コドモのふりをして  


それはほのかのよく使う手、常套手段だ。
自分ならば許されると思っているのなら
正解ではあろうともイラッとさせられる。

柔らかい手や体を振り解くことは簡単だ。
我侭も無視したところでどうとでもなる。
イラッとさせられるのは下心があるから。
ほのかにあったとしてもそれはいい。問題なのは
下心でたっぷり浸されている俺自身の方なのだ。


「・・・なっちぃ・・?寝ちゃった・・!?」

ほのかの声が2段階ほどボリュームを落とした。
様子を窺いつつ息を潜め、微かな呼吸が耳を擽る。
小さな手が俺の前髪を除けた。声は既にミュートだ。
じっとしているのは動けないせいと俺への気遣いで。
ありがたく受け取って無意識を装った腕で引き寄せる。
少々狼狽したようだ。それほど力は入れてないのだが。

「なっちってば・・コドモみたいだね。カワイイv」

態とだ。聞えているか試してるんだろ?ばれてるぜ。
一ミリも動かない俺に吐息が掛かった。実に他愛ない。
ほのかの膝は柔らかくて一瞬眠気を誘い込むのだが、
眠ってしまうことはない。熱を持った重なった部分と
そこから伝わる僅かな緊張。優しく撫でる手の途惑い。


ほのかはおそらく、母親に倣って姉のふりをしている。
そして俺は子供時代に体験しなかった感覚を学習しつつ
明らかに母でも姉でも妹でもない女の膝にこっそり甘える。
ぎこちなさが嬉しい。この膝はもう俺のものだと思いたい。

あまり長い間となると重みで足は辛いだろう。あと少し。
俺の心配が積もる頃と、ほのかが舟を漕ぎ出すのは競争だ。
じっと待っているとほのかの手が俺の頬近くへ落ちてくる。
その手を掴む。ほらな、反応がない。眠ってしまったのだ。

小さな指を抓んでみる。ふっくらとしている柔らかい女の手。
うまそうだなと思い、唇を触れさせてみるが動くことはない。
演技なら大したものだ。起こしたい、いや起こしたくないが

「ほのか」

誘惑に負けて呼ぶ。ぴくりとしたが返事はない。すると代りに
ぱたりとほのかの顔が下りてきた。ゆっくりと支えて身を起こす。
位置を入れ替え、俺がほのかを膝抱きにしてソファに座りなおす。
コドモのふりでなく本当にあどけない顔をして眠っているほのか。
すうすうと安らかな息と鼓動。飽きず眺める様は父親か兄だが、
知っているんだろう?そうじゃないことくらいとっくの昔に。

長い睫を掠めて頬に唇を載せると、ようやく反応した。遅い。

「・・あれ・・?なっちが起きてる・・」
「寝惚けてんな、俺は寝てなんかいないぞ。」
「ウソ!?寝てたよ、寝たふりしてたの!?」
「狸寝入りはお前の専売特許だろ。してねぇよ。」
「え、それってどっち!?起きてたの、寝てたの?」
「さぁな」

コドモのふりは俺の方。大人のふりも俺、騙される方がバカなんだ。
騙されてもいない、大人でもコドモでもないほのかは俺の目を探る。
これからもずっと騙されず、穢されないままそうしていて欲しい。
こんな俺の偽りにも欺きにも目もくれず、見つけてくれたお前だけが。
真直ぐな視線は俺の芯を心地良く刺す。届かないはずの水底に差す
一筋の光のようだと思う。こちらからは引き込むことはできない。
ただ待つだけだ。光の差さないここは暗い闇の底と同じ。

「まぁいいやどっちでも。もうちょっと抱っこしてて。」
「・・・まだ寝るのか?」
「ううん、目は覚めたよ。なっちに甘えっこするのだ。」

くすぐるように髪を擦りつけ、ほのかの頬が胸に押し付けられる。
極楽なんだか地獄なんだか、要するに捉えかた次第ってやつか。
愛しさに身を任せば幸福でいられるし、足りないと欲せば落ちる闇。
試しているわけじゃない。誘ってもいない。なんと得がたい生き物か。

「いつもみたく撫でて?」
「・・・こうかよ。」

くせのある髪に指を沈めると微かに香る花の匂い。目を細めると
ほのかも気持ちよさげに目を閉じている。平静そうに見えるが
俺ともう一つの鼓動も少しずつ速度を増しているんだ。そうだろう?
まるで・・こんなのはまるきり・・・男女のソレじゃないのか。
口付けていなくても、触れ合って互いに高揚して。幸福そうに。
額に額を当てると俺は目蓋を下ろした。この手に感じるほのかを
日向にいるコドモのように満喫したいんだ。幸福そうだはおかしい、
幸福そのものだ。この幸福を手放したくない。失うのは死に等しい。

