「告白」T 


僕には妹がいる。3つ下の無邪気で可愛い妹だ。
妹は僕を慕っている。小さな頃から年頃になった今も。
ちょっとヤバイんじゃないか?と懸念されるほどにだ。
僕は命令すればなんでもする素直で従順なことを当然としていた。
父は妹が中学生になった頃からよく「そろそろ兄離れせんとな。」と言う。
母は父ほどではないが、「そうね、ほのか。」くらいは軽く窘めていた。

「オマエの妹は『ブラコン』だ、それも真性の。」悪友の新島が洩らした。
「そうか?」僕は少し不愉快な気分になり、否定するように首を傾げた。
「どうする?そのうち、『お兄ちゃん、好きv』つって寝込み襲われるぞ。」
「まさか。馬鹿なこと言うなよ、怒るぞ。」
「けどもう年頃だってのに『お兄ちゃんお兄ちゃん』って、異常だろ。」
「人の妹になんてことを!ほのかは異常なんかじゃないぞ、今の取り消せ!」

僕は怒りを覚えて詰め寄ったが、新島はするりとかわして逃げ去った。
「すまん、すまん。まぁ他の男に目が向けば直るだろうさ!」と言い残して。
ほのかがこの僕よりも他の男を・・?そんな当たり前の成り行きを思うと妙に胸が騒いだ。
僕は妹のことを自分で思う以上に思っていたのかもしれない。寂しさが胸に込み上げた。
妹のことで世話になっている親友の谷本夏くんに僕が相談を持ちかけたのはそんな訳だった。

「なんでオレにそんなこと・・どうしろって言うんだよ!?」
「君なら僕の気持ちをわかってくれるかなって思ったんだよ。」
「オレにはもう妹はいない。喧嘩売ってんのか?!」
「でも亡くなったって妹さんのこと大事だっただろ!?それにほのかもいるし・・」
「・・アイツはオレの妹じゃない。」
「でも似たようなもんじゃないのかい?それとも・・違うの?」

彼は言葉に詰まった。二人はとても仲がいい。知り合ったのも僕よりも妹が先だ。
いつも一緒に出かけたり遊んだりして、今では僕よりも兄妹らしく見える。
僕が安心して妹を任せてきたのは、彼が甲斐甲斐しく妹を面倒みてくれていたからだ。
彼にはそれ以上の気持ちはないように見えた。しかし、そうでないなら話は変わってくる。

「オマエがどんだけ妹のこと好きだろうが、どうでもいい。オレには関係ない。」

彼はそうよどみなく言い切った。少し台詞のようにも思えたのに、そのとき僕はそれを信じた。

「あいつもいくつになっても子供みたいで・・でもそういうとこも可愛いんだよね。」
「そうかよ。オマエも相当だな。変な気とか起こすなよ?」
「ははっ、大丈夫さ。僕は好きな人だっているしね。」
「妹が・・もし泣いてそいつと別れろと言ったら・・どうする?」
「えっ?別れるも何も・・・・でも、それは妹に言われたからって変えられないよ。」
「・・・・」
「そういえば夏くん、さっきの答えは?君はほのかのこと妹以上には思ってないの?」
「・・・・思ってない。」
「そうか、そうかなって思ってたけど。」
「もし、そうじゃないって言ったらどうするつもりだったんだ?」
「そのときは君が本気かどうか確かめる。」
「へぇ・・」
「妹も君のこと好きだと言うなら、余計に君には本気でいてくれないと、渡せないな。」
「アイツはオマエのもんじゃねぇだろうが・・・揃って馬鹿なきょうだいだぜ。」
「ちょっと寂しそうだね?そりゃあ妹は可愛いもの。君だってわかるでしょ?!」
「・・むかつく。殴られたくなかったら、とっとと行け。」
「へへ、妬いちゃった?話を聞いてくれてありがとう、なっつん。」
「オレをそうやって呼ぶな。何度も言わせやがって・・」
「あはは、ごめんごめん。ほのかが呼ぶからついね!」

