「見えない扉」 


ほんの少し先にある。けれど目には見えない。
ノックしてみても押してみても、反応はない。
そこを越えて、行きたいのにな。どうしてだろう?
呼んでみる。大きな声で。返事がないと知りながら。


「どうしたの?ほのかの番よ?」
「あ・ごめん。ぼやっとしてた。」

私はふっと我にかえって盤面に意識を戻した。
ぱたぱたとコマをひっくり返すとひっくり返った声がする。

「ああっ!真っ白よ。またアパチャイの負けだよ!」
「アパチャイは強くなったから手加減なしだよ。」
「もうここの道場では一番争いだよ。それでもほのかに勝てないよ。」
「あー、秋雨だね。強いよね。それでも勝てるけど。」
「ほのかってスゴイよ〜!アパチャイそんけいしてるよ。」
「ありがと。しぐれは?次勝負する?!」
「・・・ほのか・・なん・・か・・悩んで・る。」
「んー、そうよ、アパチャイも気になってたよ。」
「なんもないよ。元気元気!ちょっと休憩しよっか。」
「ま・た・・どっか・・行っちゃ・・た?」
「しぐれもアパチャイも皆いるし、寂しくなんかないよ。」
「帰ってくるよ、ほのか。きっとすぐよ。」
「ありがとう、アパチャイ。しぐれ。大丈夫さ、ほのかは。」

たまにぼんやりしていると、このところよく心配される。
皆優しい。だけどホントに大丈夫さ。帰ってくる。それはわかってる。
だけど、いつの間にか考えてる。どうしてるんだろ?ちゃんと食べてるかな?
結構面倒くさがりだから、ほのかがいないとちゃんとしてないかもだよなあ?
とか、そんなことが多い。寂しい・・なんて思ったこと・・ない・・はず。
どっか行っちゃって、落ち込んだときとは全然違う。あのときは辛かった。
どうして行っちゃうんだろう?素直じゃないよね、男の人って。そう思った。
仲良くなれたと思ってた、お兄ちゃんとも、ほのかとも。だから・・
会えたときは嬉しかった。戻ってきてると教えてもらって飛んで行った。

ほのかがオセロに強いことをまだ知らなかったなっつん。
やろうよと誘ったとき、ほのかに条件を持ち出したのはなっつんだ。

「オレが勝ったら、もう帰れ。いいな?」
「いいよ。そのかわりほのかが勝ったら?」
「・・なんでも言うこときいてやる。」
「おっけー!」

懐かしいな。よく思い出すんだ、こんな風に会えないときは。
ほのかが勝ったときのあの顔!信じられないって固まってた。

「何でも言え。約束だ。」

なっつんは腕組みをして、開き直ったようにそう言った。

「黙ってどこかへ行っちゃわないで。」

ほのかのお願いに、今度もなっつんはとても驚いた顔をした。
考えるようにゆっくりと、答えてくれた。「・・・わかった。」

それから何度も勝負したね。色んなお願いを私は次々と叶えてもらった。
最初の頃、負けずキライのなっつんは真剣に勝とうとがんばってた。
段々強くなった。アパチャイもそうだけど、たくさん練習したらしい。
それから何度か、なっつんは会えないときはちゃんと言ってくれた。
どうしても納得いかないときはついて行ったこともあるけれど。
長いこと会えないときもあった。今みたいに。毎日が何か物足りない。
まるで見えないドアに遮られてるみたい。開かない、扉。
ねぇ、ほんとうは何処に行くの?ちゃんと戻ってくるよね!?
帰ると信じていてもふっと不安になる。このまま会えないなんて・・ないよね?
寂しがったりしないよ。でもこの頃は・・あのもう会えないと思ったときみたいに
胸がきゅうと痛くなる。会いたいな、会いたいな、会いたいなって。
ほのかちゃんをこんなに待たせるなんていい度胸なんだから。だけど・・
寂しがったりしないもん。寂しくなんかない。ないない、ないよ。
きっとなっつんだって、ほのかのことなんか・・・思い出してもいない。

