女神  



神など信じたりはしない
居るなら一度殴りたいくらいだ
オレを裁ける者があるとするならば
遠い日に手を離した妹だけだ

「お兄ちゃん・・・おにいちゃんは・・負けないでね・・?」
オレは子供であまりにも無力で妹を護れなかった
薄れゆく命を削ってまでオレを励まそうとしていた妹
オレを支え、護っていたのはまさにおまえだったのだ
どれほど弱く情けない兄だろうと思う
一生忘れることはなく、許されることもないと信じた
もしオレを裁く神が居るとするならば
その女神はおまえの顔をしているに違いない
おまえにならばこの身が引き裂かれても構わない


「・・!なっつん!!なっつん!!!」
オレは眠っていたらしい。傍らにいつもの顔が心配そうにしていた。
「大丈夫?!苦しそうだから起こしちゃったけどごめん。」
「・・ああ、別にいつもの夢を見ただけだ。」
「いつも?怖い夢よく見るの?!」
「どうってことない。心配なんぞいらん。」
「・・・そんなこと言っったってさ・・」
少し妹に面差しの似た少女は不満そうだがこいつには関係ないことだ。
振り払えずにいるのは似ているせいなのかもしれない。
オレを裁きにきた女神がこいつだった夢を見たこともある。
顔を見たくないと思ってもこいつは毎日やって来る。
オレを落ち着かなくさせ、苛つかせて。
なのにどこかほっとする。こいつにどうされても仕方ないと思える。
オレが黙って見つめたのでほのかは居心地の悪さを感じたらしい。
途惑いながらそっとオレに手を伸ばしてきた。
いっそ首でも絞めて楽にして欲しいような気がする。
こいつの小さな手ではそれはままならないとは思うのだが。
ほのかはオレの頭を抱えるようにするとよしよしと撫で始めた。
「・・・何やってるんだ?」
「怖かったんでしょ?だからいい子いい子してるの。大丈夫だよ、なっつん。」
「オレは・・・」怖かったんじゃないと言おうとしたが声にならない。
「きっと天国に居るなっつんを大好きな人も心配してるよ?」
オレが言葉に詰まっている間もずっと優しい手がオレを撫でていた。
違うだろう?オレは許されたりしないだろう?
「なっつんは幸せにならないと天国の大好きな人が怒るよ?」
「何言って・・」
「ほのかもね、なっつんが大好きだからわかるよ。心配もするよ。」
「おまえに何が・・わかるって・・・?」
「なっつんが苦しんだら悲しいんだよ、その人も。」
胸がぎゅうと痛んだ。悲しげな妹の顔が浮かんだからだ。
オレをおまえが許してもオレはオレを許せないんだ、楓。
護りたかったんだ。おまえと幸せになりたかったんだよ。
オレを引き裂く替わりに抱きしめる女神にどう応えればいい?
責めたてて泣いてくれたほうが楽だと思っているのに
おまえはそれも許してはくれないのか?
オレは自分の手が震えるのを感じながら少女の小さな身体を引き寄せた。
小さくて、簡単に折れそうな女神はなんでこんなに強いんだろう。
オレの全てを包み込んで何もかも許すと言っているようで。
不覚にも目尻に熱いものがこみ上げるのに気付いた。
それを知るわけもないのにほのかの手に力が篭った。
「なっつん、大丈夫だよ・・」
なんて優しい声だろうと思った。
誰一人、オレ自身をも許せなかった世界が崩れていく。
堪えきれずにほのかを抱きしめて少しだけ泣いた。
顔が見られないことにどこか安堵しながら。
抱きしめるとほのかもオレを抱く手に一層力を篭めた。
揺らいでいた海面が凪いでいくようにオレは穏やかになった。
心が軽いとはこういうことを言うのかもしれない。
だが落ち着くと気恥ずかしさで抱いた手をどうするかと迷った。
「なっつん?」
オレの変化に気付いたほのかが少し嬉しそうな声で呼んだ。
「良かった!元気でた?」
そっと手を離すと満面の笑顔が出迎えて照れくさい。
「いつだって甘えていいんだよ、なっつん。」
「・・・ちょーしにのんなよ・・」
やっとのことでそう言ったが熱い顔は誤魔化せなかったかもしれない。
目を反らして顔の火照りが早く冷めることを祈った。
「やれやれ、さっきまで素直にしがみついてたくせにさ!」
「//////!?だ、誰がしがみついてただと!?」
「なっつんが。ほのかにぎゅう〜って!」
オレは言葉に詰まって熱さは全身に広がってしまって弱った。
「う、うるせぇ・・」
口に上った科白には全く力がなく、オレは開き直って腕を組む。
「なっつんてさぁ・・・可愛いよv」
「だっ黙れよ!」
羽交い絞めにして頭をぐしゃぐしゃにかき回してやった。
しかし効果はなかったようでほのかは嬉しそうに笑っている。
「あはは!誰にも言わないであげるから、心配しなくていいよ?」
怖ろしいことを言うのでオレは固まった。
「・・当たり前だろ・・?言うなよ・・?!」
「ハイハイ、ほのかちゃんは言わないよ、安心しなさい、夏!」
「呼び捨てにすんな。」
「なっつん呼びが気に入ってるんだねぇ。」
「そ、そんなことは言ってねぇ!!」
「辛いときはまたぎゅってしてね、なっつん。」
そう言ったほのかの澄んだ真剣な眼を反らすことはできなかった。
何故おまえはオレに救いの手を差し伸べてくれるのだろう。
オレは暗闇に灯る明かりを見たような気がした。


ああ、オレはきっとおまえにだけは・・勝てない
負けないと誓い、これからもそれを護り続けるとしても
雄々しく優しい女神をオレは抱きしめてしまった
護りたいと思う、今度こそ。楓の分まで幸せにしたい
このオレにそんなことを思う資格があるだろうか
迷いそうになったらまたオレを励ましてくれるか、楓
おまえが笑ってくれるなら兄ちゃんなんでもするぞ


この世に神なんてものが居たとしても
オレには必要のないものだ
この手で包める女神が居てくれるのならば
他は要らない






夏くんは生まれたときから不運が付き纏って世界を憎んでしまったけど
きっと白浜兄弟や馬師匠との出会いが彼の世界を変えてくれると思うんです。
頑なで優しい夏くんをこれからもほのかが傍で見守って欲しい。
そんな夏ほのに夢見る管理人の願望のつまったSSなのでした。(礼)