「見上げる空の下」 


良い天気だった。布団干しには絶好の風も少ない午前。
部屋の片付けもほとんど済んで、旅行の準備は万端だ。
広い空には雲も無く、眺めると眠気を催しそうだった。
”この天気・・・誰かみたいだな”
あんまりのんびりとどこまでも広い空にふと思う。
どこへ行ってもこの空がある限り忘れることはないだろう。

旅は嫌いではない。寧ろ日常から簡単に脱する手段の一つ。
幸い別荘は国内外に多々あるので、滞在に困ることもない。
気紛れな師匠を探してあちこち旅した経験もあるから慣れてもいる。
ただ今回の旅は今までのものとはかなり趣が違う。
これまでの経験など役に立たない怖れもあるだろう。
成るようになるだろうと半ば投げやりに覚悟はもう決めていた。


「なっつ〜ん!もう終わったのー!?」

思い出していたのんびりしたヤツののんびりした声が掛かった。
振り返りもせずに”あぁ”とだけバルコニーの椅子から返事した。
ぱたぱたと傍に寄ってくる足音は聞きなれたリズムで耳を打つ。
気の無い返事をしたためか、覆いかぶさるように顔を覗きこまれた。

「ナニしてんの?日向ぼっこ?」
「別に。」
「ほのかもする。」
「オマエちゃんと片付け済んだのか?」
「済んだよ。問題なしさ。」
「・・どうだか・・・」
「ねぇねぇ、ぬいぐるみはダメなの?」
「要らんだろ、そんなもん。」
「ぶー・・・一個だけでも・・」
「幾つだ、オマエは。」
「なっつんより若いです。」
「・・・余計なもんは・・」
「わかったよ。心の狭い男だね・・」
「フン」
「部屋にあるのも処分しろよ。」
「何を言うんだね、あれはほとんどなっつんが取ってくれたんだよ?」
「何に使うんだ!?必要ないだろ!」
「眺めたり、抱いて寝たり・・それから・・」
「全く・・幼児か。」
「モノは大切にしようよ。それぞれに思い出があるでしょ?」
「そんなもん一個も覚えてねぇ。」
「ほのかは覚えてるもん。」

オレはキリがないと踏んで溜息一つでその話題を諦めた。
どこまでもマイペースなほのかは少しも懲りることはない。
結局なんでもかんでもオレが折れてる気がして腹立たしい。
けどまぁ、いいか。と気を取り直す。たいしたことでもないのだから。
ほのかは空を見上げて伸びをしていた。「良いお天気だ〜!」と笑顔。
「どっか行きたくなるね!?行っちゃおうか、ピクニックにでも。」
「・・・言うんじゃないかと思ったぜ。布団取り込んでからだぞ。」
「そんな遠くじゃなきゃいいじゃん。そだ、あの植物園は?!」
「オマエ兄キと一緒で好きだな、あーいうの。」
「なっつん嫌い?結構面白いって言ってたでしょ?」
「面白いなんて言った覚えはないぞ。オマエが意外に物知りだなとは言った。」
「えっへん!全部お兄ちゃんに教わったんだ。スゴイでしょ、お兄ちゃんは。」
「あー、すげーすげー、参ったぜ・・たいしたもんだな。」
「その心の全然こもってない肯定がむかつくじょ・・」

相変わらずのブラコンだから兄キのこととなると睨みつけてくる。
一度”治らないな”と言ったら”なっつんに言われたくないよ”と返された。
それ以来コイツのブラコンのことは指摘しないようにしている。

「ねぇねぇ、行こうよ!」
「へぇへぇ・・じゃあ弁当作るんだな。」
「ほのかが玉子焼きしてあげる!」
「余計なもの入れるなよ?こないだなんか・・」
「色々チャレンジして新しい味を求めなきゃだよ!」
「正当なもの作ってから言え、そういうことは。」
「それはなっつんが得意だから、ほのかは新案追求担当なの。」
「誰がそんな担当になれって言った!?」
「若者がそんなことではいかんよ。好き嫌いもね?」
「・・・オマエの好きなおかず・・作ってやらねぇぞ。」
「師匠!そこは一つ、宜しく頼みます。」
「フン!」

