MUSICA (U) 


ほのかはズルくて悪い女なんだ。よくなっちが悪いだなんて責めるけど
ホントはそうじゃない。なっちに何でもガマンさせているのはほのかなの。
お母さんにはわかってるみたいだった。さすがに隠せないよね、お母さんだもん。
半ば無理矢理に旅行を承知させてしまってごめんなさいの気持ちもあった。
それなのにお父さんは「気をつけてな。あまりわがまま言って困らせるなよ。」
そう気遣ってくれた。ほのかは色んな人に甘やかされてるんだと思う。

「大丈夫だよ。お父さん、ありがとう。」
「なんだかもう嫁にやったみたいな気がするよ・・はは・・」

笑った顔が寂しそうで思わず目を伏せた。いつまでもお父さんの娘だよと言ったら
「それはそうだ。忘れるんじゃないよ。」と言ってくれた。嬉しかった。

友達から彼の話なんかを聞くと、随分違うなといつも感じた。
ありのままでいいって言ってくれる。甘やかし放題だと思える。
見た目がかっこいいのでモテそうだけど、実は女の子が全般的に苦手だ。
自分が随分特別扱いなんだなと付き合ってくうちにわかった。それも破格にだ。
初めは人見知りで寂しそうな子で、そのうち気は優しくて口やかましい兄貴になった。
ほんの少し気になる男の子に変わって、気の合う親友みたいな時期もあった。
いつからだろう?それだけじゃなくなったのは。はっきりと覚えていない。
秘密主義でふらりとよくいなくなるのが段々心配になっていって・・・
会えないことが度々あると、そのときの喪失感に悩んだ。寂しくて会いたくて。
なんだか色々とあったけど、結局離れられないってお互いに確認して今になる。

「準備は済んだの?ほのか。」
「あ、お母さん。ウン、バッチリさ。」
「飲み水に気をつけるのよ。お薬ちゃんと持った?」
「だーいじょうぶだよ、一人じゃないしさ。」
「そうね、夏くんがいるからお母さんも気が楽だわ。」
「お母さん近頃じゃすっかりなっちを息子扱いだよね?」
「もうすぐでしょ?言ってる間よ、ほのか。」
「はは・・そうかな?お父さんもうお嫁にやったみたいなんて言うんだよ。」
「いい予行演習だわ、今回の旅行。楽しんでらっしゃいね。」
「ウン、そりゃもう。」
「隠すことないわ、ありのままで。」
「え、ああ・・ウン。そだね。」
「どっちかっていうと夏くんが心配、心労で眠れないんじゃないかとか。」
「あはは!ホント。心配症だもんね!」
「可愛い小悪魔ちゃんのせいでね。」
「お母さん・・」
「焦らして焦らしてよく逃げなかったと誉めてやりたいわよ、私の第二の息子を。」
「・・・・ほのかってそんなに悪い子?」
「いいのよ、正直で!そこが彼もいいって言ってんでしょ?!いやぁね、親相手に。」
「だっ・・て・・さ、なっちは・・ちょっとかっこよすぎなんだよ。かっこつけすぎ。」
「若いから。そのうちもっとわかってくるわ。」
「だよね、これからもずっと一緒だから。」
「そうそう、ほんの通過点よ。」
「ありがと、お母さん。ほっとした。」
「怖がりさんね。それだけ好きってことなんでしょうけど。」
「ウン・・自分でも知らない自分がいっぱい。なっちといるから気付いたんだよ。」
「一緒に成長していけばいいのよ、お母さんたちだってそうだもの。」
「了解!」

怖がって焦らせたっていうのはあのこと。お母さんにはバレバレなんだよね・・
けどもう卒業するの。甘えてばっかりの自分から。少しずつ大人になんなくちゃ。
楽しみだな、旅行。どんな顔して帰ってくるか楽しみだよ、なっちもほのかも。
出発前にそんな風に思ってた。それはほんのちょっぴりの感傷で、旅はそんなのを吹き飛ばした。

見送りのお父さんは泣きそうだったけどちゃんと立派な態度だった。
お兄ちゃんと美羽も来てくれた。飛行機から肩を抱いてるの見逃さなかったよ、お兄ちゃん!
機内では気のいいフランスのおば様とお友達になった。お互いに片言のフランス語や日本語で話した。
観光で来ていたらしくて、遊びにおいでと言ってくれた。とっても素敵な人だったなぁ・・
着いたらなっちがさっさと予約のホテルに連れてった。空港でもっと遊びたかったのにさ。
けど着いたらびっくり!想像以上のスゴイホテル。セレブでもないのにいいのかなと思ったよ。
そこはなっちには慣れた場所らしい。うっかり忘れるけどなっちって財閥の御曹司だったんだよね。
普段はちっともそんな気がしないんだけどね。スイートで予約したのは初めてだと言っていた。

