「コワい話」


振ってきたのは俺じゃない。と夏は叫びそうになった。
何に対しての言訳か、それは今現在の状況に対してだ。

「なっちー!夏の終わりに怖い話しようぜ!」
「・・・怪談か?アホくせぇ・・」
「そんな余裕の表情が今に恐怖に変わるんだぞ!と予告宣言しちゃうぜい。」
「へぇへぇ・・コワいなぁ、そいつは。(やりたくてしょうがないんだな)」

部屋に真昼間からカーテンを引き(当然谷本家は遮光である)暗くする。
空調にまで拘ってほのかは監督気分だ。演出は悉く叶えられご満悦である。
付き合うというより好きにさせていた夏は照明まで落とされ読書を諦めた。
どのみち話が始まれば聴かされるのだからと、栞を挟んで自ら本を畳む。
蝋燭まで持ってきたらしく、夏に用意させた銀製の燭台に感心しつつ設える。

「なっちん家って舞台装置ばっちりだね!お化け屋敷に改造しないかい?」
「するな。ここまでして肝心の話がくだらなかったら締まらねぇからな。」
「それは大丈夫。ほのかの話術を信じたまえ。」
「・・・”それが一番疑わしいってんだよ”・・」

さてそんな風に名演出はなされたものの、夏は無表情を崩すことはなかった。
ほのかは口を得意のへの字に曲げて、彼の態度にぶうぶう文句を付け出した。

「仕方ないだろ、どこらへんが怖かったのかさっぱりだぜ。」
「ちみね、感性がニブイのと違うかね!?ほのか頑張ったのに!」
「・・俺も一つくらいなら知ってるが・・聴いてみるか?」
「よーし、こうなったらちみの実力の程をここで試してみなさい」
「・・エラそうだな、いつものことだが。」

ほんの数分の後、ほのかは夏にしがみつき、顔は引き攣り真っ青になった。
対して夏は相変わらずの無表情で、ほのかに淡々とした口調で語り続けている。
しかし内心ではほのかの怯えっぷりに大いにウケていた。笑ってしまいそうだ。
そこまで怖がるような大した話ではない。要するに相手がほのかだからこそだ。
どこかで聴いたことのあるような三流の怪談話だろうと呆れるほどである。

「そそそ・・それで・・?」
「おまえ顔色が悪いが、大丈夫か?」
「こんなに暗いのにそんなことわかるわけないじゃないか!?」
「じゃあ寒いとか?さっきからぶるぶる震えてるじゃねぇか。」
「最近はめっきり秋らしくなって多少薄着過ぎたかもだねぇ?」
「なら熱い飲み物でも・・」
「気になる!気になるじゃないか!?続きはぁあ!?」
「続けていいのかよ?」
「ももちろん!さあ!」
「・・ふ〜ん・・・・」

こうまでまんまと(?)話に引き込まれてくれる客は珍しいだろう。
夏は演劇部部長なぞやっているが、演技力など一切使っていないのに。
単純で馬鹿なヤツ、と思うがそこを好ましいとも今更ながらに感じる。
その上、女児とはいえ、柔らかな体に引っ付かれていい気分だったりする。
なので、こんな場合誰だって悪戯心が刺激されて当然のはずと夏は考えた。

ほのかが話に夢中になっているのでどこからどんなことでも仕掛けることは可能。
迷ったあげくに背中に滑らした指先に案の定、というより見事な悲鳴が上がった。

「きゃああああああああっ!出た出た出たよっ!なっちたすけてーーっ!!」

出た(出した)のは夏なので言葉に詰まる。しがみつく体は少し汗ばんで熱い。
後ろめたさから夏はよしよしと慰める。ほのかは涙ぐんでもいるようだった。

「落ち着け。なんも出てねぇ。俺とおまえだけだ。」
「ほほほほんとに・?だだ・だよねぇ!?」
「あぁ。だからちょっと離せ。」
「やだ!離さない。ひっついてないと不安だじょ!」
「・・;いや俺が不安になる・・」
「なっちもコワかったの?よしよし、だいじょぶ!?」
「覗き込むな、ヒトの顔を」
「暗くてよく見えないけど」
「・・・・”助かったぜ”」

間近でほのかと目の合った夏は動揺した。見えなくて助かったのは事実だ。
潤んだ瞳にずきりと良心が痛んだ。可愛いじゃねぇかと思ったので尚更に。

”・・・ガキ相手に何舞い上がってんだ、俺は。アホくせぇ・・”

