「くすぐったい」 


「なんか今日はお揃いみたいだね〜?」
オレの学校の門で待ち構えていたほのかが暢気に言った。
モチロンそんな訳はない、偶然だ。怖ろしいこと言うぜ。
「・・急いで帰るぞ。」
「へっ!なんでなんで?お買い物は!?」
そんなつもりもないのにこの格好でうろつくのは勘弁して欲しい。
よくここで言ってくれたものだとオレは思った。
学校から家に着くまではどうしようもなかったが。
「・・財布を忘れた。」
「えぇ〜?!でも今日はほのか持ってるよ。」
「珍しいな。」
「帰ってたら遠回りじゃん。いいから行こうよ。」
「今日は暑いから汗かいたんだよ。」
「だから?」
「帰ってシャワー浴びてぇ。」
「・・・着替えたいってことかい?」
ほのかがじとりと睨んだ。意外に察しのいい奴だ。
「お揃いみたいってほのかが言うまで気付いてもなかったじゃん。」
「気付いたら気になるんだ。」
「気にしなきゃいいでしょ!?誰も気にしちゃいないよ。」
「オレが気になるんだよ。」
「・・わかったよ、明日でもいいや。その代わり帰りにアイス買ってよね。」
「しょうがねぇな・・」
「あ、ってことはやっぱり財布持ってんじゃん!?」
「細かいこと言うな。」

