「街の灯り」 


夜、一人部屋の窓から外を眺めると目が離せなくなるときがある。
自分の家はごく普通の一軒家で周囲は似たような住宅が並ぶ。
大きく窓を開け放すと、とある方向へと視線は自然と向けられる。
見えはしないのに。そこは随分遠くて見当を付けるだけで精一杯。
とても大きなお邸だから、屋根の上にでも上れば見えるかもしれない。

よく足を運ぶどころか今や第二の自宅ばりのその邸宅は夜とても寂しい。
明かりが点いているかどうかが気になり、身を乗り出してしまうのだ。
遅くなって送ってもらうときふと振り返ると、その邸は真っ暗だった。
どきりとした。小さく門灯は点いていたが、立ち並ぶ窓は皆暗く沈黙している。
たった一人そこに住む家主が眼の前にいるのだから、当然なのだろう。
自分を送り届けた後、その家主はあの真っ暗な家に一人足を踏み入れるのか、
そう思うと胸がどきどきと音を立てた。あんな家に本当に一人で・・?

彼は知ればとても真面目だし、私を送ったら家へと真直ぐに戻るのだ。
明かりは自らが点ける以外にない。邸の管理も人に任せないからだ。
初めて訪れたときは荒れた邸内に驚いた。あちらもこちらも埃だらけだった。
これは掃除のし甲斐があると思った。そして翌日からせっせと通い始めたのだ。
邸の中は、自慢ではないが変わったと思う。居心地は段違いになったはず。
けれど彼は今でも大きな大きな邸にたった一人。いつだってそうなのだ。

二人で出かけて夜の街を眺めていたとき、灯りが綺麗だねと私が言うと、
ふいと顔を反らし、空を見た。オレは何もない夜空の方がいいと呟いた。
私の言葉を否定したのではなく、そこは自分の居場所ではない、と聞こえた。
そのことを闇にそびえ立つ豪邸の姿を見たとき思い出してしまうのだ。
そしてそれから私は自宅で窓の外を見ると、探すようになってしまった。
探しても見えはしないのだが、気になって屋根にでも上りたいとさえ思う。
どうしているだろう?あの家の居間ではなく自分の部屋だろうか。
だとすると外からはまるで誰も住んでいないように見えるのではないか。

「・・夜も一緒に居れたらいいのに。」ひとりごとがつい口から零れた。

夕食に招待して共に過ごす日もある。だけど帰るのはあの誰もいない家。
ついて行って一緒にいたいなと別れる度に思う。困らせるから言わなくなったけれど。
一人のとき、少しくらいは私のことも考えたりしてくれてるだろうか?
怒っていても呆れていてもいい、一人じゃないと思っていてくれたら、
会いたくて焦るような心。明日はまだかと思うと逆に眠れなかったりする。
寂しくないかな、と思うのは実は私が寂しいからだ。だから会いたい。
もっと二人でいろんなことしたい。忙しくなって寂しがる暇なんてなくなるくらい。

「なっちぃ・・明日も・・遊ぼうね。」夜空に向かって囁いた。




窓際に立つと自然に目線が一定の方角を向いてしまうようになった。
特に夜。一人でいると不意を突いて昼間の場面がフラッシュバックする。
そんなときいつも浮かぶのはアイツだ。オレの家に入り浸っているヤツ。
アイツのおかげで掃除の習慣が身についたため、家の中はいつも小奇麗だ。
おまけに自炊までするようになった。いつでも嫁に行けるなどと言われる。

