MUSICA (T) 


ほのかとオレがようやく付き合い始めた頃、会社の経営が忙しくなった。
会えない日が続く効用だろうか、足りない気分を自覚させてはくれた。
幸いそれはオレだけではなく、相変わらず色気のない相棒も同様らしかった。

「なっち・・最近さ、縁談話がスゴイんだって?」
「オマエどっから情報を・・まさか宇宙人か!?」
「秘書の都ちゃんからも聞いてる。」
「いつの間に・・心配すんな結婚なんざ・・」
「心配してるのは重役陣でしょ。じゃなくて噂も聞いたよ。」
「噂だと?」
「なっちはゲイだってのと幼児趣味だっての。」
「んなっ・・」
「ほのかは本気で付き合ってるとは思われてないようなのだよ。」
「・・・好きに言わせとけ。」
「お誘いを全部お断りしてる事実は嬉しかったけどね。」
「オレはそんな暇じゃ・・」
「ところで今度出張なんだってね?」
「は?・・あぁそれも聞いたのか。」
「ほのか丁度大学は夏休みだしさ、一緒に行く。」
「遊びに行くんじゃねぇんだ。女連れて行けるかよ。」
「昼間は自分で観光するから泊まるとこだけなんとかして。」
「なんだと!?」
「でもってのびのびになってる件をクリアして欲しいのだ。」
「?・・なんか約束してたか?・・ってまさか・・・」
「もうほのかは待ってられませんから。」
「そっ・・ちょ・それ・・・・」

何度かそういう機会がないではなかったが、諸事情があってオレたちは・・
実を言うとまだ一線を越えてはいなかった。付き合い始めてかなり経過しているというのに。
諸事情というのはあまりに長くなるので省略するが、要するに二人共臆病だったせいだ。
経験値の無さがその主な原因かもしれない。それとただ二人でいることに慣れすぎてもいた。

「ぼんやりしてたらほのかもう20歳なんだよ?」
「そ、そうだな。」
「そりゃあ周りだって心配するよ、なっちは特に男でしょ?!おかしいって言われて当然さ。」
「別に誰かのために結婚とかするわけじゃねぇだろ!?」
「あ、それは同感。けどそんなことじゃなくってだね・・ほのかは欲求不満です!」
「うわ・・オマエ・・あからさまな;」
「いっつも寸止め!邪魔が入ったりもあるけどさ!?」
「お、落ち着け。はしたないぞ、多分・・」
「なのでもう外国に逃亡しようと思ってたら出張の話を聞いてさ、それだ!と。」
「・・・・それ?」
「そこで念願の一夜を迎えるのさ!」
「オマエ・・言ってる意味わかってる・・よな?」

気が遠くなりそうだった。言い出したら聞かないヤツだ。オレは色んなことを覚悟した。
これから闘わねばならない相手は会社の重役やほのかの両親なんかまだ序の口だろう。
当のほのかだ。口ではスゴイこと言ってるが・・コイツが一番びびりだってよく知ってる。
でなけりゃここまで待ってないっての・・オレだって辛い日々を過ごしてきたんだ。

「もう・・なるようになれだ。知らんぞ、反対されるに決まってるからな。」
「そこはもうほのか20歳だもの。説得してみせるよ。」
「じゃあオレは・・いやオレもオマエの父親に会いに行くか。」
「いいよ、なっち。ほのかガンバルから!」
「じゃなくて、婚約。正式にしてしまおう。じゃないと無理だろ、おそらく。」
「あ・・ああ。ほのかが大学卒業したらってやつ。」
「そう。」

以前付き合いの長いほのかと真面目に交際していると父親に報告に行ったときの話だ。
兄のように接していると思っていたほのかの父親とついでに兄の兼一は驚いた。
母親はとっくに知っていたので、なんとかその場はやり過ごすことができたが、
父親は気の早いことに将来はどう考えているのかと尋ねてきたのだ。
自分の立場からも早くに結婚したいと正直に告げた。ほのかが横で驚いていた。
はっきり言ってなかったので引かれるかとも思ったが、ほのかは喜んで

「ほのかばっかりお嫁になりたいって言ってるのかと思ってた!」と涙ぐんだ。

その喜びようのおかげで父親は折れてくれた。ほのかの卒業後とその際に決まったのだ。
それほど以前の話ではない。しかし父親の監視が強くなったのもそれからだった。
「結婚するまでは」との父親との裏約束をほのかは知らない。それも手を出せなくなった理由だ。
今回のことを納得してくれるかどうか・・旅行はともかくほのかが「その気」だってことを。

