MUSICA後日談第3話〜ハーモニー〜


「なんで深呼吸?」
「焦んないように。」
「なっち焦っちゃいそうなんだ。」
「余裕なくてスマンな。」
「ほのかはあるように見えるの?」
「・・いいや。だから余計落ち着けって自分に言い聞かせるんだ。」
「なっちってほのかのことよくわかるねぇ・・!」
「オマエだって。オレのこと誰よりも知ってる。」
「そうだったらいいな。」
「そうだよ。」

ほのかは照れてオレの胸に顔を隠した。熱いのは多分気のせいじゃない。
きゅっとオレを抱く手に力がこもると、オレは既におかしくなりそうだ。
それでも出来る限り慌てずゆっくりとほのかをベッドに横たえる。
ふるっと震えたほのかはにっこりと笑って”怖いんじゃないよ?”と伝えた。
お互いにスタートラインに立っている自覚を持ったとき、ほのかが目をぱちりと瞬いた。
それで思い出した。ほのかに言えた立場じゃない。オレの方が余程危険だと肝を冷やした。

「スマン、ちょっと待ってろ。」
「え、あ・ウン・・」

探し物はすぐに見つかった。ほのかも察しは着いていたので驚きはしなかった。

「そんなとこにあったんだ・・」
「使う場所なんて限られるだろ。」
「なるほど。」

せっかくの二人の”その気”が方向転換したのがわかった。ほのかが好奇心の目を向けたのだ。

「見せて?お菓子とかアメの包みみたいだねぇ?いやティーバッグかな。」
「おい・・遊ぶな。使えなくなる・・」
「開けていい?」
「オマエね・・はぁ・・」
「ほのか見るの初めてー!ほほう?!」
「面白がるな!」
「どうやって使うの?」
「ほのかさん・・お兄さんとてもそんな気になれなくなったんですけど;」
「あ、スミマセン・・風船みたいだね?っていうかコレちっちゃくない?」

オレはその段階で早くもリタイヤ状態だ。仕方ないか・・コイツだもんなぁ・・
ベッドの上で男性用避妊具を珍しげに見ている図ってのは・・どうなんだろうな。
諦めの境地でほのかから退いて、照明を点けるとほのかはおやっと驚いていた。

「・・・怒った!?ごめんよ〜!?」
「怒ってねぇよ。」

ほのかは叱られた子供のように小さくなった。申し訳なさそうな顔にぷっと吹き出す。

「いいって。おかげで落ち着いた。」
「う〜・・ものすごくしまった感がするよ〜!?」
「そんなにやる気だったのなら謝る。それより夕食・・やっぱ軽いの作るか?」
「むぅ・・魅力的な提案だ。」
「それと風呂、一緒に入るか?」
「わあっ!いいの!?なっちから誘ってくれるなんて初めてだね!」
「オマエ基本遊ぶ場所だと思ってるよな・・」
「まぁまぁいいじゃないか。そだっ!背中洗ってあげるね?!」
「・・・オマエっていくつまで父親とか兼一と入ってたんだ?」
「小学生まで。」
「へえ〜・・・!(まさか卒業までか!?)」
「なっちだって楓ちゃんと入ったことあるでしょ?」
「・・・ねぇよ。」
「えっ!?子供のときって一緒に入らないものなの!?」
「知らん。一般家庭で育ってねぇから。」
「それは残念だね。楽しいじゃない、お風呂で遊ぶの。」
「オマエはどこでも楽しそうだけどな。」
「ウン?そうかな。」
「もう一緒に入るのはオレ以外はなしだぞ。」
「・・・わかった。」
「なんで間が空く!」
「やっないよね?!ウン。」
「羞恥心って知ってるか、オマエ。」
「知ってるさあ!・・ほのかってもしかして女子力低い・・?」
「女子力?なんだそれ。」
「なんか・・男の子の好きな方向と違ってるのかなぁって・・」
「他の男に気に入られる必要なんかないだろ!?怒るぞっ!!」
「なっちがイヤじゃないならいいよ、モチロン!」
「色気なかろうが、子供だろうがいい!今更なこと訊くなっ!」
「は・ハイ!!ありがとうございますっ!」
「ったく・・オレはオマエ以外の女なんかどうでもいいぞ・・」
「・・・なっちぃ・・・」
「あんだよっ!?」
「今怒ってる?」
「ああっ!ちょっとばかりな。」
「なんだかねぇ・・怒られてるのにほのか嬉しくって・・ドキドキしてきた。」
「あ?」
「ね、色気ないけど子供でも、ほのかなっちがスキ!ダイスキ!!」
「う・あぁ・・そうでいてくれ・・」

なんだかよくわからないうちに、オレはほのかの”その気”を刺激したらしい。
飛びつかれて抱きしめられた。「おいっ・・飯はどうすんだ?」
「後でいい。お風呂も。」
「・・っ・・いきなりどうしたんだ?」
「・・せて。ほのかのこともっと・・」
「・・・ああ。」

