「告白」Z 


あれから、僕は妹のことが気になって家に毎日メールしては母に怒られた。
妹に直接聞くのは気が引けたからだ。母さんは僕を心配し過ぎだと窘めた。
それで、変わったことや気になることは母さんから知らせると約束してもらった。
僕もそう言われても仕方がないなと感じた。僕のシスコンは思ったより重症だったのだ。
兄離れして欲しくない。けれどそれは必然的なこと。しかし中々簡単には受け入れられなかった。
夏くんはあれから特に変わった様子もなかったが、あまりに僕が会いに来るので顔を顰めた。
おまけに気の毒にも新島にしょっちゅうからかわれては、怒りの気を鎮めるのに苦労していた。

「いやはや、もてたからって本命に活かされないようじゃ役に立たんなあ!?」
「あのな、言うこときかん女に対するマニュアル本があるぞ?貸してやろうか?」

大概馬鹿だと思っていたが、あれで怒らない方がどうかしている。そしてその度に殴られて。

「新島、いい加減にしろよ。それともおまえひょっとしてそっちの気があるのか?」
「なんだ、兼一。おまえS○好きか?それなら今度いいDVD持ってきてやろう!」
「あのな・・それはおまえの趣味だろ!?いらないよ。」
「まぁそのくらいで照れんなよ!」
「いらないってば!どうせ師匠に取り上げられるし、美羽さんに見つかったらどうするんだ?!」
「別にいいじゃねーか、そんくらい。もう適応年齢過ぎてるんだし?」
「そういうこと言ってないって・・・もう・・疲れるよ、おまえと会話するのって。」

夏くんはくだらないことはほとんど無視していたが、うんざりしているのだと見て取れた。
そして僕らの会話は聞いてなかったかのように、真面目な顔で告げた。

「こう監視されてたんじゃ気が滅入る。当分何もするつもりはないからほっといてくれ。」
「当分って・・・告白しないつもりなのかい!?」
「そうじゃないが焦ったってしょうがないだろ?」
「ほのか次第ってこと?まぁ・・それはそれでいいけど。」
「しょうのない奴だな。なんでさっさと唾付けとかないんだ?」

僕と夏くんに一緒に踏みつけられた新島はこの際無視して、僕は夏くんに向き直った。

「あのさ、夏くん。妹のことも心配だけど、僕ら友達だろ?相談したいことがあったら言ってくれよ?」

それは全く正直な気持ちだった。夏くんも考えてはいたが、そのことは感じてくれたようだ。
「あぁ・・」とだけ残して、彼を見送った。もう立ち直った新島が僕にそっと囁きかけた。

「あのなぁ、兼一。あいつは素直に相談とかする奴じゃないだろ?学ばない男だな。」
「学ばないおまえに言われたくないよ!・・でもそうかな?」
「やれやれ・・手の掛かる奴らだぜ。そういうときは相談しやすい状況にもってってやれ。」
「・・・なんか・・おまえたくらんでたりする?」
「いんや!俺様の野望のためにつまらんことはさっさとクリアしてもらいたいだけだが?」
「なるほど。・・それは納得できるよ・・」

新島のアドバイスなんぞを素直に聞く気にはならなかったが、奴の言うことも尤もだと思った。
かといって、そういった相談事に僕が対処できるかと問われると、それも自信がまるでない。
それこそマニュアル本でも貸してあげるべきだろうかと悩んだが、そんなもの彼は受け取らないだろう。
師匠たちもこと恋愛沙汰となると、とても相談してまともな答えの返ってきそうな人が見当たらない。
僕が腕を組んで頭を悩ませていると、美羽さんに見つかってしまった。

「そういう相談ですか・・そうですね、私もちょっと苦手かもですわ。」
「はは・・やっぱり男同士、まだ僕の方がマシかもしれないですよね。」
「くす・・兼一さんは谷本さんに相談してきて欲しいけれど、自信がない。そういうことですのね?」
「うっ!?・・・美羽さんてすごいですね!・・その通りだと思います。」
「それなら、谷本さんから顔を見せに来られたときがそういった機会ではありませんの?」
「あ、そうか、彼から来るってこと事態珍しいですもんね。」
「そのときはそれとなくお茶にでも誘ってみるとか・・?」
「はい、そうしてみます。美羽さん、ありがとう!」
「いいえそんな・・こんなことくらいで。」