「やあ、夏くん。いらっしゃい。」
「・・・ああ。久しぶりだな。」
「婚約おめでとう。けどすぐに旅行ってどうしたの?」
「・・・聞いてないのか?何も。」
「ほのかが痺れを切らしたとか聞いた。」
「・・・なら何を訊きたい?」
「ズルイじゃないか。そんなの。羨ましすぎる。」
「はあ!?」
「お父さんと一緒に反対するからね!もっと先でいいじゃないか。」
「お前な・・いや、いい。オレもほのかが諦めるならそれがいいと思ってる。」
「あれ?・・君はこの話乗り気じゃないのかい?」
「ほのかの気が済めばオレはどうでもいい・・・」
「なぁんだ・・焦ってるのはほのかの方なのか。」
「あとオレの会社連中とかが煩いから婚約は正式にしておきたい。」
「なるほど。大変なんだね。」
「一応跡取りなんで。」
「そうかぁ・・困ったな。お父さんに僕も味方だって言ってしまったよ。」
「味方してやれよ。」
「ふぅん・・けど君もよく我慢できるね。」
「ほっとけ。」
「そんなにほのかが大事?」
「言わせるな。」
「ふっ・・そうだね。バレバレだしね。」
「口の減らねぇ奴だぜ。」

母親はほのかの味方というより中立の位置にいた。なんだかんだで一番権限を持ってる。
だからこのことは母親が納得するかしないかで事は決まるだろうとオレは予想していた。
案の定父親と兼一は反対の姿勢を見せたが、ほのかは怯むことなく自分の意見を下げなかった。

「ほのか一人でだってついてく。なんなら別々に行ってもいいよ。」

安全面での心配が大きくなってくると父親も悩む。何せ娘は行動的で無茶な部分がある。
母親がオレと同行する方がその点は安心だと口を挟んだので形勢はあっさりと逆転した。
つまりほのかの望みどおりになったのだ。ああ・・強い、やっぱり強いぜ、この母娘は。

「やぁ〜よかったね!なっち。嬉しいな〜Vv」

婚約指輪をうっとりと眺めながら気楽なほのかはオレに擦り寄った。
まるで勝利の栄冠のような象徴を指に、一生勝てそうに無いなんてこっそりと思った。
オレはほのかが幸せそうならそれでよかった。後はなるようになれという気持ちだ。
会社の重役陣には正式にほのかを紹介もした。母親が演出して少し大人っぽい装いで臨み、
邪気のない微笑みで一同を黙らせた。この点でも母娘の勝利だ。行くところ敵無し状態だ。

「皆いいおじさんたちではないですか!」と豪語するあたり大物の貫禄を感じた。
「オマエって・・怖いものないよな。」
「そんなことないよ?ほのか普通の女の子だもんね。」
「オマエが普通ならオレは惚れてないかもしれんぞ。」
「おやっ!?珍しく誉めてる!どしたの、熱でもあるの!?」

真面目にオレの額と自分のとに手を当てて熱があるかを確かめるほのかはいつものほのかだ。

「・・例の一夜はパリになる予定だが、いいか?」
「おお!モン・パリ〜!トレビアンだね!?」
「少し会話の勉強しておくぞ。」
「いいよそんなの、なんとかなるっしょ。」
「楽天的過ぎるだろう。オレは数日仕事でいない日もあるんだぞ!」
「わかったよ、なっちがちょいちょいっと教えてくれたらそれで。」
「はぁ・・勝手にフラフラ一人で出歩くなよ!」
「朝市くらいはいいでしょ!?」
「オレも行くから!とにかく一人では外出禁止だ。」
「なんか・・ちょっと窮屈かも。」
「オマエな・・オレはついでなのかよ!旅行のガイド役か!?」
「あやや、違う!チガウよ〜!ごめんv」
「ったく・・どこにいてもオマエはオマエだよ。」
「そりゃそうさ。で、なっちも一緒、それがお約束だよ。」
「フン・・」

オレといることが当たり前だと言うほのかがあんまり可愛くて額をピンと弾いた。
色気は無くても、オレにはオマエで充分だなんて思ってるあたりオレは末期だ。
初めての夜に緊張してるのはオレだけじゃないのか、なんて少し拗ねそうになりながら。