オレの耳には”もっとスキだと思わせて”と小さく消えそうな声でそう聞こえた。
どこがほのかを刺激したのかは後で考えることにした。ご褒美を眼の前にしたらどうでもいい。
数日振りのほのかとの夜がそんな風に突然に、そしてようやくスタートした。

途中”避妊”に手間取ったのだがそれはそれ。慣れればどうってことないだろう。
夜が短いとは感じなかった。一緒に過ごす、それだけでも充分楽しい。朝でも夜でも関係ない。
改めてほのかの存在が必要不可欠だとわかった。そしてほのかにもそう想われてる。それが嬉しい。
(翌日はベッドの上が大半を占めてたなんてことは・・・よくあることだと思いたい・・)


ほのかを昔と同じように送っていくと、両親は用から戻っていてまた夕食に呼ばれた。
今回は兼一と風林寺も一緒というのが初めてのことだ。賑やかで本来居心地が悪いはずだが
こんなのが有り触れた家庭なのかもなとも思った。そのうちオレも慣れる日が来るかもしれない。
折りを見てこっそりと兼一に例の件はうまく言ったのか?と少々意地悪く尋ねてみた。

「え!?いやあ・・その・・なるようになれって開き直ったらほんとになんとかなったよ!」
「ま、お前の顔見たらすぐに知れたことだったが、良かったな。」
「夏くん!君はやっぱり僕の親友だよ!ありがとう〜!」
「別に心配したわけじゃねぇ!笑ってやろうと思ってたのにがっかりだぜ!」
「ふふ・・君ってホントに素直じゃないねぇ!?」
「その台詞、次に言ったら殴り倒す。」
「おおコワい。ほのかには許してるくせに。」
「うっせぇ。アイツは仕方無いだろ、聞かねぇんだから・・!」
「・・僕も君に負けないくらい幸せだから承知しとくよ。もう言わない。」
「へっ・・益々アホ面になって・・おめでたいこった。」
「何言われても平気だよ。あ〜!生きてるって素晴しいね!?」
「・・人の振り見て・・だな。」
「え?なんて言ったの?」
「なんでもねぇよ!」

鼻の下の伸びきった兼一を見ていたら不安になった。まさかオレはあそこまで弛んでないと思うが・・
ほのかに呆れられるかもしれんと思わず顔を引き締めた。兼一の顔の弛み具合に風林寺の視力を疑う。

「あ、なっちー!お泊りしてくー?!そうしなさいって言ってるよ〜!?」
「帰る。今そっち行って挨拶してくから。」

「あら、帰っちゃうの?!たまには泊まっていきなさいよ。」
「すみません、今日のところは帰らせてください。また今度宜しくお願いします。」
「久しぶりのほのかのお守りで疲れちゃった?」
「まさか。会えないと不調で困りました・・;」
「まぁまぁ・・ごちそうさま!」

実を言うと父親よりも母親の方が数段苦手だ。何もかもお見通しの感が常にしている。
そしてこのオレに思わず本音を言わせるあたりがほのかの母親だと実感させられる。

「帰っちゃうの?次いつ会える?ほのかまた行っていい?!」
「合鍵持ってるだろ?以前は来るなって言っても来てたクセして。」
「前みたいに毎日押しかけてもいいってこと?!」
「遠慮すんな。但しオレがいないときもあるからな。」
「ウン。それからほのかのお家もなっちは出入り自由だからね。わかった?!」
「ああ、両親からオレももう家族の一員だと思ってるからと言ってもらった。」
「そうだよ。忘れないで!まだお嫁さんじゃないけど・・早くなりたいなぁ・・」
「ああ・・だからこそ今を楽しめばいい。待ってるから・・オレはいつでも。」
「なっち・・!そうだよね!?今の恋人で婚約時代を楽しまなきゃ!!」
「・・てことでいい加減離せよ、帰れねぇ・・」
「まだチューしてない。してよ、お別れの定番じゃないか。」
「いつから定番なんだ!?ここじゃ・・いいのかよ、家族がっ・・」
「まさかイヤなの!?定番に決まったんだよ、今日から。・・見られてないじゃん?」

玄関先でそういうことをしたことはなかった。いくら見られてないからって気に掛かる。
実はほのかとアレコレした後で送ってくるのも結構気後れするんだ・・わかってもらえないが。
しかしほのかがオレにしがみついて睨んでいる。離してくれそうもないので腹を括る。

「・・・今晩は眠れそう?」
「眠れなくても気にしないことにした。」
「?困るでしょ?!」
「しんどくなったら”すぐ来てくれ”って頼む。」
「わかった!いつでも呼んでね!そのかわり・・」
「オマエが来いと言ったらオレが行く。」
「そうそう、お願いね。」
「後はそうだな・・しばらく兄貴の惚気に掴るなよ?」
「あー、そんときは惚気返しする!負けないもんね。」
「・・・いやそれは・・やめてくれないか?!」
「えーっどうしてぇ?」

どうって・・兼一にオレたちのことを話すなんて決まり悪いとかのレベルじゃない。
大体何を話す気だ!?コワすぎる・・ほのかに何も言うなとは言ったが不安だ・・;