そういえば彼とは友達と言っておきながら、今まで真面目な話ってほとんどしたことがない。
僕は内容がどうであれ、彼ともっと親しくなれそうな気がしてそれが嬉しかった。
それからしばらく経った後、僕にそんな機会が巡ってきた。夏くんが僕のところに顔を見せたのだ。
うっかりとそこで別れてしまわないよう、慎重に言葉を探して彼を引き止めた。
訝しがっていたが、やはり彼も相談したいことがあったのか、僕の誘いに応じてくれた。
時間がなくてまた構内ではあったが、以前闘ったときとは違うベンチのある場所を見つけた。

「あの・・変わりない?」

自動販売機の安いコーヒーを受け取ってもらった僕は、なるだけさりげなく尋ねてみた。
しかし返事が返らない。僕はそのとき、相談じゃなく、”報告”されるのかと思い、焦った。
もう既に告白を済ませたと報告しにきた可能性だってあるんだとそこで初めて気付いたのだ。
内心かなり動揺してしまった。気を静めようと思った僕は、心に『明鏡止水』と呟いてみた。

「・・あのな、おまえ・・もっと他に条件を付け足さないか?」
「へっ!?・・それってどういうこと?告白は・・したの!?」

彼は黙って僕を見た。それでわかってしまった。ああ、そうかと思うとやはりショックだった。
けれど思ったよりも落胆しないでいられた。彼は報告だけでなく、何か相談したいこともあったのだ。
ここは冷静にいられて良かった。でないとまたあらぬ誤解で彼と闘う羽目に陥ったかもしれない。

「条件って例えば・・ほのかが学校卒業するまで手を出すな、とか?」
「まぁ・・そういうのだ。」
「どうしてそんな・・もしかして自信がないのかい?」
「・・・そ・・うかもな。」
「君ほどの人がね・・でもわかるよ、自分ひとりのことじゃないんだもんね。」
「・・・・」

僕らの間に沈黙が下りた。二人とも経験の少なさを含めて、話を続けるのが困難だった。
けれどこのままじゃせっかく彼が僕に素直な気持ちで来てくれたのに応えてあげられない。
なんとかしようと思うより、彼に僕自身のことを少し暴露することにした。

「あの・・話が飛んで悪いと思うけど・・僕が美羽さんのこと好きだって知ってるよね?」
「ああ、護ってやりたいんだろ?」
「うん。けどさ、自分のことは棚上げじゃないけど実はまだ気持ちを打ち明けてないんだ。」
「・・・」
「それどころじゃなかったとか、まだまだ弱いからとか、理由なんていくらでもあるんだけど・・」
「結局のところ、身近で僕を見てくれている今に、満足してしまってるんだと思う。」
「・・・」
「ずっと・・見てきてくれた。そして直接言ったんじゃないけど護れるようになりたいという気持ちを
・・彼女は知ってくれたうえで、待っててくれてると思ってるんだ。」
「・・・それで?」
「彼女が聞きたいと思ってくれたら、そのときはいつでも迷わず告白する。・・これって逃げてるって思う?」
「・・・そう言う奴もいるかもな・・」
「だよね。だけど・・・美羽さんの優しさを感じれられるから・・今の関係に不満なんかない。」
「ごめんね、僕のことばかり・・でももしかしたら君も少しそれに似てるのかなって思ったんだ。」
「・・・かもな。」
「もし君が枷が欲しいっていうなら、いくらでもあるけど・・止めとくよ。ほのかに悪いかもだろ?」
「・・・」
「妹のこと、頼むよ。僕は・・君を信じたい。妹を裏切らないとそれだけを誓ってくれ。」

夏くんは僕の視線を外すことなく、「誓う」とだけ言ってくれた。それで僕は肩の力が抜けた。
すっかり冷めたコーヒーを飲み干すと、夏くんは「じゃあ・・またな。」と言ってくれた。

