もふりたい! 


 「なんて顔だ。鏡見たか?」
 「見てないじょ。でもこれは仕方ないのだ。」

 ぶすったれた顔を隠すつもりのないほのかが
夏の元を訪れた途端に「聞いて」と愚痴り始めた。
猫アレルギーのために飼うだけでなく近付くことも叶わない
我が身を呪い、ほのかはソファに身を投げ出して嘆き散らす。

 「くやしいじょ〜!友達の猫めちゃくちゃ可愛いの!!」
 「そうかよ・・だがどうしようもねえんだから諦めろ。」
 「冷たい!ちみは情けというものを知らないのかい!?」

やれやれと肩を竦め、夏は中断されていた読書を再開した。
その態度に険を深めた顔でほのかは近付いて夏の前に立った。
次の瞬間、ほのかは夏の頭を乱暴に捉えがぶっと噛り付いた。
それはほのかが口惜しいときによくするワザであり、それらの
主たる被害者である夏は無表情を崩さなかった。構わずにいると
ほのかはしばらくして口を外すと今度は夏の髪をぐしゃぐしゃと
かき回した。猫の代用にしているごとくだ。そして更にその頭に
頬ずりして抱きかかえたまますすり泣きを始めたのだった。
まさか泣くまでは想像していなかった夏はここにきてようやく
リアクションするという選択へとギアチェンジした。

黙ったままほのかを引き離すと当然のように抵抗はあった。
しかし夏は離した後直ぐにほのかを自らの膝上に抱きかかえた。
ほのかの髪も夏に負けず猫毛で柔らかい。その上猫耳のような
はねた一部が両サイドにある。どうしてもはねてしまうらしい。
実はその一見猫耳のようなはねっ毛が夏のお気に入りなのだ。
それらと一緒にお返しとばかり髪をわしゃわしゃとかき回した。
怒って泣き叫んだほのかなのだが次第に大人しくなっていった。

 「うう〜・・キモチいい・・なっちはてくにしゃんなのだ。」
 「ごほっ・・どっからそんな単語仕入れたんだ。削除しろ。」
 「上手な美容師さんのことでしょ?お母さんが言ってたじょ。」
 「・・俺がそうだとか言うんじゃねえぞ!ややこしいから。」
 「なっちは美容師さんじゃないからね・・わかったのだ・・」

しばしの沈黙。ほのかは気持ち良さそうにうとうとしていた。
夏はそんなほのかに気付いて一層優しく髪を梳いていく。すると
かくん、と首が、そしてほのかの体全体が夏の胸に倒れこんだ。

 「こんなにあっさり寝落ちするんだからなあ・・」
 「ん〜・・むにゃむぅ・・・・にゃっちすき・・」
 「俺はそんな名じゃねえぞ、ほにょか。」

夢の中でありながら、ほのかはニヤニヤと笑っていた。夏の
言い間違いかわざとなのかはわからない”ほにょか”に反応して
嬉しそうになった。そしてにこやかな寝顔を夏へと擦り付けた。
ふわふわした前髪をふっと息をかけて除け、夏は額に口付けた。
そこは気付かないままほのかの寝息は整っていき、完全に眠って
重みを増した体を大事そうに抱えなおすと夏も目蓋を下ろした。

 「おやすみ・・」

猫、もといほのかを抱いたまま夏も同じように夢に滑り降りた。


 先に目を覚ますのは大抵夏の方だが、偶にほのかの時もある。
その日はほのかだった。ふっと意識を取り戻すと夏が眠っていた。
心の中で”やったあ!ほのかが先!”と静かに喜んだ。いつでも
夏に寝顔を見られるばかりで反対に見たいと思っていたからだった。

 ”ふふ〜・・なっちのまつげ長いな〜・・美人だ・・!”

