もてあそぶ 


癖のようなもので、ほのかは髪を弄っている。
雑誌を読むときなんかによく見かける様子だ。
しかし今回は少し意味合いが違っていたらしい。
ふうと溜息を吐き、意識して前髪を引っ張っている。

ポイと手にしていた雑誌を放り投げ、矛先が向く。
どうせくだらないことなんだろうが一応身構えた。

「なっちー、髪の毛さわらせて。」
「否だ。」

ちゃんと拒否しているというのにほのかは無視した。
座っている俺ににじり寄ると小さな手を髪へと伸ばす。
痛くも痒くもない。が、明らかに特別な指の動きだ。
確かめるように慎重でもあり、探るように微妙な加減。
観念して弄ばれているとほのかは顔を不意に覗き込んだ。

「なっちー・・睫付けたりしてないよね・・ふむ。」
「アホ・・」

年頃の娘というのは面倒なもので、どうせ特集記事の類だ。
そういった情報を一々気にしては自らと比較し取り入れる。
はっきり言って男にはまるきり興味も理解も示せないことで
特に俺の髪や睫を気にする目の前の人物には必要のないもの。

はぁ!とまたもや大きめの息を吐き零すとほのかは手を引いた。
そしてふと気付いて再びささっと髪を整える仕草をつけ加えた。

「ほのかの髪どうしてもこうぴんぴんとはねるんだよね!」

だからどうしたと言いたいがここは我慢だ。雑音が増す。

「ワックスでもムースでもダメなんだ、すぐ効かなくなる。」

俺にはどうしようもない。文句ならばこっちが言いたい。

「そんな女の子の悩みを鼻で笑うような男がいたりするし。」

おいおい、難癖つける気か。いい加減むかついてくるぞ。
内心は抑えて無視を決め込む俺の態度にも不満を抱いたようだ。
ほのかはずんずんと睨むような顔つきを俺の顔正面に突き出す。

「ったく・・憎たらしいんだから!べーっ!!」

”知るか!” 俺は大きな声で叫んだ。心の中でではあるが。

勝手に髪を弄び、文句と非難を浴びせたほのかはどうしたわけか
怒った様子のまま俺の頭をがしっと掴んで・・・頬に口付けした。

「・・へへ・奪ってやったのだ。ちょっとすっきりしたじょ!」

どういう理屈なんだ。女の思考は俺なんかには到底予測不能だ。
おまけにやらかい唇を惜しげもなく押し付けて満足気に笑うとは。
俺とは正反対に清々した表情になったほのかは伸びをして離れた。
このセクハラとも言える行動を唐突に起こし、直ぐに転換できるという
不可思議。まったくもって・・・得体の知れない生き物だと思う。

”くそ!そういうこといきなり俺がしたら犯罪とか割りに合わん。”

業腹な俺のフラストレーションをどう処理するべきか。実に難問だ。
同じことを返すのはダメ、文句は倍返し確定、後は何だ。何がある?
そんな難解に挑んでいた俺にほのかはのほほんとした声で言った。

「ん〜・・クセっ毛もなっちが嫌いじゃなきゃいいや!ね?!」

「ね、って・・・まぁ・・別に嫌っちゃいねーが。」
「でしょ!?だってなっちたまにほのかの髪撫でるじゃん?!」
「!?いつ俺がそんな真似・・」
「ほのかがここでお昼ねしたらよく・・触ってるじゃないか。」
「そっそんなこと!しょっちゅうしてはいねえ!・・たまに、だ。」
「気持ちいいから別にいいよ。」
「俺はっ・・だからそのスキとかキライとかでなく・・;」
「?キライだったら触らないよね!?・・気に入らないの?」
「気に・・入らなくは・・ない、だろ、そんなもの・・誰でも。」
「男のヒトはサラサラが好きって聞くもん。なっちは違うんだ。」
「そんな決まりあるかよ!お前の髪を嫌う男なんて・・あるわけ」
「あるかもしれないよー?・・ふふーだからなっちダイスキさ!」
「んな・・んでそうなる!?」
「ほのかの髪がいいってことだよね、それって。ウレシイな〜!」

反論しようとして空振った。無様に開いていた口をそっと閉じる。

”嬉しそうに・・・なんなんだよ、可愛いこといいやがって・・!”

「バカらしい!」と苦し紛れに搾り出した。
色々とマズイ。顔が熱い気がするのも非常にヤバイ。
目敏くほのかが目を耀かせたようで更に良くない事態だ。
にこにことご機嫌を絵に描いたようなほのかが背けた顔を追う。

「なっち!隠したって無駄だよ。」
「うるせえ!何も隠してねえし。」
「うわお!そうかそうかー!?えへへへ・・」

ほのかは猫のように俺の膝に顔を乗せると頬を擦り付ける。
これだって立派にセクハラではないか!なのに俺は無力だ。

「・・なっち?」
「せめてじっとしてろ。」
「は〜い!」

仕方がないだろう?目の前のクセのある髪を撫でてしまうのは。
それくらいしか許されない、というか思い浮かばねえ!・・からだ。
喜んでくすぐったがりながらもほのかは我慢してなるだけ動かない。
口惜しいがそんなに気持ちよくなってくれるんなら多少気は晴れる。
許された行為に甘えてほのかを膝の上に留める。俺だって心地良い。

「なっち〜・・眠たくなっちゃうよー!」
「寝ればいいだろ。静かになっていいぜ。」
「ね、なっち。」
「なんだ?」
「一緒に寝ようよ。」
「阿呆ゥ!」
「いたっ!」

拳骨を落とすとほのかは頭を抱えた。そんなに痛くしてないぞ。
ああ、ダメだ。俺はまた弄ばれた気分になった。ほのかにいつも
そんな気持ちにさせられている。それが不快じゃないなんて・・
バカなのはどっちだって話。降参して頭を垂れ、瞼の落ちた顔を覗く。

”睫ならほのかだって結構長いじゃねぇか・・知らんのか?”

髪だって本人だけが不満なのに違いない。はねていても問題ない。
気にしているらしい背や鼻の低さも、胸のサイズがどうこうってのも

”・・・それも俺がいいって言ったら、お前は満足するのか・・?”

恥ずかしいことを考えた。ほのかは本気で眠りそうだ。
ほっとして髪を撫でる手を休め、ほんの僅か頬に滑らせた。
柔らかくて温かい。俺も気楽に唇を乗せることができたらと思う。

今日も明日も、きっともっと未来も俺はほのかにもてあそばれ、
想いをもてあます。それは多分に悪くない。密かに弛めた口元の
自らの唇に指を触れ、その指をほのかの頬にそっと触れさせた。

”これくらいは・・カンベンしてくれよ?”と願いながら。








最後にセクハラ返し!のなっち。恥ずかしい男だよ〜!
(間接キスです)