「告白」Y 


長い間、オレとほのかは兄妹然として過ごしてきた。
歳よりも幼くて無邪気なほのかと、つい世話を焼いてしまうオレ。
図々しくて呆れても、そこに居るだけでほっとするような心地がした。
ほのかはよく母親とか姉を気取ってオレを見ているようだった。
放っておけないとか、寂しくないよ、などとオレを励ましたり構おうとする。
ガキなのかどうなのかよくわからない、不思議なヤツだなとよくオレは思った。

アニキのことはよく話題にしていた。ああ、好きなんだなと思った。
世界一だとよく自慢げに言っていた。初めのうちは微笑ましさを感じていたはずだ。
オレにも妹がいたから、兄を慕う妹に悪い印象を持つはずもない。
なのに、いつからだろう?面白くないと思うようになったのは。
一途な瞳を湛えて”お兄ちゃんが好き”と呟く顔はどこか女を匂わせた。
オレに甘えて無茶なわがままを言っても、兄の命令一つで身を翻した。
そんなほのかを見るたびに、むかついて。やりきれないものを感じた。
もうその頃はほのかを妹とは見ていなかったんだろう。気付いたのは少し後だ。

「ほのかまた告白されちゃったよ・・」
「何!?・・なんでオマエなんかがそんなもてるんだよ?」
「なんかは余計だよ、失礼な!でも困るんだよね、断るのってヤなもんだよね。」
「・・毎回断ってるのか?」
「ウン、だってほのかにはお兄ちゃんがいるし。」
「それ・・理由がおかしいじゃねぇかよ。」
「ほのかはお兄ちゃんより好きな人なんていないもん。これからだって・・」

ほのかの思いつめた顔にオレがどれだけ・・・口では表せない腹立たしさだった。
しかしそれでようやく気付いた。そうとわかると色んなことに説明もついた。



あれ以来、ほのかはオレに触れてこなくなった。無理やり口付けしたあのときから。
馴れ馴れしいほどだったほのかが、別人のように大人しくなってしまった。
幸い嫌悪感ではないようだった。意識してしまって行動にセーブが掛かっているのだ。
ほんの少し触れただけでも頬を赤らめて手を引っ込めたりする。釣られてオレも手を引く。
兼一に出された『告白』の条件をすぐにクリアできないでいるのはそういう状況も手伝っている。
何もかも初めてだとわかるほのかの戸惑い。それはオレも似たようなもので。
一方的に奪ったとはいえ、あれはなんだったのか?と尋ねるほど無知なほのかに酷いことをした。
いきなり好きだからオレと付き合えと言ったところで、ほのかがそれを承知するだろうか?
今の戸惑いも初めてだったからで、特別に、兄以上にオレを想ってるとも思えない。
急ぎたくなかった。ほのかにこれ以上無茶をしたくない。目を離さないでいられるならば。

それでも思わず手を伸ばしてしまいそうになることがある。
踏みとどまり、何も言えずに手を引っ込める。そんなことを何度か繰り返した。
不甲斐無いと思う。しかし誰になんと罵られても、ほのかが望まないものをオレは望めない。
そんな日々がある日突然、夏の嵐に見舞われたかのように状況を一変させてしまった。
ほのかがいつもなら反らしてしまう目をオレに向けてくれたのだ。戸惑いを浮かべながらも。
そのときオレはほのかの名を呼んだ。そのことを意外に感じたとは気付かないまま手を伸ばした。

緊張気味の頬にオレの指が触れたとき、我に返ったほのかは身体を硬直させ後退った。
ああ、やっぱりまだ・・オレが怯えさせたせいだと思うと、後悔の念で胸が痛んだ。
ほのかは自分が驚いたことに衝撃を受けたように謝った。謝るなと言っても泣き出してしまった。
オレの手も以前のように頭を撫でるくらいはいいだろうかと、躊躇してさ迷った。
結局抑えきれず、そっと柔らかい髪に掌を落とすと、ぴくりとしたものの、嫌がってはいなかった。
”泣かせるな”と兼一の声が聞こえた。わかっているというのに。誰よりもこのオレが。

