Love letter 


 「ほのかこんなにたくさんのって初めて見たじょ〜!」

 白浜ほのかは目の前にあるダンボール箱にぎっしり詰まった
手紙の山に関心の目と溜息を落とした。いわゆるラブレターだ。
それがこれほどの量ともなれば、驚かせるのも致し方ないだろう。
以前バレンタインのときも目をみはったものだがこれは初めてだ。
どうしたの?と尋ねるといつのまにか溜まったとのことだった。

 「学校で処分するわけにいかねえから定期的に持って帰んだよ。」
 「処分てまさかこれ全部捨てちゃうの!?ちみそれは酷くない?」
 「一々読んでる暇もねえしそんなことしてもキリがねえんだよ。」
 「なんと!?しかしそれはなんとも気の毒な話じゃないか・・!」
 「そうかもしれんが俺だって困ってんだ。」
 「もてるのも大変なのだねえ・・」
 「ったく目があっただけでも誤解されるとかわかるかお前!?」
 「ああ、ちみの目は結構威力あるんだよ、それはわかるじょ!」
 「お前が?!」
 「キレイな目をしておるもの、ちみ。」

 「珍しいこと言うな・・調子狂う・・」
 「それにしても捨てるのかー!でも溜まる一方なのだねえ・・」
 「お前の口ぶり・・誰かに書くかもらうかしたことがあるのか?」
 「うん・・だからなんだか可哀想になってしまうのだじょ・・」

 眉を下げてしょんぼりと告げたほのかに夏は内心衝撃を受けた。
ほのかにはどこかそぐわないような行動に思えて意外だったのだ。
自分の質問の仕方とほのかの返答ではほのか自身が書いたのかもらった
ものかは判断しかねたが、悲しそうな雰囲気から書いたものと思われた。
だから余計に意外だったのだろう。本気で男を想って?兄ではなく?
そもそもほのかに意中の人物があったとは到底信じられないことだった。

 「お前まさか兄貴にそういうもの書くのか?」
 「ん〜・・そうだね、ラブレターと言っていいんならね。」
 「!?・・・・」
 「こんななっちがもらうようなのとは違うよ。もちろん!」
 「あ・ああ・・そうか手紙だな?メールとかじゃなく。」
 「アタリ!ほのか結構お手紙好きなのだ。手書きに限るじょ!」
 「へえ・・俺はもらった覚えねえけど・・」
 「んん!?なっちに?そういえばそうだね!ないね?」
 「・・・・」

 山と詰まれた恋文を前に、夏は酷く落胆している自分を見つけた。
ほのかが筆豆だということすら知らなかった。いつも傍にいるせいも
あるだろうが、兄には手紙を書くらしいのに夏は受け取っていなかった。
どうということはない、そう考えるのだが気持ちは重苦しく夏を圧した。

 「今度なっちにもお手紙書くね!」
 「べっ・・別にそんなもの!必要ないだろ?こうして会ってんだし・・」
 「そんなの関係ないよ、ほのかなっちに書きたいじょー!」
 「フン・・どうせ・・くだらねえことだろ、紙の無駄だ。」
 「まあまあいいじゃないか。あっでも読まずに捨てるの?」
 「お前のは・・しょうがねえな、捨てねえよ。」
 「読んでくれる!?よかった!読まれないのはやっぱりツライもんね。」
 「やたらそこにこだわるのは読まれなかったことがあるっていうのか。」
 「え?へへ・・それは内緒だじょ。」

 ほのかは照れて事実を口にしなかった。そのことはさっき感じたよりも
輪を掛けて大きな衝撃だった。ほのかが誰かほかの男を想っていたという。
ほかというのは兄ではなく、この俺をさしおいて!なのだ。耳にした瞬間
自惚れた己の頭にガツンと強力な一撃を食らったような感覚が襲った。
黙り込んでしまった夏にほのかは不思議そうな顔をして近付いてきた。

 「なっち?」

 夏は動かない。驚いてもう一度名を呼んでみても空振りだった。

 「どうしちゃったの?!ねえ、なっち!なっちってばあ!!」

 「・・悪い、用を思い出したから今日は帰れ。」
 「ええっ!?昨日も一昨日も会えなかったのに、また!?」
 「すまん。」
 「もう〜・・こうなったら帰って熱烈なラブレター書くしかないね!」

 冗談めかしてほのかが譲歩の姿勢を見せた。こんな子供らしからぬ素振りも
夏が思っていたほのかとは違っている。もっとわがままに困らせて欲しかった。
まだまだ子供だと思うことで安心したかったのかもしれない。ほのかだけは
いつまでも兄を慕っている無邪気な妹、そんな風に感じていたかったのだ。

 「手紙なんざ・・俺は書いたことねえな。」
 「ラブレターでなくたって子供の時には?」
 「いや・・少なくとも残ってはいない・・」
 「そうか・・ごめんよ、思い出させたね。あっそうだ!」
 「・・?」
 「ほのかなっちにお手紙もらったことある!ほらっ、置手紙だよ!!」

 直ぐに思い出せなかったが約束を違えることになって落胆するであろうと
ほのかに短くて簡単な置手紙をしたことがあった。勿論恋文などではない。

 「あんなもの、ただの連絡だ。メモってんだよ。」
 「ちがうよ!あれはなっちのお手紙さ。」
 「そんなものじゃねえ。あれは・・」
 「だってあれはほのかだけに宛てた言葉だったもん。」
 「!!」

