ラッキーガール 


 「はい、なっちにおみやげだじょー。」

 にこやかに差し出された物に怪訝な目を向けた夏は
土産というならどこかへ行ってたのかと尋ねてみた。

 「うん!家族でね。そんでなっちとほのかの買ったの。」
 「お前それってまさか・・」
 「おそろいなんだじょ。かわいいから使ってね!?」
 「俺がこれを・・使うのか・・?!」

 それはどこか見覚えのあるキャラクターの布製の小物で
ウォレットかポーチらしい。キャラの輪郭が形状を成して
いて、柔らかい感触ととぼけた表情がマッチしている。
動物なのか架空の妖精類なのかは判別ができなかった。
いずれにしても高校生男子が持つには少々子供っぽい。
しかし受け取ってやらねばほのかの表情はたちまち曇ると
予想した夏はいつものごとく平静な顔でそれを受け取った。

 「後で聞いたらこれってカップルに大人気なんだって。」
 
 それの用途について思案していると、ほのかがそう告げた。
思わず夏の眉間に皺が寄るが不要な情報だとは思うにとどめた。
世のカップルがどうしようと知ったことではない。しかし現在
自分の身に降りかかってしまった。持ち歩けということなのかと
ちらとほのかを窺ってみる。希望としては携帯せずに済めばいい、
ところが夏とほのかの望みは一致しないとわかった。

 「お守りにしてね。ほのかの代わりにその子がなっちを守るのだじょ。」
 「持ち歩くのかこれを・・っていうか俺をこれがどう守るってんだよ?」
 「ほのかがいないときにちみに災難が降りかからないようにするのさ。」
 「俺は日頃そんなご利益をお前から被ってるってのか・・?」
 「うん!ほのかはちみの幸運の使者なの。なんかかっこいいっしょ!?」
 「・・なんなんだそれは・・」

 ほのかはふんぞり返って自慢気だ。どこからくる自信なのだろうか。
夏にはさっぱりわからなかった。しかし夏に好意を向けているのはわかる。
それに少々自分の運の悪さに思い当たらないこともないと思ってしまった。
ご利益の真偽はともかく、下心のないほのかの気持ちは嬉しいと感じる。
結局、夏はほのかの提案を受け入れることにした。気の抜けたようなその
妖精もどきのキャラを繁々見ていると、どこかほのかに似ている気がした。


 翌日、いつもより早く登校した夏は用を済ますと誰もいない教室で
ポケットからお守り兼ポーチのそれを取り出して眺めてみた。柔らかな
布地を弄ぶと、ほのかに似たキャラが”やめてよ”と言い出しそうだった。
その声はほのかだ。なにやってるんだろうな、と夏はおかしくなった。
ほのかにまんまと乗せられて幸運を持ち歩いているような気さえしている。
我ながら単純で愚かだなと思いながら、それを再びポケットへと収めた。
そのとき良く知った気配を感じたからだ。同時に誰かが教室の扉を開けた。
いつもより早く登校してきたのは、気配で察した通りほのかの兄だった。

 「やあ、夏君!おはよう。早いね、今朝は僕が一番だと思ってたよ。」
 「なんでこんな時間に来てんだ。・・呼び出しかなんかあったのか?」
 「心配してくれてるの?ありがとう、違うんだ園芸部の当番でね・・」

 ほのかの兄の兼一は親しげに微笑むと関係ないことまで話しかけてくる。
夏が迷惑そうな顔を浮かべてもいつもどおり気にもとめない。そしてふと
思い出したように夏に尋ねてきた。

 「そういえばさ、ほのかとお揃いサイフ、持っててくれてるの?」
 「なんっ・・」

 何故知っているかと言い掛けてほのかは家族で出掛けた折の土産と
話していたのを思い出す。兼一もそのとき一緒にいたのだろう。

 「僕のも買おうとしてたんだけどね、遠慮しといたよ。」
 「あいつ、ホントはお前と揃いにしたかったんじゃないのか?」
 「ううん、最初から君のお守りだと言ってたよ。嬉しそうにさ。」
 
 意外だった。兄を慕うほのかは時折夏のことなど二の次だというのに。
それを苦々しく感じることもある。なんとなくないがしろにされるようで。
夏が複雑な表情を浮かべたのを見た兼一は言葉を継ぎ足した。

 「ほのかって夏くんのことすごく気にかけているよね。」
 「お前に似て余計なことが好きらしいな。」
 「兄としては妬けるよ。君を守りたいとか言うんだもん。」
 「なんであいつが俺を。逆ならまだしも・・」
 「なにとぼけたこといってんの?妹にそんなに想われてるのに。」
 
 兼一はじろりと本気で嫉妬に駆られたような目付きで夏を見据えた。
不覚にも夏の頬がかっと熱くなる。素直なリアクションに兼一は驚いた。
そして険を含んだ表情から一転、和やかな笑顔になる。

 「そういうわけだから、大事にしてよね。」
 「・・・お前の妹だろ、お前がそうしろ。」
 「そりゃあ。けどそうじゃなくて、ほのかは君のことを」
 「ばっ・バカが。あいつはそんなこと思っちゃいねえ!」
 「そう?それより大事にしてってお守りのことを言ったんだけど。」

 夏が明らかに狼狽したので兼一はまた意地の悪い目付きになった。
そして更に何事か言い出だす前に夏は急いで教室から出て行った。

始業までにはまだ時間があったので夏は一人になれる場所を目指した。
屋上の更に出入り口の上へ駆け上がると、ポケットの中身を握りしめた。
それを取り出すと暢気な顔はひしゃげていた。ゆっくり夏が手を開くと
つぶれたキャラの顔は元に戻り、にこやかに笑いかけた。

 「ちっ・・何が俺を守るだ・・バカめ。」

 大事にしたいものはなんだ。夏自身はそんな対象は失ったはずだった。
なのに手の中で微笑む幸運の象徴は、いまやほのかにしか見えなかった。

 大事にされたいと夏は思わなかった。自分にそんな価値があるとは
思いも寄らない。ところがいざ大事に思われているのだと気付くと、
想像したことはなかったが、身が震えるほど温かな心地に包まれる。
手放せない温もりがここにある。夏に心配いらないよと告げている。

 「ったくどうしようもねえ・・死ななきゃ直らねえな。」

 愚かなほのか。愛しく思わずにいられないことをどうして容易くできる?
胸が苦しい。締め付ける想いで息も詰まりそうになり、夏は目を閉じた。
祈りを捧げるようにそうっと手の中のお守りを仕舞う。収まった先で
それは温かい。自分の体温が移ったのだが、そうでなくても同じだった。

 失くさないように守っていたい。いないときもここだと主張してくる
やかましいほのかの声が夏の耳に聞こえた。予鈴も鳴って夏は立ち上がる。

 ”なっちを守るよ!大事にしてね!?” 
 
 「うるせえ!言われなくたってわかってんだよ!」

 校舎の一番高い所から飛び降りた夏は、教室に戻らねばならないが
なるべくぎりぎりに戻ろうと考えた。兼一にダメ押しをされないように。






ちょっと趣を変えたつもりなんですが・・どうかしら〜?(^^;