「なぁ、泣くなって・・オマエはなんにも悪くないだろ?」
「う・・なんで泣いちゃうんだろ?なっつん、ほのかわかんなくて苦しい・・」
「なんも考えるな。オレはもうオマエの嫌がることはしないと言ったろ?信じてくれ。」
「・・・うん・・でもなっつん・・・ほのか・・」
「ん?」
「この前みたいな・・キス・・してほしい・・」
「・・・・・・・・・え!?」
「いっいつか・・ほのかに・・してくれないかなって・・あれからずっと・・」

目に涙をいっぱいに溜めて、ほのかがそう言う。耳と頭がおかしくなったか?と疑った。
きっと馬鹿みたいな顔してたんだろう、オレはしばらく口を開けたままほのかを見ていたらしい。
オレが黙ったせいで余計に悲しませたのか、ほのかはまた俯いて泣き出したのではっと気付いた。

「嫌いにならないで・・・ほのかのこと・・お願い。」

途切れ途切れに、それでも一生懸命の訴え。ああ、夢でもなんでもない現実だとゆっくり理解した。

「あっ・・あのな、普通ああいうことされたら嫌われるのはオレの方だぞ?」
「だって・・・いやじゃ・・なかった・・もん・・」
「そっ・・そうなのか?!なら・・・よかった・・」
「なっつんは・・ずっと・・傍にいてくれるんでしょう?」
「ああ、心配するな。嫌いにもならないから。」
「うん・・嬉しい。いてくれるって・・思ったら嬉しかった。」
「だったら何泣いてんだよ、さっき触ったときそんなに驚いたのか?」
「ちがっ・・あの・・名前、呼んでくれたからびっくりしたの・・」
「名前?・・呼ぶとまずいのか?なんて呼んでたっけな、いつも。」
「ぷっ・・おい、とかチビとか、ガキとか・・えっとそれから・・・」
「オレそんなのしか言ってなかったか?・・・そうだったかな・・?」
「ふふ・・そうだよ。名前呼んでくれるのって珍しい。貴重なの。」
「・・じゃあ、これからは・・名前で呼べばいいか?」
「うん。嬉しい。ずっと昔・・教えるな、名前なんか知りたくないって言ってたよね?」
「ああ・・オマエがオレんちに押しかけてた頃・・・って今もか。」
「ほのかっていつの間にかたくさん許されてたんだね?」
「・・やっと泣き止んだか。そうだな、オマエには・・負けた。」
「あれっ!?『負けない』のがなっつんでしょ?負けず嫌いなのにどうしたの!?」
「そうだな、負けっぱなしは勘弁してもらいたいな。」
「よかったあ、なっつんはなっつんでなくちゃ!」
「ああ、もちろん。でもってオマエもな。」
「ほのか?今のままでいい?ちっとも・・大人っぽくなんないけどそれでも?」
「最近はそうでもないぜ?出会った頃はマジで小学生みたいだったが。」
「んん?褒めてくれた・・の?」
「褒めたっていうか、事実だ。オマエも多少は育ってるって。」
「・・・・じゃあね、その・・・いつかなっつんの・・・恋人になれる・・?」
「・・・いつかって、オマエそれって、いつがいいんだ?」
「えっ?・・えっとえっと・・いつって・・いつだろ!?」
「オマエがいいって言うまで待ってればいいのか?オレはその・・いつでも・・」
「え・・・?」

ほのかのぽかんとした声と丸くした目に、自分が今言いかけた言葉を思い返した。
もしかして、オレはぽろっと・・・本音を暴露した・・ような・・気がする。
そう思い当たると血の気の引く思いがしたが、そっとほのかの顔を窺うと、
湯気の出ていそうな顔があった。ちょっと待ってくれ。どこまで嬉しがらせるんだ!?
有り得ないくらいの成り行きに、いつまででも待つ覚悟がオレの中のどこかで笑っている。