僕は彼のことを信用していた。妹はあの人質事件以後は大事にされていたからだ。
もしまた彼が妹を傷つけるようなら、僕は彼を許さないだろう、それは確かだ。
けれどあれから長いこと妹は彼に信頼を寄せていたから、そんなことはないと思っていた。
あのとき、僕は親友の気持ちをもっと汲んでやるべきだった。今になってそう思う。
彼が素直に言葉で表すような人じゃないことを、知っていたはずなのに。


そんなやりとりの後、僕は久しぶりに家に帰ってきた。
ほのかはいつものようにオレに飛びついて、離れていて寂しかったと身体を摺り寄せた。
ずっと離れず、夜も一緒に寝るとごねて、両親に怒られたりしていた。
その晩、ほのかはこっそりと僕の部屋へと枕持参で忍び込んできた。

「お兄ちゃん、久しぶりだから一緒に寝ようよ。」
「あきらめの悪いやつだなぁ。・・まぁいいか、おいで。」
「うんっ!」

久しぶりに横になってみると、以前と違うことに気付いた。
妹は随分柔らかくなっていて、僕の知らない良い匂いがした。
シャンプーかな?とか思いながら、そのぴたりと寄せられた肌に少しどぎまぎした。
おいおい、妹だぞ!と落ち着こうとした。動揺したことがなんとなく後ろめたくて。
新島が変なこと言うからだ。これが美羽さんだったら、なんて思ったらタイヘンだ。
動揺なんかでは済まないだろう。美羽さんのおかげで少し冷静を取り戻すことができた。

「お兄ちゃん・・」
「なっなんだい?」
「ほのかお兄ちゃんが大好き。」
「あ、ありがと。どうしたんだ、くっついて甘えっ子だな。」
「だってさ、お兄ちゃんは最近冷たいんだもん。」
「冷たいって・・」
「そんなにムチ・・あの人のこと好き?」
「う・うん、ごめんな。」
「そう・・ほのかより好きなんだ・・」
「オマエと比べたりできないよ。家族で一番ほのかが好きだよ?」
「・・・うん・・ありがと、お兄ちゃん。」

ほのかは寂しそうな声だったが、そう呟くとオレの腕にしがみついて眠った。
さすがに変な気は起こさなかったが、僕は妹が以前より心配になっていた。
僕を好いてくれてるのはいいけど、もしそのせいで嫁にもいかないとか・・あるかな?
まさかなぁ、とは思うのだが、久しぶりに見る寝顔のやけに長い睫毛が眠気を遮る。
あどけないが、しっかりと育っているらしい妹の密かな一面を垣間見たようで。
そういえば夏くんはほのかを妹じゃないとはっきり言ってたな、それなのに・・・
妹以上にも思っていないと彼は言った。どうしてだろう、なんだか気に掛かる。
けれど僕は眠気に負けて、それ以上は考えなかった。次の日にはもう忘れてもいた。

翌日僕の部屋で眠るほのかを母が怒っていた。僕もついでに怒られた。

「お兄ちゃんもほのかを甘やかさないのよ!」
「・・ごめん、母さん。」
「お兄ちゃんは悪くないよ、お母さんのばか!」
「ホントにもう・・そんなんじゃいつまでたっても彼氏できないわよ?!」
「そんなのいらないもん。ほのかお嫁にも行かないの、お兄ちゃんといる。」

僕はまた心配になった。ほのかが真剣に言っていたからだ。
学校へ行く途中、僕は妹に尋ねてみた。

「ほのか、谷本くん・・は好きじゃないのか?」
「なっつん?・・ほのかお兄ちゃんの方が好き。」
「そうか・・まぁその方が心配ないとも言えるのかなぁ?」
「心配しないで。ほのかは他に誰も好きにならないから。」
「!?・・・おいそれは・・・」
「行ってらっしゃい。お兄ちゃん、また帰ってきてね!待ってるよっ!!」

ほのかは僕に手を振りながら、自分の学校へと道を変えて駆け出して行った。

「・・やっぱり・・マズイかもしれない・・」

可愛い妹が他の男に夢中になるところなんか見たくはなった。だけど今のままでは・・
両親が心配するのも無理がないと思えた。ほのかは言い出したら聞かない頑固者だし。
僕は新たに生じた悩みを抱えながら、無意識に学校へと足を運んでいった。









「告白」第一話です。少し続きますのでよろしくお願いします!(><)