「らぶらぶになりたい!」 


思えば随分自分は丸くなったものだとほのかは思った。
いつも心中穏やかではいられなかった頃に比べ大した進歩だ。
私って結構ブラコンだったんだよなぁと一人心の中で納得する。
そんな自分が世界で一番好きだった兄の想い人、美羽。
その美貌、容貌は今でもほのかの劣等感を刺激している。
そのことだけでも以前のように妬ましいと思わなくなったからだ。
真面目な彼女は真剣に考えてくれているが、良い答えに至らない様子。
ほのかは質問する相手に少々間違ったかなと反省しつつ言った。

「あのさ、そんなに悩まなくてもいいよ。また思い浮かんだときとかで。」
「ごめんなさい、ほのかちゃん・・でもお二人は今でも十分仲良く見えますよ?!」
「ありがと。美羽もお兄ちゃんと仲良くね。」
「まあっ!ほのかちゃん!!嬉しいですわ・・」

感激して瞳を煌かせている彼女に挨拶をすると、ほのかはそこを離れた。
よく考えてみたら、特殊な人物ばかりの梁山泊の面々に聞くのは間違ってる。
とはいえ学校でも参考になりそうでいて、どれも首を捻るような意見ばかりだった。
ほのかは新白連合にも尋ねてみたが、これまたほとんど空振りに終わっている。

「ええ〜っ!?それ以上ってもう無理じゃな〜い!?」
「それは寧ろこっちが訊きたいってもんだぜ。」
「お二人に何ら不協和音は感じられませんよ〜!?♪」
「一々歌うなよ。ほのかは一体何が不満だってのさ?」

皆の意見は大体同じ。それ以上仲良くなる必要はない。といったところだ。
ほのかも実のところ不満というほどのことでもなかったりする。しかし・・
会長を務める宇宙人だけは少しばかり意見が異なっており、最初に聞いたせいか
その意見に引っかかってしまったのだ。相変わらずの調子で彼はこう告げた。

「よう、ほのか。オマエも相変わらずだな。進展の様子なしと・・」
「相変わらずって?進展ってなんのことさ?」
「谷本との関係に決まってるだろう?そのボケ具合からもわかっちまうがな。」
「・・・何がわかるっていうの?」
「ま、しょうがねぇ。オマエちっとも色気出ねぇからなぁ!」
「ちょっと!!ほのかの色気とどういう関係があるのさ!?」
「いやいや、別にいいじゃねーか、仲良くやってんならな。」
「ものすごく気分を害したんだけど、どうしてくれるの・・?」

新島は態となのか明言を避けていて、尋ねてみてもそれ以上は何も言わなかった。
ほのかには多少馬鹿にされたようなニュアンスが感じられた。そしてそれらが、
自分があまり成長してないことに起因していると言われたようで引っかかった。
人が気にしていることを〜!?ほのかは八つ当たりのように呟いた。
それで誰彼構わずに訊いて廻ったのだ。「もっと仲良くなりたいんだけど」
「”らぶらぶ”になる方法ってないかな?!」と尋ねてみたのである。
だが収穫のないまま谷本の所へ着いてしまい、解決は糸口さえ見つからないままだった。

「こんちわー・・なっちぃ会いたかった〜?!」
「なんだ、その腑抜けたテンションは!?」
「え?そんなに弛んでるかな?」
「熱はない、・・と。顔色も別に悪くないな。」
「ほのか病気じゃないよ〜?」
「ならその不景気な面なんとかしろ、うっとうしい。」
「うむ・・確かにもう自分でもうっとうしくなってきてたんだ。」
「・・そんならすぐ浮上しろ。」
「する。するから手伝って〜!」

夏は妙な顔をしたが、構わずほのかは夏にべたりと張り付いた。
慣れているのか、頭にごつんと拳骨を落とすと「コラ、離せ。」と夏は言った。
「なっちをチャージ中なんだから、じっとしてるのだよ。」とほのかは動かない。
やれやれと溜息を落とすと、夏はしばらくじっと動かずにいた。が、突然に
夏はほのかをすくい上げるように抱き上げ、肩に担いで歩き始めた。
乱暴なほど唐突な動作だったが、ほのかは少しも動揺せずに担がれたままだ。
「今日は時間がかかりそうだな。」と小さく夏は呟いた。
「うん〜・・なんでかなー、元気ください。」と返すほのかの声も小さかった。
「腹は?」「ううん、そんなに減ってない」と小さな会話が肩の上で続く。
「一緒に作るか?チョコが余ってたからあれ使って。」
「いいねぇ・・けどまだ元気でない・・」
「しょうがねぇな・・」