「嬉しいよ、”また”と言ってくれたの初めてだ。夏くん、ありがとう。」
「・・妹と似てるな。礼を言うとこじゃねぇよ・・」
「そう?だって仲良しの兄妹だからね。ずっとライバルのつもりだよ、そこも。」
「ふっ・・」

夏くんが貴重にも微笑んでくれたので、僕は更に舞い上がるほど嬉しかった。
そしてこっそりと、”ああ、こりゃ・・惚れるよな、ほのか!”・・そう思った。
しかし妹をライバルにはしたくないので、そのことは内緒だ。夏くんは何にやついてんだと言った。

「とにかく『告白』成功おめでとう。僕もがんばろうっと!」
「せいぜい見捨てられるなよ・・」
「僕は諦めないから。君もね、覚悟しといた方がいいよ?ほのかは僕よりしつこいかもだし。」
「・・知ってる。いんだよアイツはそれで・・」
「うわっ!?君が・・君から惚気を聞かされるとは・・思ってなかった。なんて破壊力だ!」
「のっ惚気たんじゃねぇっ!何言ってやがる。」
「いや、今のってかなり素で言ってたよ!?僕だってそれくらいわかるさ。」
「惚気てない!」
「いーや、惚気てた!」
「てめぇ、やるか!?」
「素直じゃないなあ。」

「・・・おーい!ストップストップ。アホなことしてんなよ、おまえら・・」
「新島!?」

僕の胸倉を掴みかかっていた夏くんだったが、新島にまたもや聞かれていたと知って、
夏くんの怒りの矛先が新島に向かってしまったのだが、怒らせたのは僕のせいじゃないよね?
相変わらず逃げ回るのが得意な新島を一発殴らないと気がすまないといった夏くんが追う。

「ケケケケッ・・そんなに照れんなよ、谷本お〜!!」
「おまえ・・今日こそは殺してやる!」

僕は傍観していた。新島の言ってることは的外れでもないよな、と思いながら。
明らかに赤い顔をした夏くんを見れば、誰だってそう思うに違いない。微笑ましい光景かもね。
僕はほのかにメールしようかどうしようかと悩んだ。なんて打つ?「よかったな」か、
それとも「がんばれよ」?どうでもいいことかもしれないが、応援してるって伝えたいんだ。
気持ちはまだ、悔しいんだ。妹を取られたくない。けど、親友だって失いたくないから。
物分りのいい兄を演じるかどうか、そこがこれからの課題だ。どうしようかなあ・・・?

「夏くーん?加勢しようかあー!?」
「いらん!」
「普通加勢するなら、俺様だろうが!?兼一、助けろよ!」
「冗談じゃない。なんでおまえを?」

そうだ、美羽さんに報告しなくちゃ。きっと喜んでくれる。僕も・・告白したくなってきた。
だけど目の前にすると、言い出せなくなる。気持ちが大きすぎて制御不可能になるからかな。
ああ、きっと夏くんもそうなんだ。僕はすんなりと理解できた。僕らって似てるねえ、夏くん。


「こっ今度セーラー服シリーズのDVD貸すから、許せよ、谷本!」
「死ねっ!」
「また怒らせてる。あいつやっぱり夏くんが好きなんだな・・間違いない。」
「新島、好きな子怒らせるのって子供の証拠だぞ!?」
「アホ!俺様の好みは従順なドM女だ。間違えるなよ!」
「うわあ・・・リアルだな・・・;」

油断した新島は殴られて地面にキスをした。どっちかっていうとおまえがMじゃないのか?
そう思ったが、もうどうでもいい。奴なりのはた迷惑な友情に少しばかりの感謝を送る。

僕たちだけだったら、誤解ばかりでこんなにあっさりと和解したりしていなかったかもしれない。
素直じゃない彼と、ちょっとばかり鈍い僕。似てないと思ってたけど、共通点を見つけた。
色んな面で正反対だけど、惚れた女には真直ぐなところ。・・弱い、とは言いたくないんでね。

僕は久しぶりに晴れやかな気分で、空を見上げた。