黒蜜 


夏は思わず口元から零れ落ちかけたクリームをすくった。
手が触れた瞬間”しまった”と後悔したものの後の祭り。
その数秒の葛藤を他所にほのかはのんびりと礼を述べた。

「おいしいねえ!ここのくりーむあんみつ最高なのだ!」
「・・・溢すな。落ち着いて食え。」
「こんなにゆっくりと味わってるのに無理言うななのだ。」

 甘味屋のテーブルを挟んで正面にほのかの満ち足りた姿がある。
夏は自然な様子で目を反らし、頬杖をついて顔の熱さを誤魔化す。

”ったく・・あんなに怒っていたくせしやがって・・!”

 数刻前は確かにほのかは腹を立てて夏に食って掛かっていた。
風林寺美羽に教わった甘味屋を紹介したのは元々ほのかの依頼であり、
オセロに負け探していた夏に情報を提供してくれたという次第だ。

「なんでちみまでがむちぷりとそんな仲良しになってるんだい!?」

 ブラコン傾向にあるほのかの実兄、兼一に続いてということだ。
心外である夏は当然風林寺美羽との関係については否定したのだが
ほのかは聞く耳もたぬとばかりに夏をぽかぽか叩き、非難を浴びせた。

「浮気者っ!よりによってあのむちぷりとは!?ゆるせないじょ!」

 浮気も何もなかろうと夏は思うのだがそれは火に油と学習済みだ。
口には出さずにほのかの興奮が治まるのをじっと待つ。慣れた風に。
きーきーと喚くほのかの言葉はほとんどシャットアウトし、夏は
ほのかの気持ちが早く落ち着かんものかとぼんやり他所事を考えた。

”こいつが風林寺には相当ライバル心持ってたのを忘れてたぜ・・”
”風林寺なあ?強いていや武の才には関心がないこともないが・・”
”ほのかのがよっぽど可愛いじゃねえか。何対抗してんだかなあ?”

「なっち!この耳はちーっとも聞いとらんようじゃのう!?」
「あ?な・・なななっなにを!?こらっ!ほのかやめろ!!」

 夏が心そこにあらずで非難に反応しないことに腹を立てたほのかは
得意の噛み技でもって夏に更なる抗議をした。即ち耳に噛り付いた。
くすぐったいのやその他諸々の事情で夏は動揺し、引き剥がそうとする。
ところが以前は夏の太腿に張り付いて離れなかった前科持ちのほのかは、
蛸のように夏にしがみついて小さな口で夏の耳をしかと咥えこんでいた。

「はなせって!ほのか!?こ・・こんなとこ兄貴が見たら怒るぞ!?」

 不本意ではあったが、兄のことを持ち出せばほのかには有効と踏んだ。
ところがふがふがと何か返事しているようだが、離れる気配を感じない。
夏は困った。かなり深刻にその状況における判断に混迷してしまったのだ。
で、どうしたかというとほのかの脇腹を捕え、強引に腕力にもの言わせる
という実に大人気ない結果を選択。剥がしたほのかが暴れるのは当然で、
その後床に押し倒して数分間。その方が見られてまずかろうな展開だった。

 負けん気だったほのかが白旗を揚げた理由は耳元に囁いた夏の言葉だった。

「その甘味屋は今日がサービスデーだって話だ。来週にするのか?!」
「むむっそんな店行かないもん!・・ほかの店にするのだじょっ!?」
「そうか、ならサービス券は兼一にやって風林寺と使ってもらうぞ。」
「なんですと!?ダメえっ!それダメだじょ・・え〜ん;ほのかいくよう・・」
「いくのか?俺と。」
「いく!なっちと。」
「よし、ならいくぞ。」
「うん、いくーっ!!」

 というのが事の成り行きであった。そうと決まればほのかは張り切って
夏を引っ張るように店へとやってきた。クリームと黒蜜のトッピングが
盛り放題というサービスにほのかはいっぺんに笑顔となり幸せになった。
やれやれと思って見守っていた夏が思わず口元のクリームを拭ったことは
少々器からはみ出しそうなほど盛ったときから予想はついたことでもあった。
指に付いたクリームを無意識に夏が口に運んだとき、夏とほのかの目が合った。