何処へ行くのかとほのかは尋ねなかった。夏は二階の私室に上がるとテラスに出た。
「ホラ、今朝見つけた。」
「えっ!あっ!?」

それは夏の部屋のテラスにまで届いている木なのだが、幹に鳥の巣があった。
以前夏がほのかにせがまれて作った人工の巣だ。そこには卵が数個鎮座している。
「見える!嬉しい!!なっち、ありがとう!!」
ほのかは夏の首にしがみつき、感謝を伝える。ほんの少し躊躇して夏は背を摩った。
そしてほのかをテラスに下ろした。ほのかは文句を言うでもなく嬉しそうに笑っている。
「元気出たな。」
「うん。そうっとしてないとダメだね、生まれるまで。」
「そのうちやかましく鳴くだろうからな。ほっとく。」
「いいとこに作ったね。なっちでかした!」
「オマエがせっついたから適当に置いたんだが、当りだったな。」
「じゃあほのかのお手柄!?」
「そうだ。」
「えへへ・・なっちはほのかを喜ばせる天才なのだ。」

蕩けそうな笑顔に目を細めた夏が悔しそうに額をこつんと突いた。
「下りてオヤツ作るぞ。」背中を向けて部屋へ戻る途中、ほのかがまた引っ付いた。
掴まれた腕を引く手はいつもよりも強く、夏は「どうした?」と振り返った。
「だいすき。キスして。今、今じゃないとダメ。」
ほのかは夏の腕を抱えるようにして、上目遣いでにらみつけながら言った。
呆れたようにぽかんと口を開いてその様子を見ていた夏の顔に途惑う表情が宿った。
「・・またどうせ似たようなこと言われたんだろ?」
ほのかはその言葉にはっとした。そう、気になることなら以前にも誰かに言われた。
そのときも夏は「気にするな」と言ってくれた。詳しく言わないのに何故わかるのか。
「ほのかが言われたことがなんでわかるの?」
「言われたことはわからん。だがオマエのへこむことならなんとなく。」
「ほのかね、もっとなっちと仲良くなりたいの。」
「はぁ・・?皆にそれを聞いてまわったりとか・・したわけか。」
「大抵はね、今でも仲良いからいいじゃないかって言ってた。」
「・・それで?」
「でも納得できなくて・・そしたらほのかが・・」
「ガキっぽいとか言われたか?新島あたりだな、それなら。」
「当り。色気ないから仕方ないとかって・・」
「そんなんだと思ったぜ。一々気にするなって。」
「なっちはそう言ってくれるけどさ、気になっちゃうんだよ・・」
「色気があるどうかなんてアイツにわかってたまるかってんだ。」
「ん!?」
「でもそう思わせとけよ。オレだけ知ってりゃいいだろ?」
「えっと・・ほのか色気なくは・・ないって・?!」
「他の男が思わないならオレには万歳ってとこだ。」
「もっとわかりやすく言ってよ。」
「油断するな。それがわからんのはあまり見てないヤツだけだからな。」
「んもう・・他の人どうでもいいよ。で、なっちは!?」
「だから言ってるだろ、気にする必要ないって。」
「じゃあさ・・ほのかもっとなっちといちゃいちゃしたい。」
「い・・ってどんなことしろってんだ!?」
「うー・・それはよくわかんないんだけど・・」

情けなく眉を下げたほのかに夏もがっくりと肩を下げたが、すぐに立て直した。
俯き加減の顎を夏が捉えて持ち上げるとほのかが咄嗟に身構えるのがわかる。
怖がっているのではなく単に慣れないせいだ。だが少しだけ不安も感じ取れた。
そうっと優しく触れると、すぐに離した。ほっとしてほのかの体が緊張を解く。
そんなほのかは、まだこれ以上は踏み込めない。そう思わせるのに十分だった。
顎から外した手でほのかを撫でると柔らかな頬を摘んでいつものように引っ張った。
「いたたっ・・もうっどうしてそういうことするのっ!?」
「気持ちいいんだよ、こんな伸びるし。餅みてえ。」
「なっち!?」
ほのかは声を荒げて憤慨した。夏はその顔にようやく自身の緊張を解いた。
「そうだ、オヤツはさ白玉チョコにしようよ。」
「あ?材料あったか・・?」
「それっぽくなればなんでもいいじゃん。ねっなっちもついてるしさ!」
「当てにしやがったな。ま、いいか。腹減ってきたし。」
「うん、ほのかも減ってきたよ。いっぱい食べちゃおうっと。」
「オレのまで取るなよ、今日はオレも腹減ってんだからな。」
「たくさん作ろっ?!よっし、元気出た出た。」

夏はすっかりいつも通りになったほのかに満足して柔らかな髪をまた撫でた。
満腹して眠った相変わらずなほのかにそっと口付けて、寝顔を一人見つめる。
幸せなひととき。今ならばどんなに愛しさを込めて見つめても誰も見ていないのだ。
そして誰も聞いてはいない。だから声に出してもいいのだが・・そこは警戒する。
宇宙人の耳に万が一届いたらいけないから。心の中だけで夏は寝顔に囁く。

