MUSICA後日談第2話〜リズム〜


すっかり照れてしまった。こんなのは初めてかもしれない。
微妙に視線を反らしあい、引っ込んで出なくなった言葉を探した。
何度もすることはしてしまった二人でありながら何を今更だ。

「・・零しちまったから、淹れ直してくる。」
「えっ・・じゃあほのかが淹れてあげるよ。」
「いい。オマエのも淹れ直すか?」
「ウウン、飲み頃だからいいよ。」
「そうか。」

なんでこんなに頬が熱いのか。ほのかはともかくオレがこんなだとかっこ悪い。
少し頭を冷やそうとキッチンに向かい、用が済んで戻るとほのかは電話中だった。

「そんなはずないよ!あるはずだってば。」
「・・・だって・・知らないよ、ほのかは〜!」
「お兄ちゃんたまにしか帰って来ないからなぁ・・んー・・ちょっと待って。」
「あ、なっち・・ごめんだけど一回うちに戻って来てもいい?」
「車出すか?一体どうしたんだ。兼一だろ?電話の相手。」

携帯の向こうから微かに聞こえる声は聞き覚えのありすぎるほのかの兄だった。
修行先から帰ってるとは知らなかった。両親は揃って出掛けているらしい。
探し物が見つからないとかのくだらない理由で妹にかけてきたのだ。迷惑な。
しかし兄に絶対服従(忌々しくも)の習慣の染み付いたほのかはそんな兄を気の毒がった。
一旦家に戻るなんて言い出すとは殊勝な妹だと思うが、オレには面白くない成り行きだ。
せっかく二人で休みを過ごすはずが、早くも邪魔が入ったわけだ。

渋々白浜家へと車を走らせた。何故か兼一はオレに縋りついて来たので驚いた。
ほのかが言われた物を探している間に必要以上に声を潜め、気持ち悪いほど接近すると、

「なっ夏くん!君を見込んで頼みたいんだ。今日・・付き合ってくれない!?」
「断る。」
「早っ!?ほのかといちゃいちゃするのはいつだってできるだろ!?」
「してねぇよ!オレはここんとこ忙しくて会ったのも久々なんだぞ!」
「もう婚約もして旅行までして、らぶらぶじゃあないか!?ズルイぞ、君ばっかり!」
「八つ当たるな!知るかよ、お前の事情なんざ!」
「君は僕の大親友じゃなかったのか!?助けてくれ!困ってるんだよ〜!!」

世迷言をほざいて寄ってくる兼一を押し戻しているとほのかが戻ってきた。するといきなり

「ちょっとお兄ちゃん!何してんの?!なっちを襲ってるのかい!?」

「んなわけあるか!アホッ!」・・・オレは思わず叫んでしまった・・・

戻ってきたほのかが見咎めた理由は、兼一がオレに顔を近づけ襟元を掴んで涙眼だったからだ。
まるで必死で口説かれているようだったなどと言われてがっくりきた。ひでぇ想像しやがる。

「お兄ちゃんってそうだったのかって一瞬思っちゃった。フ〜、ほのか立場が危なかったよ。」
「・・・待てよほのか・・それってもし本当だったら身を引くみたいな言い方じゃねぇか!?」
「あはは・・いや簡単に身を引いたりはしないけどお兄ちゃんだと負けそうかな〜って・・;」
「なんでだよ!?」
「はいはい、痴話喧嘩はいいから!それより少し夏くん貸してくれないかな、ほのか。」
「やだよ!むち・・美羽とデートだって言ってるのになんでなっちを貸し出すのだね!?」
「そうだ、オレたちを巻き込むなよ。」
「そこをなんとか。そうだ、ダブルデートしない?!」
「お前は幾つんなったんだ!いい加減にしろよ。」
「はあ〜・・・けど今日はその今までとは訳が・・ああああ震えがくる!がたがたがたた!!」

