きみはともだち 


 お父さんと伯父さんは将棋仲間だ。たまにだけれど。
近所にも将棋仲間がいて、時々集まったりするらしい。
男は男同士、女は女同士が一番ね、なんてお母さんは言う。
そういうものなのかなと思い、私は問いかけてみたのだ。

 「じゃあさ、なっちもお兄ちゃんといるほうがいいの?」
 「あらら、やきもち?!ふふ・・どちらになのかしら?」

 お母さんは目をキラっと光らせた。そうじゃないと告げて
真面目な顔を向けるとイタズラっ子な目の光が元に戻った。

 「どっちかがいいなんてことあるわけないじゃないの。」
 「お母さんさっき男は男同士、って言ったじゃないか。」

 「それはね、」と穏やかな笑顔でお母さんは語る。
 「打ち明け話なんかはそのほうがしやすいものでしょ?!」

お母さんはまたどことなくイタズラっ子な目になって言う。

 「お父さんはお母さんといるときだって好きだと思うわ。」

そう付け加えると自信たっぷりで優雅に片目を瞑ってみせた。
なんとなくわかったと答えるとお母さんは楽しそうに笑った。

 「ほのかもお母さんみたいに余裕たっぷりになりたいな。」
 「なれるわよ。随分弱気なのねえ・・夏君最近忙しいの?」
 「ほのかといるのが嫌になったなんてことないよねえ?!」
 「あらあら、そんなことはないでしょう。」
 「毎日押しかけすぎて迷惑に思ってしまったのかもだし。」

 お母さんはほのかを抱きしめた。「この子ったら!」

 「お母さんが妬いちゃうわ。夏君のことそんなに好き?!」
 「だってお友達だもん。会えなくなるとさびしいでしょ?」
 「お兄ちゃんと会えなくても最近寂しいって言わないわね。」
 「それは・・」

どきっとした。お兄ちゃんが家に居ないことに慣れてしまって
お母さんに言われるまで寂しいってこと忘れてた。それだったら
いつかなっちともあんまり会えなくなって、それが当たり前になる
のかなあ!?そうだったらどうしよ。もしかしてもしかしたら・・

 「やだよう・・お母さん・・ほのか・・さびしいよう!!」

涙が自然とこみあがってお母さんにしがみついた。いつもなら
それで鎮まる不安がちっともなくならない。余計不安になった。

 ”なっちい!どうしてこのごろあんまり会えなくなったの?”
 ”会いたいよう!なっちは会いたくないのじゃないよね!?”
 ”なんでだろう?どうしてこんなにさびしいって思うんだろ”

ほのかにはお母さんもお父さんもいて、学校にも友達がいる。それに
梁山泊に行けばお兄ちゃんや美羽やお師匠たちがいてさびしくない・・
はずなのに。なっちと会えないのだけがこんなにさびしいなんて変だ。

 「心配なら電話とかそうだ、お手紙書いてみたらどうかしら?」
 「お手紙・・そういえばほのかからほしいって言ってたっけ。」
 「手書きのお手紙ってお母さんも好きよ。」

お母さんの提案にうなずいて、その夜寝る前になっちに手紙を書いた。
書いてる途中で眠たくなったので翌朝完成させることにした。朝起きて
それを読み返すと、私はその手紙を握り潰してしまった。なんでって・・
夜はあんなに素直に書けたと満足したのに、朝見たらなんだかそれが
熱烈なラブレターみたいで恥ずかしかったのだ。会いたいとかすきとか。
結局学校へ行くまでに手紙は完成しなかった。学校でも考えたけどダメ。
宿題にして持ち帰った家でもやっぱり手紙はうまく書けないままだった。
くしゃくしゃにしてポケットに入れたこともそのうちに忘れてしまった。


 久しぶりに帰ってきたとお知らせをもらって駆けつける足は急いだ。
慣れた道を息を弾ませて走る。心なしか道端の花が綺麗に映る。そして
家主の居る家は居ないときと全然違っていて、なんだかあったかかった。
飛び込んだ居間では、数日振りに会う顔が変わらないむすっとした表情で
掃除機をかけていた。そういえばほのかも来て掃除しなかったので謝った。

 「留守中に来なくていいって言っただろ。それよりお前痩せてないか?」
 「え〜痩せてないじょ。ちみはちっとも変わっておらんね。よかった!」

疑り深い目で私をじろじろ見るのでちょっと困った。変に緊張してしまう。
会えて嬉しいからだろうか。なっちは掃除を終えてお茶にするかと言った。
私も手伝おうとしたけれどもうほとんど準備は出来ていると居間で待機を
命じられた。なんだかここは自分のうちみたいにほっとするから不思議だ。
私はすっかりさびしかったことも忘れてのんびりとそこでくつろいでいた。

