MUSICA (W) 


よくふらりといなくなったり、お仕事で出張だったりとなっちはとても忙しい。
旅も慣れたものなんだろうと思ってた。なのにほのかとの旅が初めてだと言う。
一人のときとはまるきり違っているそうだ。ほのかが初めて、それが単純に嬉しい。
私はと言うと、友達と国内の小旅行なら経験はあるけど、男の子とは当然初めてだ。
新婚旅行が初めてかもと思っていたんだけど、意外とほのかは進んでるのだろうか。

自分から言い出したことだった。二人一緒の旅行も、初めての夜のことも。
だけど実は勢いが80%くらいで、決まってしまってかなり慌ててしまった。
重要な問題を考えなくていいように、その他の計画を立てる方にがんばった。
お母さんが一番のアドバイザーになってくれて、イブニングドレスも作ってくれた。
どんなのにするかで随分二人して頭を悩ませた。あーでもない、こーでもないって。

結局あちこちのお店を訪ねて片端から試着した。けれど哀しい事実を再確認・・
私は自分の童顔とチビを呪った。とにかく似合わないのだ・・・どれもこれも。
似合うものを選ぶと途端に幼く見えてしまうので何度も溜息を吐くはめになった。
そこで思い切って絶対無理そうな服に挑戦した。すると意外にいける気がしてきたのだ。

お母さんも小物や髪型を工夫してくれて。、なんとかイメージを固めることに成功した。
お化粧も普段あまりしないのであまりの面倒くささに気が遠くなりそうなところを耐えた。
ハイヒールも初体験だ。それまではどんなに高くても5センチまでだったのが8センチ!
歩く練習はしたけれど、ほのかはヘタで中々思うように歩けずに足が数度つってしまった。

そんなこんなで忙しい毎日だったけれど、なっちに気に入ってもらえるかどうかは謎だった。
もしかすると逆に引かれるかもしれない。そんな心配もあった。見慣れない格好だからだ。
元々ほのかが大人っぽくすることに興味すら示してくれない人だから、嫌な予感はあった。
それでもせっかくの努力を無にしたくなくて、嫌な予感は捨て置いて期待だけを鞄に押し込んだ。

旅立つ日は快晴で、飛行機は少しの揺れも時間の遅れもなく、すんなりと予定地に到着した。
ものすごく大きな空港で探検心が疼いたけれど、さっさとホテルに連れてかれてがっかり。
帰りにゆっくりしてくれるそうだから気を取り直して着いたホテルで目を回しそうになった。
豪華なホテルになっちはというとちっとも緊張してなくて見たところ慣れた感じがした。
それにひきかえ私はというと・・なっちに拾われて連れて来られた捨て猫のような感じだ。
これで劣等感を呼び起こされた。忘れた頃にやってくるカウンターは結構威力があるものだ。
楽しいことだけ考える、そうすれば大丈夫。そしてそれは成功していた。火傷をするまでは。

へこんでしまったのでなっちにも心配させてしまった。なるだけ避けたかった展開だ。
街へ出ても目に付くカップルは綺麗で絵になっていて、ちいちゃな自分だけが浮いて見えた。
だからなっちがキスしてくれたんだろう。ついつい顔に出てしまうんだよ、私って子供。
せめてもの抵抗で腕を組み、これでも恋人同士なんだぞ〜!と胸を張って帰ることにした。

なっちは思いのほか寛いだ表情でそれはほっとした。緊張して飛行機の中なんて暗かったんだ。
心配するなと言っても無理みたいなので、私は私で楽しむ。そう決めていたけど気になるよね。
かと言ってあんまり余裕な態度だとしても複雑だ。たいしたことない自分だと思いたくない。
なっちに掛かっている魔法がとけてしまって、ほのかがただの困った女の子に戻る、
それはずっと怖れてきた悪夢だ。言うじゃないか、惚れてしまえばアバタもえくぼ?だっけ。
すっかり後ろ向きになりそうになる、そのことに関してだけは自信の持ちようがないから。
ねぇねぇ、そんなに大事に思ってくれてるけど、ほんとはこんな子だよ!?いいのかい!?
・・・なんてね。なっちの心配症がうつったのだろうか。不安の方が優勢でどうにも分が悪い。
それでも踏ん張ってメイクもばっちり、気合を入れなおしてがんばったんだ。けれど・・