ほのかがいつものように腕を組もうとするのをコチラから阻止してみる。
「暑いから今日は引っ付くなよ、アイス買ってやらねぇぞ?」
「む、なんとヒキョウな・・・いいけどぉ・・」
口を尖らせ不服そうではあるが、思ったより素直に従ってくれてほっとする。
「それと、シャツの前閉めろよ。だらしねぇぞ。」
「へ?なっつんだって開けてるじゃん。」
「・・・オレも留めるから。」
「なんでぇ?!暑いよ?」
「気になるんだ。」
「どっちだってお揃いに変り無いよ?」
「お揃いがじゃなくてだな・・」
「じゃあさ、シャツ脱ぐよ。そんならいい?」
「脱がなくていい!そのまま着てろ。」
「えぇ〜?!なんなんだい、いったい・・」
一々説明したくないので仕方なく前方だけ見て帰ることにした。
こいつは時々要らないとか言って下着を・・絶対今日も忘れてやがる・・
「あっ可愛い子がいる!!」
「はぁ?・・また猫とか犬とかだろ。」
「見てみて、ホラあそこの塀の上。かわいーvv」
「ちゃんと前見て歩け。危ねぇ・・ってコラ!」
そうだった、コイツはフラフラと危ないからいつも腕を組むのを許してるんだっけな。
「おっとと。ゴメンゴメン。だいじょぶだよ。」
「チッ」
オレが仕方なく片手を引っつかむとほのかは妙な表情になった。
「どうした?何ヘンな顔してんだよ。」
「え?ううん、なんでもない。」
ほのかは何故か急に大人しくなったのでどうしたのかと横目で窺ってみる。
すると上気した頬が眼に入り、少し驚くと同時に胸が一呼吸強く打った気がした。
慌てて眼を前に戻すとほのかは覗かれたことに気付いた様子もなく黙ったままだ。
「・・なんだよ、急に大人しくなって・・」我慢できずに尋ねてみた。
「んとね、腕組むより手を繋ぐ方がさ・・照れるなぁって・・」
「へ?!」意外さもあって、繋いでいた手を一瞬緩めてしまった。
「あ、嫌なわけじゃないよ!」
ほのかが離れかけたオレの手をぎゅっと握ってきた。
「えへへ・・でもってなっつんからだとさぁ、ちょびっとどきどきするよ。」
「・・何言ってんだ・・」
いつものほのからしくない恥ずかしそうな顔にこっちまで妙な動悸がしてきた。
べったりと引っ付かれてるときと違って掌が重なっているだけのことだというのに。
いつだってガキっぽい態度でオレを呆れさせるコイツとは180度違う。
勢い手を繋いだことを少し後悔した。だが今更振りほどくことも出来ない。
しっかりと小さな手は握り返されていて、おまけにこの状態にご機嫌の様子なのだ。
「なんかオマエ最近・・・変じゃねぇ?」
沈黙に耐え切れずに言ってみた台詞はどうにも格好のつかないものだった。
「やっぱり!?なんか最近ドキドキすることが増えて困ってるんだよ。」
「それって学校での話か?」
「学校ではあんまり・・そだ、なっつんと居るときだよ。」
また胸が不穏な音を立て、体温が上がったような気さえした。
「変だねぇ?ほのかってば。」
「・・まぁその・ちょっとな・・」
「でもさ、全然嫌な気分じゃないんだよ。なんかこう・・ワクワクに似てるの。」
「へー・・」
「そんでもってねぇ・・くすぐったい?みたいなカンジ。」
ほのかの言ってることは理解できた。そんな気分ならオレもよく味わってるからだ。
「何でかな?」
「さぁな・・」
オレを覗き込むように言うほのかは特に答えを期待している風ではなかった。
言うだけ言ったらすっきりした、という顔をしてすぐに前を向いて歩き出した。
何なんだろうな、ホントにこの落ち着かない妙な気分は・・
これはどこが変ったとか、そんな単純な答えではないように思える。
オレの場合はいつも答えを出すのを躊躇って心の中に仕舞い込むのが普通だ。
ほのかはどんな答えを出すのだろうか、気になるようでその答えを聞くのが怖い気もした。
「ね、なっつん、ほのかなっつんと歩くの好き。」
「何だよ、いきなり・・」
「何って、そのまんま。感想を述べたのだよ?」
「あっそ・・」
「なっつんの手はおっきいね、なんか安心するよ。」
「オマエのがちっさ過ぎるんだろ?」
「いいもん。ちっさくたって困ってないし。」
「背も伸びねぇしな。」
「伸びてるよ、なっつんに負けてるだけ。」
「いつまで経ってもガキだし・・」
「ふんだ。・・胸はちょびっと育ったもんね。」
「・・少しな・・」
「む!?なんかヤラシイなぁ。」
「何でだよ?!」
「いかにも知ってます、みたいな・・」
「だから見えないようにしとけってんだよ。」
「!?あ、そっか。そんで前閉めろって言ったの?今わかったよ。」
「オマエまた忘れただろ。」
「いやその面倒で、ついね〜!」
「いい加減にしないと外出禁止だぞ。」
「なっつんてお母さんみたいだよね、時々・・」
「うるせぇ、アイス要らないのか?」
「要ります!」
「はぁ・・・」
「そんな溜息吐かなくても・・ほのかの胸なんて大人しいもんじゃないか。」
「大きさとかじゃなくて・・気持ちの問題だ。」
「んーと・・身だしなみとかに近い?」
「・・まぁそんなもんだ。」
「なるほど気を付けるのがマナーってことか。うむ、らじゃ、らじゃ!」
ほのかは笑って敬礼しながら了解を示したが、ホントにわかってんのかは怪しい。
その屈託の無い笑顔とさっきのはにかんだような表情との落差に悩まされる。
さっきあんなに頬を染めたほのかに驚いたのは・・・知らなかったから、だろうか。
いつも傍に居るから少しずつ柔らかさを増していく身体を見て見ぬ振りをするのは難しい。
このまま保護者的な立場で見守るべきか、それとも距離を取るべきなのだろうか。
厄介なことは見た目だけではなく、中味もほのかは変ってきているのだ。
「なっつん?どうしたの、むつかしい顔になってるよ?」
「いや。なんでもない。・・オマエ大人しく歩けるんなら、手、離せよ。」
「え、ヤダ。離したら飛んでくぞ。」
「何脅してんだ。こうしていたいのかよ?」
「え?えへへ・・ウン!」
「ば、馬鹿みたいに笑うな!」
「よくなっつんはそう言うけど、他に言い方ないの?」
「なんて言えってんだよ。」
「嬉しくて笑うとよく言われるんだけど・・そんなに馬鹿みたい?」
「いやその・・嬉しがりすぎなんだよ。」
「なっつんみたくカワイク照れるのは難しいんだよ。」
「誰がっ!?怒るぞっ!」
「うわ真っ赤。ホントにカワイイのぅ、おぬし。」
「おっまえ・・・むかつく。手ぇ離せ、コラ。」
「嫌だね〜!離さないもんね!」
「アイス買わないぞ?」
「ほのか今日は財布持ってるもん。自分でだって買えるもんねv」
「だったら自分で買ってさっさと帰れよ、自分ちに!」
「そんな怒らないでよ、ゴメン。手を繋いでくれて嬉しかったんだもん!」
「・・オマエがフラフラして危ねぇから掴まえただけだ。」
「なっつんが心配してくれたり、掴まえてくれたりするのすごく嬉しいよ?」
真顔でさらっとそう言うほのかにまた変な気分と動悸が襲ってくる。
「なっ・・うるせぇよ・・」
狼狽するオレに比べてほのかは涼しげな顔をしているのがむかついた。
「さっさと行くぞ。暑くて敵わねぇよ、手なんか繋いでっから。」
苦し紛れな台詞だったが、なんとか平静を取り戻そうとオレなりに必死だった。
「ウン、ほのかはねぇ、今日はトリプルかな、やっぱ。」
「食いすぎだろ・・」
紅いであろう顔も見せたくなくて前を向いて急ぎ早に足を進めた。
ほのかは少し遅れ気味だが素直についてきて、後ろからオレに言った。
「なっつん、大好き!」
「・・黙って歩け!」
いよいよやばくなったオレの胸の鼓動が手から伝わらないことを祈った。
やけになって走り出すとほのかもオレに従って走り出した。
怒るかと思いきや、ほのかは嬉しそうに「アイス買ったら更にダッシュで帰ろうね?」
「うちに帰って食うんだな?」
「ウン、でもその前にシャワー浴びようよ。」
「オマエ着替えもってねぇだろ?どうすんだよ!?」
「なっつんの服借りる。」
「なんだとお!?」
「もう走っちゃって汗かいたから仕方ないもん。わっ!!」
オレが急に立ち止まったせいでほのかが躓いて転びそうになった。
「もう、急に止まんないでよ、なっつん。危ないっしょ!?」
「うっせぇ!オマエマジむかつく!!」
「ええぇっ!?なんでだよう!??」
ほのかの頭を両拳で挟んで腹いせに揺らしてやった。
「ぼ、暴力反対〜!?なんなんだい?!なっつん、ぎぶ、ぎぶー!」

ほのかは『くすぐったい』なんて言ったし、その気持ちもわからんではない。
しかしなんだかオレにとってはもうその程度では済まなくなってきてどうしようもない。
コイツの言動全てがオレの全部をくすぐってはかき廻していくのだ。
悔しいような嬉しくて気恥ずかしいような、この気持ちをどうしてくれんだよ!?
封印しようとしていた想いもいつかコイツに見つかってしまう予感がした。
アイス横取りしても気は治まらないだろうし、夏のような青い空を恨めしく眺めてみる。
目を回して脱力したほのかの額に唇を寄せてこっそりと浮かんだ笑みを誤魔化した。






恥ずかしいというかその・・・何度書き直しさせられたか!という・・・
邪魔が入ったりPCがシャットダウンしやがったりとですね、不幸でした。
でも意地で書き上げたので、夏くんとほのかの勝ち!ということにしときますv