きみの手 


 大きな手が好きだ。お父さんの手は細くて長い。
大きくはないけれど、骨ばったおとこのひとの手だ。
お疲れのお父さんの手をお母さんが揉み解すのを見て
わりと小さな頃から見真似てやると、とても喜ばれた。

 お兄ちゃんはあまりさせてくれない。お父さんと違って
優しい手はお母さんに似ている。植物をいじる様子が
見ていて心地よい。なので大きな手でなくても好き。

 おんなのこの手もお母さんの手も好きだ。動く手は綺麗。
もしかするとおとこもおんなも関係なく好きかもしれない。
つい目線がいったりするからだ。その人は大きな手だった。

 「・・ガキ、何を見てやがる?」
 「ほのか、だじょ。おっきい手だね、熊のおっちゃん。」
 「・・それほど毛深くはねえ。」
 「いまはやりの熊モーさんみたいだもん。かわいいね。」

 誉めてあげたのにその人は驚いたように目を見開いた。
その仕草はよく知っていてなんだか親しみが増してきた。

 「クマおししょー?くまちゃん?えっと、クマしーふかな?」
 「妙な呼び方をするな。」
 「だってなっちみたいに『シフ』っていいにくいんだもん。」
 「お前の師父じゃねえ。うるせえガキだな。」
 「ほんとに似てる!クマしーふはなっちとそっくりだねえ。」
 「ボウズとどこが似てる?デカイ目でちゃんと見えてるか?」
 「あのね、仕草とかしゃべり方も。それになんか雰囲気が。」

 なっちとクマしーふは親子みたいだ、と言ったらなんだか
困った顔をした。ほら、そういう反応もおんなじなんだけど。
うれしくなったので大きな手をとってもみもみとマッサージした。
お父さんみたいに喜ぶかと思ったら眉間にものすごい皺ができた。

 「なんの真似だ、ガキ。」
 「キモチよくない?お父さん喜んでくれるよ。」
 「・・・俺は親父じゃねえ、やめとけ、ガキ。」
 「いいからいいから、なっちのしーふならほのかの身内さ。」
 「てめえは・・ボウズの身内じゃねえだろう。」
 「似たようなものさ。だからエンリョするでないよ。」

 クマみたいなおひげのしーふは呆れ顔をした。それも同じ。 
不思議だなあ、お兄ちゃんと師匠たちはあまり似てないのに。
なっちとしーふも見た目はあんまり似てない気もするけど。


 「なにをしてんだ!!」

 
 びっくりして振り向くとなっちが怖い顔をして立っていた。
もみもみしてあげてるのと言うと眉毛を吊り上げた。なぜだろう?

 「なっちもしてほしいの?しょうがないなあ、後でね。」
 「そういうこといってんじゃねえ・・!」

 「ボウズ、このガキにいつもこんなことさせてんのか?」
 「さっさせてねえよ!馬鹿か。ほのか今すぐやめろっ!」

 「なんでえ?ほのかなっちもしてあげるよ、どこでも。」
 「どっ・・なにをいいだすんだ、この阿呆!」

 なっちがうろたえたのを見てクマしーふは笑い出した。
それで余計になっちが怒ったみたくなった。これは困ったときの
最上級で、なっちはしーふの前だとますます子供みたいになる。

 「クマしーふもだめだじょ、笑わないの!」
 「俺に命令するつもりか。」
 「命令ちがうじょ、大人は子供をからかっちゃだめなの。」
 「ほう、そう教わったか。」
 「子供はそれされると嫌なんだじょ。めっ!なんだから。」

 ちょびっと恐い顔をしてお母さんみたいに叱った。そしたら
さっきよりもっと笑われた。おかしいな、叱ったんだけどなあ。
もしかしてこんなところもなっちとおんなじなのかもしれない。
ちゃんと叱られたことがないのかな。なんとなくそんな気がする。
優しくしーふの頭をなでた。叱った後なでるのはセットだからね。

 しーふはなっちが初めてそうされたときの表情を浮かべた。

 「よしよし、いいこね。」思い切り優しくいってあげる。
するとやっぱりだ。泣きそうな目をするのだ。親子じゃなくても
この師弟はどっちもなんてかわいいんだろう。だいすきになった。

 「このガキに・・負けたんだろう、ボウズ。」

 なっちに向かってそう尋ねたけど、答えはなかった。ただ
しーふにはわかったらしい。頷いていた。師弟で通じるものが
あるって師匠達の誰かに聞いたことがあるからそうなんだろう。
 
 立ち上がったクマしーふはほのかの頭をぐりぐりとなでた。
大きな手だ。安心する。手はなっちとずいぶん違っていてごつごつ
していて硬かった。だけどなで方は一緒でとっても優しいの。

 「弟子にしてやってくれ、俺はもう十分だ。」
 「そうか、じゃあまた今度ね。クマしーふ!」
 「・・その呼び方だけは勘弁しろ・・」
 
 しーふはどこかへ行ってしまった。修行は終わったのか訊くと
気紛れなしーふはいつくるとも去るとも決まっていないといった。

 「さびしいね、だいじょうぶだよなっち、また来てくれるさ。」
 「お前がそういうなら、そうかもな。」

 よくわからなかったので首を傾げたがそれ以上なっちは言わない。
思い出してなっちの手もマッサージしようとしたのに、さえぎられた。

 「どうして?」
 「いまはいい」

 しーふが出て行ったのがそんなに辛かったのだろうか。なんだか
いけないことでもしたみたいに胸が痛む。なっちがさびしそうで。
だから首にしがみつく。ほのかはここにいるよ、好きなだけいるから。
そんな風に一生懸命祈る。なっちがさびしいとほのかもさびしい。
途惑った手が背中をぽんぽんとたたいた。だいじょうぶというように。

 「なんでお前がそんな顔してるんだ?」
 「え、どんな?だってなんだか・・・」
 「泣きそうじゃねえかよ、ばかだな。」
 「う〜ん・・なんでだろ、変だねえ。」
 「俺は大丈夫だ。お前もいるし、師父もあれで結構役に立ってる。」
 「そんな言い方だめだじょ、おししょーさんは尊敬しなくっちゃ。」
 「・・尊敬ねえ・・」
 「ああ、なっちはちゃんとしてるか。言い方がよくないのだよ〜。」
 「口が悪いのは師父譲りだ。」
 「やっぱりい!そうとみたのだ。」
 「えっらそうに・・お前らしい。」
 「よかった。なっちが笑ったじょ。」
 
 ほっとして浮かべた笑顔にまさかのごほうびがきた。ほっぺちゅうだ。

 「珍しい。ほのかなんかよいことしたかい?」
 「さぁな。」

 うれしそうな顔になったら胸がすっかりあったかくなっている。
きっとほのかもうれしい顔になってる。だからなんだね、なっち。

 その日はもっと珍しいことにしーふの悪口を聞かせてくれた。
悪口はまるで自慢してるみたいだ。おとこのこって素直じゃないね。 
ほのかはお母さんみたいにそうなのって顔になってなっちを見詰めた。
 
 ぽっかりと浮かんでいた帰り道の月。おおきくて遠くてあったかい。

 「なっちー、クマしーふってお月さんみたいだね!?」
 「月・・ま、そうかもな。」

 なんとなく伸ばした手は触れて繋がった。うれしくて振る。
お月さんのしーふが空からなっちとほのかをみて笑った気がした。







わー!初師父&なつほのです!!なんだか嬉しいです!
※9/28 数箇所改稿しました。ごめんなさい。><;