「マジ!」 


「マジメにやってよ!なっちってば。」
「・・ふざけてるみたいに言うなよ。」
「上の空って感じじゃないか!ったく・・」
「男の膝上に乗るなと言ってるのにいつまでも・・」
「迫ってるんだもん。ちょっとくらい喜んだら?!」
「あぁそうですか。・・ほいっと」
「あっ勝手に下ろすな〜っ!」
「お嬢ちゃんはもう大きいからこういうことはいけません。」
「思いっきり子供扱いしておいてなにを言うかちみはーっ!」

夏は耳を塞いで無視を決め込む。ほのかの怒りなど慣れっこだ。
なにを思うやら近頃はやたらと夏にせまってくるようになった。
年齢的に興味もあって当然だが、いかんせんほのかは普通じゃない。
根本的にわかっていない。対象が自分であったことは幸いだった。
一応本人には他の誰にもするなと厳重注意をしている夏であるが
危なっかしいことこの上なく、彼の気苦労は並大抵ではなかった。
恥らわれてはそれも困惑するだろう、しかし・・・夏は思う。
ほのか曰く、”真剣に夏が好きだからせまっている”らしい。
喜ばしい、かなり嬉しい理由なのだが夏は疑いが先に立つタイプ。
それにしてはあまりにも子供が大人の気を引く感しかしないのだ。
寧ろ大いなる勘違いをしている可能性を日々確かにしていっている。
マジメにやれとはほのかの台詞だが、彼こそその言葉を返したい。

”ふざけんなよ。せまった後のことなんかちっとも考えてないんだからな。”
”わざわざセクハラしなくたって、成長期に充分誘惑されてるってんだよ!”

などと声高に叫びたい気さえしている。こんな状態はいつまで続くのか。
急いで大人になってほしくも無く、そうしたい気持ちを只管隠している。
毎日そんな精神修行に耐えていることをほのかは1%もわかっていない。
そして今日も人に不必要に体を密着させ、彼にあーしろこーしろと言う。
溜息くらいは許してほしいと夏はしみじみと思っていた。

「幸せが逃げるんだよ、溜息吐くと。」
「心理学者によると悪くも無いようだぜ。」
「あーいえばこーいうんだから〜!?」
「オマエのことだろ、それ。」
「なっち大丈夫なのかい!?色気なさすぎだよ。」
「はああ?!オマエが言うか!」
「ほのかは成長中だよ。発展途上だけど胸だってさぁ・・」
「こらっ!もっ・・もむな。はしたない!」
「ん〜・・イマイチ足らないなぁやっぱりボリュームが。」
「やめろっ!見せるな、そういうことを人前でするなって!」
「なっちがちょっと手伝って大きくしてくれないかなぁ?」
「・・・・・・こっち来い。」
「おっ!?協力してくれるの?!・・・・いでででででっ!」

ほのかは夏に頬を引っ張られて悲鳴を上げた。相当怒らせたようだ。
にっこりと張り付いた笑顔は怒っている証拠。ほのかは肩を竦めた。

「ちぇっ・・どうせほのかのなんてもみたくなるほどじゃないよ。」
「まだ言うのか!?オヤツを抜きたいらしいな。」
「いつもいつもそれで怯むほのかちゃんじゃないよ。抜けば!?」
「っ・・!」
「ダイエットになるからたまにはいいさ。抜いていいよ、なっち!」
「・・・・・」
「・・?どおしたの?悪阻かい?!」
「・・妊婦じゃねぇ!その口少し閉じてろ!」
「あれっどこいくの!?」
「もう帰れ!疲れるんだよ、子供のお守りは。」
「ええっいきなり!今日はまだオセロもしてないのに。」
「オレが勝ったら帰るか?!」
「いいよっ!負けないから。」

生意気盛りなほのかを憎らしいと思うときも、夏にはままある。
しかしどんなにむかついても心の底から憎いと思うことはない。
夏には大人しくてなにを考えているかわからないよりずっと好ましい。
実はそんなくだらない言い争いも楽しみと言えなくはなかった。
ほのかはすっかり夏の心を切り離せないほどに占拠しているのだった。