なっちの顔を見て一瞬で夢から覚めた。ああ、ダメだったのかってわかってしまった。
お世辞だと丸判りの言葉とぎこちない動作。哀しくなったけど誉めてくれたので助かった。
食事の最中もなっちは怖い顔をしていて、ちっとも楽しくなさそうで・・寂しかった。
こんな私が誘惑だなんて、お笑い草だったのだろうか。そこまでは落ち込みたくないのに。
美味しいことは美味しかったけれど、なっちの作る料理の方が上だと正直なところ感じた。
なのでデザートが特に美味しく思えて、つい大きな声を上げてしまった。
負けずキライのなっちが帰ったらもっと美味しいデザートを作ってくれるそうだ。
私はデザートに感謝した。二重の意味で。するとすっかり気持ち良くなってきた。

動悸がし始めたのはその後で、体が火照って暑くてしょうがない。汗も出てきてしまった。
おかしい、と思ったのは足が踏みしめてる感覚がない。これはもしかして・・酔ったの!?
ほのかの大人計画がガラガラと崩れていく音を聞いたようだった。なんだか気持ち悪いし・・
だけどこんな場所でなっちに恥をかかせちゃいけない!と必死の思いだった・・のは覚えてる。


気がついたらホテルの部屋で吐いていた。なにこの仕打ち!ほのか何か悪いことした?
情けなかったけどそれどころじゃなくて、なっちに申し訳なくて涙も出なかった。
頭痛まで襲ってきて追い討ちをかける。救いはなっちがいつも通りだったこと。
ほのかって常にこんな風に迷惑掛けてるって思われてるらしいのが引っかかったけれど。

痛いのが治まってくると堪えていた涙が出てきた。なっちに八つ当たりして泣いた。
どうしてうまくできないんだろう?もっと余裕で、なっちの喜ぶことがしたいのに。

「なっち・・なっちはこんなおばかなほのかのどこがいいわけ!?」

そう叫んでしまったけれど、なっちは答えてくれなかった。
あれこれと気遣ってくれてるのはわかるけど、これじゃあ惨めなだけだ。
このままではきっと今夜もいつものようになるんだと私は確信した。
どうしていいのかわからなくてしがみついていたとき唐突にキスされた。
知ってる・・長くて優しいキス・・ほのかのこと・・放っておかないでと心で叫んだ。
私の祈りが届いたのか、眠気が飛んで頭がはっきりしてきた。

「なっち・・ドレスが皺になるからほのか着替えたい。」
「わかった。着替えどこだ?取ってくる。」
「お風呂・・入りたい。」
「もう少し待て。頭痛いなら治まるまで止めておけよ。」
「治まってきたから平気。お風呂入らせて。」
「・・湯を張ってくる。一人で大丈夫なんだな?」
「なっちも一緒に入る?」
「オレは後でいい。」
「・・入りたくないってことじゃあ・・」
「ない!それどころじゃねぇだろうが。」
「だって・・はぁ・・ほのかが悪いよね・・酔っ払ってさ。」
「すぐ湯を入れてきてやるから入って寝ろ。服も掛けておいてやる。」
「なっちがお母さんのようだ・・」
「うるせぇよ。」

やっぱり私を寝かせるつもりだったんだ。・・許さないんだから。
魔法がとけてがっかりさせてもいいから、私はなっちに抱いて欲しいの。

お風呂に入ってメイクを落として鏡を見た。いつもと同じ子供っぽい顔が映ってる。
それでもいいって確かめたいんだ。好きになってくれたのは外見じゃないってことを。
見た目が可愛くて買ってしまったパジャマ代わりのナイトドレスはあまり似合ってない。
もう少し胸に迫力があればなぁと思いつつ、長い裾を摘んでなっちの元に向かう。
もういい。好き勝手でわがままなのが私なんだから。どう思われてもいいんだ。


「オマエそれって・・寝巻きにしちゃ豪華というか・・」
「え?パジャマだよ。可愛くない?」
「へぇ・・それより何か飲んだか?ここにも水置いといたぞ。」
「あ、ありがと。飲む。」
「飲め。」

