「無知覚」 


”近い!”

イラついた感情が夏をまた襲う。
不愉快な頭での反応と一致しない身体。
もうほとんど諦めているほのかの行動。
無自覚で呆れる。意識してないからだ。
未だに慣れてないオレの方がおかしい。
バカみたいに触れられるたび、身構える。
触れられている間、ほっとしているくせに。


”あれ?”

夏に近づくといつも感じるぴりっとした感覚。
いつまで経ってもちょっと怯えた風で寂しい。
だからつい必要以上に近づいているかもしれない。
しばらくすると安心したように彼の緊張は解れる。
それが嬉しくて触れたり近づくことをやめない。
どきどきしていることに気付かれてないと思う。
ほっとしている顔を私だけが知っているといい。


”コイツいつもどっか掴んでやがるよな”

不安だからというのではない、と思いたい。
昔みたいに黙ってどこへもいかないと約束した。
けれど知らず不安がそうさせるのではないかとも思える。
だからだろうか、されるがままになっているのは。
心地良さと後ろめたさと安堵と心配。ごった煮の感覚。
ほのかのいないときのもの寂しさがそれらを際立たせる。
そんな近づくなよ、オレからも触れたくなるから
そう口に出してしまいそうになると唇を固く引き結ぶ。


”なんでどきどきするのに触っちゃうかな”

前はどうやってたかどうしても思い出せない。おかしいな。
だけど嫌がってないってわかるから、何度でも手を伸ばす。
なっちからは触れてこない。それはもうわざとかなってくらい。
だからたまに近づいてこられるとものすごく緊張する。
そんなときはなっちはまるで意識してないから余計にだ。
宿題を教えてくれてるときとか、護身法を習ってるときも。
何かに気を取られているときもそう。自然と近くなってる。
ただすぐ後ろに立ってたりするだけでもすごく安心する。
当たり前のようにほのかの支えになってくれてるんだね。


”ああ、まただ。近い。近過ぎだって!”

そんな人を信じきった顔して。バカみたいに笑顔で。
もうとっくにオレたちの間に壁なんてないんだぞ?
オレが解いてしまった。ほのかだけに赦した空間。
もう手を伸ばしてしまえば、オマエは逃れられないんだ。
わかってねぇから・・・しないだけのことなんだ。
締めワザなんぞ教えるんじゃなかった。アレはキツイ。
耳元に感じる気配にオレの方が息を潜めてしまってる。
なぁ、なんでわかんないんだ。何度も何度も目で問いかける。


”ああ、どうしよう寂しい。なっちから触ってくれないかな・・”

わかってほしくて見つめても正解は中々やってこない。
ときどきなっちも何かを言いたげに見えるけど、ほのかもわからない。
言わないとダメなのかな。言わないのは卑怯かな。だけど・・
怖いんだ。なんでだろう?もう知ってるから?・・なにを!?

「わっ!」
「・・なにやってんだよ。」
「あ〜・・やっちゃった。」
「動くな、血が出てる。」
「だいじょう・・ぶ・!」

ほのかは取れてしまった服のボタンを付けようとしていた。
意外にも自分の裁縫セットを取り出すと夏の目の前で始めた。
手つきを見て危ねぇな、と夏が眉を顰めたことには気付いていない。
ハラハラしていると案の定、針がほのかの指を直撃したのを見た。
ほのかが自分の指を見るより早く夏がその手を捕らえていた。
大丈夫だとほのかが口にし終わる前のことだ。驚くほど早かった。
ほのかの小さな指先は今夏の口の中だ。驚いてほのかは固まっていた。
ふと視線で我に返ったかのように、夏はそっと指先を開放したのだが、
驚いているほのかより行動してしまった夏の方が余程痛そうな顔をした。

「・・すまん・・血は止まったから絆創膏持ってくる。」
「あ、うん。ありがと。」

決まり悪そうにぼそっと呟くと夏はさっとその場を後にした。
救急箱を取りに行った背中を見送ると、ほのかはへなっと椅子にもたれた。
心臓が半端なくばくばく音を立てていて、おそらく顔は赤いだろう。

”うもーっ・・なっちって時々不意打ちで触るというか〜!?”

「くるよねっ!」

声が出たのは最後の一言で、自分の声に慌てて腰を浮かせた。ところへ、

「なにがだよ?!」
「きゃああっ!!」
「何が来たって?」
「早っ!なっちって瞬間移動できるのっ!?」
「アホなこと言ってねぇでとっとと手ぇ出せ。」
「た、たいしたことないのに悪いね!?」
「思い切りぶち刺してたじゃねーかよ、心臓に悪ぃ。」
「そ、そっかな〜?」
「いつも自分でやってるか?」
「あっ疑ったね!?いつもちゃんと自分でやってるよ。」
「まぁそんくらいはな・・オレも遠慮しといたんだが。」
「なっちってこういうことも自分でするんだよね。」
「他に誰がいるんだ。当たり前だろ。」
「エライね?!」
「じゃあオマエもな。」
「へへ・・得意ってわけじゃないけどね。」
「そんでも端から人任せなのより良い。」
「なっちはお手伝いさんもイヤなんだよね。」
「まぁな。他人に入り込まれたくない。」
「ほのかは最初から入れてくれたけどね。」
「オマエは止めたのにずかずか入り込んだんじゃねーか!」
「あはは・・そうかも。」
「有り得ないことだぜ。」
「ふへへ・・なんか照れる。」
「バカか!照れてどうする。」
「ほのかだけ特別っぽいもん。」
「あーもー、オマエはあらゆる意味でな!」
「なな・・なっち、素直になって・・!?」
「はぁ!?何を喜んでんだ。それより服よこせ。今回はオレがやってやる。」
「絆創膏貼ってくれたからできるよ。」
「けど痛いだろ、まだ。いいからホレ、よこせって。」
「なっちってお母さんぽいよね、そういうとこ。」
「それは無茶苦茶心外だが。」
「なんていうのかな・・過保護?」
「・・誰かに言われたのか。」
「え、うん・・なっちも言われたことあるの?」
「・・・・・まぁな。」