オセロ盤を挟んで両者に沈黙が降りた。名勝負がそこに繰り広げられている。
夏はいつもより一層勝つ気で攻め、ほのかは珍しく真剣になっていた。
夏にも余裕があるわけではなく、盤上の駒の行方を脳内で必死に探っている。
その隙間に目に入ったほのかの表情に、夏は一瞬で気を取られてしまった。

”視線が・・強い。・・っきしょう・・この顔たまらねぇな。”

ほのかの笑顔が自分を癒したり元気付けたりすることを夏は解っている。
けれど泣き出しそうな表情は胸が潰れそうに感じながらも強く魅かれるし
こんな真剣な顔にも引っ張られる。強い吸引力で夏の心の底を浚うのだ。

”怒った顔も好きだが、こんなマジな顔も・・可愛い。”

数秒のことではあった。それでも彼はその瞬間すっかりゲームを忘れ
彼の愛してやまない少女の姿にしっかりと縫い付けられていた。

「・・・なっち?なっちの番だよ!?」
「っ・・あぁ、わかってる。」

その返事は明らかな嘘だった。勝負の最中になんたることか我を忘れた。
お得意の無表情に隠した夏の内面は悔しさと恥ずかしさで満杯になった。
大急ぎで頭をゲームの行方に戻すと、準備しておいた一手を慎重に置いた。
ところが、間違いないと確かめたその手にほのかの頬がにやりと弛んだ。
気付いた夏はぎくりとしたが、その顔の無は崩さずにほのかを見つめた。
不敵な大きくて黒目勝ちな瞳が耀きを増して夏の両目に真直ぐ飛び込んだ。

「・・ありがと、なっちぃv」
「なんだと?・・まさか・・」

間違ってはいないはずと夏は手元に視線を戻して勝負の展開を復習した。
ところが夏の予想通りの展開にはならなかった。ほのかが覆したのだ。
夏がほのかを侮ったわけではない。ほのかがとんでもなく強いのである。
これには夏も臍を噛む思いだ。今までに何度も勝負では煮え湯を飲んだ。
結果ほのかに対する尊敬の念が増しているのだから良し悪しであるが。

「ちっ・・負けだ。オレの、」
「へっへ〜!危なかったよ、今日は。」

僅かな差だったがほのかの勝ちである。
それでも辛勝だったせいかほのかも長い息を吐いた。
ほっとしてリラックスした顔に戻ると笑顔が浮かぶ。
色々な表情で、さまざまな行動で、ほのかは働きかける。
自然にしていても夏はとうの昔に掴っているのだから、
せまったりする必要などないことをまたも思い知らされる。
恨みがましいことをちらと思いつつ夏も深い息を継いだ。

「しょうがねぇ。負けは負けだ。」

勝負を終わり、明らかな結果に夏は負けを認める宣言をした。
戦歴でいうと90%がほのかの勝ちだ。それでも10%もぎ取った。
10%とはいえ知り合ってしばらくは1%すら夏の勝ちはなかったのだ。
悔しい想いの数だけ努力もして、夏は更に勝率を上げるつもりである。
いつまでも続く永遠の勝負のようにも感じられる長いスパン。
初めはほのかを家から追い出すべく乗ったオセロ勝負だった。
思えばそれがほのかに掴る結果になった起因かもしれず、
駒を片付けながら夏は思い出してふっと懐かしさも感じた。
勝負中の緊張を解すように大きく伸びをしたほのかが言った。

「なっちと真剣勝負するのってほのか大好きだ!」
「最近は真剣勝負になってるってことだな。」
「そう、手強くなったよなっち!かっこいい!」
「それでも負けてばっかりなのにか?」
「なっちの負けないって目で言ってるとこ、じーんってくるよ。」
「・・・はぁ・・そんなもんか?」
「やだね、自覚ないんだから。こんなに好きにさせておいてさ!」
「!!?・・あ・アホ!なんだそれっ・・」
「今更なこと言ってるつもりだけど・・なんで驚くの?」
「す・・好きとか・・簡単に言うな。」
「言わなきゃ伝わらないでしょ?!なっち言わなくてもわかってくれる!?」
「わっ・・わかって・・ってオマエ・・本気で・・」
「はぁ・・こんだけ言ってても伝わってないんだもんねぇ・・!?」

