「ここにいろよ」 


朝起きると重苦しい空だったから案の定というヤツで雪は昼前から降り続いている。
そろそろほのかが来る頃だなと窓の外を見た。アイツのことだからきっとはしゃいでる。
上を見ながら歩いて何かにぶつかったり、足元を取られたりしないだろうか。
雪が嬉しいなんて子供じゃあるまいに・・・と今更なことをまた思う。
喜ぶなと言っても無理な話なんだからと思い直すのは浮かぶ笑顔のせいか。

「なっつーん!来たよーっ!!」

いつもよりやや乱暴な開け方をしてほのかが顔を見せた。
雪にはしゃいだためだろう、予想通り紅潮した頬と白い息を纏わりつかせて。
それらは良いとして、ほのかは頭を雪で真っ白にしているのが目を引いた。
傘をさすなどの当たり前の対応をどうして思いつかないのかと忌々しい。

「雪だるま、その頭や肩をちゃんと拭いてから入って来い。回れ右だ。」
「およ!?あ、ホントだ。髪濡れてるーっ!!」
ほのかは頭に手を当ててやっと状況を知ると、素直に洗面所へと回れ右をしていった。
タオルを頭にのっけたまま、ほのかはぱたぱたとスリッパの音を響かせてすぐに戻った。

「いやー、いつのまにこんなになったんだろう!?びっくりしたぁ・・」
「これだけ降っててなんで気付かないんだ。傘を持ってなかったのか?」
「持ってるよ。でも雪のとき使う?ほのか使ったことないよ。」
「・・・あのな・・・」
「それよりさぁ、なっつん、外へ遊びに行こうよ。」
「オマエ懲りてねぇな。この前熱出しただろうが。」
「あれは天候関係ないよ。雪のせいで風邪なんて引かないさ。」
「明日にしろ、多分積もる。」
「ホント!?なら明日にする。何して遊ぼうかなぁ〜!?」
「それよりオマエちゃんと拭いたのか?それ・・・」
「え?拭いたけど・・」

ほのかのタオルをぶんどって頭を押さえつけるようにして拭いてやる。
どう見たっていい加減な拭き方だ。まったく世話の焼ける・・・
「ドライヤー持って来ようか?」
「どっちでもいいからそれは自分でしろ。」
「するよ。頭ぐしゃぐしゃになったし・・・」
「ちゃんと拭かねぇからだろ!?」
「なんで今日みたいな日にご機嫌斜めなの?」
「オマエのせいだ。」
「ほのか何にもしてない!」

オレの八つ当たりのような文句にほのかが異を唱えるのは当然のこと。
自分でも不機嫌だと思えたからだ。雪なんぞ降るからいけない。
憮然とした顔のほのかだったが、しばし思案するような顔をすると、

「なっつんて寒いの苦手?もしかして雪のせいなのかい?」と尋ねた。
「・・・いいや。」
「はずれかぁ・・じゃあ何か面白くないことあったとか。」
「当てたって何もでねぇぞ。」
「ううむ・・寒いのならあっためてあげようと思ったんだけど・・」
「あっためるって・・どうやって?」
「あ、やっぱり寒いの!?ほのかが抱っこしてあげる。」
「・・いらん。」

オレの意向は無視してほのかがオレにぴたっと引っ付いてきた。
それはまぁいつものことで離せと言うのも無駄かと眉を顰めるにとどめた。
ほのかの身体は温かいとは言えなかった。どちらかというと冷たい。
外を走ってきて汗でもかいたのかもしれない。なのに身体を濡らしやがって。
不機嫌の原因はやはりほのかだと思い当たると、苦々しい気持ちを噛み締めた。
黙ってされるがままになっているオレにほのかがおかしいと思ったらしく、
押し付けていた顔を上げると、オレの顔を不思議そうに見上げて首を傾けた。

「なっつん?具合悪い?!寒気がするなら風邪かもだから寝なきゃ!」
「何勝手に決めてんだ。オレは寒いなんて一言も言ってないぞ。」
「だって・・ほのかが引っ付いても文句も言わないなんておかしいと思って・・」
「面倒だったんだよ。どうせ聞かねぇだろうが。」
「そうだけど・・何かヘン・・」

突然オレが抱き上げたので、ほのかは驚いてしがみつきながら目を丸くする。
暖炉の傍の長椅子のところまで行ってほのかを膝に乗せて腰を掛けた。
冷たい頬に自分の頬を合わせると嫌がるわけではないが、顔に”?”と浮かんだ。

「なっつんのほっぺあったかい。熱があるんじゃあ!?」

独り言のように小さく呟くと、オレの前髪をどけて今度は額同士をくっつけた。
熱を測ろうと思ったんだろう。しかしまたすぐに眉を寄せて考えている。

「・・・熱なんざねぇよ・・・」
「だね・・なっつんがオカシイ!一体全体どうしたんだい!?」
「オマエのせいだって言ってんだろ。」
「なんでさ!?」
「冷たい身体してんのはオマエだ。」
「ほのか?あ、そうか、だからなっつんがあったかいんだ!?」

