「未来はこれから」 


「・・・そんなに・・・似合わない・・かな?」

ほのかの眼の前で綺麗な顔を鬼のごとく(は言い過ぎか)
ともあれかなり不機嫌オーラ全開で立っているのは夏。
ほのか限定で”なっちー”と呼ばれている3歳年上の兄・・
的存在の、日常ほのかの世話をする係りを兼ねた武道家である。

むすっと黙ったまま高い身長から見下ろされほのかはしょげた。
期待をした分だけ落胆は大きい。そんなに怒るとは予想外だった。
徐々に不満が湧き、ほのかのしょげていた眉が逆にピンと上がる。

カツラは借り物だ。いつもはねている短い髪は長髪になっている。
ほのかの憧れるロングのストレート。リボン付きで可愛いと思う。
服もこれまた借り物で、普段着ているセーラー服ではないが制服だ。
少々不自然な胸の膨らみは、かなり詰め物がされているためである。
そして元は素朴で幼い顔立ちの顔にはきっちりとメイクがされていた。
多少ちぐはぐな印象は残るものの、全体的に可愛く大変身している。
と、ほのかは思っていた。それなのに開口一番、夏の言った言葉、

「何の真似だ。気持ちワルイ!とっとと元に戻せ。」であった。
「気持ちワルイ」はないだろうとほのかは憤慨した。ところが、
夏は腕を組んでほのかに挑みかかるような居丈高な様子で睨み付けた。
そのあまりの迫力に押され、冒頭の台詞とあいなったわけだ。

「・・皆はキレイだって言ってほめてくれたのに。」
「他の誰が何と言ったか知らんが、早くそのばかげた格好をなんとかしろ。」
「む〜っ・・さっきから聞いてれば・・ちょっとひど過ぎだよ!なっちー!」

勢いに負けまいと背伸びをして胸を張り、指をさして言い返すほのか。
その指を「人を指差すな」とぽつりと呟きつつ、ひょいと手で下ろさせた。
悔しさでほのかの顔が紅潮し眉が一層吊りあがる。化粧のせいで迫力倍増だ。
しかしそんなになっても夏の機嫌は良くなる兆しを見せることはなかった。

「・・戻すつもりがないなら帰れ。見たくない。」
「あ、そう!いいよ。帰る!お兄ちゃんに言いつけてやるー!」

その捨て台詞が相応しいかはともかく、夏は黙ったまま返事はしなかった。
プンプンしながらほのかは谷本邸を後にし、兄の居る梁山泊へ足を向けた。

梁山泊ではいつもと違ういでたちのほのかに一同が驚いたが、
来るなり険しい顔だったほのかがいきなりくしゃっと顔を曇らせ、

「うわ〜〜〜〜ん!お兄ちゃあん・・・ほのか・・ほのか悲しいよう〜!」

と大声で泣き叫んだので、一同は更に目を丸くしておろおろとしてしまった。
ここは私に任せて、と兄の想い人である美羽がほのかをなだめ、落ち着かせた。
そしてオヤツを食べる頃、やっと泣き止んだほのかによって訳を知った。

「へぇ?一体夏くんは何故そんな怒ったんだろうね?!」と兄の兼一は不思議がる。
「訳がわかんないよ!もうなっちなんて・・・なんて・・・うう〜・・」

またほのかの涙腺が弛みかけたので、皆が慌ててほのかを気遣った。
「ほのか、泣かないで!アパチャイも悲しくなるよっ!」
「そっそれって大人っぽくて驚いて照れてたんじゃねぇのかよ!?」
「そうね、今日はいつもより随分お姉さんに見えておいちゃんもドキドキね!」
「ほのかじゃない・・みたいだった・からじゃ・・ない?」

最後に聞えたしぐれの言葉にほのかのみならず皆が一瞬はっと息を飲んだ。
美羽も頷いて、ほのかの肩に優しく手を置きながら、「そうかもしれませんわね?」
と囁いた。兼一も先ほどの意見を取り下げ、その意見に賛成の意を示す。
ほのかは考えた。化粧を施したり、変身させてくれたのは近所のお姉さんだ。
専門学校の実習だとかで、ほのかにモデルになってほしいと頼まれたのだった。
学生とはいえそこは得意分野だからか才能か、ほのかを見違えるように変えた。
母も関心して写真を撮り、父も感激していた。「数年経てばこんなになるのかな・・」
そう言って目を光らせる父に「思ったより美人になりそうね。」と母も喜んでいた。
だからほのかは嬉しくてウキウキした気持ちで夏に見せに行こうと張り切ったのだ。

