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人との繋がりは目に見えない
けれど確かにあったりなかったりする
気付くかどうかの違いもある
あやふやなような強めていけるような

見えないからこそ求めたり感じたいのかもしれない
孤独であろうと 皆、個々であり又共にあることを



「ほのかっ!そこはダメだと言っただろうっ!?」

谷本夏の怒号が聞えているはずのほのかの顔は平素だ。

「お片づけはねぇ、表面だけじゃいかんと思うよ?」

本人曰く未チェックの扉を開けて検分しただけとのこと。
色々なモノが転がり落ちてきてほのかの周りを囲んでいる。
幸い重いものはなかったらしく怪我などをした様子はない。
夏は無遠慮なほのかの探検にある程度耐性はできていたが
いつどこを搔き回して傷を拵えないかと気が気ではない。

「ややっこれは!?」

ほのかは夏の隠したいことを暴いていく。次から次へと。
遠ざけようとしても、縁を断つことができずにいるのは
無意識に知って欲しい、暴いて欲しいと望んでいるのか、
うっすらとそんな気持ちが無くもないと気付きかけている。
けれど見られたくないから隠す。彼なりの防衛本能の働き。
見られて困るのではなく、傷が再び血を滲ませるのを怖れる。
何故なら夏にとって、過去はそんなメモリーで埋まっていた。

「それにしても・・えっちなグッズは出てこないのう・・」

悪びれない少女に少し痛い程度の拳骨がいつものごとく落ちる。
夏の精神はほのかのおかげで日々随分と鍛えられていると言えた。

「ったく・・躾のなってねぇガキだぜ。兼一に言うぞ?」
「すーぐそうやってお兄ちゃんを盾にして。ヤな奴だじょ!」
「追い出しても懲りねぇし、次は尻をぶっ叩くからな!」
「えっち。そーいうのセクハラって言うんだからねっ!」
「てめぇみたいなガキには当て嵌まらねぇんだよ、それは。」
「やれやれ・・しょうのない・・それとさぁ、ちみはお兄ちゃん好き過ぎ。」
「頭湧いてんのかっ!?」

兼一も大概むかつく男だが、妹のむかつき具合は類を見ない、と思う。
夏はなんでこんな思いをしてまでほのかと毎日顔を突き合わせているのか。
不可思議。確かにきっかけは妹だったかもしれない。だがそうじゃない。
似ても似つかない死にそうもない少女はどんなに邪険にしても堪えない。

「ふっふっふっ・・ちみはほのかに甘いと知ってるから怖くないもんね。」

年下の少女にこれほどまでに舐められている自分はどうなのだろう。
怖ろしいことに妹のように可愛がっていると見る輩もあるのである。
どの辺を見てそう思うのだろう?奴隷扱いと思われるのも悔しいのだが。
どんなにぱっと見が可愛かろうと関係ない。見た目の醜悪に左右などされない。
夏はその点においては自信がある。幼い頃から妹と二人身を寄せ合って生きた。
本能のようなものだったろう。表面に惑わされていては生き残れなかったのだ。
心の底から信頼した大人などいなかった。故にか愛情というものが理解し難い。
妹だけがその欠片を担っていて、護ることで得られる信頼だけは知っていた。
絆は妹だけで閉じられていて広がらなかった。信じれば裏切られるのが必然で。

夏はほのかに気を許せば許すほどわからなくなる。信頼という意味が。
ほのかは”始まり”だった。彼の周辺は一変してしまった。何もかも。
ほのかから兄、兼一、その友人たち、その師匠たち、諸々へと繋がっていく。
初めての経験だ。どこまでも広く彼の世界から伸びていく見えない絆たち。

重荷にしか感じられなかった。断ち切ってしまいたいと思っていた。
面倒事が増えていく気がして。何もかも初めての未知の行方に途惑う。
自分はどこへ行くのだろう?怖ろしくて足が竦みそうになりながらも。
興味と好奇心もあった。重いと感じるのはそこに期待が潜んでいるから。
ほのかは生まれたときから持っていた。愛されることを知る世界の住人だ。
そこに踏み込んでいいのか。小さな手と体に縋りそうになる愚かな自分。
今となっては後戻りできず、ほのかを失うことができなくなった。
でないと見失ってしまう。護る以外にできることを知らないのだから。

「なっちー、お兄ちゃんはあげられないからね!言っとくけど。」
「いるかよ、ボケ!お前一体俺のことどういう目で見てるんだ!?」
「だって・・友達が大事でしょ!?なっちはほのかをそうは見てくれないし・・」
「?・・どういう意味だよ。お前は・・・」
「ほのかって微妙な立ち位置で悩むよ。」
「何を言ってるかわからねぇ」
「わかんなきゃいいよ」

突き放されたように思えた夏が眉を寄せ、怖い顔でほのかに詰め寄る。
勿論ほのかは怯えない。彼がどんなに負のオーラを纏ってもどこ吹く風。
こっそりとほのかが男なら兼一よりも使い手になってのではと思わせる風格。
密かな敬意を表には出さず、夏はほのかの肩に手を置き荒い言葉を浴びせた。

「兄のこと好き過ぎなのはお前だろ。このブラコン!」
「いいじゃない。お兄ちゃんがダイスキでなっちに迷惑掛けたかい!?」
「ああ、掛けてるさ。俺のがよっぽどお前の世話焼いてるんだぞ!?」
「なんだいそれ。」
「お前のことなら今じゃ兼一より俺のがよっぽど知ってるってんだよ。」
「・・・だからなっちのことお兄ちゃんより好きになれってこと?」
「そ、そうじゃねぇけど・・」
「なっちはお兄ちゃんじゃないもん。ダメだよ。」
「何がダメなんだ、おいほのか、こっちむけよ。」
「うるさいなぁ!離してよ、ベーっだ。ヤキモチやき!」
「なんだと、コイツ・・」