「・・なんだよ、変な顔しやがって。(可愛いけどもな)」
「え、いやいや・・クリーム美味しいかね?!」
「あめえ。こんなに食って虫歯になるなよ!?」
「そんなのちゃんと歯磨きするから大丈夫さ。」
「食いすぎで具合悪くなったら明日のオヤツは抜くぞ。」
「どうしてこんな場面でそういう水を差すかね、ちみってやつは・・!」
「面倒見るのは俺だからに決まってるだろ?!」
「面倒見たくなきゃみないでいいのだじょ!?」
「なら他の誰に面倒みてもらおうってんだよ。」
「面倒みたいならみたいって素直にいいなよ。」
「当然みたいにいうな。だが他に迷惑掛けるつもりならやめとけ。」
「なんか苛々しておるのう・・ほれ、特別に黒蜜たっぷり白玉あげる。」
「いらねえよ。」
「黒蜜美味しいよ。なっちみたいだ。」
「はあ・・?そんなもんに喩えられるとは思わなかったぜ。」
「とろとろに甘くってさ、綺麗でしょ!?金色でキラキラ!」
「それのどこが俺なんだよ!(それなら寧ろお前だろがよ)」
「なっちみたいじゃん!!」
「違う!どっちかってえとお前だ、お前。あまったりぃし。」
「ほのかのどこが甘いというのだね、味見したことあんの?」
「あ・味見・・はしてねえ・・けど・・・;」
「変なの。ほのかは小粒でぷりりなのだぞ。」
「ぷっ!・・それをいうならぴりりだろうが!(そっちでも合ってるけどもな)」
「そうか、間違った。否しかしこれ美味しいなあ、むちぷり誉めてあげよっと。」
「喜ぶんじゃねえか、あいつ。」
「ちょっと、やっぱり怪しい!なっちもまさか美羽のこと・・ほのか泣くじょっ!」
「それはねえって何度言やあ・・泣くな!あいつも俺と一緒でお前には・・・っと」
「しょっく!?むちぷりとなっちに何があったの!?一緒って・・一緒って何!?」
「ちがっ・・そうじゃなくてだな!?その、つまりあいつもお前のことをだな・・」
「ひっく・・ほのかのことを?うう・・」
「う・・だから・かっか・・・かわいいとか・・前にも言ってただろ・・?」
「・・・あ、わかった。妹が欲しかったって言ってた。そういうことかね?」
「あ、そっち!・・う、う〜ん・・それは・・一緒じゃねえな、厳密には。」
「かわいいって思ってるってこと?」
「・・・・・・・・・・・・・まぁ、俺の方はほんのちょっとだけだぞ!?」
「ふ〜〜〜ん・・・?」

 夏の顔は見事なまでに赤かった。そのおかげでほのかは気を取り直せた。
二人の仲を勘ぐって切なくなったが、どうも『妹』の括りとは別らしいので
それはそれで嫌なほのかはほっとしてもいる。夏の妹の立場では困るからだ。
夏には亡くなったけれど今も大切な妹さんが心にちゃんと存在していて、その立場で
勝とうとは思わない。羨ましいのは事実だが誰も踏み込んではいけない領域だと思う。
それよりも勝ち得たいのは夏の『特別』ポジションだ。黒蜜のたっぷり掛かった
あんみつより強力な誘惑なのだ。夏は時々おなじように想ってくれていそうな気に
させられたりするものの、やっぱり未だほのかの片思いなのだと認識している。

「まあいいや!美味しいものはじーっくりいただかないと!だもんね!?」
「それはそうだ。ゆっくり食え。お前の好きな黒蜜は溶けたりしねえし。」
「うん、お口では蕩けるけどね〜!うん、このなっち美味しいよ!」
「俺じゃねえって!ちょっとそれも味見させろ。」
「さっき要らないって・・いいけど一口だじょ!」

