恋になる前に 



私のこと妹と思ってる?
そういうことにしようとしてる?
そうだね、まだ恋人じゃないよね
今のままでもいいような
やっぱり物足りないような
もしかしてあなたもなんでしょ?!


「おい・・・」
「何?なっつん」
「ちょっと離せ。」
「突然どしたの?」
「いいからちょっと離せって。」
「ぶーっ・・・ちょっとね?」
いつも腕を組んでも嫌がらずにいてくれるのに
私は内心面白くなかったけど素直に離してあげた。
「もう今日は腕組むのやめろよ。」
「なんで!?ちょっとって言ったのに!」
「・・・おまえ、その・・下着・・着けてるか?」
「へ?ああ!そういえば今日は着けてないよ?」
「そんな清清しい顔して言うな・・・;」
「暑かったし、この服透けないから大丈夫さ!」
「とにかく腕組むのはやめろ。でなきゃもう今日は付き合わん。」
「ええ〜!?・・そんな嫌がらなくていいじゃんかー!」
「煩い。」
「・・普通喜ぶとこじゃないの?」
「ませガキ!おめーには早い。」
「だってやだよ、はぐれたら困るし。」
「言うことをきかんのなら帰るぞ。」
「わかったよ、なっつんの意地悪。」
珍しくなっつんは本気モードだったから渋々引き下がった。
土曜の午後の街は人ごみで恋人同士は皆引っ付いてるのに。
だからほのかも負けじとミニスカートとかで気合を入れたのに。
「腕組んで歩きたかったよぅ・・!」
「暑いんだろ?それからさっさと用を済ませろよ。」
恨みがましく上目遣いで睨んでもだめで、今日は機嫌ななめ。
「じゃあさ、早く済んだらなっつん家で・・」
「今日はだめだ。送ってやるから帰れ。」
「え?!昨日は寄ってっていいって言ってたのになんで?!」
「用ができた。」
「うそだぁ、そんなの!がっかりだよ・・」
私は本気で落ち込んじゃった。どうしてなっつんは怒ってるんだろ?
「じゃあさ、買い物は今日あきらめるからその分ちょっとだけおうち・・」
「だめだ。」
口調は淡々としてたけどなんだかいつもと違って不機嫌で。
私のわがままなんていつものことだし、いつだって許してくれるのに。
なんだかモヤモヤして涙が出そうでつい言ってしまった。
「もういいよ!ここでバイバイ!!ほのか帰る。」
そんなつもりはなかったのにそう叫んでくるっと向きを変えて走り出す。
こんなわがまま言って嫌われたくないって心ではそう思うのに
どうしてかいつもと違うなっつんが悔しくて悲しくてたまらなかった。
気持ちは急いでいても人ごみで思うようには進めない。
その上変な男たちが近づいてきて通せんぼされてしまった。
「彼女ー?なんで泣いてるのー?」
「ねぇ、俺らと遊ばない?」
「遊ばないから、通して!」
思いっきり強く言ったつもりだったけどどいてくれない。
「そんなこと言わないでさー!」
「しつこい男は嫌われるよっ!!」
私の言葉に少しむっとした男の一人が私の腕を掴んだから驚いた。
「怒っててもカワイーなぁ!ほら、行こーぜ?」
「痛っ!やだっ、離せっ!!」
強引に引っ張られた途端、視界が遮られふっと腕が軽くなった。
「うわっ!!」悲鳴はほのかを掴んだ男から聞えたみたい。
目の前にある大きな背中は・・・なっつんだ!!
「痛てーっ!な、何すんだよ、お前!!」
よくわからないけど私を掴んでいた男が地面にへたり込んでた。
なっつんごしにのぞくと二人いた男たちは青い顔になってた。
なっつんは何も言ってないのに慌てるように去っていく。
なんだかすごく怖いものでも見たような感じだった。
顔は見えないけど私にはなんとなくわかった。
さっきとは全然違うけど、なっつんはすごく怒ってるんだ。
闘ってるときみたいな顔になってるのかもしれない。
声を掛け辛かったけど、勇気を出して言ってみた。
「・・なっつん、ありがと・・」
なっつんがなかなか振り向いてくれないからどきどきした。
「送るって言っただろ。」
「う、うん・・ごめん・・;」
意地を張ったことをちょっと後悔した。助けてくれて嬉しかった。
「あの、わがまま言ってごめんね!だから・・」
「用を済ませるのか、それとも・・オレん家か?」
なっつんはまだこっちを見てくれてないけど心が一気に軽くなる。
「なっつん家!一緒にお茶飲も!?」
すごい大きな溜息の後、ゆっくりとなっつんが振り向いくれた。
困ったような、ほっとしたような、でもほんの少し嬉しそうな表情。
「少しだけだからな。」
「うん!!」
私はきっとものすごく幸せな顔で笑ったと思う。
「・・・」
なっつんはどうしてか苦笑いをして私の頬をつんと突いた。
嬉しくてついいつものように腕を組んでしまったら、驚かれて
「今日は、すんなって!!」
「あ、ごめん。だって、癖なんだよ。」
「年頃の娘持った父親みたいで嫌になるな・・」
「なっつんがほのかのお父さんなんてやだ!なっつんは恋人がいいよ。」
「ガキのくせに。・・・恋人なんて欲しいのか?」
「恋人ならなっつんがいいって言ったの!だめなら要らない。」
なっつんがまた困った顔をした。いけないことなんて言ってないと思うけど。
「なっつんは?恋人、欲しくない?」
「おまえみたいな手のかかる奴が傍にいたら無理だろ。」
「ほのかが恋人になってあげるってば!」
「おまえが・・ねぇ・・?」
「なんでよ、もっと胸大きくないとダメ?どうしたらなれる?」
もしかしたら答えをさがしてるのかもしれないなっつんは黙ってる。
「恋人が欲しくなったら考える。」
「今は欲しくないってこと?」
「不満なのかよ。」
「うーん・・・じゃあ今のほのかはなっつんの何?」
「何って・・・」
「友達?妹?恋人候補?」
「・・こんなとこ突っ立ってないで、行くぞ。」
いきなり会話を切って、なっつんが背を向けて歩き出した。
追いかけるように後ろ姿を見つめてついていく。
答えを出してはいけないんだろうか?わかんなくて考え中?