やっとオレの不機嫌の理由の一端を引き寄せると、ほのかは相好を崩す。
オレの方は変らずに面白くない顔をしているだろうが気にすることもなく。

「心配してくれたんだ。ごめんね?」
「子供か、オマエは・・」
「なっつんはお父さんみたいだね?ありがとう。」

益々険しくなっているだろう表情を隠すことのない自分を哂う。
こんなにも真正直な行動を取っているなんて愚かにも程があると思うのに。
もう一度引き寄せて閉じ込めるように抱きしめてもほのかは抵抗しなかった。
寧ろ甘えるようにオレに手を回す。ホントウに父親みたいに思ってるんだろう。
このあからさまな不機嫌にどうして気付かない?態ととしか思えない。
少し力を入れると、きゅうと猫が鳴くような声が上がった。

「なっつん!ごめんってば。」
「何に対してだ?」
「えっと・・・お父さんって言ったこと。」
「へぇ、それが怒らせた原因だと思ったのか?」
「違った?あと心配かけたこととぉ・・それから・・なんだろ?」
「怒ってるってのはわかってるんだな。」
「怒ってるっていうか・・・悔しい?・・みたいな。」
「それで?」
「それでって・・ほのかどうしたらいい?」
「別に・・・今日はもうじっとしてろ。」
「・・・こうやって?」
「・・・・」
「ふへへ・・・二人して甘えっコだね!?」

ほのかはだらしないほど嬉しそうに笑うとオレにまたもたれかかる。
なんでそんなに幸せそうにしてるんだ。バカじゃないのか?・・オレも
くすくすと耐え切れない風に笑い声が聞えたと思うとほのかがちらりと見上げていた。

「何笑ってんだよ、バカみてぇに。」
「なっつんも嬉しそうじゃん?」
「オマエほどじゃねぇよ。」
「ぷくく・・・そうかなぁ!?」
「オレは笑ってなんかいねぇだろ!?」
「えー!?・・・まぁそういうことにしといてあげるよ。」
「むかつくガキ・・」

窓の外は相変わらず雪が降りしきっている。時間の感覚が鈍る。
ほのかが来てからそれほど経っていないはずなのにもう長いこと居るような気がする。
閉じ込めるように収めた小さな身体はもう冷えてはいない。そのことにほっとする。
寝ちまうかなという予想は外して、ほのかはオレに身体を預けたまま起きている。
困った様子もなく照れるでもない。いつもならこんなに黙ってじっとしている場合は・・

「・・・今日は眠くならないのか?」
「う?ウン。こうしてるといつもなら眠くなるけど・・」
「なんでだ?」
「なんでだろうねぇ?」

お互いにまた口を閉ざすと沈黙が部屋に立ち込める。静かだなと思った。
たまにはいいかと自分を誤魔化す。今日はなにもかも雪のせいなんだ。
素直だなんて言いやがったら頬を抓ってやろうと考えたがほのかは黙っていた。
おかしいのはオレだけじゃない。ほのかもそうだ。どうして眠らないんだろう。
心音はほのかのものも感じる。心なしか早いとも思えるが・・気のせいか?
ずっとこうしてると妙な気分になってくる。同じように感じたのかほのかが言った。

「ここが一番落ち着くとこだって思ってたんだけどさぁ・・」
「・・・ここってオレんちのことか?」
「んーん、なっつんの傍。だけどちょっと違うかもって思った。」
「落ち着かないってのか?」
「じゃなくてね・・・幸せ?っていうのかなぁ・・うまく言えないや!」

ほのかは珍しく照れた顔を見せると、「へへ・・まぁいいや。」と誤魔化した。
「オレは・・・少し寒いからここであったまってろ。」と思わず口にしていた。
「・・ウン。やっぱり寒かったのかぁ・・?」

穏やかに微笑んだほのかはいつもより少し大人びて見えた。
何故だか言葉に詰まってほのかの視線を受け止めたまま動けなくなる。
雪が音もなく静かに地面を覆い隠してゆくように、オレのなかにも降り積もる。
ほのかの笑顔や、色んな顔、そしてオレを見つめる瞳の奥にも同じくあるものが。
それらが染み込んで言葉を遮る。どちらともなく触れた所は最後の場所。
ひんやりとしたそこだけがおそらく名残りの冷たさだったんだろう。
やがてその冷たさが溶けるように消え去ると同時に離した。
触れて温度を変えた場所はまだ温かい。それは新たに胸の奥にも灯を点したようだった。
ほのかが確かめるようにそっと触れた箇所を指でたどる仕草が目に焼きついた。

「・・・雪・・止まないね?」
「・・だな・・」
「もっと降ったらいいのに。」
「雪だるまでも作りたいのかよ。」
「違うよ、帰れなくなるかも・・って・・」
「雪のせいにすんのかよ。」オレが少し笑うとほのかは紅い頬をして睨んだ。
膨れた紅いままの頬をかすめて耳元に囁いてみる。どうする?と問いかける。

「素直ななっつんって気持ち悪ーい・・・」と笑いながらお返しにと耳元に声が届く。
「ウン、いるよ。ここにいる。」それはオレがした問いかけの答え。

”ここにいろよ・・・・雪が止んでも”