アホらしくて呆れる話だから省くが、さすがの兄想いのほのかも手助けする気が失せたようだった。

「それにしても・・お前らってまだだったんだな。へぇ〜・・」
「君と一緒にしないでくれる!?僕と美羽さんはね、純情なんだよ!」
「オレが早くから妹に手ぇ出してたみたいに言うな!」
「けど今じゃ婚前旅行なんてするんだもんね!お父さんもよく許したもんだよ。」
「風林寺の保護者を含めてガードが固いのなんざ、最初っからわかりきってただろ!?」
「違うよ!確かにそれも怖かったけど。結局美羽さん次第だってのもわかってたしっ!」
「めでたくお許しをもらったんならとっととホテルでもどこでも行けばいいじゃねぇか。」
「そっそんな場所とかっ!何にも知らないから困ってるんじゃないか!教えてよ、どこがいいの?!」
「知るか!そんな相談されてもオレにだって心当たりなんぞ無い。自分で探せ!」
「ああっ!それよりどうやってそーゆー雰囲気に持ってくのか教えてよ〜!ねえ〜!」
「だーっ!うっとおしいから近寄るな。」

「お兄ちゃん・・一つだけほのかがアドバイスしてあげる。」
「わっほのか!なんだい!?乙女は最初はどういった場所だと嬉しいの?!」

オレなら格好悪くてとても妹にそこまでぶっちゃけられない。ある意味兼一は勇者かもしれん。
とても真似したいとは思わんが。しかし要するに兼一はいざってときに怖気づいたわけで・・
その気持ちは男としてわかる気はした。多少の同情を禁じえないのはそのあたりだろう。
かといってオレやほのかを連れて行ってしまっては敵前逃亡を企てたと思われないだろうか?
オレがそんなことを考えていると、愚かな様の兄を見ていたほのかが口を開いた。

「場所とかどうでもいいんだよ。それよりさ、今のお兄ちゃん見たらやめとこうって思うかもよ。」
「っ!!!!??・・・・・い、いもうとよ〜〜〜〜っ!!!」

無残にも妹の的を射た言葉に兼一は灰になった。ちょっとばかり同情したオレは言ってみた。

「・・・あれこれ考えるから怖くなるんだ。さっさと行って顔見れば治まるぜ。」
「夏くん・・そうか・・君でも怖いんだ。誰でもそうなんだよね?!」
「なんでオレでも、なんだよ。お前と変わりないってんだよ・・女に関しても。」
「そうだよ、お兄ちゃん。なっちはね、見た目と違って遊んでないんだから!?」
「どんな見た目だって!おい、ほのか。」
「見た目だけなら派手じゃん。」
「オマエ〜!」
「中身は可愛いけどね。」
「可愛い言うなって!!」

約束の時間が迫ってきているようで、兼一は時計をやたらと気にし始めた。
ほのかに一人で行った方がいいと諭され(情けない・・)、なんとか持ち直したようだ。
じたばたしてもコイツだって長いこと風林寺のことを想ってきたんだろうし、取り越し苦労だ。
励まされて出て行った兼一の背中は遅れまいと振り返ることをしなかった。それでいいんだよ、阿呆が。
台風でも去った後のような静けさを取り戻した白浜家でオレたちは向かい合って溜息を吐いた。

「やれやれ・・お兄ちゃんたら普段はカッコイイのにこういうのはダメなんだねぇ?!」
「なぁほのか、オマエ未だにカッコイイのは兼一でオレは可愛いってのはどうなんだ。」
「そのまんま事実だよ。」
「見た目派手で遊んでいそうってのは?」
「一般的に見ればってことさ。あれ?コワい顔だね、どしたの!?」
「フンっ!そうかよ・・どうせな。」
「何拗ねてるの!?見た目ギャップいいじゃない!ほのかは好きになったのそれもあるよ?」
「・・・あんまりうれしくねぇ・・」
「なっちだってほのかのこと見た目はガキってよく言ってるじゃない。」
「・・・・・まぁな。」
「中身を好きになってくれたってことなんでしょ?!」
「・・・見た目だって悪いなんて思ったことねぇよ。」
「!?わ〜っウレシイ・・vへへ・・そうなんだー!」
「悪かったな、見た目派手でカッコ悪くて。」
「今はそこも好きだよ!カッコイイって思うしね?!」
「無理すんなよ、好みじゃないんだろ。」
「タイプじゃなくたってなっちは特別だもん。嫌いなとこなんかないよ!」
「・・・ウソじゃないな?」
「ほのかを信じないっていうの?」
「信じる。じゃあ・・帰るぞ、ほのか。」
「ウン!帰ってお昼ごはん食べる?それともどっかで食べてく?」
「どっちがいいんだ?オレはどっちでもいいぞ。」
「そうだなぁ・・どうしようかな。」
「こんな調子じゃご褒美にありつけるのって・・いつになるかわかんねぇな。」
「!?・・・ご飯食べ終わったら・・かなあ・・?」
「今までのパターンだと、オマエは食ったら昼寝して、夕方送ってくって流れだな。」
「あ、言い忘れてた。お父さんとお母さん親戚のとこ行って遅いの。泊まってくよ。」
「なっ!そういうことを忘れるなよ!」
「でも・・危険日だよ?」
「ああ、わかった。」
「わかったって・・?」
「避妊具ならある。」
「そうなの!?」
「旅行中・いや前から用意してた。」
「えーっ!いつからあ!?」
「んなの・・・付き合い出してから・・普通そうなんじゃねぇの?」
「そうなんだあ!へ〜・・使ってくれるんだね?今晩・・」
「夜まで待たせるつもりだったんだな。」
「だって・・そんなにしたいって思ってたの?」
「スマン・・・引いたか?」
「ウウン・・ウレシイ・・」


