Milky Way 


「7日のお天気だいじょうぶかなぁ?」
「・・・マジで許可下りたのか・・・」

「蛍の見られる場所」へ行きたいとほのかが言い出したのは数日前。
知った場所で見られるかもしれないと言ってしまったのが運のツキ。
食いついたほのかに折れてしまい、結局七夕の夜を予約させられた。
「親の許可」を取れたらという条件もなんなくクリアしたらしい。
まぁそんなことは気休めにしかならないと思っていた、コイツならやる。
着物を着ていくだのなんだのとやたら張り切っているほのか。
こっそり雨でも降れと願ったが、それはそれで機嫌を取るのに苦労しそうだ。

「楽しみだねぇ、なっつんv」
「・・・虫よけ忘れるなよ。」

子供のような期待に満ちた笑顔でそうこられては、諦めざるを得ない。
果たして当日は雨もコイツの祈りに負けて何の心配もいらない天気となった。
ウチの家に(ほのかの家にも)並べられた照る照る坊主を恨めしく眺めた。
大量のソレを作るのをオレも手伝わされたのは言うまでもない。


そこは谷本の私有地だしウチからそう遠い場所でもない。
手入れをされずに置いてあるのは川に蛍が生息しているからだ。
昔一度だけ、家族の在った頃に皆で行った覚えがある。
妹の楓もとても喜んでいた。飛び交う光りを魔法のようだとはしゃいでいた。

「・・スゴイ・・・魔法みたい・・!」

ほのかはぽかんと口を開けて目の前の光景に魂を奪われたように佇んだ。
女子供ってのは似たような発想するもんだなと傍らのオレは思っていた。
予想外だったのはほのかは見惚れるあまり、普段ほどはしゃいだりしなかった。
いや、ここへ来るまでは遠足の子供みたいに元気一杯ではあったのだが。
浴衣姿でふらふらするから手を引っ張らねばならない羽目に陥ったほどに。
しかし、今は別人のように大人しくなってぼんやりと蛍の群れを見ていた。
黙ったままでまさかとは思うが本当に魂でも取られてしまったかのようだった。
とうとう気になって、顔を覗きこむようにして窺うとゆっくりとオレを見た。

「・・なっつん、どうしたの?」
「それはこっちの台詞だ。オマエ大丈夫か?!」
「え?何が?!・・見惚れてたんだよ、あんまり綺麗だから。」
「・・・あんまりぼけっとしてっから頭おかしくなったかと思ったぜ。」
「・・やだねぇ、むーどのないお兄さんときたら。」
「ふん、何がムードだ・・」
「なっつん」
「あんだよ?」
「見て、空もすごく綺麗だよ!」
「空?蛍見てたんじゃねぇのかよ・・」

見上げると確かに美しいと言って良い眺めが目に映る。
今度は上を見上げたまま、飽きもせず固まったほのかが居た。
調子が狂う。いつもと違う静かな相棒がやたらと・・綺麗な気がして。
莫迦じゃねーのかと自分の頭を振って同じように空を眺めてみる。
しかしほのかがそれほど目を奪われるほどの星空だろうかと思った。
美しいが、それは夜の星に他ならない。ただそれだけが在るに過ぎない。
遠くを見たままのほのかが不可思議な生き物に思えてきて少し不安になる。
蛍にしろ、星空にしろ、心をそれらに溶け込ませていることに苛立った。

「・・首、痛くないのか?そんな上ばっか見て・・」
「・・ウン・・大丈夫だよ。なっつん・・」

上の空のような様子の返事に益々訳の分からない苛立ちが襲う。
オレは気付くとほのかの視線の先を遮るように目の前に立ち塞がっていた。
目線が合うと、見ていた世界から遮断されたほのかが少し目を丸くした。

「なっつん?」
「あんま莫迦みてぇに上見てんじゃねーよ。」
「?・・失礼な。莫迦みたいとはなんですか!」
「・・蛍見に来たんだろ?」
「そうだけど・・なっつんで今どっちも見えないよ。」

ほのかは不満そうではなく、穏やかな微笑みを浮かべながらそう言った。
その表情もなんだか大人びていて、いつにない痛みが胸を突いた。
暗くて見えないから少し顔を覗きこむように近づけるとほのかの瞳が揺れた。
その瞳には今は星も空も蛍も居ないのに何故だか揺ら揺らと耀いて見えた。
無意識にその瞳の奥へと吸い寄せられるように近付いていった。

「・・天の川・・」

ほのかがぽつりと呟いた。こんなに近付いてもオレを見ていないのか?
そう思ったときには二人の距離がゼロになっていた。

やんわりとした感触に我に返るとゆっくりと離した。
黙ったままのほのかがぽかんとしたままオレの目を見ていた。
たった今したことをオレ自身ようやく自覚して内心焦った。
なんとも言い訳しようのないことで、言葉に詰まってオレも黙った。

「・・なっつんの前髪が・・」
「・・オレの前髪?」
「天の川みたいだなって思ったの、さっき・・」
「・・・・」
「そしたら・・びっくりした・・」
「お、オマエが空ばっか見てるから悪りぃんだよ。」
「ほのか怒られたの?今さっきの!?」
「・・・ぼけっとしてんなってんだ。」
「・・なっつんのこと忘れてたわけじゃないのに。」
「ウルセェ・・」

ほのかは意外にも怒ったり慌てたり、照れることすらしなかった。
幸せそうに微笑みを浮かべるなんて、一体どうしてしまったんだ?
いきなり子供から女になったみたいで、なんだか変な気分だ。
うっかり触れた唇をもう少しちゃんと味わっておけば良かったと思った。
気付いたときは触れていて、すぐに離してしまっていたから。
熱くなった顔を反らしていたら、ほのかがそっと腕を絡めてきた。

「・・なっつんありがと・・」
「何のこと言ってんだ?」
「ここへ連れて来てくれたこと。」
「・・・」
「それと、ヤキモチ妬いてくれたこと。」
「だっ誰が!」
「違うの?」
「・・・・」
「違っててもいいけど。」
「いいのかよ。」
「ウン」
「・・そっか・・」


ほのかがオレの腕に凭れて嬉しそうにまた笑っているから、その小さな肩を抱いた。
驚いてまた顔を見上げるが、オレは目を合わさないように顔を無理に背けた。

「なんでそっち向いてるの?」
「蛍見てるんだよ。」
「ほのかのこと見てよ。」
「なっ・・」

ついうっかり目線が合うと、ほのかがほんのりと頬を染めて見上げていた。
恥ずかしそうに、不満そうに、オレをまた誘うみたいに。

言葉は何処かに忘れてしまい、またほのかの瞳に釘付けになった。
今度はどちらからも近付いて、間近になるとほぼ同時に目蓋を下ろした。
触れるだけでなく少し強く押し当てると頭の芯が痺れるようだ。
抱き寄せた細い肩がぴくりと揺れて甘い痛みが全身を駆け抜けた。

一旦離して目で”いいのか?”と尋ねてみた。
ほのかの瞳が恥ずかし気に光り、顔が僅かに頷く。
目を閉じて、もう何も見えないはずだというのに
星たちが一斉に二人に降り注いでいるような気がした。








「七夕」だと気付いて急遽書き上げました!絵まで描いたさ!!
やっつけ仕事みたいに思われたら申し訳ないんですが、汗水垂らして作ったのです。
いや、マジで今日暑い、半端ないです・;けど七夕記念をここに提供いたしますv