 ほのかが匙を持っていた右の手首を掴むと、夏はそのまま餡蜜をすくった。
黒蜜の光るそれを口に運ぶと、予想以上に甘い。けれど悪くない舌触りだった。

「こんな甘いのは俺じゃねえ、やっぱお前だぜ、ほのか。」
「だからさ、ほのかのどこが甘いというのかね、ちみは。」
「どことってもこんな感じじゃねえか。」
「見た目のこと?ほのかってあんみつみたいな外見してんの??!」
「蜂蜜・・そうだな、やっぱ黒蜜のがいい。こっちのが美味いし。」
「よくわかんないけど・・莫迦にしてるんでもけなされてるんでもないよね。」
「とにかく風林寺は関係ないから忘れろ。馬鹿馬鹿しい。」
「そっか。よかった!そりゃあね、誰にだって負けたくないからね、ほのか。」
「?・・・お前のバカ兄は他に目を向けちゃいねえだろ?」
「え、お兄ちゃんじゃないもん、なっちって・・え〜!?」
「なんだよ、その目は。」
「いっつも人のことニブイとか言うけどなっちだってさ!」
「鈍いのはお前だ。お前に言われたらむかつく。やめろ!」
「べー!むかむかなっち!ほのかそんなにニブくないもん。」
「まだ言うか!?わかんねえヤツだな・・」
「もうあげないよ!これほのかのなんだから!!」
「誰があんみつよこせって言ってんだよ、コラ!」
「ぎゃー!ダメダメ!あげないったらあ!」
「ごちゃごちゃとうるせえんだよ、お前はぁ!?」




「あの〜・・・美羽さん?僕もう・・かなり限界なんですけど!」
「まあまあ、あんなに楽しそうなんですもの、お邪魔はしないで帰りましょう!」
「ぅぅ・・夏君!ほのか!・・・いちゃいちゃいちゃいちゃと〜〜〜!!(怒)」
「兼一さんには私が拵えたお菓子がございますわ。二人でこっそり食べましょ?」
「え!?二人で!?でもそんなの見つかってしまいませんか?!」
「あそこの公園にでも寄り道しましょう。実はここに持ってきておりますのよ。」
「今日はあの甘味屋さんに行く日だとばかり思ってたんですが。」
「谷本さん・・いえ、ほのかちゃんにお譲りしましたの。ふふv」

 夏とほのかのやりとりを一部覗いていた風林寺美羽とほのかの兄、兼一は
珍しく距離を狭めて歩き出した。もしかすると先の二人に当てられたらしい。
甘い黒蜜の入った団子を兼一と美羽も公園のベンチで仲良く分け合って食べた。

 ところで夏とほのかはというと、甘味屋で傍目に迷惑なくらい見せ付けた後、
のんびりと帰り道を辿って歩いていた。兼一と美羽の居る公園を通り過ぎる直前、
夏が目敏く見つけてほのかの目を反らしたのは言うまでもない。また嫉妬やらで
面倒なことになるまいとして。いきなり目隠しされたほのかは文句を言いつつ

「なんだい!?なんか見ちゃいけないものでもあったのー?」
「ああ、素直に回れ右だ。少し遠回りして帰るからな。」
「遠回り!?ステキな言葉なのだ!うん、するする。一緒に遠回りしよ!」
「素直なとこは可愛いぞ。(そうでないとこも可愛いがな)」
「可愛いのかぁ・・!うひひ・・なっちも可愛いからね!?」
「俺は可愛くなくていい。一緒にすんな。」
「かわいいもん!ほのかかわいいなっちが好きだよっ!」
「ああはいはい、わかったから黙れ!(その口塞ぐぞ、かわいいヤツめ!)」

 黒蜜のような夕陽が夏とほのか、兼一と美羽のいる街全体を耀かせていた。








なんじゃこりゃあ!?という甘さをご提供してみましたv(糖尿になりそう・・)