「空気みたいに」 


空気みたいに傍に居られたらいいな。
当たり前で、いつもあって、普段意識しないでも
ないと困るの。そんな風な存在で居たいと思うの。

なっつんは素直じゃないからあまりないことだけど
たまに寂しいのかほのかに甘えてくれるときがある。
きっと本人はそんなつもりじゃないって言うだろうけど。
そのときもふいに後ろから抱き寄せられて、頭に顔を乗せられた。
何も聞かずにじっとしてあげる。何かあったのかなぁとか思っても。
大抵はしばらくすると、ふっといつの間にか普通に戻る。
それでほっとするけど寂しいような気がするのはそのときはほのか。
でもなんでもないように話かけたり、ほのかから甘えてみたり。
なっつんはそのたびにちょっと困った顔をするけど口の端で笑うの。
ほのかが居てもいいんだな、と思えてとても幸せな一瞬だ。

だけどそのときはなかなか離してはくれなかった。
いつもなら緩く包み込むようにしてくれるのに腕の力が強くて。
それにめったにしないのにほのかの頬に顔を寄せるからくすぐったい。
後ろからだからなっつんの顔が見えなくて振り向こうとした。
そしたらその前に片手が頭を捉えてちょっと強引に顔を向けられた。
”あれっ!?”驚いて思わず手を着いてしまうと抵抗したみたいになって、
そうじゃないのになっつんの眼が細められて悲しい表情を作った。

これはよほど何か嫌なことでもあったのかな、と心配になった。
どうすれば元気付けてあげられるかなと思うけど咄嗟に名案は浮かばなくて。
ほのかでは寂しさを埋めてあげられないのかなと不安に似た気持ちになった。
寂しいとは違うのかもしれない。ツライことでもあるのかもしれない。
どっちにしたってなっつんはそんな話を口にすることはない。
逆にカラに篭ってしまい、口を固く閉ざしてしまう方だから。
頭を撫でてあげることもできないから腕をあげようとしてみた。
けれどどうしてだか、身動きできなかった。こんな風なのは初めて。


「・・なっつん、ちょっと弛めて?」
「・・痛いのか?」
「そうじゃなくて・・動けないから・・」
「・・・動けなくしてるからな。」
「なんで?ほのかどこにもいかないよ?」
「・・・どこにも?」
「ウン・・・まるで逃げないようにされてるみたい・・」
「まぁ・・その通りだな。」
「だからどうして?」
「どうして・・か・・」

なっつんはほのかの言葉を考えるようにゆっくりと言った。
難しいことは言ってない。ほのかはウソも吐いたりしていない。
なっつんにだってそれくらいはわかるだろう。とても賢いひとなんだし。
それならば、一層わからない。どうして動けなくされたかが。
きっと顔に疑問符が浮かんでたんだ。なっつんはじっと見ていたから。

「ごめんね?ほのか・・わかんない・・みたいで。」
「謝ることもないだろ。悪いことしたみたいに・・」
「でもさ、なっつんが残念そうな顔してるんだもん・・」
「・・オマエそういうことは気がつくんだよな。」
「やっぱり・・・ほのかが何かをわかんなくてがっかりしたんだね?」
「がっかりなんてしてない。心配しすぎだ。」
「教えてくれないの?わからないとダメ?!」
「そうだな・・・ダメじゃないが・・・ヒントやろうか。」
「ウン!ちょうだい!?」
「オマエがあんまり空気みたいに傍に居るから・・だよ。」
「えっ!?」

なっつんのヒントはほのかをびっくりさせた。だって・・・それは・・
”空気みたい”になりたいほのかだったからショックだったんだ。
願いが叶っていたことと、それがなっつんにとっては・・叶わないのが良かったってこと?
今度はほのかの顔にがっかりが浮かんだに違いない。ほのかはポーカーフェイスが苦手だから。

「オマエが残念そうな顔になったぞ。」
「う・・ウン・・だって・・ほのか・・そんな風になりたかったから・・」
「空気みたいに?」
「そう・・なっつんがそれが嫌だなんて想像もしなかったよ・・」
「誰も嫌だなんて言ってない。」
「じゃあどういうこと!?」
「泣きそうだからやめとく。もう変なこと言わないから機嫌直せ。」
「やっ止めたら余計機嫌悪くするよ!どうしてなの?泣かないから教えてよ。」
「・・・教えると・・ややこしいんだよ。」
「何が?ほのかがバカだからわからないっていうの!?」
「そうじゃなくて・・オマエのことだからオレの言う通りするんじゃないかと・・」
「なっつんが言ったからって嫌なら嫌って言うよ?ほのかだって。」
「そりゃな・・困ったな・・オレが悪いんだ。もう・・」
「よくないっ!よくないよぉ・・・なっつん、ほのかに隠しちゃ嫌だよ・・」
「隠してない。っていうか隠せなくなったんだよ、オマエにだけ。」
「へ・・?何を・・・もお〜!ほのかがバカなのは認めるからわかるように言ってってば。」
「別に難しく考えなくても・・・オマエが逃げないように捕まえたかっただけだぜ?」
「だから逃げないって言ってるじゃん・・・ほのかのこと疑う気!?」
「逃げないなら逃げないで困るんだ。」
「意味わかんないってばぁ〜!!!」