ほのかは呆れたようにそう告げ、夏は言葉が出てこずに顔面を強張らせた。
伝わっていない?オレはほのかの想いに気付いていないって言ったのか?
夏は頭の中でそう自問した。そして穏やかでない心のまま答えを探す。
ぼうっと片付けも忘れて固まっている夏にほのかが手伝おうかと声を掛けた。

「・・オレのは・・伝わってるのかないのか、どっちなんだ!?」
「えっ!?・・なっち?・・・・ほのかのこと、すき・・なの?」
「どっちなんだよ。」
「嫌われてるとは思わないよ?だけど・・」
「そりゃ子供扱いはしてる。まだ子供なのは間違いないだろ!?」
「じゃあさ、もう少ししたらちゃんと彼女にしてくれる?」
「他の誰にも渡すつもりはない。」

あまりにもさくりと強い口調で宣告され、ほのかは目を瞠った。
何故か急に自分の身の置き所がないような気がして浮き足立った。
嫌われているとは思っていない。どころか相当気にかけてもらっている。
ほのかはそう思っていた。妹さんほどでなくとも大事にされているとも。
何度も好きだと告げ、体を摺り寄せてもなんとも思っていないようだった。
それで女としてはまだ未発達でもあるし、恋愛対象ではないのだと思った。
けれどそれで諦めるつもりはまるでなく、これから誘惑しようとしていた。
それなのに、今さっき突然向き合った夏は、知っていた顔ではなかった。
私のことを子供だとわかっているのに、誰にも渡すことはしないと言った。
それは妹のような存在としてだろうか、それとも・・
ほのかに都合の良い解釈なら、この先女としても扱ってもらえるのか?!
嬉しい、それなのにどうして震えそうなほど心もとないのかわからなかった。

「・・そんな怯えるな。なんもしやしねぇから。」
「え!?ほのか怖がってる!?そんなこと・・」
「そんな風に見える。やっぱり・・早かったか?」
「早くない!嬉しい!ほのか失恋じゃないってことでしょ!?」
「疑わしいから当分黙ってるはずだった。オマエ憧れてるだけなんじゃないのか?」
「憧れる?・・なっちに!?」
「付き合うとか男女のそういうのにだ。」
「違う!ほのかなっちのことが好き!ほんとだよ?!」
「・・そうか。なら・・待ってればそのうちわかる。」
「待ってるの?なっちは。前から?」
「まぁな。」
「ほのか・・まだまだかな?おっぱいみたく足りないってこと?」
「アホ・・足りなくなんかない。早いだけだ。」
「早いか遅いかなんてどうしたらわかるの?!」
「オセロでいうなら・・」
「オセロ!?」
「全部埋まってみないと勝負はわからないだろ。」
「まだ勝負の途中!?なんの勝負!?」
「いつかオマエに”負けた”って言わせるからそれまで待て。」
「そんなの・・ずっと先だよ。ほのか簡単には負けないもん。」
「ふっ・・それでいい。だから勝つさ、いつか完璧にな。」
「それとこれとどう繋がるの?よくわかんない。」
「そのうちにわかるってことさ。」
「わかんなかったらどうするの?」
「大丈夫だ、オマエなら。オレが見込んだんだからな。」
「期待されてるんだね!?わかった。ほのかガンバル!」
「ああ。期待してる。」
「まーかせといて!」

夏はほのかの傍につと寄ると頬に口付けをした。驚いてほのかが後ずさる。
頬を押えて真っ赤になっているほのかに夏はやんわりと言った。

「これからはこういう返り討ちに合うかもしれないから覚えとけよ。」

夏の警告に「らじゃっ!」とほのかは敬礼した。子供っぽいが頬は赤い。
そんなほのかがやはり可愛くて目を細めると、夏は幸せそうに微笑んだ。








真剣勝負は真剣だから楽しい。恋の行方も似ていると思いマスv
あえて言うなら盤の目は歳月、駒はほのかと夏の想いでしょうか。