「告白」W 


僕はほのかのことで新たに悩みを抱えたものの、具体的な対策も浮かばずにいた。
修行のために日々の大半を削られているという背景もあったが、そのまま日々は過ぎた。
そんなある日、妹への惚気に似た相談を持ち掛けて以来、会っていなかった谷本くんを見かけた。
彼とは同じ大学だが、学部が違うので高校時代のように毎日顔を見ることはなくなったのだ。
武道ではライバルだけど、親友でもある彼を見かけた嬉しさに、僕は喜んで声を掛けた。

「おはようっ!夏くんもこれから講義?!」

気軽に声を掛けたものの、ひと違いをしたのかと思った。彼は僕を見て驚いたからだ。

「どうしたの?僕の顔になんか付いてる!?」
「いや・・なんか用か?」

彼は僕から顔を背けてそう言った。声にはどういうわけか困惑が含まれていた。
僕に特に用が無いと知ると、彼はさっさとその場を後にした。まるで逃げるように。
腑に落ちない僕はその背中を見送りながら、その理由に心当たりがないことを確かめていた。

もやもやを引きずったまま講義を受けた後、立ち寄った学食でまた見知った奴を見かけた。
そいつは中学からの腐れ縁で会っても嬉しくはないのだが、そのときは珍しく僕から近付いた。

「よう、兼一!どうした不景気な面して。美羽ちゃんに振られたのか?」
「違うよ!新島、おまえ何か知らないか?夏くんがおかしいんだ。」
「谷本?目新しい情報は入ってないな。ははぁ、とうとう妹の奪い合いか!?」
「ふざけるなよ。なんで奪い合わないといけないんだ。」
「なんだ、ツマラネェ。妹に襲われたとか谷本が手を出したとかかと思ったのにな。」
「怒るぞ!こないだ夏くんはほのかのこと妹以上には思ってないって言ってたよ。」
「おめでたい奴だな。それを鵜呑みにしてんのか?」
「それは・・・でも昨夜家に電話したときもほのかは変わりないって言ってたし・・・」
「けど、やましいことがあるから避けようとしてんじゃねーのかあ?!ケケッ!」
「まさか・・夏くんがそんなこと・・」

新島のせいで僕は友達である夏くんを疑ってしまった。そんな考えを振り切ろうと首を振った。
それでもなんとなく不安のようなものを拭えずにぼんやりしていると、新島がついと僕を揺すった。

「おい、心配しなくてもあっちから来てくれたみたいだぜ?」
「・・・夏くん・・・」

彼は彫像のような無表情で真直ぐに僕の所へとやってくると、話があると呟くように言った。
新島について来るなと命令しておいて、僕たちは学食を出た。深刻そうな顔に胸が騒いだ。
学舎と学舎の間にある人目に付かない場所に着くと、彼はここでいいかと僕に向き直った。
しかし余程言い出し辛いのか、彼は黙りこんでいた。痺れを切らして口を開いたのは僕だった。

「あのさ、・・もしかしてほのかのこと?」

彼がぴくりと明らかに反応を見せると、僕にさっき打ち消そうと思った疑念が頭を擡げた。

「こないだのこと、訂正したいのかい?ほんとうはほのかのことを・・」
「おまえ、確かめるとか言ってたよな。どうやって確かめるんだ?」
「いや君が本気ならそれで・・でもそんな風に思えないのはどうしてかな?」
「・・・・」
「君のこと疑いたくないんだけど、もしかしたらって今思ってるんだ・・君ほのかに何かした?」
「・・・むかついて押し倒した。」
「っ!?」

あまりに淡々とした口調に、僕は聞き間違えたのかと思った。しかし身体の反応は頭より速かった。
一瞬で詰め寄り襟首を掴んだ僕に対して、彼は微動だにしなかった。予想済みのような様子だった。

「どういうことだ!?まさか・・泣かせたのかっ!?」
「ああ。おまえのこと呼んでたぜ、無駄だってのに。」
「き・っさまあっ!!!」

怒りに呑まれた。そのときはそうとわかっても心を鎮めようとは思いもしなかった。
僕の怒り狂った気で周囲の学舎が音立てて震えた。ささやかに植えられていた木々も揺れた。
それでも夏くんは眉一つ動かさず、端正な顔を欠片も崩さないで僕を見ていた。
僕の放った初弾を避けることは彼なら容易かったはずだ。怒りに任せた大振りだった。
彼は後ろに吹っ飛んだ。普通の人間ならやばかっただろうが、彼はそんなことで死ぬような男じゃない。