夏は忌々しそうに目を伏せて言いつつ、手元ではあっと言う間に処理を終えた。
ぽいとほのかに差し出された服のボタンは綺麗に元の位置に収まっていた。

「おお・・・お見事。ほのかより上手い・・っていうか早ーい!」
「そんなこと感心されてもな・・」
「器用だよね、なっち。嬉しくないんだ、そういうの。」
「あぁ。」
「過保護なのは・・ほのか嬉しいよ?」
「あ?」
「なっちからほのかに触ってくれるのってこんなときだけだもん。」
「・・・・」

ほのかは少し途惑いながらそう口にした。夏はどうやら返事に窮したようだった。

「あっあのさっ・・それじゃなんか触ってほしいみたく聞こえるけどっ・・」

突然自分の言ったことが恥ずかしかったと気付いたのかほのかは慌てて言い繕う。
だがうまく言葉が紡げずに黙ってしまった。困った顔はほんのりと赤く染まっていた。
夏はそんなほのかをじっと見たまま、何かを考えるように同じく黙り込んでいた。

”なにか・・気付いてなかったことが今・・なんだ・・?”
”あわわ・・どうしよう!?言っちゃったし。けどうまく説明できてないし!?”
”ほのかに近づくななんて思ってたが、近づけたのは・・・オレだよな”
”なっちが何か・・考えごと?!なんだろうなぁ・・?い、居心地悪いかも!?”
”不安にさせてたのか、オレが。近づいていいと誘っていながら?”
”なんでじっと見てるかなぁ・・!?あ、居心地悪いのってそのせいだよ!”

「・・オレは『過保護』で構わない。オマエはどうなんだ?」
「えっ!?いきなりっ・・いっいいよ!モチロン。」
「それとオレからは・・別に触りたくないってんじゃなくてだな・・」
「ん?あ、そうなの!?遠慮してる?」
「いや、遠慮ってのとは・・違う・・かな。」
「よくわかんないけど、なっちからも触っていいよっ・・ってこの言い方もなんかヘン!?」
「ぷっ・・触れってのなら触るが・・そういう意味じゃないよな。」
「そっそう!さすがはなっち。わかってるね!?なんかそのヤラシイ意味じゃないんだよ!」
「別にそういう意味でもオレはいいけど。」
「えっ!?」
「あ、いや!今のは・・忘れろ。」
「んーとだからその・・やだねぇ、なんでこんな焦ってるんだろ!?」
「落ち着け。なんもオマエは気に病むことしてない。」
「うん・・はは・・あ、そうだ。こういうときはね、安心させて?」
「どうすりゃいいんだ?」
「・・あれ?どうだっけ・・?」

落ち着かなくそわそわしているほのかに、夏は意識して手を伸ばした。
ぽんぽんと頭の上に大きな自分の掌を数回当てて、その後優しく撫でた。
それは子供を安心させるような仕草で、確かにほのかはほっとしたのだが・・

「どうしよう・・どきどきが・・治まんない・・!」
「・・なんだかな、無意識に撫でてるときと・・全然違うな。」
「あ、なっちもなの?もしかして・・どきどき・・する?」
「結構・・ヤバイ。」
「なんでだろうね!?嬉しいんだけど、それだけじゃなくって。」
「そうだな。もっと・・触れていたくなる。」
「うん・・よかった。いっしょだ・・」

夏から手を伸ばして触れることは禁忌のように思っていた。
自分が触れたら穢してしまうような、そんな畏れは今もある。
だが、そればかりではないではない。そんなことよりももっと、
強い想いがあったことに気付いた。自分にしてくれるようにしてやりたい。
ほっとするようなほのかから与えられる優しい温度、確かな安心感。
自分もまたそうしたいのだ。与えたい、与えられるものならいくらでも。
ほのかは伝えてよかったんだと思った。触れてもらえて嬉しい。
これからはもっとなっちからも触ってもらえるかなと期待してしまう。
ヘンかな、でもホントのことだし。どきどきするけど、それでも。
ほっとするような顔をもって見たい。そして私もほっとしたいんだ。

”遠慮してたのはほのかだね。らしくないや、もっとお願いしてみよう!”
”そんなこともわかんなかったって・・・オレもたいがい・・バカだと思うぜ”

「ねぇ、なっち、こらからはなっちもほのかにさぁ・・」
「ああ、ずっとオレからも触れたかった。我慢し過ぎたかもな。」

普段からは有り得ないほどの夏のストレートな台詞にほのかの頬はまた薔薇色に染まった。








自覚なさすぎな二人。(笑)君たち、意味わかって言ってるか〜い?!