落ち着かなくなって自分に言い聞かせてはみたものの、動揺は治まらず、
押し付けられている熱い体につられるように自身も熱くなっている気がする。
小刻みに震えるほのかの髪や睫が触れる。それだけ密着しているということだ。
伝わる心音。掛かる息が甘く感じられる。夏は次々と襲う感覚に焦りを深めた。

とっととほのかを離すか落ち着かせて照明を点け、カーテンを開けてしまうのだ。
それでゲーム終了。ほのかの怪談は失敗かもしれないがまぁそこはいいだろうと。
ところが夏がほのかを離そうとすると、イヤ!ダメ!と抵抗された。

「なんでだよ!?もう話は終わりだから離せって。」
「・・・笑わないで欲しいんだけど・・・腰が抜けたみたいなのだよ・・・」
「なっ・・あれしきでか!?おまえ・・それはちょっと・・どうなんだよ?」
「かっこわるいとほのかも思うけどさぁ、そこは秘密にしといてくれるかい」
「・・それでいつまでこうしてんだ?・・明かりを点けたいんだが」
「そう急かさないでほしいんだじょ・・・なっちぃ・・」
「なっ・・んだよ!?妙な声出すな。」
「どうしよう・・」
「どうしたんだ?」
「おトイレ・・行きたい」
「・・・連れてけってか!?!」

夏はほのかをしがみつかせたままその場でがばっと立ち上がる。
ぐったりしている体を抱え、そのまま移動してやる羽目に陥ったのだ。
だがさすがにトイレの前まで来ると立ち止まり、ほのかに顰め面で問う。

「おい、これ以上は無理だぞ。下りて一人でしろ。」
「うん・・そーっと下ろしてね、そうっとだよ!?」
「わあったよ、ったく・・」

多少よろめいたがほのかはちゃんと立ち上がり、よろよろとドアの向こうに消えた。
そのドアを見詰めてがっくりと肩を落とすと、盛大な溜息が夏の口から落とされた。
ほのかに助けられたと言えなくない結果なのに、どこかやるせなさを感じる。

”はぁ・・・なんか・・・・・・・疲れたぜ・・”

脱力感はあったが、溜息は功を奏したか少しばかり落ち着きを取戻す。
夏はお茶でも淹れて完全に気分を入れ替えようと台所へと足を向けた。


果たして温かい湯気を挟んだ向こう側で、ほのかはのんびりした声で言う。

「おいし〜v・・あったまるねぇ〜!?」
「そりゃあ・・よかったな。」

いつもの空気が漂うと、夏は先ほどまでの焦りや動揺が恥ずかしく思える。
ちょっと引っ付かれたくらいでなんだと夏は怒りを含んだ自戒に眉を吊り上げた。

「それにしてもなっちってコワい話が上手だったんだね。」
「・・・そうでもねぇだろ。おまえが怖がりすぎなんだ。」
「そんなことないさ。それになっちにしがみついてるとドキドキ感が半端なかったよ」
「なんだそれ・・離せばよかっただろ、離せと言ったのに」
「それがなんでだか離せなくって・・う〜ん・・なっちとほのかって+と−なのかな」
「ひっつけんな。違うし。」
「えへへ・・違うかぁ・・ひっつきたいってこと?なんか照れるね!?」
「あ!?・・照れんな。馬鹿じゃねぇの」
「ね、もいっかいぎゅーってしがみついてみてもいい?」
「はぁ!?・・ダメだ。何を言ってる!」
「験しになっちもほのかをぎゅーってしてみたらどうだね?」
「だから、なんの実験だ。馬鹿なことばっか言ってると怒るぞ!」

「んだって・・男の子にしがみついたのってお兄ちゃん以外では初めて。だから・・」
「・・・・だ、だから・・なんだよ?」
「それでドキドキしちゃったのかなって。なっちは?女の子いつも抱っこしてないでしょ?」
「・・・・しねぇ・・けど・・」
「けど?ん、あるって顔だそれは。ちみっ!浮気はいけないんだよ!?」
「ちっ・・誰がっ・・じゃねぇ、浮気ってなんだよ!?」
「なっちはほのか以外の女の子にしがみつかれちゃダメなの。いい!?」
「付き合ってもねぇのになんだそれは!?別におまえ以外にする予定もないが・・」
「じゃあほのかは予定にあるんだね。ならドキドキするかどうかやってみてよ!」
「いやいやいやいや、待て。わけのわからねぇことをさっきから・・どうしたんだ」
「何がわかんないのかわかんない。なっちほのかをお嫁さんにするでしょ!?」
「コワいこと言ってんな!何時俺がそんなこと・・・あ・」
「言ったもん。好きだからお嫁になる、ってほのかが言ったら・・」
「・・・・けど、それは・・おまえが兄キより俺のこと好きになったらって・・」
「うん、そーだよ?」
「あぁ・・そーかよ」
「卒業したらすぐお嫁になるからね。」
「こっ高校は早いだろ!せめて短大くらいは出ないと20歳にならんしっ!」
「え〜・・・っ幼な妻いいじゃない。む〜・・・まぁいいや、20歳ね。よしっ」
「おいおいおいおい・・・・落ち着け、いきなり嫁とか・・まだそんな段階じゃ」
「?・・・なら早く段階踏んで。」
「おまえね、俺が今の段階でおまえにどうこう思ってたら変態だぞ!?」
「そんなバカな!ほのか今年の誕生日で許可付きなら結婚できるんだじょ!」
「そういうことは知ってる!でなくておまえなんてまだまだガキだって・・」
「この頃はそうでもないもん・・胸だってちょびっと育ったし・・意地悪。」