猫をもさもさと触ることを友人は『もふる』と言った。気紛れに
友人の猫は飼い主である友人の傍に来ると「もふりなさい」と命ずる。
その一連の話を聞くとほのかももふりたくてたまらなくなったのだ。
しかしそれは叶わぬ夢、諦めが付かないまま夏の所へやってきた。
くやしくてならなかった。それは確かだ。それが綺麗に消えていた。
そのご褒美とでもいうように今夏がほのかを抱いたまま眠っている。
安らかな様子にほのかの心も和む。そして夏の胸の匂いに満足した。

 ”なっちの匂いすきなんだ〜・・くんくんしておこうっと”

普段はさせてくれないからとほのかはそれを実行したが夏は起きない。
それどころか身じろぐほのかを落とすまいとして抱きなおしたのだ。
ますます嬉しくなって笑いを零しそうになり、慌てて口を閉じた。
せっかくの機会を少しでも長く味わっていたかった。幸い継続中だ。
しめしめと夏の寝顔をじっと見つめているうちにふと思い出したのは
さっき聞いたような気のする夏の声だ。”おやすみ”だっただろうか?
なんだかとてもおかしくて笑ったようにも思う。おやすみではない。

 「・・・!?あ、起きたのか。何見てんだよ、お前。」
 「残念、もう起きちゃった。へへへ〜・・でも思いだしたじょ!」
 「なんだよその悪い顔は。思い出したってなんだよ。」

ほのかはにや〜っとチェシャ猫のように微笑む。はねっ毛がゆれた。
なんだか嫌な予感がしたものだが、夏はなるべく表情を取り繕った。

 「にゃんでもないじょ!にゃっちい!!」
 「俺はそんな名前じゃないってんだよ。」
 「あれ?言わないの?!呼んでよにゃっちー”ほにょか”って。」
 「・・・・言わねえよ。」
 「さっき聞いたもん。”ほにょか”って言ったよ、にゃっちが!」
 「夢でも見たんだろ。」
 「ちがうもん、にゃあにゃあにゃあ!呼んでようにゃっちいい。」
 「そんな呼び方するなら言わん。」
 「呼んでくれるまでやめない。にゃっちにゃっちにゃっちすき!」
 「うるせえ!やめろったら、ほ・・」

 「・・・じゅりゅい・・呼んでよう、にゃっちってばあ!」
 「黙れ。黙らないともう一度黙らせるぞ。」
 「いいもん、なんべんでもちゅーすればいいさ、にゃっちのけち!」
 「けちとはなんだよ、けちとは!」
 「けちけちけちんぼにゃっちー!」
 「このっ」
 「ほにょかだにょっ!にゃーん!」
 「ばかめ・・お前は猫より始末に終えねえぜ。」
 「いいんだ、猫より可愛いんでしょ?」
 「ったく」 

 アレルギーのせいで猫は飼えないがほのかは良かったかもと思う。
夏が構ってくれるし慰めてもくれる。猫になって遊ぶこともできる。
それに気紛れな猫みたいなのは夏のほうではないかと考えている。
だけどちゃんと相手を見て寄ってきては「もふりなさい」とねだる。
プライドの高い猫の甘え方を夏に当てはめて想像してみる。すると
あまりにぴったりはまってほのかはおかしくて笑った。声立てて。

 「なっちい、愛してる。ほにょかのことも愛して。」
 「そんなこと・・知ってるってんだよ、それに・・」

 「俺は猫なんか愛してねえ、ほのかなら心当たりあるけどな。」
 
 言う前から夏の表情はもう無どころかかなり動揺していた。
そして今は頬も染めている。可愛くて愛しくて猫みたいだがそうでない
男に飛びつくと今度はほのかから口付ける。押し当てると返る胸の痛み。
その心地良さにほのかが喉を鳴らすと夏も嬉しそうに甘い吐息を零した。

 「・・どうすんだよ、予定狂っちまってもいいのか?」
 「ほのかのせいにしないでよ、もう抱き上げてるじゃないか。」
 「ここよりベッドのがいいだろ?」
 「う〜ん・・・それはそう・・か、にゃ〜あ?」
 「どこだっていいって意味なのか、それとも?」

 「おしえてあげにゃい」

べーっと舌を出したほのかの耳が齧られた。驚き悲鳴をあげても
夏はイタズラする猫のように瞳を輝かせ、ほのかは唇を尖らせた。







ヒドイデスネ!甘いにもホドがありますよ!ったく・・すいませんw