夏が乱暴にそっぽを向いていたほのかの顎を掴んで向き直させた。
慌てて阻止しようとするが夏に適うはずもない。しかしほのかは
がぶりと夏の手に噛み付いた。ほのかがよくする非常手段の一つだ。
痛くもないので夏は気にせずほのかの頬を抓んで強く引っ張った。

「いーっ・・たたっ!やめろぉっ・・はなせぇっ・・!」
「むかつくガキだぜ。何様だってんだよ、いつもいつも」

3っつほども年下の少女に大人気ない行動だと夏もわかってはいた。
けれどほのかは幼いわりに彼の気持ちに並んでくる。年の差をあまり感じない。
同レベルとなると夏は自尊心が傷付くが、そんな部分も確かに在るようだった。
抓られて赤くなった頬を摩り、涙目になってもほのかは強く睨み返す。

「なっちだってガキじゃんか!ばーか」
「フン・・お前に釣られるんだよ・・」
「・・そんなとこもイイけどさ」
「生意気言いやがって!」

何故そんなことをしたのか。夏はそうしてから愕然としてほのかを見詰めた。
悔し紛れに、何かの腹いせのようにほのかの唇に自分のそれを重ねたのだ。
驚いているのはほのかもだが、それとは比べ物にならないほど夏は動揺した。

「ちょっと、なっち!だいじょうぶ!?顔色がおかしくなったよ!?」
「・・・お前は・・なんで平然としてんだ!?バカなのかよ!?」
「バカはどっちさ!なんでこんなことしたかもわかんないの!?」
「俺は・・俺はお前があんまりわかんねぇから・・むかついて・・」
「わかんないって何を?なっちがほのかのこと好きってこと?!」
「知って・・!」
「変なの・・!」

ほのかは心底不思議そうな表情を浮かべた。その頬は薔薇色に染まっている。
それは夏が頬を抓ったせいだけではないのだと、ようやく夏は合点がいった。

「恥ずかしいヒトだねっ!もおっ!!」
「お前・・・顔酷いぞ?真っ赤っ赤。」
「う・うるしゃいっ!って噛んでしまった・・・不覚じゃあ!」

ほのかは顔どころか首まで赤い。火照った自分を誤魔化そうと必死なのがわかる。
夏はそれを理解した瞬間、ほのかに負けず赤面した。かっと火が点いたように。
バカだと言った自分の愚かさや、目の前のほのかの可愛さも、何もかもによって。
そしてそれを素直に認められない若さと不甲斐無さが身に染みてわかり情けない。

「バカめ・・っとにこんなバカ知らん・・」
「まだ言うかい!?素直じゃないにもほどがあるってものだよ。」
「俺は素直じゃないにしたって正直だ。少なくともお前の前ではな。」
「むむ・・それは・・そうかもだけどさぁ・・」
「むかつくぜ。おい、俺は好きだ、なんて言わないからな!」
「今言ったじゃないか、バカじゃない!?」
「どっちもどっちって言うんだよ、それは」
「うまいこと言ったつもりかい!?オヤジかね、ちみは!?」
「とにかく言わんから!お前が言え、いや言わす。兼一より俺だって。」
「負けず嫌いだからってそれはどうなんだい?・・はぁ、わかったよ。」
「なに!?」

「谷本夏!ほのかはずっと前から好き。これからも好き。どーだ、わかったか!」
「・・・け・兼一よりもか・・?」

ほのかが口惜しそうにこくりと頷くと、夏は全身が赤く茹で上がった。

「なら・・言ってやる。俺は・・俺も好きだ。ずっと・・これからも」
「うわ、恥ずかしい!やだよ、この人恥ずかしい!」
「人が真面目に言ってやってんのに!怒るぞっ!?」

世界を変えたのも、これからの未来へと導くものも全てほのかが始まりだ。
夏はからかわれるのも幸せに育ったほのかに理解してもらうのも未だ無理だと
心の奥に仕舞う。それは隠すのではなく、いつかへの土産物のようなもの。
始まり、広がる。その手を取って。ずっとそうしたかった。強く望んでいた。
わからないことはたくさんある。どれもこれも怖ろしくて眩暈がしそうでも。
ほのかならば、少女と共にならどんなことも耐えられる。それは確信だ。
感じ続けていた予感はこのことだったのかと思う。夏は少女を見詰めなおす。
聡明な顔、真直ぐな視線。揺るぎない心。眩しい世界への案内人の姿を。

「まぁ・・よろしく頼むぜ。これからも。」
「そりゃあ・・ほのかちゃんにおまかせ!」

不敵に笑うほのかに苦笑する。けれど少しも不快ではない。寧ろ・・・
蓋を開けてしまえばどれほど可愛くて愛しい気持ちも隠されていたことかと
次から次へとわかる。扉を開けるのはいつだってほのかだ。いっそのこと
独り占めしていたいと思い続けていたことも悟られるくらい溢れていたらしい。
居た堪れない恥ずかしさ。こみ上げる想いはまた新たに続く世界への鍵で
夏はやっと落ち着きを取戻し、ほのかの頬の熱さを確かめるべく手を伸ばした。







ちょっと続くかもしれません。