ラストダンスも君と 


 ほのか君は来るなり道場で正座し豪傑連に頭を下げた。  

 彼女の嘆願は真剣であり、皆一様に同情し顔を見合わせた。
しかしそこは武道、武術に於いては右に出る者ない輩であり、
ほのか君の期待は些か的外れであった。しかし彼女に同情した
あらゆる武器の申し子、香坂しぐれは迷わず私に向かって云った。

「秋雨・なら・・出来るんじゃ・な・い?助けて・・あげて。」
「おいおいしぐれ。私とて門外漢だよ。競技ダンスなどとは。」
「そこをなんとか!なっちも無理だっていうし他にあてもないの!」
「谷本氏もおそらくは・・私同様ワルツを嗜む程度なのだろうね。」

 私の呟きにほのか君のみならず、しぐれの瞳も綺羅と輝いた。
確かに踊れるとは云ったが、競技ダンスとはそれほど甘いものではない。
一応それらの説明を知る限り二人に伝え諭した。だが双方共に聞き入れない。
結局は長老や暢気な部外者の剣星、逆鬼らまでもが後押しするかたちで
不肖、私岬越寺秋雨が引き受けることとなった。要はピンチヒッターである。
ほのか君の従兄弟殿のパートナーが盲腸による入院をしたため、目前に迫る
初戦突破を目的とした代役、それが私に課せられた任務内容であった。

 谷本氏の協力で事務的な手続きは難なく進み、練習場にまで手配を頼んだ。
ほのか君は張り切って差し入れだの応援などに励み、しぐれも興味が湧いたか
ちょくちょく覗きに来た。そんな折、DVDで昨年の競技内容を鑑賞した。
すると競技の技の凌ぎ合いに関心する私と谷本氏を他所に女性陣は盛り上がった。

「かっこいい!なんてかっこいいんだ!ほのかも踊りたい。なっち教えて!」

 ほのか君に強請られて谷本氏も弱りつつ練習場の隅で微笑ましい教室を開いた。
意外だったのはしぐれである。身のこなしは武道に通じるといった意見は分かる。
だが追道、探究の志とは異なる部分にも興味を引かれたようだ。それを意外と
云うは礼を失するやもしれない。彼女は歳若い女性なのだ。無理もないことだ。

「ぴったり・・男女・・がひっついて・・・珍しい・・スポーツ・・だな。」
「珍しくはないよ、歴史は古い。相当に難易度の高いスポーツの一つだよ。」
「ふ・ぅん・・あん・な踵・の靴と・・動きにくい格好で・・すごい・な!」
「確かに女性は男性より厳しいかもしれない。それに美しさも審査される。」
「・へ・・え・・」

 私達の会話を聞きつけてほのか君が飛んでくると勢いしぐれに話し掛ける。

「しぐれならすごく綺麗だからそれだけで一等賞取れるよ!」
「そ・・れ・は・ない。踊れ・・ない・から。」
「教えてもらえばいいじゃないか、秋雨に。ねえ?」
「君なら呑み込みも早いだろうしね。」
「そ・お?・・・秋雨・・僕と・・踊って・くれる?」

 その言葉に些か狼狽した。しぐれがそんな風に私を誘うのは予想外だった。
ほのか君はそうしろとはやし立て、谷本氏にお小言を食らい、その場を邪魔をして
申し訳ないと辞した。ほのか君の従兄弟殿がその時休憩から戻ったからでもある。
しぐれも練習場から姿を消した。勿論練習はきちんとこなしたが私の心に残ったのは

 ”踊ってくれる?”かと尋ねたしぐれのことだ。首を傾げ、少し不安げに。

 踊って欲しいと願っているのはいつの世も男の方だということを知らないのだ。
しぐれならば誰と望まなくともいくらでも求められるだろう。美しさだけではない。
彼女には人を惹きつけるものが多分に備わっている。ひと時でも共にと誰もが望む。
しかし選ばれるのはたった一人。選ぶのはしぐれで、それは私ではないということだ。

 ひと時だけでもいいとは陽かな虚言である。真は永遠を願っているというのに。

 確かな事実に溜息が漏れた。こんな想いを伝えてなんとする。あの子の負担になる。
それでもしぐれは存在し続ける限り、私を悩ませるのだ。大勢の同胞らの一人として。
手を差し出すのは男、選ぶのは女。摂理に適った法則の前に無力を感じずには居れない。
 