ほのかはいじけて唇を尖らせ俯いた。何故か子供っぽいというより女っぽく見える。
夏は怪談ではかいたことのないイヤな汗を感じて背中が冷たいことを自覚しつつあった。

”・・言ったが・・それはあれだ、売り言葉に買い言葉みたいなノリで”

”っつうか、何女の顔してんだ、コイツ。おかしいだろ、ガキのクセに。そうだろ”

”そりゃしがみつかれて色々成長してんな、くらいは理解した。したのは認めるが”

”けど疚しい気持ちはっ・・・ほとんど・・・無かっ・・・たと・・・思う・・”

抱き締め返すことは耐えたのだし。と思ったところで我に返った。耐えたって?
誰が何を耐えたのだと夏は自問してみた。あんまり当たり前過ぎて気付かなかった。
これまでずっと、『してはならないこと』として無意識に当て嵌めていた事柄に。

例えば、可愛いからってこっちから抱きよせるのは無し、だとか。
甘えられても許しちゃならないことは断固拒否する、というものに伴い、
気を抜いてそこらの男に肌も気も許さないように厳重に見張っておくとか
そういう『させてはならないこと』も多々あって・・最近わかったのだが。

青ざめて汗ばんでいる夏に気付いたほのかが心配そうに覗きこんできた。
不思議そうに、怪訝そうに、首を傾げる様も実に可愛らしい。と思いながら、

「俺はどうやら・・・怖ろしいことに気がついたみたいだぜ・・」
「わっ・・口調がコワいよ、なっち。さっきの話の続きかと思ったじゃないか!」
「さっきのなんかどこが怖いんだ。今の俺の心境の怖ろしさに叶うかよ馬鹿め。」
「えっ何がコワいの!?ほのかの話が今頃になってコワさを増したのかいっ!?」
「いやそうじゃ・・そうとも言えるな。」
「やったあ!なっちを怖がらせることに成功なのだ!ばんざーい!ほのかエライ!」
「コワくてコワくて・・・これからどうすりゃいいんだ」
「大丈夫だよ、なっち。ほのかがついてるから。ね?!」

ぽんとほのかの手が夏の肩に置かれた。優しい表情で夏を見詰めている。

「・・コワくて堪らんから、抱き締めていいか?」
「なんと!?うん、いいよーっ!へへ・・けど照れますなぁ!」

力など入れずとも、手を引かれたほのかはすっぽりと夏の懐におさまった。
密着させなくてもほのかはほんのりと温かく、息遣いもやはり甘く感じられる。
耳元で「ドキドキしてんのか?」と尋ねると「ウン、なっちは?」と訊き返され
夏はふっきれたような顔で、ほのかに囁いた。「そうらしい」と他人事のように。
「らしいって何なの?!」気に障ったのかほのかが眉を顰め怖い顔を作った。

「おまえのこと好きだとちょっと変態かもと心配してたんだ」

呆れたように目を丸めたほのかだったが、すぐに表情は笑顔に変わった。

「よかった。このままずっと抱っこしてくれないのかなって心配してたんだよ」

ほのかの告白は甘く夏の耳から体に響く。夏がそっと抱き締めるとほのかも返す。
季節の終わりに夏は大事なことに気付いて良かったとほのかの頭を撫でて言った。

「コワい話、してくれて助かったぜ。」

ほのかは「どういたしまして」と夏の耳元へと囁いた。







あっ・・まぁ〜い!(笑)
コワい話というか甘い話でしたね。うちのはいつも甘いのですが。
自覚した途端に「怪談するか?」とか言いそうですよね、彼・・;
ほのかにイヤらしい顔だと抓られるといいんです。やれやれ甘いわ!