「ほのかがもらってあげる!」ソイツは嬉しそうにそう言って笑う。

一人だと油断して口元が弛んでしまう。誰もいないのに咳払いしたりして誤魔化す。
オレは子どもに好かれるとは思っていなかった。懐かれた当初は困惑も大きかった。
それが今では・・困惑の大きさはそのまま大切さへと変化してしまっている。
一生懸命になってこんなオレのためにあれこれと。バカだバカだと思う一方で歓んでいた。
今現在、世話を焼いているのは実はオレだが、そんなことはどうでもいい。
アイツは生来あんなヤツで、出会った自分がいかに幸運かということもわかってる。
脆くて折れそうなほど虚勢を張っていたオレを強くし、支えているのはアイツなのだ。
他の男共には残念なことだが、もうアイツはオレが見つけたんだ。離さない。
街の灯りは無縁ではなくなった。その一つがあの笑顔の在処なのだと知ったから。

昔、そうと知る以前は街に灯る明かりが嫌いだった。いつでも眼を反らした。
夜空を仰いでは遠い記憶の中の妹を探した。早くそこへ行きたいとも願ったりした。
拗ねていたんだ。恥ずかしいことに手に入らないとあれはすっぱいと言った狼のように。
なんてことはない。自分にも灯せるのだ。だからもう何も羨む必要はなくなった。

アイツを送って行くと別れ際によくダダを捏ねた。
一緒に帰る、帰りたいなんて言って。小さな子どもみたいに。
嬉しいというよりこんなに心配される自分が恥ずかしかった。
オレの心の中がアイツには見えているのかと疑いたくなるくらいに。
それで寂しそうな顔を見たくなくて、明日の約束をするようになったのだ。

「また来ればいいだろ。」初めはそんなだったか、投げやりな約束。
「ウン。明日また会いに行くよ。」ほのかの方は真剣な口調で顔が火照った。

オレの姿が見えなくなるまで手を振ったりするから、振り向けなくて弱った。
ようやく見えなくなる頃、振り向いて少し戻る。ほのかが立ちすくんでるときもある。
それが気になって家に入ったかどうか確かめる習慣ができた。気になるのだ。
置いてけぼりにしたわけでもないのに、何故だか罪悪感を覚えた。寂しそうな姿に。
明かるい家の中へと入ったことを確かめるとほっとする。アイツには家族がいてよかった。
一人の家に戻るのはオレは慣れたものだが、アイツに味あわせたくないと思う。
いつかあの温かな明かりの中から連れ出してしまいそうな予感に苛まれはしたが。

ほのかの家族はオレの苦手な人の良い人物ばかりだ。
まぁあんな能天気なほど明るい娘や息子の親なのだから当然か。
困るのはオレを家族扱いする点だ。いたたまれなくて途惑う。
特に母親は二人目の息子とまで言ってオレを構おうとするのだ。
さすがは親子。ほのかの強引さは母親譲りだったのだなと妙に納得した。
相変わらずよそ行きの対応しかできないオレだが、これでも随分変わったのだ。
あの家で良かったと思う。ほのかが生まれて育って、そしてオレに出会ってくれて。
そんなことを考えるようになったのだから。自分でも驚くほかはない。

窓からあの温かい家の灯りを思い出して眺め、眼を閉じる。
するとほのかの笑顔が浮かぶ。アイツは今寂しくないだろうかと思う。
別れ際の寂しそうな顔は今はきっと浮かんでいないだろう。それでいい。
けれどほんの少しでも、オレを思い出したりしているだろうか。
もしそうなら・・嬉しくも有り、後ろめたくもある。だから心の中で呟くのだ。

「笑ってろよ。また会えるから。」

いつか・・二人で家に明かりを灯すまではそこにいろ。
オレは寂しくなんかないから。オマエがそこに居ると知ってるから。
会いたい会いたいって毎日のように会ってるくせして・・・オマエは

「・・なんでそんなにオレを喜ばせんだ、ばぁか・・」

ふと夜風に吹かれたくなって外へ出た。アイツの家はあの辺り。
心地良い風が吹いてオレを和ませた。まるで知ってるみたいだなと感じた。
この感じは・・アイツみたいだ。纏わりつくのに少しも不快じゃない。

「ほのか・・また明日な。」夜風に吹かれながら呟いた。















久しぶりの感じです。