白浜家で雪崩れ込むのを避けるため、その場はキスもしないで踏み止まった。
嬉しいと呟いたときのほのかがどれだけ破壊的に可愛かったかってことを考えると
オレはよく耐えた。チクショウ、兼一が邪魔しなければ・・いや、結果的には・・・
がっついて朝からおっぱじめなくて済んだんだ。兼一に一応感謝しておくか。

ほのかにこの先嫌がられたり、考えたくないが飽きられたらと思うと・・・
眼の前が暗くなる。だからなるべくがっついた自分をさらしたくないってのに。
以前より遥かに自制が難しくなっている。これも不測の事態だがリアルに現実だ。
こんなに求めてばっかりでいいのかと不安になる。ほのかがオレを好きでいてくれる間、
それはいつまでか、なんてことは誰にもわからない。ほのか自身にだってわからないだろう。
オレはほのかに飽きたりすることなんかない。そう思うから余計に怖いんだ。
抱いていたいと思うのはその怖れも手伝っているのか。ほのかに甘えていたい。
オレも兼一と大差ないかもしれないなと、こっそり溜息を吐いた。


昼飯を外食して帰宅の車中でほのかは眠ってしまった。眠れなかったと言っていたからな。
着いたぞと言っても起きないので抱き上げて自宅のベッドに寝かせた。オレの隣に。
何故って・・ほのかを見ていたらオレも眠くなったのだ。久しぶりに襲った睡魔は強敵だった。
オレたちは色気なくベッドの上で・・・何もせずに眠りこけるという昼間を過ごしてしまった。
眠ってしまう前にほのかの指に自分のを絡めた。そして微笑んだように見えたほのかを抱き寄せた。
そして猫のように二人で丸くなって・・・片手だけ絡ませ・・・気付いたら部屋は暗かった。

「・・・・えっ・・あれっ!?もう夜っ!?」
「・・・へ・・夜?まさか・・!?」
「なっちー!タイヘンだよ、起きてー!」

ほのかの声に飛び起きた。急いで時計を確かめるとまだ夕刻ではあったが・・3時間近く寝ていた。
昼寝には長過ぎる時間だ。もったいないと思ったが、体が軽くなっていることにすぐに気付いた。

「ああっもったいない!せっかく会えたのに寝てたなんて〜!?」
「こんな爆睡したのって旅行から帰る前からでも久しぶりだ。自分でも驚いた・・・」
「あっ・・なっちもあまり眠れなかったって言ってたね?・・少しはスッキリした?」
「あぁ、おかげさんで。」
「良かったね!?ほのかもよく寝た!ちょっともったいなかったけどね?へへっ・・」
「そうだな・・何か飲むか?」
「ウン、喉渇いた。」
「じゃ待ってろ。」
「ヤダ!ほのかも台所行く。なっち何飲むの!?」
「オレは水。オマエは?」
「何があったっけ〜!?」


不思議だなオレたち・・一緒にいないと不調で、いると元気になれる気がする。
それに何かしら生活のリズムが合う。オレが合わせていたから合っちまったのだろうか。
忙しくても頻繁に会ってないと、夜がどうこうとは別に体に異変を感じるのではないか、
そんなことも考えた。そして強ち外れていないと確信する。寝たから頭も機能回復したようだ。

