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普段は修行で不在の兄と対面してほのかは喜んだ。
元々ブラコンの気がある妹だ。飛びついてしがみつくと
さすがに年頃になってきた妹の柔らかさに兄も途惑う。

「ほのか!まさかと思うが夏くんにもこんなことしてないか?」

兼一の懸念は尤もなことなのだがほのかはきょとんとした。
まるでわかってない妹に溜息を落としつつ、諭すように言う。

「いつまでも子供じゃないんだから自重しろよ?!」

さっぱり飲み込めない様子に、兼一は複雑な想いを抱きつつも
いつまでも無邪気な妹にどこか安堵していることも自覚する。

「どうして仲良くするのをガマンしなきゃなの?」
「どうって・・いくら夏くんだってそうべたべたされたら困るよ。」
「なんで困るの?お兄ちゃんも今困ってるの?!」
「それはその・・僕は兄だからそれほどでは・・」
「わかんない」

それこそ困った兼一はしょうがないなぁとほのかの頭を撫でた。
その仕草は時折夏が示す行動でもあった。なにかが気に懸かる。

”なっちは・・うん、ほのかもお兄ちゃんみたく思ってた!”

今までを振り返ってみるとほのかは兄と同様に振舞ってきた。
そういえば夏も兼一と同じように怒ったり窘めたりしていた。
困る理由に思い至らないほのかに夏はやがて諦めてしまったが。

「困らせ過ぎたらどうなの?お兄ちゃん、教えてよ。」
「えっ!?そんなことをどう説明しろと・・お母さんにでも聞いてくれ;」
「なっちも説明してくれないんだよねぇ・・?」
「当たり前だろ!?はぁ・・夏くんも気の毒に。」

ほのかはむくれた。子供扱いには抵抗がある。そこが子供かもしれないが。

”なっちはこんなほのかでも好きって言ってくれた・・”

ほのかも夏が好きだ。それは間違っていないと信じている。そして夏も
隠したいのかそうでないのか、自分をじっと見ているときに感じる想い。
けれど確信はなかった。その対応のほとんどが子供或いは妹扱いだったから。
途端に不安になった。まさかと思いたい。夏はほのかを・・そう聞いた。

「ねぇ、お兄ちゃん。ちゅーは?ほのかにちゅーされたら困る?」
「なっ・・おいおい、まさか夏くんにそんなことを!?」
「なっちじゃなくてお兄ちゃんに聞いてるんだってば。」
「恥ずかしいよ、いい年して。そりゃ悪い気はしないけどさ・・」
「じゃあ美羽にされたら?恥ずかしい?イヤ?困っちゃう?」
「美羽さんだったら・・天にも昇・・ゴホっいやそうだな、困るぞ。」
「ふ〜ん・・」
「夏くんにも言っておこうか?ほのかにはまだちゅーだって早いよ。」

兼一はにこやかにそう告げた。『ほのかにはまだ早い』ってどうして?
疑問はそのまま兄にぶつけることをしなかった。キスならしてしまった。
ついこの間のことで忘れようも無い。とても嬉しかったし大切なことだ。
夏は困っていただろうか?天にも昇るような心地を味わってくれたのか。

どこかすっきりしない想いにほのかは沈んだ。要するに自信が持てない。
兄の想い人はあからさまによく出来て美人で(悔しいが)巨乳で強くて・・
実はどれ一つとっても勝てる項目がない。勝てる要素というのも変だろうが。
自分を卑下してはいないが『まだ早い』と決め付けられるほど子供な事実。
大人っぽくはない。それは自覚している。そのうちなんとかなると楽観的だ。
好きになるのに理屈もそんな要素も関係ないだろう、そうわかっている・・
・・つもりだった。ほのかはそこが揺らいだことがどうにも衝撃だった。
それに夏がまるで手の早い、少々いけない男と認定されたようでそれも嫌だ。
もやんとしたままほのかは母親にも友達にも相談せずに胸に留め置いた。


「具合悪いのか?」

大好きな相手と再会したときの第一声だ。額に手まで当てられた。
当然熱などない。この場合彼の保護者的な優しさがありがたく思えない。
自分は恋愛するのに足りてないだろうかとそんなことを問い詰めたくなる。
いつものほのかならそうしたかもしれない。臆病な自分が不思議だった。

「お兄ちゃんにさぁ・・『ほのかにはちゅーも早い』って言われた・・」

耐え切れずに漏らしてしまった言葉はなんとも子供じみている気がした。
それを聞いて少し目を見開いた夏だったが、すぐに平静な顔に戻った。

「ほのかってそんなに子供かなぁ?」
「・・・な部分もあることはある。」
「でもなっちはちゅーしてくれた。」
「お前はどうなんだ。何が不満だ?」
「不満じゃない。けどなんかもやっとするの。」
「兄の立場なら俺も早いって言うだろうから気にするな。」
「え、そういうもの!?」
「俺もお前にそういうのはまだ早いだろうと思うしな・・」
「ちょっと待って、なっちはお兄ちゃんと違うでしょ!?」
「兄だったらマズイだろうが、手なんか出したら。」
「む・・そうか。ん〜なんだろうなこのもやもやは。」
「子供扱いに腹が立ったとかか。」
「そうかも・・あっそうだ、なっちはほのかにむらむらする?」
「・・・・・いや、あんまり・・」
「!?」
ほのかは聞くんじゃなかったと思った。烈しく動揺して胸が痛む。
夏のさらっとした告白は湧き起こった疑問を証明した気がしたのだ。
いきなり暗い顔で黙り込んだほのかに夏はしまった、という顔をした。

