雲の向こう側 


なんのためにするのかと尋ねられる
色んな意味があるだとか納得される
あれもこれも知りたいと請われる
そんなものの答えなどどうでもいい
知ったからといってどうにもならない

初めは千切れるほど強く
二度目は確かめるように
三度目は・・請われるまま
いつもやかましく生意気な口は
思うよりずっと・・・

あれ以来アイツは求めてはこない
こんなものかと得心したか
諦めているのか知らない
相変わらず人懐こい笑顔を向けて
オレの傍に退屈もせずに佇むだけ
満足そうに喉を鳴らす猫みたいに
擦り寄っても何かを期待してではない
「居心地がいい」そう言いながら


オレは曇った空を眺めて
一人アイツの顔を思うことがある
今日も来るだろうか それとも
なんとなくそう思っては首を振る
思い浮かぶ顔は少し寂しそうな目をしていた
引き裂いてやろうかと思うくらい憎いのに
その顔がいつものように笑うことを望んだ
風に流されて移ろう雲の形を見ながら
かき乱されるオレの気持ちに似ていると思う


「・・・今日も来たのか。」
「ウン、モチロン!」
「暇なヤツだ。オレは忙しいから放っておくからな。」
「今日は何の用?ほのか見てる。」
「見なくていい。構ってられねぇから帰れ。」
「いいよ、構ってくれなくても。好きに待ってるから。」
「何しに来てんだよ!?」
「色々。そうだ、宿題もしよっかな。」
「・・・出来るのか?一人で。」
「数学じゃないもん。・・・でもちょびっと自信ない・・」
「・・英語か?」
「なんでわかるの!?」
「テスト前に付き合ったからな。」
「うえぇ・・担任の先生よか詳しいかも・・やだなぁ!」
「しょうがねぇ、少しなら見てやるからわからんとこ印付けとけ。」
「らじゃっ!んじゃ後でヨロシクお願いしますです!」


勉強の嫌いなコイツも意外に真面目に課題をこなす
教えるのはそれほど苦痛ではない 学校での慣れもある
寧ろ学校の周りの女どもより飲み込みはいい方だ

「あ、そっかぁ!やっとわかったよ。」
「思い込みの多いヤツだ。ちゃんと聞けよ?」
「うんうん。あ、そうだ理科の小テスト返ってきたよ。」
「どうだったんだ?」
「うんとね。合格ー!ちょびっと間違えただけ。」
「ふーっ・・やれやれだな。」
「へへ・・ありがとう、なっつんのおかげだよ。」
「ふん、別にたいしたことじゃねぇし・・」
「なっつんていつ勉強してんの?」
「授業中。」
「・・・家でもするでしょ?」
「特にしねぇ。課題も全部学校で済ませる。」
「ええっ!?・・それってすごくない?!」
「別に。あの学校のレベルたいしたことねぇもん。」
「うっわ〜・・・お兄ちゃんが聞いたら泣くよ・・!」
「へっ、アイツ頭もたいしたことねぇんだな。」
「む・お兄ちゃんを悪く言ったら許さないじょ!」
「事実しか言ってない。」
「ぐむぅ・・悔しいけどお兄ちゃんの成績は普通なのだ。」
「そうかい。じゃもう今日は終わりな。」
「あー、ヨカッタ。これで明日も安心だ。」
「ふん・・」
「あっそうだ、この前のテストのご褒美は!?」
「・・ああ、予想より良かったときって約束のか?」
「そうそうv勉強見てくれたお礼にほのかがしてあげるってヤツ。」
「・・・別にいい。何もしていらん。」
「そんなこと言わずにさ?なんでもしてあげるよ。」
「いらん、大概迷惑になるからな・・」
「えぇっ!?心外な。そんなことないよ、なんか言ってよ!」
「・・・っとになんもねぇし・・・」

ほのかが眉を思い切り下げてがっかりしている
しかし本当に何も浮かばないんだからしょうがない
「よし、仕方ない。ならほのかが考える!」
怖ろしいことを言い出すのでオレはぞっとした
「待て。考えなくていい。どうせ禄でもないことだろうが!?」
そう叫ぶように言ったがほのかは聞いてない
ぶつぶつとほのかの口から零れる言葉に耳を塞ぎたくなった
「これじゃお礼じゃなくて罰ゲームだぜ・・」
「よーし、大サービスで全部いっちゃおうか!?」
「待てって・・・」

張り切って立ち上がるほのかを慌てて抑え付けた
次の言葉が出ないうちにすばやく口を塞いだ
思わず掴んだ両肩があんまり細くて少し慌てた
久しぶりの感触は・・・悪くなかった
触れた後一度離れたが再び押し付け今度は深く繋がる
ほのかの大きな瞳が閉じられたのを合図にオレも目を閉じた

どうしてだろう?初めは留めようとしただけだった
けれど触れてしまった後は違う オレが求めた
覚えていた小さな唇も舌も全部が懐かしい
気が付くと抱き寄せて腕の中に閉じ込めていた
何も考えてはいなかった そのときはただそうしたくなって

ようやく離したとき小さく漏れた声にぞくりとした

「・・・どうしたの?急に・・びっくりしちゃった・・」
「・・・何もしなくていい。だからその・・今のでチャラにしてくれ。」
「これじゃ・・ほのかがご褒美もらったみたいだよ?」
「と、とにかく礼なんて欲しくないからナシだ。わかったか!?」
「そうなの?・・そりゃほのかは文句ないけど。すごく・・」
ほのかの頬が紅く染まった 驚くほど鮮やかに
「・・・何だよ?」
「なっなんでもない。」
首を大げさに振るから気付いた ほのかは首まで紅かった
「カン違いすんなよ。ちょっと・・やめさせたかっただけだ。」
「う、ウン・・・」
「チッ・・・」

ほのかが顔を少し曇らせたのをみると後ろめたかった
そうじゃない オレがしたかったのだとは言えなかった
これじゃあまるでオレがオマエに・・・
自分自身も少し頬が熱くなって途惑った
どうしてしまったんだろう オレは
火照った顔を見られたくなくて部屋を出た
残されたほのかがオレの名を呼んだのも無視した
ほのかはオレを追いかけてはこなかった


窓の外には厚い雲に覆われた空
太陽は隠れて見えないが切れ切れに射す光り
このまま雲が晴れてしまったら・・・
目を反らし 窓からも遠去かりたかった
もっと厚い雲で空を覆い隠してくれと願ってみる
向こう側があまりに眩しくてオレは目を開けていられない







夏くんの困惑、でした。次はほのかサイドです。
気持ちが変ってくのって不安になるでしょうね。
人によって感じ方は違うとは思いますが。