 私はしぐれに手を伸ばす勇気を持たないのもまた事実。くよくよ想い抱えるばかりで
たったひとこと「踊ろう」とさえ云えないのだから我ながら情けないことこの上なしだ。

 そんな私に素直に踊って欲しいと・・しぐれは云ってくれた。一瞬耳を疑った。
私と踊ってくれるのかと。判っている、ただの好奇心なのだろう?ダンスに対する。

 うれしかったよ、しぐれ。おそらく最初なのだろう、君が踊りに誘った男は。
そのことだけでも一生大切に仕舞っておける宝物だ。伝える術のない想いを慰める。

 私はふとあの有名な曲を思い出した。”Save the last dance for me "
 
 邦題は「ラストダンスは私に」ダンサーである妻への想いを夫が歌った曲だ。
曲を創作した夫は病で踊れない身となり、妻を慮って「踊っておいで」と告げる。
しかし誰かがダンスの後友共に過ごそうと誘っても断って帰ってほしいと願う切ない歌。
待っている私を思い出してくれ。愛する妻を最後に迎え入れるのは私でありたいのだと。



 帰宅して夜も更けたが、私は庭で独りその曲を口ずさんでいた。
しばらくすると気配を感じ口を噤む。すると不満そうな声が背後からした。

「どう・して・・途中・で止める・の?・・その曲・・すき・・だ・。」
「随分興味を持つね。確かにこの曲も踊りのナンバーに入っていたが。」
「テンポが・・心地・良い・・楽しい・・気分・に・・・なる。」

 そんなに楽しい曲ではないと私は正直に告げなかった。ふっと浮かべた笑みに
何か感じ取ったのか、しぐれはいつもの真直ぐな視線と言葉を私に浴びせてくる。

「僕の・・こと・・・誘って・・くれないんだ?・・秋雨は。」
「君がお望みなら応えるよ。簡単なステップからね。」
「踊り・方を・・教えて・・って云ってるんじゃ・・ない・・」
「・・・・そうかね。」
「いつ・・まで・・子供・・扱い・・なの?」
「私は・・君をいつまでも子供などと思ってはおらんよ。」
「おんなじ・・こと。ほのかに・・だってわかること・・なのに。」
「谷本氏と同列にしては申し訳ないよ。私は随分年長なのだしね。」
「・・・ほっといた・ら、僕だって・・おばさん・・に、なっちゃう・けど?」
「否、しぐれはまだまだこれからだ。遣り遂げねばならんこともあるだろう。」
「それ・・とこれ・とは・・別。」
「急ぐことはない。」
「へたれ・・だね。」
「ふむ・・それは」
「男・って皆・・そう・・なのか?」
「真理だと思うよ。」

 夜も更けて月は雲に霞んでいた。しぐれはそんな薄暗い軒下でも美しかった。
落ち着いた表情に薄く笑みを浮かべた。ついぞくりと反応する体を説き伏せる。
何処の誰にも反応しなくなって久しいものを、このしぐれだけが呼び覚ます。

「ダンス・・は・・踊らない・・」
「私も引き受けた役目を果たすだけだ。」

 返答が食い違っていたらしく、しぐれは静かに首を左右に振って否定した。

「もし・・踊る・な・・ら、君とだけ・・ほかは誰とも・・踊らない。」

 私は不覚にも言葉を失い、しぐれをまじまじと見詰めて呆けていた。
そんな私をおかしそうに哂う。いつからこんなにも表情豊かになったのだろう。

「しぐれ。わかっていて云ってるんだろうが・・」
「無論」

 狼狽を悟られまいと取り繕うとしたがしぐれは達人。すっかり見抜かれていた。
私は観念し、その場に佇んだまま口付けを受けた。瑞々しい泉の湧水を思わせた。

「おやす・・み」

 囁き声を空に残したまましぐれは視界から失せた。恥ずかしがっているのではない。
恥ずかしいのはこの私なのだから。武士の情けで見逃したのだ。そして・・・

「私もね、望むのは始まりも最後も・・君とだよ。」

 告白は耳に届いたはずだ。カタンと小さく鳴った天井板がそれを教えてくれた。
これは効果あったらしい。今度はしぐれも大いに恥ずかしがっているような気がした。

 雲間から月が覗いた。月だけは気づいたかもしれない。私の頬が熱かったことを。










初の秋しぐ!ですよ。むつかしかったのですがとっても楽しかったので・・またv