昔に比べてオレも随分ほのかの扱いには慣れてきたと思う。
どうしてあんなに振り回されてたのかと思い返すと不甲斐ない。
”今もたいして変らないじゃないか!”とかぬかす外野もいるのはいるが。
ほのかは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねてオレの腕に擦り寄ってきた。

「師匠のお弁当は世界一です。ほのか脱帽ですからー!」
「オマエもおだててないで少しは手伝えよ?」
「ウン、わかってるさぁ!昔よりかは上手になったでしょ?師匠。」
「まぁな。」

褒めてもいないのににやけた笑顔でほのかはオレを引っ張る。
料理は確かにまともになったが、たまにとんでもない『発明』をしでかす。
それがちょっとだけ楽しみなことは内緒だ。オレだけの密かな楽しみだから。
でないと調子に乗って色んな新作に取り掛かってしまうからな。
やはり昔に比べてオレも学習したぞ、と内心で鼻を高くした。

「そうだ、ついでにウチに寄ってくれる?」
「何か忘れ物か?」
「ウン、それ旅行にも持っていかないと。」
「もう準備万端とか言ってたくせして・・」
「えへへ・・ごめんよ。」
「しゃあねぇな・・」

今度の旅は初めっから大変だ。なんせコイツとだからな・・・
トラブルはあって当たり前だと思ってはいるが、やはり多少不安もある。
準備だけで大騒ぎだった。オレは荷物はなるだけ持たない主義だってのに。
コイツがまた要らないものばかり持って行こうとしやがるし。
旅慣れてるオレに軍配は上がったが、それでも譲歩もしてやった。
コイツの両親が心配するのも無理はない。まるで修学旅行のノリだしな。
母親に説教食らって、ほのかも荷作りはやり直したのだった。
引越しに関しては・・・怖ろしい。これはオレの分が悪いからだ。
ウチ中がコイツのせいで・・・怖ろしすぎるから考えないで置こう。
仕方ないのだ、”家のことはほのかにお任せ”って宣言してやがるし。

「どうしたの?なんか心配事?!」
「あぁ・・そういやオマエ何忘れたんだ?」
「・・・パスポート。」
「ナニィ!?アホかオマエは!!」
「ごめん、その・・てへへv」
「笑って誤魔化すな。空港から引き返すとこだぞ!?」
「だっ・だから思い出して良かったでしょお!?ほのかってばエライね!」
「どこがだ!オレの不安を煽りやがって。」
「なんとかなるさ。細かいこと気にしない気にしない・・」
「オマエはちょっとは気にしろ!そんなんだから心配すんだろ!?」
「大丈夫だよ、お母さんも初めはそんなんだったって。」
「マジかよ・・・」
「お父さんは優しくてちっとも怒らなかったって言ってたじょ・・?」
「人の顔色を見るな。オレは言いたい事は言うぞ。」
「頼もしいダンナさまですね。」
「まだダンナじゃねぇ。」
「ひとつ寛大にお願いします!」
「・・・ったく・・調子のいいヤツだぜ・・」

ほのかはオレにごめんなさいと頭を下げた。いかにも悪いという風に。
騙されたわけじゃない。それにほだされたのでもない。オレが赦したのは、
にっこり笑って「ありがとう、なっつん!ダイスキ!!」が聞きたかったわけでも・・
ないからな、断じて。寛大になってやったんだ、オレの方が大人だってことで。

長いこと一緒にいるからすっかりオレのこと見抜いたみたいにほのかは言う。
そんなことあるもんか、とオレは反撃の作を練る。負けてたまるか。
オレだってほのかの扱いは格段に進歩したんだからな。それにしても・・・
いつまでたってもわからない部分も意外な顔も見つかる、不思議なくらいに。
この先長いこと一緒にいる約束をしたのは、そのせいもあるかもしれない。
もっともっと見ていたくて、知りたくて、驚かせてもらいたくて。

青い空が二人の上に暢気な明るい未来を予感させてくる。
見上げるとあって、見下ろしてもオレを見つめている。
旅の途中色んなことがあっても、きっとなんとかなるよと笑うんだろう。
寛大なオレに礼だと言ってほのかがオレの頬に唇を乗せてきた。
お返しに濃厚なのをお見舞いしてやる。出かけるのやめようか?って言うくらい。
オレはどっちだっていい。旅と同じに成り行きに任せるのも悪くない。







結婚前の二人を書いてみたら、ちっとも今と変りませんでした。(笑)