ほのかはしばし考え込んだ後、「・・帰る。ご馳走様。お邪魔したじょ。」
送って行こうかとの兼一たちの申し出を断ると、ほのかは落ち着いた様子で手を振った。
自宅へとほのかが戻ると、あっさりと着替えて化粧も落とし、いつもの格好に戻った。
母親はもったいないと言って惜しんだが、ほのかは「も一回なっちんとこ行ってくる。」
そう言って駆けて行ったのだった。道中ほのかは夏を思い浮かべて一つの決心をした。

ほのかの再訪に夏は驚いた。変わりないほのかに怪訝な顔ではあったが迎え入れた。
ほっと一息吐くとほのかは夏の想うところはわからないままに自分のことを伝えた。

「なっちー!ほのかなっちとケンカするのやだし嫌われるのもやだからもうしない。」
「しないって・・・さっきみたいなのをか?」
「うん。お化粧も大人っぽいことも。だから安心していいじょ!」
「・・心配して言ったわけじゃねえ。」
「理由はわかんないけどとにかくヤダったんでしょ。ほのか期待してたから怒ってごめんよ。」
「・・・期待・・・誉められたかったってことか。」
「まぁね。でも似合ってないってのは事実かもだし。」
「・・・・嘘だ。似合ってなくは・・なかった。」
「えっ・・!?」

ほのかはまたもや予想外な夏の答えに驚いた。けれど夏の浮かない顔を見て

「そんな気を遣うことないじょ!いいよ、気にしてないからさ。」と笑ってみた。
ところが夏の表情は暗いままで、自分のしたことがどれも間違っているのかと感じた。

「気を遣ってんのはおまえだ。アホ・・」
「ねぇ・・なっちは何心配してんの?心配じゃないんだったらさ、どして・・」
「むかついたのはオレ自身にだ。おまえのことを怒ったんじゃない。」
「へ?・・わかんないんだけど・・」
「おまえには関係ない。だからさっきは悪かった。」
「そんなの・・怒るよりずっと悪いじょ!」

ほのかは夏がほのかを追い返したときまで、二人の間に壁など感じたことはなかった。
だが、今眼の前にいるというのに、見えない壁がはっきりと感じられる。それが嫌だった。
気に入らないのなら、それでいい。似合わないなら早かったと諦める、けれど違った。
夏が示した拒絶はそんな表面的なことではなかったのだと知って衝撃を受けたのだ。

「なっちのがアホだもん!ほのか許さないじょ!」

食って掛かりそうなほのかの叫びは涙交じりで、夏の耳朶に重く響いた。
知られたくないと只管隠していたことをほのかに今の瞬間にも暴かれそうになって
夏は痛い顔をした。ほのかの涙と自分に対する純粋な想いが余計苦しみの嵩を増す。

「誰が見ても妹だって・・だから今は傍にいてくれてるの?」

ほのかがぽつりと頼りない声で呟きを落とした。夏にはそれも重く圧し掛かる。
いつも不安に感じて毎日のように夏を訪ねてくるのは、夏がふっと消える気がするから。
ほのかは夏と知り合ってその自虐に似た孤独癖が気になった。一人のなろうとするクセ。
どうしてだかわからないが、とにかく彼は寂しそうで、ほうっておけなくてたまらないのだ。
そしてその真の理由を誰にも悟らせまいと振舞っているようにもぼんやりとだが感じる。
突き放すような言葉でも、素直じゃない行動も、ほのかを受け入れてくれていると思った。

「ヒドイのだ・・ほのかのがよっぽど・・・寂しい。何で優しくしてくれてたのっ!?」

ほのかの裏切りを断罪するような言葉に夏は打ち抜かれたような痛みで受け取った。
観念するしかない。ほのかを傷つけることは夏にとって一番してはならないことだった。

「・・すまん。コワかったんだよ・・おまえが大人になるのが。」
「!?やっぱし・・なんでさ、大きくなってもほのかなっちの傍にいるよ。」
「オレばっかり得するだろ。おまえにはなんのメリットもない。」
「友達なのにそんなの関係ないじゃんか。それにほのかなっちにアレコレしてもらってるよ。」
「下心があるからだ。」
「した・・心?って?」
「オレの傍にいるのが居心地がいいと思わせたかったからだよ。」
「それのどこがいけないの?普通じゃないか。ほのかだって考えるよ。」
「もっとわかりやすく言ってやる。おれはおまえのことが欲しかったんだ。全部。」
「いいよ。あげるよ。」
「・・・ぉい、ここまで言ってもわかんないのか?」
「わかるよ。全部欲しけりゃもってけなのだ。ほのかなっちが好きだから問題ないじょ?」
「おまえの好きなんて・・・広い意味でだろうが!」
「違う。少なくともなっちが嫌うなら大人にならなくてもいいって思ったくらいだよ。」
「!?・・・だから戻ってきた・・のか?」