 それは否定できない。ほのかの言う通りほのかにしか意味のないものだ。
ほんの一言。別れ別れになっても希望を残したいと無意識に縋った言の端。

 『またな』

 それだけだった。あのとき受け取ったほのかだけが感じ取ったのはそれが
今生の別れを匂わせるような胸騒ぎだった。夏から伝わった気持ちの欠片だ。

 「恋文じゃねえ。そんなんじゃ・・」
 「そうだけど・・そうだったの?ほのかラブレターだとは言ってないよ。」

 うっかり零したものを今もほのかが拾い上げた。夏は口元を思わず覆った。
夏自身自覚もしていなかった想いの破片がポロポロと隠しきれず落ちていく。

 「違うって・・言ってるだろ!勘違いすんじゃねえよ。」
 「どっちだっていいよ、おんなじじゃないか。」
 「同じなわけがあるかよ!」
 「なっちにもらったんだからラブレターと思ってもいいじゃない。」
 「ばか言ってんじゃ・・ねえ・・」
 「へへ・・ほのかは捨ててないじょ。」
 「捨てろよ、紙くずじゃねえか。」
 「ほのかには大事だもん、やだね。」
 「お前・・お前は誰に・・いややっぱいい。」
 「ほのかお兄ちゃんとかばっかりだからラブレターは未経験だなあ。」
 「さっきは書いたと言わなかったか?」

 ほのかがバツの悪そうな表情で少し思案した後打ち明けたのは
もう亡くなった曽祖父に宛てた手紙が間に合わなかったことだった。
天国宛になってしまったんだと寂しそうにほのかは語って聞かせた。
恋文ではなかったが想いは同じ。ほのかが言ったのはそういうことかと
飲み込んだ夏は改めてほのかを見た。夏が残したたった三文字の中から
ほのかは夏の想いを汲み取ったということなのか。おそらくそうだろう。
そんなつもりではなかったとしても夏は伝えたかったのだ、ほのかに。
ふっと消えていなくなる。それでも良かったはずだ。それなのに、否
そうするべきだったかもしれない。傷つけたくなかったなんて言い訳だ。

 「あれは・・そのまんまの意味だ。」
 「うん、だから心配したのだぞ!?」
 「そうだったな・・悪かった。」
 「帰ってきてくれてほっとしたじょ。」

 そう言って微笑むほのかに夏も素直に微笑を返す。どんな風に想って
どう伝えるにしても想いは受け止める者次第なのかもしれない。ならば
あれが恋文とほのかが言い張ってもいいのだ。それは間違いではない。

 「そういやお前兄貴にどんなこと書くんだ?」
 「えー?会いたいよー!帰って来てーとか・・あれ?なっち宛みたいだ。」

 新発見のように目を丸くするほのかに苦笑する。やはり兄同様に思われて
いるのだとわかったからだ。それでほっともしたが、何故だか無性に寂しい。
兼一とは違う立場であったことを思い知らされた。しかし意外ではなかった。
見ないように見ないようにしていた。ほのかは子供じゃないってことを。
逸らしていたことが証明だ。夏はどこか清々しいようにさっぱりとしてきた。

 「おんなじじゃ面白くない・・なんて書こうかなあ・・!」

 ほのかはもう夏宛の手紙の内容を思案しているらしい。どんな内容なのか
夏もとても楽しみに思えてきた。なので珍しく素直に言ってみることにした。

 「兼一に負けない熱烈なのを頼んだぜ。」
 「!よっし、まかせといて!じょうねつてきなの書くじょーっ!」
 「お前にもらうのが初めてだ。」
 「え?ラブレターならいつもたんともらっておるではないかね?」
 「否、受け取るのはお前が最初だよ。」
 「えっ・・そ、そうなの!?わー・・なんか緊張してきたのだ。」
 「お前もひょっとしたら身内以外に書くの初めてじゃねえのか?」
 「ホントだ!もっと緊張する!どうしよ、なっち・・なんか照れる!」
 「俺宛なんだし照れることもねえだろ。」
 「なんだね、それは。どうも思い上がった発言に感じられるじょ?」
 「すまんすまん・・期待してるってことだ。」
 「ふっふっ・・・なっちが飛び上がって喜ぶようなのがよいのう!」
 「ぷっ・・後で後悔しても返さないから心して書けよ。」
 「ああ・・そうだよね。書いてしまうとねえ・・証拠が残るのだ。」
 「うんうん・・・後々使えるかもしれんな。」
 「なっちもちゃんとお返事書くのだぞ!わかっておるかね!?」
 「俺がっ!?・・返事なんぞ・・それもしたことがねえな・・」
 「ほのかがうっとりするようなのをお願いするね!」
 「じょ・冗談じゃねえ!」
 「だーめだめ!ぜーったい書くのだ。わかったね!?」
 「・・・一言でもいいか?」
 「え〜・・でも意外に一言ってむつかしくない?」
 「う〜ん・・・」

 夏は腕を組んで考えた。確かに短いのもそれなりに難儀である。
長い文章を連ねるよりもダイレクトに伝わることも大いにあり得る。
一言で相手を想う気持ちなんてどう言い表せばいいのかと思案する夏に
ふと頭を掠めた言葉があった。途端頭に血が上り、全身に広がった。

 「なっち!?顔真っ赤じゃないか!一体なにを考えたのっ!?」
 「うるせえっ・・ちょっと・・選び間違えたんだよ、言葉を。」

 ほのかが食い下がっても夏は決して明かさなかった。手紙に書くのも
頑固に拒否したのでほのかにその後オセロでコテンパンにされたりしたが
それでも思ったことを口にすることはできなかった。文面に浮かんだのは
あのときと同じ、たったの三文字。


      ” すきだ  ”


 もしかしたらいつか、言葉にして伝える日が来るのだろうか・・?
そんなことを考えたらもうほのかのことを愛しいとしか思えなかった。







これはまた・・・歴代トップをいくほどのアマアマですねv