ほのかは悔しかった。自分の頭のめぐりの悪さに。わかりたいのになんでって。
だから八つ当たりしてなっつんに腹を立てた。ものすごくごめんなさいなんだけど。
なっつんはそんなほのかを宥めようとしてるのがわかって余計悔しかった。
いつの間にかなっつんの手は頭をよしよしと撫でていて、立場がない。
そうしたかったのは自分なのに。こんな風に拗ねたりごねたりするなんて。
涙が出そうだったけど必死で堪えた。ちょっと不細工な顔になったかもだけど。

「あー・・・泣くなって・・・」
「泣いてないもん。よく見てよ!」
「オマエも結構負けず嫌いだな。」
「なっつんに言われたくないよ。」
「悪かったな。」

不思議だけどもうなっつんに寂しさは感じられなくなっていた。
普段と変わりない、優しいなっつんに戻ってる。どうしてだろう?

「なっつん怒らないでくれる?」
「あ?・・言ってみろよ。」
「なっつんが時々ほのかのこと抱っこするのって・・寂しいからじゃないの?」
「・・・・」
「嫌じゃないんだよ。そうしてくれるのいつも嬉しかったの。ほのかが役に立ってるって。」
「・・・・」
「今日のはちょっと違ったから・・あれ?って思ったけどもさ・・・」
「・・・ふーん・・・」
「どうしてほのかの顔無理やりなっつんの方向かせたの?」
「それは・・・」
「なんだか眼を瞑っちゃいそうになっちゃった。近くて。」
「どうして瞑らなかったんだ?」
「・・・なんか顔が近くて・・見惚れちゃった・・・かな?」
「・・・見慣れた顔だろ?」
「そうだけど・・なんかいつもと違って見えたの。なんでだろ?」
「そんな違うもんかな・・」
「ほのかだからかな?いっつもなっつんのこと見てるからわかるのかも。」
「そうか・・そうだな・・」
「それで・・・結局なんだったの?さっきの・・」
「えっ・・・っと・・・いや別に・・オレもオマエの顔見たかったんだよ。」
「近くで?・・見慣れてるでしょ?」
「そうでもない。」
「近すぎたら逆に見えにくくない?」
「それに・・」
「それに?」
「オマエが眼を閉じたら・・いいかなって思ったんだよ。」
「・・・眼を瞑ったとこが見たかったの?閉じようか?」
「いいのか?口で説明させるなよなぁ・・」
「もしかして空気読めってこと・・?」
「オマエなんで空気みたいになりたいんだって?」
「・・なっつんの傍に居て当たり前でね・・・居ないと困って欲しいなって・・」
「・・ならもうそれは充分だぞ。」
「それじゃ嫌なんじゃないの!?」
「違うって。・・オレもそうなれるよう努力してみる。」
「なっつんは・・いいよ、しなくて。」
「あぁっ!?なんでだよ!?」
「・・・だって・・・なんだかそれ恥ずかしい!」
「よく言うな。オマエが言い出したんだぞ!?」
「ウン・・だってその・・もしかしてさ・・ほのかがなっつんのことスキってばればれ?」
「オマエ・・・なんだよ、それは・・・!」
「なっつんがそんな風に思ってくれたら・・嬉しいけどさ、それって・・なんか照れくさい。」
「あーもー・・・面倒くせぇっ!やっぱオレは空気みたいにはなれないから勘弁してくれ。」
「う、ウン、いい・・よ?」

なっつんがさっきみたいに後ろからじゃなく、正面からほのかを抱き寄せた。
眼の前になっつんの顔が近くなる。あれ!?・・でもさっきとも違う気がする・・
今度はさっき間違ったみたいだったから眼を閉じてみた。そしたら唇に柔らかな感触。
驚いてすぐに眼を開けちゃった。今のなんだったんだろ!?

「いい加減に空気読めよ。・・・何ぽかんとしてんだ!もう一回するぞ!?」
「え、お願いそうして。よくわかんなかったの・・」

なっつんががっくりと肩を落としてほのかの肩に頭を乗せた。
くすぐったいし、なんだか頬が熱いし、それに何故だか唇も熱い気がした。

「オマエな・・鈍いにもほどがあるだろ・・・」

眼を開けたまま二回目のトライをするなっつんが仕方なく教えてくれた答えに体全部が熱くなった。
そうかぁ!?やっとわかったよ・・・なっつんがわかって欲しかったことが・・・
空気みたいだったのはなっつんの方だったんだ。ごめんねって謝ったらおでこをごつんとされた。
なっつんがそんなにほのかのことで困ってたなんて思わなかったんだもん・・・
だから「ほのかもダイスキだよ」って返事しておいた。ものすごく恥ずかしかったけど。

「そっか!恥ずかしいからわかって欲しかったんだ!」
「いい加減にしろ!」

怒られちゃったので”そういう”空気を読むのはこれからお勉強することで許してもらいました・・・