになる。

「なっち、笑ったらなっちの負けだからね!?」
「あ!?そうなのかよ、そりゃマズイな・・」
「ヒトの顔見てて笑うって考えてみると失礼だよね?」
「これってにらめっこだったか?」
「違うけど・・とにかく負けないんだから。」
「勝ったら何をさせるつもりなんだ?」
「言わない。秘密。」
「教えろよ。」
「ダメだよ〜だ!」
「オレが勝ったら・・そうだな、何してもらうかな?」
「まだ考えてなかったの?」
「オマエも今考えてんじゃねーのか?」
「・・・ウン、ばれたか。」
「っ・・やべっ・・」
「あっ笑った!!なっちの負けだよっ!?」
「えー?今のアリかよ・・」
「やったあ!ほのかの勝ちだーっ!」
「ふぅ・・しゃあねぇな・・で、なんだ?」
「うーんとねぇ・・」
「ハイハイ、なんですか?」
「せかさないでよ、考え中なんだから。」
「お好きにどうぞ。」
「いつものじゃないキスして。」
「いつもって・・」
「おでことかじゃなくって恋人限定のだよ。」
「・・・気付いてたのか・・って、待てよ恋人用だと!?」
「そう、それで恋人認定ってことにして。」
「・・・オレとそうなりたい、って言ってんのか?」
「・・・イヤなのぉ・・?」
「・・オレはオマエのもんだから、構わねぇけど・・」
「だから、今日からほのかもなっちのになってあげる。」
「・・・・オマエそれ・・マジ・・」
「当たり前でしょおっ!?」
「あ・そ・・しかし・・」
「そんなにイヤなのっ!?ヒドイ!!」
「や、違う。そうじゃなく・・」
「もう〜!イヤならやめる!なっちのバカ!」
「待て待て、コラ!慌てるなよっ!」
「慌ててないもん。なっちが慌ててるんじゃないの!?」
「お、おぅ・・めちゃめちゃ・・慌ててるかもしれん!」
「ぷぷっ・・おかしい。なっちぃ・・ぷぷぷぷ・・」
「わ、笑うな!慌てるだろ、そんないきなり・・」
「あははっ・・はは、なっちってばおっかしい!」
「オマエなーっ!」




「・・ほのか」
「・・なぁに?」
「大丈夫か?」
「ウン。息は止まったけど。」
「そりゃオマエが止めたんだろ?」
「なっちが止めたんじゃないか!」
「オレも止まりかけたから・・怒るなよな。」
「ふふっ止まりかけたの!?ホントに!?心臓が?息が?」
「・・にくったらしいヤツだなー・・!どっちもだよっ!」

鼻をつまんでやってもまだ笑ってた。悔しいがそんな顔も可愛い。
オレのものになってやるだなんて・・・・殺す気かよ!?
ほのかは赤い顔をしていたが、笑った。嬉しそうに、幸せそうに。
オレの負けだ。悔しさはない、だってもうとっくに勝負は着いてた。


オレはこれからもずっと、なにもかもすべてオマエのものだよ。