腕を組みたいなぁと思いながらなっつんの少し後ろを歩いた。
恋人ならなっつんがいいけど、今の二人が嫌なんじゃない。
どこがどう恋人と違うのか実はよくわかんないんだ。
だってなっつんにいつも逢いたくて、逢えば楽しくて、
もっと逢いたくて、とにかくいつも特別で・・・
だからなっつんは?って訊いてみたかったのかな。
恋じゃないの?知らないけど、こんな特別はそうじゃないの?
なっつんの特別は私がいいの。そうでなきゃ嫌なんだよ?
ぼーっとそんなこと考えながらついて行ってたら背中にぶつかった。
「わ、いきなり止まるから!」
「着いたんだが?」
「あり、もう?・・早ーい。」
「ボーっと歩いてるからだ。」
「悩みの多い年頃なのだよ。」
「そーかよ・・」
門を開けるなっつんにまた一つ尋ねてみた。
「今日はなんだか怒ってたけど、なんで?」
「・・・怒ってねぇ。」
「えーっ!?絶対いつもより機嫌悪かったよ。」
「おまえのその短いスカートのせいだよ。」
「え、どういうこと?」
「人の多いとこでそんなに脚とか肌を出すな。」
「ほのかの格好が気に入らなかったの?!」
「・・・まぁ・・」
「えー・・・?じゃあ家に来ちゃダメなのはどうして?」
「・・・」
なっつんはまた黙っちゃったので私も黙った。
どうしてかなっつんは困ってる。そんな顔されちゃ仕方ない。
「いいよ、もう。機嫌直してくれたから。美味しいお茶飲もうね!」
そう言ってなっつんを玄関まで引っ張って行った。
ドアの前で突然なっつんがほのかを背中から抱きしめた。
びっくりした。なんで?!
なっつんの髪がほのかの頬に触れてくすぐったい。
しばらくそのまま動かなかった。そのうちそうっと身体が解放された。
なんだか寂しかった。もう少しそのままでいて欲しかった。
「おまえを恋人にはしたくない・・いまはまだ・・」
なっつんはやっぱりずっと答えを探してたのかもしれない。
ちょっと寂しかったけど、「うん・・わかったよ。」って言ったの。
「だけど・・他の誰にも触れさせたくない」
とても苦しそうに言うなっつんがなんだか可哀想だった。
「うん、わかったよ。」私は同じ科白を繰り返した。
そして私から手を伸ばして大きな身体を抱き寄せる。
「ほのかはまだ恋人じゃなくていいよ。それと誰のものにもなんない。」
なっつんはちょびっと驚いたように目を丸くしたのが可愛かった。
私もにこっと微笑んで言ったの。「いつかなっつんのものになるの。」
「それまでは誰のほのかでもないから安心していいよ?」
なっつんはとても綺麗な微笑みを浮かべてくれた。見惚れちゃったよ。
「でもさ、予約しといてよ!なっつん。」
「予約・・?」
「まだだけど、もうなっつんのって決まってるからって。」
「どうすりゃいいんだよ?」
「チュウってして、どこでもいいから。」
私は目を閉じて背の高いなっつんのために顔を上げる。
少し迷ってるみたいだったけど、そうっとなっつんが降りてくる。
どきどきして身体が宙に浮きそうだったけど大丈夫みたいだった。
おでこかな?どこかな?ってそれも気になったけど、我慢ガマン。
触れたのは右の目蓋の上だった。意外だな。
でも思ってたよりずっと気持の良い感触だった。
なっつんの顔を見たかったから目を開けた。
そしたらくちびるがぷるっと震えたので驚いた。
「え?」目を丸くして今のは何だったのか考えた。
「お茶はオレが淹れるから、飲んだら帰れよ。」
いつもとおんなじなっつんの顔と声がしたから夢かと思った。
「あれ〜?!・・・」一瞬でよくわかんなかった・・・
「ほら、何してんだよ。」
なっつんの声に促されて玄関のドアをくぐる。
「ねぇ、今・・なっつん!」
私をおいてどんどんと台所へ向かうから追いかけた。
「待って、待って!ねーってば。」
追いついて腕に捕まったら「うわ!」って驚くからこっちも驚いた。
「今日は腕にしがみつくなって言ったろ!!」
「あ、そっか!でもなんでそんなにびっくりするのさぁ!?」
「・・・うっさい。どうでもいいから離れろ。」
「わかんないんだもん、ねぇ、さっき・・」
「いんだよ!もう。訊くなよ!!」
「ええ〜!教えてよ、なっつんのケチ!」
「おまえはもう、外見ばっか成長しやがって・・!!」
なっつんが顔を赤くしてる。えへへこのなっつんは好き。
「まあいいか。予約してもらったしね。」そう言ったら、
「・・・だから慌てんな、そのうちわかる。」だって。
「うん。そいでさぁ、なっつん。」
「なんだよ?」
「いつまで待ってれば恋人にしてくれるの?」
なっつんは答えてくれなかった。手で顔を覆って溜息吐いて。
だってさぁ、失礼だよね?!あんまり待たせるのって。