「くすぐったい」 


「ぴくにっく日和だねぇ〜!」

相棒はすっかりご機嫌で弁当を食ったら大の字に寝転んだ。
まぁ確かに暑くもなく寒くもない、快適な気温ではある。
どこででも寝転がるヤツだなと呆れ半分、感心半分で眺める。
幸せそうに弛んだ顔をして寝ている様は尻尾が無いのが不思議に思える。

「おい、そんなところで寝るなよ。」
「そんなこと言わないで、なっつんもおいでよ〜!」

オレもそんなに強い口調ではなかったが、ほのかは全く動じない。
普通ならそんな誘いにほいほいと乗るようなオレでもないのだが、
ふと悪戯心が湧いた。目に付いたねこじゃらしのような草を一掴みする。

”コレなんつったっけ、エノコロ草とか言ったか・・?”

昔妹がコレを見つけると、オレのことくすぐりに来たよな、と思い出す。
しかし、妹の真似をするというよりは、猫の子と遊ぶ感覚に近かった。
そうっと近くに寄って、ほのかの頬をその草でくすぐってみた。

「んにゃっ!?」
「ぷっ!」

猫みたいな声をあげやがったのでつい吹き出してしまった。
大きな目でくすぐられたモノを確認すると、笑ってオレを見た。
再び草を揺らしてみると、きゃっきゃっとはしゃいだ声を立てた。

”やっぱコイツ猫だ”

ぶんぶん振ってみるとそれを捕まえようとし始め、ますますそう思う。
ちょっと面白いなと思っていると、突然ほのかはむくっと起き上がった。
捕まらないのに腹を立てでもしたのか、きょろきょろと周囲を見回し、
それこそ猫が獲物を捉えるような仕草で同じ草を掴んで引っこ抜いた。

「よしっ!こっからはほのかの反撃だじょ!」

にやりとイヤな微笑みを浮かべると、オレに向かって飛んできた。
妹は断じてこんな顔はしなかった。まぁ嬉しそうなのは同じだろうが。

「あれっ!?なっつんくすぐったくないの?」
「残念だったな。」
「なんで!?変なの。我慢してんの?それとも不感症!?」
「最後の台詞は記憶から削除しろ。誰に聞いたか知らんが・・」
「つまんないじょ!・・ほれほれ、どおっ!?」

オレが反応を示さないので眉を顰め、すっかり面白くない顔になった。
お返しにその面白くなさそうな顔をくすぐり返すとこっちは反応がある。

「んにゃっ!くすぐったい!!やめろ〜!」
「こんなの、どこがくすぐったいんだ?」
「きゃふっ・・やめてってばあ!」
「ぷぷ・・」
「よおし、こうなったら・・」
「?」

ほのかが目を光らせたので少し身構えた。どうするのかと思えば・・
えいっとオレに飛び掛ってくせっ毛の首を振って擦り付けてきた。

「なっ!?おいこら、やめろ!」
「おっ!反応あったじょ!?ちみもこの攻撃には勝てまい。」
「攻撃ってなんだよ!いつも誰とやってんだ、こんなこと。」
「お父さんとかお兄ちゃんとか・・絶対ほのかが勝つんだじょ!」
「あっそ・・」

そんなことだろうとは思ったのだが、なんとなくそれを聞いて安心した。
ほのかが懲りずにまたオレにもたれ掛かってくるので思考は中断された。

「こーら、やめろって。」
「降参!?ならそう言わないとやめないじょ。」
「わかった、降参だ。離せ。」
「やったー!ほのかの勝ちィ!」
「・・なんの勝負だよ・・?」
「なっつん、くすぐったかった?!」
「へっ?・・い・あ・あぁまぁな。」
「むっふー!」
「なんでそんな嬉しそうなんだよ?」
「嬉しいからに決まってるじゃないか。」
「・・・」

起き上がったオレの膝・・じゃなく腹の上でほのかは得意顔だ。
馬乗りされてる格好なので、くすぐったいというより・・・
この状況を打破すべく、オレはほのかを降ろそうと脇を抱えた。

「きゃあっ!」

その声に驚いて手が止まった。思わず周囲を見回した。

「なっ・なんつう声あげんだよ!?人聞き悪いっつうか、心臓に悪いというか・・」
「だってくすぐったかったんだもん。」
「そういうつもりは・・じゃあ自分でさっさと降りろよ。」
「ん?降りなきゃダメ?」
「当たり前だ。」
「でもその前にお返ししないと。えいっ!」
「!?」