ほのかはスイートって言われてもたいした想像をしてなかったんで、なにこの豪邸!?ってなった。
だって居間とか寝室とか分かれてるし、どんだけ豪華なのっ!?ってくらいで目が点になりそうだ。
一番気に入ったのは・・・天蓋付きのベッド!お姫様のだよ、スゴイよ!スゴク可愛いの!
ベッドに飛び乗ってもなっちは怒らなかった。お仕事するから遊んでていいと言われて探検した。

「ひゃ〜!?シャワーとお風呂が別!広いー!広すぎるー!」
「何このバスタブ!外国映画でしか見たことないじょ!ふわわ〜・・」
「ちょっとちょっとなんなの、これ。クロゼット!?大きすぎでしょうよ!」
「何この眺め、何階だっけここ。あ、天辺か。高い〜!パリの街が丸見え!」
「凱旋門!エッフェル塔!スゴイ、すごすぎる〜!!」

バタバタと走り回ったけど誰にも怒られなくて快適。やっと落ち着いてきたので
荷物を開けて、今晩の勝負服を取り出した。なっちにちょっと予告するのだ。
背中の開いたイブニングドレス!これも生まれて初めて。うふふvウレシイ!
パソコンに向かってお仕事しているなっちのところへこそっとやってきて驚かせた。

「じゃああん!見て!王子さま。」
「・・どうしたんだ、そのドレス。」
「お母さんに作ってもらったの。夜のお食事のとき着るんだ。」
「へぇ・・珍しいな、黒って。地味じゃないか?」
「ノンノン!アクセサリを引き立てるためさ。期待しててね。」
「そんなに気張らなくても・・ドレスコードはあるにはあるがな。」
「でもってジャン!」

くるりと背中を向けてあぴーるしてみた。けどなんかイマイチな反応。

「なっ・・ちょっと背中開きすぎだろ!?・・下着とか・・どうすんだ?」
「ふふ〜ん・・ほのか色っぽい?ねぇねぇ、どお!?」
「どうって・・寒そうだな?」
「なんだい、その感想・・・」
「どう言えばいいんだよ?!」
「しょうがないなぁ・・まあいいよ。夜は靴もメイクもばっちり決めるからね!」
「そんなに気合入れてどうすんだ。」

なんてこと言うんだこの人は!ちっともわかってないなっちにほのかはむっかりした。

「王子さまを誘惑するのに決まってるでしょ!べーっだ!なっちのおばか!!」

ポカンとしてたよ、悔しい!とことんほのかを子供だと思ってからに〜!
どうしてだかわからないけどほのかの「大人計画」は中々なっちに通じない。
寧ろ顔を顰められたり、怒られたり・・どうして喜んでくれないんだろう。
ベッドにボスンとダイブして、大の字になった。天蓋を内から見るとこんな感じかぁ・・
そこがベッドだったせいで、つい今夜のことを想像してしまって飛び起きた。
なっちが見てなくて良かった。顔が熱い。多分真っ赤だ・・ああ悔しい。
こんなんだからなっちも困るんだよね、子供っぽいのはどうしようもない、今更だ。
正直でいるとこうなってしまう。そのせいでどれだけチャンスを逃がしたかしれない。
ほのかだってダイスキだから、キスだけじゃ物足りないこともあるんだよ・・けど
その先を少しでも想像すると胸がどっきどっき言って体が縮こまる。どうしてだろう。
悔しくて涙が出る。いつだって慰めてくれるから余計に哀しくなったりもする。

「ダメだ、こんなことじゃあ・・ヨシ!お風呂入ろう。」

晩御飯はここのホテルで摂ることになっているから時間はまだ早い。だけどさっぱりしたかった。
けど・・・お風呂・・すぐお湯出るのかな・・?

「えっとえっと・・・やってみようっと。・・・おわっ!あ・あつううううううっ!!!」

「このバカ!なんでオレに言わないんだ!」
「お湯出すくらい・・できると思ったんだもん・・」
「たいしたことなくてよかったな。ぞっとしたぞ。」
「たいしたことある。ドレス着るのにこれはないよ・・」
「仕方ないだろ!今晩はそのまま包帯外すなよ。」
「しょっぱなから躓いた気分・・」
「大火傷じゃなかったからラッキーだ。そうだろ?」
「へへ・・そうだよね!?」
「まだ時間早いのに風呂って・・疲れたのなら少し寝るか?」
「疲れてない!気分を変えようとしただけ。なっちお仕事はいいの?」
「ああ、後でいい。」
「じゃあさ、散歩!街を歩きたい!」
「わかった。どこ行きたいんだ?」
「どこでもいいの、とにかくこの近く。」
「そうだな、じゃあそうするか。」
「ウンっ!」

