Magic Hand 


 「お兄ちゃんの手って・・魔法みたい・・」

 白昼に見る夢は深夜より余程リアルだった。
苦しいとき、俺の摩る手を魔法の手だと言った。
ほんとうに魔法が使えたならばと何度思ったか。
それでも妹の笑顔に嘘はなく、癒された顔をしていた。

 目は覚めていたが、狸になってじっとしていると
ほのかの鼻歌が聞こえてきた。子守唄のつもりらしい。
大して巧くない上に妙な自作の歌詞で笑いそうになるが
俺の髪をなでる手はあまりに心地良く感じて我を忘れる。
深い眠りに落ちそうにもなり、不思議な安らぎがあった。

 ふと妹はこんな風に安らげていたのだろうかと思う。
それならば俺は昔の弱い無力な俺を少し許せる気になる。
悔しくて切なくて泣いた幾つもの夜に救いの手が差し伸べられる。
俺は無意識に手を伸ばし、ほのかの手を強く握りしめていた。
唐突に途切れた鼻歌が気付かせてくれた。しばしの沈黙の後、
何事もなかったかのようにほのかの歌は続きを奏で始めた。

 泣きそうになるなんて、何年振りだろう。涙は枯れたと
枯れ果てたと思っていたのに。否、これは違う、あのときとは。
後悔や自責などでなく、胸の痞えを消してもらえた喜びなのだ。
苦しみのかわりに埋め尽くされた幸せに涙が出そうになっている。

 いつの間にか止まった歌。それでもほのかの手は動いていて
きっと俺を見下ろす瞳は蕩けるような優しさに充ちているのだ。
とても目を開けることができない。俺は身を縮めたくなった。

 「・・・起きちゃった?おかしいなあ、子守唄歌ったのに。」
 「・・・変な歌詞付けるから・・なんなんだよ、あれは・・」
 「どこが変?なっちはやさしくていいこだと歌ったでしょ?」
 「あてつけかと思ったぜ。それに・・」
 「なぁに?」
 「・・・なんでもない。」
 「変なのはなっちだよ。」

 くすくす笑いがくすぐったい。膝が揺れると俺まで揺られてしまう。
握っていた手を離し、ほのかを抱えるようにして顔を両膝に埋めた。
少し驚いて緊張した体は、直ぐに解れてほのかも俺を抱え込もうとする。
こんな小さいなりをして、一人前の母親のように俺を抱くつもりだ。
甘やかされるっていうのはこういうことかと思いながら膝に口付けた。

 「ひゃっ!?ちょっと、かわいい子はそういうことしないの!」
 「誰がかわいいんだ。お前の子でもねえ。」
 「まー・・にくたらしい。なっち、顔上げなさい。」

 命令に従うなんて俺も大概どうなんだと思いつつ、膝から顔を上げると
両頬をすくわれ、額にほのかの口付けが落ちてきた。お返しというわけか。
俺が体を起こしたので、ほのかはバランスを崩した。反対に俺の膝へ抱える。
すっぽりと赤ん坊のごとく抱きこまれて目を瞬いた。赤ん坊よりかわいい。

 「もうお昼寝はおしまい?なっ・」

 口を塞がれて少しの間怒った風だったが、やがて治まり両手が伸びてくる。
俺の首を抱えたら、しっかり舌にも反応する。ほのかは女になってしまった。
他ならぬ俺がそうした。これからもずっと俺だけの女で、・・俺の母でもある。
何せどんなことが起きようと俺を見捨てないそうだ。そんな馬鹿なと笑いつつ
愚かな母性を否定できない。そこにつけ込んで一生放してはやらないと決めた。


 「昼寝したいなら・・・ベッド行くか?・・」
 「・・・お昼寝がしたいの?ほのかと?・・」
 「子守唄の代わりに何して欲しい?」
 「なっちさっきまでとチガウ。やらしい顔!」
 「すっかり目が覚めたんでな。」
 「んもう・・まだ明るいのに。」
 