予定通りに事は進んだ。ほのかは大はしゃぎで着いたらダウンしそうな勢いだ。
見送りの家族たちに手を振って、オレたちは旅立った。最初はフランスだ。
拙いフランス語を気後れすることなく機内でも披露して、隣のフランス人と親しくなっていた。
その初老の婦人がワインを水代わりにがぶがぶと飲んでいるのを見てほのかは感心した。

「なっちって飲めるんだっけ?」
「ああ。酒飲みの師匠のおかげでな。」
「強いの!?」
「さあ?師匠にはヒヨっこ扱いだったが、酔ったことないな。」
「それって相当強いんじゃ・・いいな・・ほのかダメなんだよね・・」
「無理するな。酔ったらヒドイ目に合うぞ。」
「・・ウン・・けどさ?ちょびっとくらい夜のお食事のときとかならいい?」
「・・ああ、少しだけならな。」
「やった!へへ・・いいねぇ、二十歳。お酒も大人の仲間入り〜って感じv」
「ふっ・・んな顔して・・」
「む、今失礼なこと考えたな!」
「別に。」
「バカにするでないよ、ほのかちゃん大人計画は進行中なんだからね。」
「それはそれは・・楽しみにしとくぜ。」

仕事は完全にほのかに押しやられてほんの少しに圧縮され、ホテルも変更した。
スイートの豪華さに目を回していたが、中の天蓋付きのベッドがいたくお気に召した。

「お姫様のベッド!!うわわ〜vVなっちどうしょう、憧れてたんだよ〜!」
「よかったな。」
「綺麗だー!・・なんかディズニーのプリンセスになった気分。」
「ちょっと休憩しとけ。オレは少し仕事だ。」
「いいよー!部屋を探検しておくから。王子さまはお仕事ヨロシク。」

お姫様はくるくると部屋中を探索してあちこちから感嘆の叫び声が聞こえた。
一緒にいると、ほのかはよくしゃべるし飛んだり踊ったり跳ねたりでやかましい。
けれどそのやかましさが今では無いと物足りない。BGMになってしまっている。
調子ハズレなときもあるが、実際に歌ったりもする。意外とこれがクセになるのだ。
困るのはいきなり途切れたりすることか。悲鳴もオレを呼ぶ声も全てが心地良い。
なんだろうな・・・これ。音楽・・?そんな風にも感じる。

「じゃああん!見て!王子さま。」
「・・どうしたんだ、そのドレス。」
「お母さんに作ってもらったの。夜のお食事のとき着るんだ。」
「へぇ・・珍しいな、黒って。地味じゃないか?」
「ノンノン!アクセサリを引き立てるためさ。期待しててね。」
「そんなに気張らなくても・・ドレスコードはあるにはあるがな。」
「でもってジャン!」

ほのかがくるっと後ろを向いたとき、オレは驚いた。背中が広く開いている。

「なっ・・ちょっと背中開きすぎだろ!?・・下着とか・・どうすんだ?」
「ふふ〜ん・・ほのか色っぽい?ねぇねぇ、どお!?」
「どうって・・寒そうだな?」
「なんだい、その感想・・・」
「どう言えばいいんだよ?!」
「しょうがないなぁ・・まあいいよ。夜は靴もメイクもばっちり決めるからね!」
「そんなに気合入れてどうすんだ。」

オレがポカンとして気の抜けたことを言うとほのかは思い切り顔を顰めた。

「王子さまを誘惑するのに決まってるでしょ!べーっだ!なっちのおばか!!」

オレのお姫様は見事なあかんべを見せて仕事をしていた居間を出て行った。
あ、そういうことかと今更なことに気付くと顔が熱い。そうだったな、今夜か・・
途端に胸が騒ぎ出した。仕事の途中だってのにヤバイじゃねーか。けど・・

「参ったな・・オレ、大丈夫かな?」

何度も夢に見たほのかを今日は現実に・・おいおい、どうすんだよ、動揺してきた。
禄でもない返事をしそうになったオレは、諦めてパソコンの電源を落とした。







「パリの夜」編一話をお届けv(^^;
長くなりそうなので数話にしました。続きをお楽しみに〜♪
裏になりそうでならないギリギリを目指しております。(無理か・・)