初めてのパリの街。見るものが全部新鮮だった。きょろきょろし過ぎて首が痛い。
なっちは初めてじゃないから結構教えてくれた。ガイドさん要らずで便利だ。

「ああ空気が違うね。」
「乾燥してるからな。」
「いやそういうことじゃなく・・」
「あんまりはしゃいだら子供と間違われるぞ。」
「ウン・・っていうかさっき風船くれた・・」
「ぷっ・・あ、いや。良かったな。」
「まるきり子供に見られたんじゃあ?」
「気にするな、余ったから誰でも良かったんだきっと。」
「・・ちっともロマンチックな気分になれない。なんで?」
「ロマンチックってどんなのだ?」
「どうせ似合いませんよ。いいさ、もう。」
「ごほっ・・拗ねるなよ、ますます子供みた・・あ・悪り・・」
「なっちのおばか。フン!」

こうやってすぐ拗ねるから子供だと思われるんだ・・わかってるのに。
大人になるのって難しい。なっちを誘惑するつもりがちっともできてない。
もし今夜もいつも通りだったらどうしよう。せっかく一大決心して来たのに・・
でもつい初めての土地ではしゃいでしまう。楽しいんだからそれはそれでいいはず。
恋人同士をパリの街でもたくさん見掛ける。なんだか綺麗な人たちばかりに見える。
日本でだってそんな風に見えないほのかとなっちだもの、こっちならもっとそうかな。
なんて思うとちょっとめげそうだ。別に誰にどう見られたっていいんだけれど。
なっちは一人ならどこにいてもカッコいいからなぁ・・こういうのって劣等感だ。
ほのかはほのからしくしてればいいんだと自分に無理矢理言い聞かせた。
無いものを欲しがるのも子供っぽいぞ、ほのか。ほのかにはほのかの良さがあるのだ。
気持ちを前向きに引っ張り上げると、なっちがぽんぽんと優しく頭を撫でた。
子供にするみたいなことなんだけど、そのときは嬉しかった。元気が増した気がした。

なっちはよくほのかを優しい目で見る。ウレシイけど少し落ち着かない。
そんなに満足そうなのって、どうしてなの?と尋ねたくなってしまう。
思ったほど伸びなかった背も、相変わらずベビーフェイスと言われる顔も
期待ほどは膨らまなかった胸も、何もかも愛しそうに見るでしょう?不思議。
なっちが幼児趣味だとかゲイだとか言われるのはほのかのせいでもあるんだよ?
それなのにちっとも気にしない。ほのかじゃないとダメだなんて嬉しがらせる。

「ほのかって愛されてるよねぇ・・」

思わず呟くと目を丸くしたなっちがいた。なんなの、失礼だな!

「ほのかさん、オレは?」
「へ?あ、ああ愛されてますよ、安心なさい。」
「そっか。安心した。」

嬉しそうに目を細めるから、悔しくなる。余裕の表情に感じられて。
大人にならないで!年上なんだから待っていて。そんなこと思ってしまう。
一緒に大人になりたいの。一人だけ先回りなんてズルしないで欲しい。

顔に不満が漏れていたのか、なっちがそっとキスしてくれた。外では珍しい。
外国だから?誰も見てないからかもしれない。そっと触れてすぐに離れた。

「王子様慰めてくれたの?」
「いいや、したかっただけ。」
「ならヨシ。」

ああほのかって単純。たったそれだけで気分は軽くなって視界も開けた気がする。
甘やかされたいのかな、それってやっぱりわがまま?なっちに愛されていたいと強く願う。
いつだってドキドキしていたい。こんな風に不意に触れたり、感じたりしていたい。

握っていた指をチラッと覗いた。そこにはリングが光っている。
あなたのものだよと主張しているみたい。ほのかもそうなの、主張したいよ。
今夜はきっと立ち止まらないでね。そんな願いをリングに込めて歩き出した。
ゆっくりとしっかりと大地を踏んで、ぬくもりを確かめながら一歩ずつ。

「ねぇ、ワインはほのかに選んでくれる?」
「ああ、引き受けた。軽くて甘いのをな。」
「よろしくね、王子様。」
「姫様のお望みのまま。」

普段なら笑っちゃうような気障な台詞をそのときは寛大に許してあげた。







「パリの夜」編二話でほのか視点。まだるっこしいですか?
次はディナー編です。お酒初体験のほのかちゃんv(そっちか)
さて無事に夜が迎えられるかどうかでございます。(^^)