 何もしてやれないと思っていた。だがそんなことはなかった。
誰も俺を癒すことなどできないはずだった。それが今はどうだ。

 「せっかくだから一緒に夢見ようってんだ。」
 「・・・なるほど、それならいい考えだね。」

 ほのかを愛する手も妹を癒した手も元からここにあったもの。
魔法じゃない。もっともっと尊いものだ。教えてくれたほのかの
優しさは同じか、もっと得がたいもので、返す当てもない大きさ。

 「寝ちまったらまた歌で起こしてくれ。」
 「待ってよ、子守唄で目覚めるのかい?」
 「眠らすときしか歌っちゃダメなのか?」
 「・・そうでもない・・?かなあ・・?」
 「どっちでもいい。」
 「まあいいかあ!?」

 ほのかはへにゃりと脱力したように笑って、体を俺に預けた。
抱き上げて二人で夢を見るために移動していると、ほのかの手が
俺の首にまた巻きついた。恥ずかしそうに顔を埋めるのは俺の胸。
俺もさっきほのかの膝を抱えてそうしたんだったと思い出す。

 「撫でるのもいいが、こうされるのもいいな。」
 「?・・ほのかに撫でられるの好き?」
 「ああ、抱かれるのもひっかかれるのもな。」
 「ひっかいたりしな・!?い・こともない・・けど〜;」
 「キモチいいならいくらでもどうぞ。」
 「なっちってホントはいじめられるの好きでしょっ!?」
 「まさか、お前だけだ。」
 「そっそんな恥ずかしい子はいっぱいいじめちゃうぞ!」
 「お手柔らかに」
 「なっちの手だって・・」

 俺の手は大忙しだ。飯作ったりほのかを抱いたり、否それだけでなく
護って護られて、癒して癒され、この幸せを掴み抱き締めるのに忙しい。

 「なっちの手だって魔法みたいだよ。なんでも叶えてくれるもん。」

 ほのかは妹と同じように言う。俺はそう言われる度返事に困る。
叶えてやれないこともあるし、勿論魔法なんて使えはしないんだ。
けれど、ほのかが信じてくれるなら、きっと願いを叶えてみせる。
誰だって信じてくれる人がいるなら魔法使いになれるんだから。




 
 
 二人で抱き合って夢を見た。そこは広い草原で、妹もいた。
俺もほのかも妹くらいの年恰好になっていて、皆でかけっこした。

 「すごい!楓ってこんなに足が速かったんだね!?」
 「夏お兄ちゃんの妹だもの。ほのかちゃんも速いね!」
 「うん!皆であの木まで競争だよ、一番の人はあ・・」
 「花冠作って被せてもらうの。どう?!」
 「よっし、俺が一番だ。もらったな!?」
 「わあっおにいちゃんっ!?はや〜い!」
 「待てーっ!楓ちゃん、一緒に行くよ!」
 「うん、ほのかちゃん!」

 息を切らせて三人で走りきると、一番の俺に妹とほのかが花を編んでくれた。
それぞれの編んだ花の冠を、妹とほのかに被せてやると目を丸くして微笑んだ。

 「お兄ちゃんに編んだのよ?」
 「二人に被って欲しかったから。」
 「「どうして?」」
 「二人の方が似合うし、いつもありがとうってお礼がしたかったんだ。」
 
 子供の俺は随分と素直で少し照れながらそう告げた。すると二人は
手を繋いで一緒に俺へと飛びついてきたので小さな俺は倒れてしまった。

 「お兄ちゃん」「なっちー」
 「「だーーいすき!」」

 声が重なって響くと、笑い声も何重にも木霊した。俺も釣られて笑った。
幸せだ。俺はずっと幸せだった。きっとこれからも忘れることはない。

 魔法は皆持ってるんだ。想いは死んでも消えることなくそれぞれの胸に・・




 
 どこかで子守唄が聞こえる。ああ・・ほのか。俺は眠っていたんだ。
良い夢を見た気がする。そこにほのかもいたような・・起きたら尋ねてみるか。
とりあえず目がしっかりと覚めるまで、繋いでいた手をもういちど握り直して
甘い魔法に浸っていよう。そうするとまた愛しさは増し、想いは深まっていく。







時々楓ちゃんが書きたくなるんですよ。なので出演お願いしましたv^^