「そんなショックを受けることか?!そうと肯定した方が不安じゃないか?」
「・・・・どうだろう・・・そうだね、なっちがあんまりやらしいのも・・」
「なんか複雑だな。それで何がそんなショックなんだ?よくわからんが・・」
「ほんとにね?ほのかもよく・・」

次の瞬間夏も一気に凍り付いた。ほのかの両目からぼろっと涙が溢れ出た。
悲しいともなんとも言い難い顔をしたほのかからぽろぽろと止まらない涙。
驚き慌てる。失態を演じたらしいとわかるがどう対処すべきかがわからない。
相当慌てふためいている夏にほのかは気付かず、淡々と涙を零し続けた。

「でもさぁ・・仕方ないよね?ほのか子供でごめんよ・・好きでごめん。」

「なんだよ、それ」

呟きを口にしたとき、ほのかは夏を見ていなかった。だからぎょっとする。
声音から怒っている!?と感じたほのかがびっくりして夏に視線を向けると
確かに怒りを滲ませるほどに夏は端整な顔を彫像のように青白くしていた。

「気付かせたのはお前だったじゃねぇか」

一瞬何のことか理解できずにほのかは目を瞠るが、考えて思い起こす。
ほのかのことを夏が想っているということを自覚させた先日のことだろう。
では怒っているのは何に対してか、ほのかはそれがはっきりせず考え込む。
おそらくそれが今回のもやもやに繋がっている。ほのかはそう見当付けた。
では夏を怒らせた理由は・・・答えにたどり着きそうな気がするほのかに
いつの間に近付いていたのか、夏が眼の前で小柄なほのかを見下ろしていた。
そして手が近付いたと思うと唐突に唇を覆われた。それに気付くと同時に
抱きすくめられる。ほのかは体全部の自由を奪われ夏に支配されてしまった。
キスも初めて交わしたものとは似ても似つかない。苦しくて怖くてもがきたい。
けれど自由を奪われていてどうしようもない。知らない男をほのかは感じた。

どうやって息を継いだかもわからない。離れたときの呼吸の安さにほっとした。
まだ抱き締められてはいるが顔が離れたことで夏を見上げることができた。
夏はまだ怒ったようにも見えたが、ほのかから先ほどの怖さは引いていた。

「ほのかには早いんじゃなかったの?」
「そんなものどっちだっていいんだよ」
「・・そうか・・そうだよね。」

ほのかは固定されて動き難い体の隙間から両腕を伸ばし、夏を抱き締めた。
疑ったことを愚かだったと思う。それが嬉しくて安心して身を預けてみる。
今はまだ子供であってもいいのだ。子供だから大人だからとかは関係なくて。
どうして疑ってしまったんだろうなと反省しつつ、嬉しさで頬を摺り寄せた。

「お前はもっと自信家だと思ってたぞ。」
「うん、ほのかもそう。びっくりだね。」

腕の中から見上げて笑うほのかはさっきまでとは別人のようだった。
夏もまた緊張を解いた。頼りなく項垂れるほのかなど初めて見たのだった。
怖がって逃げられるかと思いながらも、確かめたかった。そうではないと。
夏はほのかに自分が本気で愛していないと疑われたのかと思えたのだ。

「兼一より俺のがよっぽど兄目線だからな、混乱するのかもしれんが・・」
「ごめんね、疑って。ほのかちょびっと自信を失いかけてたのさ。」
「お任せとかいつも大きな口きいてる奴が、脅かすなよ。」
「だよねぇ!?・・よかった。なっちが勘違いしてたらどうしようかと思った。」
「勘違いでこんなことするかよ。お前には早いってのもウソじゃないぞ?」
「・・したくせに?」
「茶かすな。お前こそ兄と同列で甘えていたくせしやがって。」
「あ・・そっか。だって違いがよくわかんなくて・・どっちも好きだし。」
「兼一にキスとかされそうになったらいくらなんでも慌てるだろうが。」
「・・・・想像できない。お兄ちゃんが寝惚けたかと疑うだろうねぇ?」
「想像するな。お前は俺のことだけ考えてろ。」
「ふひゃ・・なっちってほんに恥ずかしい・・」
「兄じゃないだろ?俺のことは。」
「だいじょうぶ、もうわかったよ。カンベンしてくだせぇ!」

調子のいいほのかに夏は悔し紛れでごしごしと乱暴に頭を揺り動かす。
兄とは違う。確かに以前も頭を撫でてくれたことはあったけれど。
どうして忘れていたのか。ほのかに触れるのはいつも遠慮勝ちだった。
嫌がらないほのかに少しずつ少しずつ距離を縮めた。野生動物のように。
夏の不器用さが愛しかったはずなのに。それを兄と混同するなんておかしい。

「でもさぁやっぱり『早い』っていうのは?まだすっきりしないんだけど。」
「・・・怒るなよ?さっきも言いかけたが・・」
「やな予感がする。もしかしてほのかにあんまりむらっとこないって話じゃ」
「ゴホッ・・いやその・・まぁそれはそのうち、もうちょい育てばな・・?」
「言ってるじゃないか!!やっぱりそうだったのかっ!なっちのえっち!!」
「いやしかし、あんまりいやらしいのもどうかってお前も言ってだだろ!?」
「許せん!どうせほのかは色気とか色々と足りないんだよ、くやしいいいいっ!」
「いやそう焦るなって。これからだぜ、な?!(あんまり期待してはいないが)」
「その顔はあんまり期待してないって顔だじょ!?なっちのどすけべやろう!!」
「それは言いすぎだろ!お前だってなぁ、天然記念物クラスにガキくせぇし!」
「よくも言ったなっ!むっきーっ!!!」


つまるところ二人共に子供で、まだそっちはこれからゆっくりと・・・
そういうことなのだろう。むきになって言い争う二人もどこか楽しそうだった。







あと1、2話で終わりだと思いマスv(多分)