「ん〜っそれにしてももうこんな時間だと・・何しようか!?」
「寝てたせいで腹も減らんしな・・泊まることは言ってあるんだろうな?」
「ウン。たまたま明日は休講だったりでほのかってラッキーだ。」
「良かったな。オレも今日明日は空けた。」
「いいの?」
「体調不良で短期検査入院中だ。」
「・・・ズル休みって言わないかな、それ。」
「よく知ってたな。」
「悪ーい!社長さんたら悪いですねぇ!?」
「健康管理も務めだから。」
「ほ〜・・堂々としたワルだね。」
「秘書候補の白浜さん、そういうことだから宜しくね?」
「わわっ!ほのか社長秘書!いいね〜・・!?予定書き換えておきますわ、社長!」
「オレんとこに就職するんだったら使えるかどうかテストしないとな。」
「奥さんで社長秘書!へへ・・なんかその気になってきた!社長、次のご予定は?」
「・・腹減らさないか?」
「え?運動でもするの?」
「ご褒美も兼ねて。」
「!?しゃちょお〜;いきなりセクハラですか〜!?」
「ここからはプライベートだ。」
「・・なんか昼ドラみたい。ヤラシイですよ、社長さん。」
「だな。やめろよオマエもその口調。」
「ウン、ほのかいつものなっちがいい。」
「オレもだ。」

ほのかはオレの前に身を乗り出してフフッと小悪魔のように笑うとキスをした。
頭が冴えたせいか、あれほど悩んでいたことがたいしたことではないと感じられる。
思ったより長く唇は留まっていた。ほのかにしては強い押し付け方に口元が弛んでしまう。
その後でイタズラっ子のように離れた後「どうだ!?」って顔をするところは子供っぽい。
大胆かと思えばそうでもなくて、ほのかは子供っぽさと大人の女が同居している。
そんなところもオレを揺さぶる理由の一つだ。そしてもっと揺さぶられたい。

「・・誘ってるのか?」
「へへ・・ほのかもちょびっとその気かも。」
「ちょっとなのかよ。」
「後はなっち次第だね〜!」
「オマエってそれが計算なしってとこがスゴイよな。」
「計算!そうか、そういうのもアリなんだね!?」
「計算してみるか?オレをもっとその気にさせてくれよ。」
「あ・でもさ、計算って頭使うよね?!・・・無理かも;」
「いきなりリタイアかよ。」
「なっちは計算したりする?それってどんなの!?」
「言われてみればしたことないな、オマエにだけは。」
「へえっ!ホント?!ホントにィ〜!?」
「今のところ必要性を感じねぇからな・・飽きられないようにこれから考える。」
「飽き・・やだな、そういうものなの?ほのかも考えないと飽きられちゃう!?」
「え、いや・・オレはオマエに飽きたりしねぇよ。」
「断言。そのココロは?」
「理由か?・・なんだろうな・・けど絶対ねぇってのだけわかる。」
「ふ〜ん・・ほのかもそんな気がするんだけど、なんでかなぁ・・」
「惚れ切って限界越えてんだ、きっと。」
「ふはっ!そっかあ!?あったまいい!」
「バカみてぇ。」
「そんなおばかならほのかダイスキだよ!」
「なんだ・・じゃあ計算はいらないな、お互いに。」
「ウンv」

ほのかが嬉しそうな顔してオレに抱きつく。なんて能天気なオレだろうと思いつつ、
幸せだからいいかなんて思ってる。ほのかの楽天に染まってしまったんだろうか。
もしかするとオレたちってめちゃめちゃ相性がいいんじゃないか?などと思ったり。
オレは自分でも今の自分が気持ち悪い。だからおそらくほのかもそう感じるだろう。
なのにそれでもいいと思えるほど明るい気分だ。そしてそれは新鮮だとも感じた。
そんな風にオレに変革をもたらす張本人を抱きしめる。そして目を閉じ深呼吸した。


第3話〜ハーモニー〜へ続きます







兼一が美羽とどうなったかってのも次回で。(笑)
さーて、次いきます!裏は飛ばしても大丈夫なようにしますね。