ほのかが大きく首を縦にした。「そうだよ」と言葉でも確かに示す。
夏は眩暈がした。一番欲しくて、願っても無理だと自分に言い聞かせていたはずの・・
彼が一度失くして、渇望していたのはずっと愛したいということだった自分だけの誰かを。
しかし誰でもいいわけじゃない。その相手は自分だけを愛してくれるという都合のいい夢。
叶うはずはないと思った。そんな人物は一生出会うことすらないと打ち消しつつ期待した。
ほのかが自分の前に飛び込んできたとき。胸騒ぎがした。離せなくなる予感かもしれない。
ほのかが亡くした妹のように無償の愛をくれるかどうかなど、どこの誰にも確かめる術はない。
誰にでも魅力的に映るだろう、ほのかの良い面を知れば知るほど怖ろしくなった。
誰にも渡したくない。オレのだ。オレが一番愛せるんだと心の底でだけ叫んでいた。

「泣かないでよなっち・・けど・・たまにはいいか。」

ふと気付くとほのかが夏のすぐ眼の前にいて、微笑んでいた。夏の涙がぽつりと一粒落ちた。
その小さな体を抱きしめたくて涙のことなどどうでもいいように「抱いていいか?」と訊いた。
「どうぞ」とほのかが言うとおずおずと伸びた腕に宝物みたいにそっと抱え込まれた。
ほのかは夏の髪を撫でてやり、ぽんぽんと広い背中を子供をあやすようにたたいた。

「よしよし・・なっちってば心配症だねぇ・・ほのか絶対傍にいるからね。」
「・・・うん・・どこの誰にも・・やらない。おまえは・・・オレのだ。」
「初めて聞いた気がしないのだ。ほのかってさ、超能力あるんじゃないかな!」
「フン・・大抵ニブイくせしやがって。生意気。」
「むぅ・・けどほのかなっちが優しいこと出会ってすぐにわかったもん。」
「そんなことか。オレなんか最初っからおまえは面倒くさい奴だとわかったぜ。」
「なんだと!そういうのもスキなのだろうが。ちみのがよっぽど面倒な子だよ。」

顔をほのかの肩に落としていた夏がすっと離れるとほのかを見た。
もう泣いていない夏の顔があまりに近いのでほのかはくらっとしてしまう。
悔しいが化粧なしで充分美しい夏だ。けれどその夏は、幼くてどうということのない
自分の顔が好きなのだろうと思う。照れくさいがきっとそうだ。何故ならいつでも
ほんとうに優しくて蕩けそうな笑顔を浮かべて見られるときがある。だから・・・
世界で一番自分が可愛いような気がする。もちろん事実ではないが、そう思われている。
そんな気がして幸せな気分になる。今もそうだった。

「よかった。なっちに逃げられたらほのかこれ以上のショックはないからね。」
「おまえがホントに大人になって綺麗になったら男なんて選り取り見取りだぜ?」
「じゃあ綺麗にならなくていい。なっちがスキでいてくれたらそんで満足。」
「おまえなぁ・・・誘ってんのか!?おちょくってんのか!どっちだ、ええ!?」
「誘うってどこ行くのさ?どっか行きたいんならほのかも行くから連れてって。」
「・・・とりあえず・・遊園地でも行っとくか。」
「うん、賛成!なっち、アイス買ってね。それからクレープ!」
「へぇへぇ・・美女じゃなくてその前にブタになりそうだな。」
「げげっ・・ソレはヤダ。なっちぃ・・どうしよう!?」
「心配するな。ブタなら美味しく食ってやるから。」
「うぎゃああっ!イヤだーっ食べちゃダメだじょー!」

夏は珍しく声を立てて笑った。それが嬉しくてほのかも笑う。
まだしばらくは大人にならなくていいと思う。今がこんなに満たされているから。
夏は幸せそうなほのかをユルく抱きかかえたまま、現実だと確かめて夢心地を味わった。









この話は置き場所に困りました。どこも違う気がしてね;(苦笑)