「うわー・・おいしい・・のど渇いてたんだ。」
「水分切らすなよ!酒飲むときは特に気を付けろ。頭痛はどうだ?」
「ウン・・わかった。もう大丈夫。ぼんやりしてるけど。」
「薬のせいだ。寝たら治るさ。」
「ウン・・」
「オマエのお気に入りのベッドだぞ?どうした?」
「・・なっちこのまま寝かせる気でしょ・・!?」
「・・無理することないだろ?体調悪いのに・・」
「そんなに・・イヤなの・・?」
「ただでさえ心配症なんだ。わかってくれよ。」
「ほのかもう平気だもん。」
「けど・・」

思い切り首を左右に振った。心配して止めるなっちの声は大きくなっていた。
絶対絶対ダメなんだから・・・!

「ほのか間違った?失敗だったかな・・色々・・」
「何も間違ってない。泣くな!オレが・・悪いんだ。」
「今日もほのかのこといっぱい助けてくれたし、何が悪いの?」
「・・綺麗にしてくれたのに、心底喜べなかった。」
「それは仕方ないよ。ほのか普段からあんまりおしゃれしないしさ。」
「そうじゃなくて、綺麗だと嫌なんだよ。いつものオマエがいいんだ。」
「・・・ほのか・・大人になっちゃダメ?いつまでも・・してくれないのってそのせい!?」
「・・・ちがう・・!」
「間があったね。なっちウソ吐いた。」
「う・・ウソじゃない。抱きたいっていつも思ってる。」
「怖いの?ほのかのこと。」
「オレはオマエを失ったら・・もう・・誰も・・」

なっちの大きな体がほのかに縋るようにして膝を着いた。
泣きそうだったのはほのかだけじゃなかったのかなと髪を撫でた。

「絶対だよ、約束する。ほのかはなっちの傍にいる。どこへも行かない。」
「・・・オレがどんなことをしても・・か?」
「ウン。そう。なっちだってそうだよ。ほのかのことほっぽってどこかへ行ったら許さない。」
「・・・そう、そうだったな。そう約束した。」
「忘れないでよ、やだな・・大人になるくらいでほのかのこと捨てないでよね!」
「大人になったら、オレみたいな男・・見捨てられるかもしんねぇだろ・・!?」
「ばかだね・・なっちみたいな人はほのかじゃないとダメなんだから。でしょ?」
「ああ、オマエじゃなきゃ・・嫌だ。」
「だからさ・・大人になろうよ、二人で。先になっちだけなるのもほのかイヤなの。」

俯いていた顔を上げてくれた。泣いてはいなかったけど、泣きそうに見えた。
なっちが怖いと思っていることと、ほのかの怖いと思っていることがおんなじなら・・
二人して乗り越えたら、怖いは違うものに変えられるんじゃないかな。そう思うんだ。

そんなことを考えていたらなっちの手が私の手を取って、騎士のように甲にキスした。
驚いたけどじっとしていると掌や指にまで。そんな場面は見たことがなくて慌ててしまう。
全部の指にキスすると、なっちがゆっくりと立ち上がった。背の高いなっちを今度は見上げる。
両の頬を挟んで顔が近づいた。胸がどくんと鳴ったのを合図にして、そうっと目蓋を下ろした。
思ったいたより柔らかな、触れるだけのキスだった。大きく波打った心臓が少しだけ凪ぐ。

ほっとしたのは束の間で、なっちがほのかを抱き上げた。いつも思うけど軽そうだよね?
鍛えているからなのか、なっちはほのかなんて羽みたいだって言うけどそんな気がするほど軽々と。
どきどきがまたヒドくなってきて呼吸するのが苦しい。なっちがキスして目を閉じさせた。
横たわったベッドは天蓋ではなくなっちの顔で、その見たこともない顔を焼き付けたまま。
知らないうちに組んでいた手を離されて、顔の両側に縫いとめられた。逃げたりしないのに。
息継ぎの仕方がわからなくなったのか息を止めていたらしい。私は深呼吸のように深く息を吐いた。

なっちは黙ったままだ。私も声が出ない。緊張は二人共してるんだと思う。震えてるのがわかる。
閉じていた目を開いてしまった。さっきと同じ顔でなっちが私を真直ぐに見つめていた。







ほのかサイドを忘れてましたのです。続きは次回でございます。^^;
ぼちぼちと書きます。焦らないように。(一番焦ってるのは私です)