「へへぇ・・・・しあわせだぁ〜!」

声が体に染み込んでいく。最早細胞の一つ一つまでもが
ほのかなしには生きられないと訴える。一斉に、一様に。
感慨に耽っている俺の服の端をほのかが抓んで引っ張った。

「なんだよ。」
「ねぇ、ちゅーしよ。」
「しねぇよ。」
「なんで?!」
「そんなもんで足りるか。」
「むぅ・・じゃあねぇ・・」
「要らんからな。」
「まだ何も提案してない!」
「だからするな。却下だ。」
「ケチ」
「悪いか」
「悪いよ」

目を開けるとほのかは膨れ面で俺の服ではなく顔を引っ張る。
髪もそうして、動じないでいると噛み付いてくる。負けるかよ。
俺も噛んでやりたいのだが耐える。エスカレートを期待して。
案の定だ。ほのかは無理矢理唇を押し付けようとしてきた。

「こうなったらほのかが奪うしかない!大人しくしなさい!」
「俺からしてほしいって言えよ。素直なんだろ、俺と違って。」
「・・・してくれるの?ホントにぃ〜!?」

思い切り顔を顰め口を歪ませる。にくったらしい顔だ。可愛い。

「やっぱやめだ。」
「ほらね、こっちこそやっぱしさ。」
「そうだな、なら」
「お、なっちから提案かい?!」
「他の野郎に盗られても困るから実際鍵掛けて取っときたいんだが・・」
「口?あ、ほのかを?!」
「ベタで悪ぃが、お前が16になったときにするか?」
「16・・ふんふん、お嫁にももらってくれるのかね?」
「慌てんな。一応それもありな年齢だしな、お互いに。」
「誕生日かぁ・・で、どこで?!」
「どこにすっかな」
「ハイハーイ!なっち、ならあそこ行こうよ、ベタベタだけどさ!」
「前に行ったとこか?・・あ〜・・わかったぞ、あそこだな。」
「そうそう、ベタだけど一度はしときたいじゃないか、ねっ!?」

『前に二人で乗った観覧車』

二人の声が重なった。デートのつもりはまだまだなかったあの場所だ。
俺もほのかもコドモで、そこではしゃいで恋人同士のふりをしていた。
いやコドモだったから、そんな関係だとかは気付いてなかったんだ。
だから今度はそんな二人であることを確かめる為に行くのもいい。

「天辺でだよ。わかってるかい!?」
「ベタ過ぎてちょっと嫌になってきた。」
「そうかなぁ・・海でも山でもいいけど」
「そういや俺は大抵お前と初めての場所へ行ってるな。」
「!?・・嬉しいこと言うね。そうか、そうなのかぁ!」
「嬉しいか、そんなことが?」
「ほのかも初めてをいっぱいあげたいよ。」
「・・・その言い方はマズイぞ、そういうつもりじゃないんだろうが。」
「え?・・あっ・・なっち!めっ!!やらしいなぁ、ちみは!!」

当りだ。バカだな。わかってるさ、そんなこと。わかんねぇやつ。
そんなつもりでないことも。たとえそうでも叶えてくれそうなことも。

「浮気すんなよ。うっかりも許さねえからな。」
「それって女の台詞だよ。ちみに言われたくないね、モテおのくせに。」
「俺はそんなにモテてねぇ。皆騙されるからな。お前だけだ、知ってるの。」
「ああ、なっちの困ったとことかダメなとことか、甘えっこなとことか・・」
「多いぞ!ただの悪口じゃねえかよ、それ。」
「違うもん。ほのかだけが知ってるって自慢してるんだよ!?」
「おっまえ・・16までもたねぇからあんまそういうこと言うな!」
「??・・別にいいじゃん。」
「よくねぇよ。」
「女のこみたいに細かいね、ちみって。」
「ホント腹立つな、お前は。」
「ふふん、ほのかだけならいいじょっ!」

偉そうに胸を張るほのかに軽い鉄拳をお見舞いしてお返しと頬を引っ張る。
二人が年齢も何もかもをクリアしたら、色々楽しいお返しだって待ってる。
下心は寝かせておく。まだ当分は苦い想いにも甘んじて修行を積むさ。

「お前は自分が思ってるほど可愛くなんかないぞ。」
「知ってるよ。なっちがめんくいでなくてよかったじょ〜!」
「わかってねぇ。お前が一番可愛いって思っていいのは俺だけなんだからな。」
「・・・めんどくさいひとだね・・;ほのかじゃないと面倒みきれないよ。」
「なんだ、わかってんじゃねぇか。そういうことだ。」
「!なるほどなるほど〜!?」

ほのかはしたり顔で手を打って感心した。面倒な俺と単純なほのか、
”お似合い”ってやつだなと大いに得心して俺も同じように頷いた。







思うんですが・・彼が素直になったら非常にあつ苦しいことですねv