”・・・・・・”


後日、新島は谷本にまた殴られた。「オマエまたワザと余計なこと言っただろ!」
「へへっあんまり楽しそうに待ってやがるからな。アホらしくていやんなるぞ。」
「ほのかを通して”オレ”に言ってるのはとっくにわかってるぜ。ほっとけよ。」
「苦労を理解してやってんじゃねーか。或いは瓢箪から駒ってこともあるだろ?」
「とにかくけしかけんな。ほのかはああ見えて結構気にしてるんだ。」
「お優しいことだな。そんなに可愛いか?」
「オマエになんか教えてやるか!」
「重症だな・・・やれやれ・・」

新島は呆れたようなポーズを取った。しかしわかっていても言わずにおれない。
皆が口ごもったり悩んだりするのも当然だ。二人の間柄は年々強固になってる。
「オマエらはいつまでもいちゃいちゃしてろ。」
「言われなくともそうするさ。」
にやりと笑う夏の開き直りぶりにさしもの悪友新島も頬を弛ませた。
しかし、そこで諦めないのも新島という男。口の端を歪めて付け加えた。

「オマエほのかが気付いてないからって寝てるときアレコレしてないか?」
「・・・誰がそんな真似・・・」
「さすがに盗聴まではしないがな、ほのかが狸って場合もあるぞ!?」
「何を考えてるんだ。ほのかに余計な入れ知恵するつもりなら止めろよ!」
「俺様はいつもどおり、何か変化はないかと探るだけだ。ほのかは馬鹿正直だからな。」
「・・・・何もしてない。するつもりもない。オマエ・・」
「そうかそうか、ならいいじゃねぇかそんな怖い顔しなくても。ケケケ・・・」

夏は思い切り睨みつけたが、そんなことで動じる男ではない。警戒を強める必要を感じた。
やっぱ気をつけないとな。夏は昨日そんな状況だったことを思い出してそう自分を戒めた。
ああいうときはつい気がゆるむのだ。可愛い顔をして無防備に眠るほのかは珍しくない。

そして口に出さなくてよかったと、ほっと胸を撫で下ろす。
たとえ新島にもれなくても、ほのかが聞いてしまうことは有り得ることなのだから。


当のほのかは今のところ何も聞いてはいない。ただ、夢を見るようになった。
夢の中では夏がありえないような甘ったるい台詞を言うので目覚めると笑ってしまう。
夏が絶対言わないような恥ずかしい台詞ばかりなのだ。面白いから言ってみようかな?
でもきっと怒るよね。ふふ・・どうしようかなあ〜!?
昨日もそんな夢を見たとほのかは一人笑みを零す。自然と頬が熱くなる。
なっちってば、夢ではほのかにねぇ・・・こんなこと言ってたよ?
きっと赤い顔で否定するに違いない。嬉しくなってほのかは家のぬいぐるみを抱きしめた。

「ねぇねぇ、なっち二号!聞いてよ、あのね・・」
「・・・やっぱり言えない!きゃああっ・・・!」

そんな自分の身に起きそうな不穏な気配に夏が気付くはずもなく。
自分のベッドで転げ回るほのかが明日言ってしまうかどうかは・・誰にもわからない。
たまに不安になるけれど、私はなっちがすぐに助けてくれるから大丈夫だ。
ほのかはぬいぐるみを抱いたままベッドの上でその優しい人の姿を思い浮かべた。

「ねぇ、なっちぃ・・ほのかのこと甘やかしてる!?」

返事はない。だが夢の中の台詞を取り出してそこに当てはめてみる。

”オマエが一番わかってないんだぞ、オレの甘いことに”

「そうなの?ほのかだってなっちが甘いの知ってるよ?」

”わかってないとこもかわいいからしょうがねぇよな”

「なっちってば、ほのかにめろめろじゃないか!?」

”オレよりオマエのこと可愛いなんて思うヤツいないんだぞ、わかれよな!”

「どうしよう、もしかしなくってもさぁ、ほのかたちって・・らぶらぶだあ!!」

ほのかは嬉しさで転がりながらそう叫んでしまった。
その声に驚いて母になだめてもらっている父の姿があったのだがそれはまた別のお話。
その頃夏もなんとなく不穏な予感に身震いしていたのだが、これもまた余談である。









いちゃいちゃしたいというほのかの要求は夏くんだって同じように持ってます。
それを堰き止めているだけですから、開放された後はほのかタイヘンなことに!!
今のうちにせいぜい不満だとかグチってればいいよ。と思いつつ書きました。(笑)