「ほのか・・無理・・する・な・」
「ん、無理なんてしてないってば。やだなぁ!」
「あの子ね、とってもほのかのこと大事よ。だからだいじょうぶ。」
「なんでそんなことわかるの?アパチャイそんなに何度も会ってたっけ?」
「ほのかをとっても大事に思う目してたよ。だからすぐにわかったよ。」
「う・・ん・・そうだ・・アパチャイは・そう・いうのわかる・・んだ。」
「・・・ありがとう。あのね、なっつんってね、一人が長かったからか・・」
「素直じゃないんだけどね、でも・・一緒に遊んでるとき楽しそうなの。」
「うん・・」
「ほのかといれば楽しいよ。アパチャイもよ。しぐれもだよ。」
「ありがと。だから、だからもっと・・もっと一緒にいたいんだ、ほのか・・」

私はいつの間にか泣いていたらしい。しぐれが拭いてくれた。
アパチャイが「泣かないで、ほのか〜!」ってもらい泣きした。
私はしぐれもアパチャイも大好きだ。お兄ちゃんや家族も。ともだちも皆。
だから、なっつんだって好き。会えないと辛いよ。会いたいって思うよ。
当たり前だよね。なっつんも会いたいって思ってくれたら・・いいな。
そしたらあの見えない扉が開く気がするから。そしたら迷わず入るよ。

もしかしたらそこに寂しいって顔したなっつんがいるかもしれない。
小さな頃のなっつんの姿かも。どんな姿だっていいよ、なっつんなら。
そしたらほのかが来たよ、もうだいじょうぶだよ。って言うの。
小さかったら抱っこしてあげる。大きかったら頭撫でてあげよう。
お友達も皆なっつんが好きだよ。待ってるよって教えてあげるんだ。
だから・・ちょっとでいいから・・・ほのかのこと思い出して・・ね?




「どうした?ボウズ。」
「いや、誰かが呼んだ気がしただけだ。」
「・・ふん・・会いたい奴がいるのか。」
「なっ・・いねぇよ、そんなの。」
「今誰かを思い浮かべただろ。」
「!?・・・・」

今ほのかが呼んだ気がした。会いたいなんて思ってない。
本当に呼ばれたんじゃないかと・・振り返ってしまった。
会いたいなんて・・ばからしい。そんなこと・・
ただ思い浮かべたのは事実だ。笑顔だったからほっとした。
アイツのことだから別に寂しがってやしないだろう。それでいい。
今度会えたとき、わがまま言われることくらいは覚悟してる。
いいさ、少しくらいは大目に見てやる。怒った顔が容易に想像できて
少し笑ってしまった。

「にやついてるぜ、ボウズ。隅に置けんな。」
「うるせぇ。そんなんじゃねんだよ!」

夜空を見上げると、星と雲。もし見えないドアでもあったら、
そこを通り抜けて、夢の中にでも会いにいけるのだろうか。
いや、やっぱりいい。夢じゃなく、会うのなら現実がいい。
遠い場所にいる楓と違って、オレはまた会える。アイツは生きてる。
だから、夢じゃない場所で待ってろ。そう星空に向かって囁いた。

オレも死なない。死んじまったら会えなくなる。
また、会おう。負けたままではいられないから。
ほのかにはまだ、勝ち越していないのだから。

見えない扉はそのままで。オレは夜空に背を向けた。



夜中に目が覚めた。夢を見てた気がするんだけど・・覚えてない。
なっつんが会いにきてくれたんじゃなかったかなと惜しい気がした。
違うかな?夢になっつんは出てきてくれないもんね。なんでだろ?
カーテンの隙間から星空が見えた。今なっつんも寝てるのかな・・

「やっぱり夢より本物がいいや。だから・・早く帰ってきてよね。」

私はそう呟いて目を閉じた。早く会いたい。あの人に。
会えたらゼッタイに文句言って、わがまま言ってやるんだもんね。
困った顔しても、きっとわがままきいてくれる。そう思うと胸が熱くなった。
あのね・・なっつんは・・とくべつに好きみたい。だから・・待ってる・・