オレはほのかをどかそうとしただけで、他意はなかった、断じて。
しかしくすぐられたお返しらしいが、オレの腰の辺りをくすぐられた。
反射的に手を掴んで止めてしまったのでほのかは怒って口を尖らせた。

「ずるいじょ、ほのかばっかり。」
「さっき降参だと言っただろ!」
「くすぐったがるのだ、なっつんも。」
「ものすごく今、そんな感じだから!」
「ん?そうなの?ほのかが乗っかるとくすぐったいのかい?」
「・・とにかく降りろよ、悲鳴も勘弁・・・」
「せっかくなっつんが困ってるのに、そんなもったいない!」
「ナニ!?」

ほのかはくすぐるのではなく初めに飛びかかった時のように頭を寄せてきた。
両腕に抱きかかえられたオレは腹の底がむずむずしてきていたたまれなくなった。
こんなことを期待してたわけではないぞ、楓!助けてくれ!!と心で叫んだ。
腰や脇を触ってどかせるとまた悲鳴をあげられやしないかと恐れて手がでない。
窮地に陥ったオレはほのかを止めるべく、どうしたかというと・・・

「うにゃっ!つかまったじょ〜!」
「たっ頼むから、もう止めてくれ。」
「そんなにくすぐったかった!?」
「ああ。だからもう勘弁してくれるか?」
「よしよし、許してあげちゃおう。」

そう言って笑うのでほっとしたのだが、ほのかはオレから降りようとしない。
それどころか甘えるように力を抜いた身体をぺたりと一層寄り添わせてきた。

「おいっ止めるんじゃなかったのか?!」
「もうくすぐってないよ?なんで?」
「オレは降りろと言ったんだ。」
「だって、なんかいい気持ちだし。」
「い!?どっ・おっオマエなっ!」

顔から、いや全身が熱くなって火が点いたみたいに思えた。
もう悲鳴をあげてもいいと思い切って掴んでほのかを脇へと降ろした。

「わあっ!!なんでなんで?もっと抱っこしててよ!」
「オマエは猫か!オレをなんだと思ってんだよ!?」
「猫じゃないよ、ほのかだよ。なっつんはなっつんだけど?」
「そうじゃなく・・」

けろりとしたほのかの顔を見たら、急に脱力感で二の句が継げなくなった。
ほのかは身近に「あっ”てんとうむし”だ!」と見つけ、そちらへ気を反らした。
それを見て、オレは焦りとか色んなものが空しく四散していくのを感じた。
一人で焦って、熱くなって・・・どうしたんだろうな、一体オレは。
やれやれとようやくの開放感を味わいながら、空を見上げると青く澄んだ空。

”楓、お兄ちゃんオマエを抱っこしたことあるけど・・こんな思いはしたことないぞ”
”どうしてなんだろうな?・・・っていうかコイツ、どうすりゃいいんだ!?”

てんとうむしを捕まえようと必死になっているほのかにちらと視線を戻した。
いい気なもんだ。そう思うのに、真剣な横顔は確かにオレを和ませた。
当たり前だが妹からの返事などない。わかったことは妹とは違うんだなということ。
一瞬抱きしめてしまったほのかの身体からは日向に似た甘ったるい匂いがした。
思い出すとまた腹や胸の辺りがむずむずとした感覚が起こって、顔が熱い。
ほのかに対して『してはならないこと』の項目を一つ付け加えることにした。
”くすぐるのは駄目。お返しにとんでもない目に合う!”と。

溜息を一つ落として、呼んでいるほのかの方へ落ち着きを取り戻して顔を向けた。

「見てみて、つかまえたよっ!可愛いのー!!」
「へぇ・・どれ・・?」

無邪気な顔でオレに報告して笑う姿を見ていると、さっきと似た気持ちが湧いてくる。
”ああ・・やっぱ『くすぐったい』な。”ほのかを見ているとこんな気持ちがする。
困って妹に嘆いても答えは返ってこないのも当然、オレは・・・このことを嫌がってない。
そうと気付くと、また胸の奥がおかしなことになる。くすぐったくてたまらない。







くすぐったかったです、書いてる方も。^^