「どうして反撃しない!?やましいからなのかっ!?」
「・・反撃していいのか。なら次からはそうさせてもらう。」

彼は口元の血を拭いながら、起き上がり僕へ向かって気を開放した。それは静かだが熱かった。
僕たちが半分我を忘れて拳を舞わせていた頃、新島は美羽さんを探して連れて来ていたらしい。
奴なりに僕たちのことを心配したのだろう、新島はまるで素人だが美羽さんはかなりの使い手だ。

「あっちゃあ・・・あいつら、こんなことで体力削ってどうすんだ、大切な手駒たちがあ〜!?」
「・・・しっ!水を差してはいけません。どうやら決着は着きそうですわ・・・」

すぐに冷静な判断を下した美羽さんの一喝が耳に届いたのは彼らが駆けつけた後しばらくしてからだった。
ほぼ相撃ちの状態でお互いの身体が今にも崩れそうなとき、僕は彼の目に負けられない想いを見た。
それを見た瞬間、僕の片膝がほんの少し早く地面に着いた。

「そこまでっ!・・この勝負、谷本さんの勝ち、ですわ!」

美羽さんの声は確かに耳にした。けれどそのまま二人とも気を失い、倒れてしまった。
気がついたのは、手当て済みの医務室のベッドの上だった。美羽さんが覗き込んでいた。

「あっ兼一さん!よかったですわ・・」
「美羽さん・・心配・・かけちゃいましたか・?」
「ええ、いつものことですけれど。」

そう言って美羽さんは天使のように微笑んだ。いつも僕を見ていてくれる穏やかな瞳で。

「やっと気がついたのか〜!?谷本の方はもう起き上がってるぞ。」
「あっそうだった!夏くんっ・・いたたたっ!!」

僕が起き上がるのを美羽さんが支えてくれた。彼は医務室の椅子に憮然として座っていた。
出かけているらしい職員に代わって、簡単な手当てをしてくれたのも美羽さんだった。
新島はものを食いながら眺めていただけらしい。なんて役に立つのかどうだかわからん奴だ。

「夏くん・・その・・」
「あーちょっと待て。俺様がちょっと状況説明してやる。」
「はあっ!?新島、おまえなんでそんなことわかるんだよ!?」
「まあまあ・・要するにこういうことなんだろ?ブラコンのあの妹のことを谷本が好きで〜」
「睨むなよ、谷本。妹にそのことを言い出せずにちょいと泣かせた、と。でもって兼一にだな、」
「それを謝るとか本気だとかってことをうまく伝えられなくて、兼一が早合点した。そうだろ!?」

偉そうな新島の説明を、僕らはしばしぽかんと口を開けたまま、聞き入っていたようだ。
しかし、僕は妙に納得してしまい、夏くんも強張った顔のまま否定することすらも忘れていた。

「それでお二人とも武道家らしく拳で気持ちを確かめ合ってらしたというわけですのね。なるほど・・」

美羽さんはちょっとズレているかもしれない呑気な台詞だったが、彼女なりに納得できたらしい。
僕は夏くんに手を差し出すと、途惑う彼の手を強引に握った。

「夏くん。僕は冷静さを欠いてたね、ごめん。だけどまだ全部納得したわけじゃない。・・」

僕の真剣な眼差しに、彼は視線を合わせ言葉の先を促した。

「言葉が足りないんだよね、君も。本気だということはわかったよ。でもまだ許すには条件がある。」
「条件?」
「君はほのかにちゃんと想いを伝えてないんじゃない?だからきちんと『告白』してもらう。」

彼は僕の出した要求にぎょっとした顔をした。けれど僕は彼の手を離さないで更に言った。

「君がそれを約束してくれなければ、この手は離せないよ。」

夏くんだけでなく、僕も真剣だった。妹は僕の大切な妹だ。さあどうぞとは言えない。
美羽さんも心配そうに僕らを見守っていた。あの新島までもが事の成り行きを黙って見ている。
しばらくして彼の出した答えに僕はほっとして一度ぎゅっと握った後、手を離した。

「・・・わかった・・・」

彼ははっきりと言った。証人もいる。しかしいなくても彼は約束を違えることはないだろう。
美羽さんは「まあっv」と嬉しそうな声を上げ、新島は「ほう♪」と、嫌な感じで微笑んだ。

僕の妹はずっと僕を慕ってきた。間違いなくそれを知っている。
僕以外の男に夢中になんて、今でもなって欲しくない。だけど・・・
僕にも好きな人がいる。彼がもし同じように妹のことをこの先誰よりも大切に想ってくれるならば
彼は信じるに足りる人物だとも思う。それが嬉しい。だって彼は僕にとっても友人で、
きっとこれからずっと武道でもライバルと言える人なんだろうって思うから。

ふと気付くと、美羽さんは僕に優しい目を向けていて、笑って肯いてくれた。