車のミラーに映るほのかはいつまでも大きく手を振っていた。別れた後はいつも寂しい。
それはどうしようもないものだ。だから会えたときにあれほど嬉しいと感じるんだろう。
昔は寂しいことすらわかっていなかった。ほのかはまた来るのかと漠然とした不安を抱いた。
それをどうして不安に感じるのかと思うたびに思い悩み・・オレは随分子供だったのだ。

当時のオレには、未来なんてものはのし上り下を見下ろす為にあるというくだらない展望しかなかった。
我が身を拗ねて哀れみ、当り散らして生きていた。恥ずかしさで穴くらい掘れそうな痛いヤツだ。
多少人より優れているなどと思い上がっていたから努力もして更に上を目指そうといきがって。
強さを渇望し求めた。ただ、その強さを己の私欲に利用しようとしたのは全くの誤りだったのだ。
武道に出会えたのは幸運だった。師にも恵まれたと思っている。間違っていたことに気付くこともできた。
なんてオレは幸せなんだと今から振り返ればそう言える。オレには何も無いと思っていたのに。
妹もおそらくそんなオレを死んでいたって心配していただろう。悪いお兄ちゃんだったな・・
オレの支えでいてくれていることに変わりないが、これからは心配させた分も安心させてやりたい。

色んな出会いにオレは・・救われ、鍛えられて、生きてこられた。
感謝したい。恨んできた代わりに。愛したい。ずっとそうしたかったように。
これからも生きていく。オレがオレであるために。そう教えてくれたほのかと。

平行線じゃないんだな。この道のように曲がったりしてるんだ、人の生きる道も。
複雑に交差していたり、間違って袋小路に迷い込んだりもするものな。似ている。
突っ走っていて見えてなかった景色が速度を落として見えるようになったり・・


家に向かう車中でそんなことを考えた。門を開け、まだ誰も待たない部屋に入る。
照明を点けて眺めるオレの部屋は相変わらず空っぽで、そこにほのかはいない。

”今晩は眠れそう・・?”

ほのかの別れる前の言葉を思い出した。それでもいいと答えた。
もうしばらくは独り寝も仕方無い。けれど・・

会えないと思うから辛いんだ。おそらく・・だから会えると信じよう。
未来はきっとオレの隣にほのかが眠るのが当たり前になっていると。
オレたちが出会えたように、必然的にそうなるんだから待つんだ。
バカみたいだと以前のオレならしなかったかもしれないが、影響されたんだ。
能天気なほど明るい未来を信じるヤツに。なあ、ほのか。
オマエのことなら信じる。オマエの言うことも、それが必ず叶うということも。

眠れば会えるときが近づく、そう思うってのはどうだ?
マッタク・・オマエのおかげで明るくなったもんだぜ。
しかしアイツの影響ばかりに頼っていてはオレも威張れない。
そこでだ、オレはオレらしく意地の悪いことも考える。

眠れなかったら、その分はオマエに責任取ってもらうことにするからな。
オマエを今度抱けるときに眠らせてやらないんだ。うん、イイ考えだ。
しょうがないだろ?思い出すのはオマエの声や表情だけじゃなくなった。
体までもがオマエのこと忘れたくないってオレをせき立てるんだから。

ほのかの夢を見た。結構眠れたらしく、翌朝が来るのが早かった。
これでは今度眠らせないという手が使えないなと少し落胆していまった。
それでもやはりよく眠れた朝は体も軽い。仕事も何もかもがうまくいきそうだ。
気分よく身支度をしているとき、ほのかからメールが届いた。


”おはようなっちー!ほのかだよ〜!(^^)”
”よく眠れましたか?ごほうびをあげましょうね、ハイ!”

ほのかのメールには添付があって、そこにほのかが写っていた。
”なっつん2号”と称するオレに似ている(とほのかが言う)ぬいぐるみに
キスをしているところの写真だった。どうやって撮影したんだ?コレ。

見た途端ぷっと吹き出したのだが、それは内緒ですぐに返信した。

”なんでソイツなんだ!浮気するなと言っただろう!?”
”今度会ったらオレに直接ご褒美じゃないと許さねぇ!”

”ええ〜!?じゃあ会いに行ってあげるよ。しょうがないなあ!”

とすぐに返ってきた。文面ではしょうがないなんて言ってるが・・
最近アイツの方が素直じゃない。会いたかったと白状させてやる。

”ああ、いつでも来い!お仕置きしてやるから。”

”きゃ〜!こわ〜い!!たっぷりお仕置きしてねv”

ほらな、喜んでるだろ。・・・ま、オレもなんだがな・・?


キリがないので仕事行くからまたなとメールを打ち切った。
写真だったが、見たところアイツも眠れたようで良かった。

早く会いたい。だからがんばって仕事するかとオレは携帯を畳んだ。


 〜 終 〜





MUSICAのシリーズはこれでお終いです。(たぶん・・)
長くなりましたが、読んでくださってありがとうございました☆