「その・・だから・・なんて言やいいんだ?オレは・・オマエのこと・・」

「・・・す」
「ちょっと、待て!」

ほのかの口から出てきそうな言葉をオレは無理やり塞いでしまった。思わず。
先を越されそうになって焦ったのだ。咄嗟に身体が先に動いてしまった。
口を手で塞がれて、ほのかは驚いた目をしてオレを見ている。

「さっ・先に言うな。オレから、オレが先に言うんだよ、それは。」

もがもがと抗議を始めたほのかから手を外すと、ふうと大きな吐息。
そして次の瞬間、ほのかはお腹を抱えたかと思うと・・笑い出した。

「ちょっ・おいっ、笑うなよ!」
「・・だっだって・・・だってなっつん!・・・ぷふっ!!」

けたけたと転げるように笑うからむかついた。それでも笑ってくれてほっとしてもいた。

「そんなに笑うか!?むかついたぞ。オマエなんかもう・・」
「えっ!?嫌いにならないって言ったじゃない、嘘つく気!?」

「そんなこと言わん!こうなったらいくらでも笑えよ!オレはオマエが好きだっ!!」

自棄になってオレは叫んだ。格好悪い・・よもやこのオレがこんなみっともない告白を・・信じられん。
しかしそれまで大笑いしていたほのかがオレをにこやかな顔をしたまま見つめていたのに気付いた。

「・・笑っていいぞ?なんだよ、文句あんのか!?」

恥ずかしさでどうにかなってしまいそうになりながらも必死で冷静さを取り戻そうとした。
そんなオレに、最近は遠慮して触れてこなかったほのかが飛びついてきた。そう、以前のように。
驚きながら、その身体を受け止めると、耳元にほのかの甘い息と囁きが届いた。

「すき。なっつんがすき。ほのかもなっつんのことが大好き。」
「!!??」
「ほのかなっつんの恋人になる。いつでもいいよ、なっつん。」
「・・・今すぐ、でもいいのか?」

オレが戸惑い勝ちに尋ねた言葉にまたくすくすと笑った。耳も頬もくすぐったかった。
なんだか、いきなり転がるようにオレの胸に飛び込んできた幸福。まだ実感に至らない。
それを確かめるべく、ほのかのことを少し力を入れて抱いてみた。抵抗がないことに安堵した。

「なんか・・・めちゃめちゃ疲れたぜ・・」
「うん、ほのかも笑ったせいかな?・・でも幸せ。」
「・・・・・だな・・・」

久しぶりに二人で微笑みを交わす。兄と妹みたいに。まるで当たり前みたいに抱き合いながら。
もしかしたら初めから、妹だと思ったことなんかなかったかもしれない。そう感じながら。

「ほのか、なんだか怖かったり、心配だったりしてたのに・・・もう平気みたい。」
「そりゃ・・よかったな。オレも・・その方がいい。オマエに泣かれるより。」
「うん!なっつん、好き。」
「わかったよ、もう・・・」
「いっぱい言っちゃだめ?」
「・・オレも言わないとダメなのか?」
「ううん、いい。たまにで。」
「たまに、ね・・例えばいつだよ?」
「うーん・・・決めてしまったらつまんないよ。」
「なるほど。よし、次こそはオマエが目を廻すような台詞を・・」
「ぷぷ・・うん、がんばってね?」
「オマエ無理だとか思ってんだろ、これでも演劇部なんだぞ!」
「演技じゃダメだよ。ほのかそんなの許さない。」
「む・・・]
「あはは・・無理しなくていいよ。」
「あっそうだ。オマエ今度から告られたとき・・」
「お兄ちゃんがいるからじゃなくて、”付き合ってる人がいるから”って言うんでしょ?」
「そ、そう・・だよ。わかってんじゃねーか。」
「なっつんも浮気しちゃダメだよ!」
「できるかよ・・・オマエで手一杯だ。」

ほのかがオレの首にしがみついた。嬉しすぎて眩暈がした。