 「美味しい〜!なっちの手作りも久しぶりだじょ。幸せだ〜!」
 「食えたら幸せとかお手軽だな。」
 「のんのん!なっちがいなくてつまんなかったんだからね!?」
 「そうかよ。すまんが明日も明後日も仕事だからな、来るなよ。」
 「えっまた!?・・・やっと会えたと思ったのに・・はぁ・・・」
 「そんなにしょげることねえだろ。誰とでも楽しく遊んでろよ。」
 「・・・なっちもしかしてほかに新しいお友達が出来たのとちがう?」
 「ねえよ。俺はそんなに暇じゃねえっての。」
 「ほのかとは遊んでくれるじゃない。暇じゃないのに。」
 「・・約束したからだ。」
 「約束しなくてもほのか来るよ?」
 「すっかり日課にしてるわけだ。」
 「会えないと物足りないんだもん。」
 「・・・・たんなる慣れだ。そろそろ・・」
 「なっち!?」

 急に舞い戻ってきた不安に目の前がゆがんだ気がした。
胸もドキドキしてきて、嫌な予感でつぶれそうになった。

 「イヤだ!」
 「まだ何も言ってねえ。」
 「嫌なこと言うんでしょ!?毎日来るなとか・・」
 「もう来るな」

一番聞きたくないことが耳に飛び込んだ。なっちの声はふざけていない。
本気だと一瞬でわかった。うっかりお茶を零したらしいけど気付かないで
立ち上がったままなっちの顔をじっと見ていた。引きとめ方がわからない。
今度は・・今度こそ会えない。最悪の予感が体をぐらぐらと揺らすからだ。

 「ほのか?」

目の前にいるのに遠くに見えた。よく見えなくて目を凝らすけどどんどん
ぼやけてしまう。涙のせいだったのだ。そうとわからず怖さで声も出ない。
そのうちになっちの姿が大きくなった。ほのかに近付いてきたからだった。
肩を掴んで少し揺らされた。それでやっと声がクゥと音を立て堰を切った。
しがみついてえんえん泣いた。ほのかをいらないなっちなんていやなんだと。

 「いらんなんて言ってねえだろ!?ほのか!!」

叫ぶような声が耳の近くでしたようだったけれど、自分の声に負けていて
はっきりしない。なのでなっちもきっとイライラしたんだろう。と、思う。


 「・・・ひっく・・」
 「やっと泣き止んだようだな・・」

ものすごくほっとした声がはっきり聞こえた。そんなに大声で泣いてたかな。
ぎゅうっと抱きしめられた腕が苦しくてもがいたら、少しゆるめてもらえた。

 「いきなりなんなんだよ・・驚かせやがって・・」
 「あいこだと思うのだ。」
 「すっすま・・いやそのだから・・!・・すまん」

声はしゅんとなったけれど逆に腕には力が入ったので痛くて咽そうになる。
気付いて大丈夫かって・・わざとじゃないってことはよくわかったけれど。

 「ともだちでしょう?なっちとほのかって。」
 「ともだちでいろとかそういう意味なのか?」
 「こんなのってまるで・・好き同士だよね?」
 「ともだちを好きになったらいかんってのかよ。」
 「ありだと思う・・ほのかなっちがすきだ。」
 「うん・・」
 「お兄ちゃんとはなんだかちがうみたい・・」
 「俺も妹とは思えねえし・・困った。」
 「困ってた?いつから?!」
 「忘れた。」
 「ほのかは・・ほのかも忘れたかも。」
 「だからその・・これからここへ来るときはだな・・」
 「ああ!ちゅーとか覚悟して来るようにってことか!」

真っ赤っ赤な顔はくしゃくしゃになって泣きそうに思えたけど違った。
その代わりにまたぎゅうぎゅう抱きしめるから息が詰まって苦しかった。
長いことあったかい腕の中にいたので離れたとき寒いくらいに感じた。
なっちもどこかさびしいような顔に見えた。そしたらちょっと安心した。


 私たちはともだちだ。何日か前まではそうだった。いつからかは不明、
けどいまは確実にそれ以上らしい。さびしさは和らいだけれど会えないと
これからもやっぱりさびしいんだろうなと思った。私だけじゃないのなら
きっとさびしいと感じるのも大切なこと。私はもう負けないようにしよう。

 帰る間際に私のポケットから落ちた紙を拾ってなっちが目を丸くした。
あのくしゃくしゃにしたラブレターだと気付いて悲鳴が出た。取り返そうと
必死になったけれど返してくれなくって・・・なっちはいじわるだと思った。

 「やだきらい!返してってば!それちゃんと書き直すんだからあっ!」
 「なんでだよ!?俺宛なんだからこれは俺んだ。返すもんか莫迦め。」

 こんな弱みを握られるなんて一生の不覚だと思った。そう言ったのだけど
鼻で笑われた。なっちにしてみればこのくらいは小さな弱みなんだそうだ。
ほのかに一生の不覚を既に何度も取っていると変な自慢をされてしまった。
よくわからない。だけどなんだかとても幸せな気持ちになってさっきと逆に
私からその胸に飛び込んでみた。お返しにぎゅうっと抱きしめてみると
いい気持ち。もう一度キスをした。ちょっとごほうびあげすぎただろうか?
今日は”特別”だからねと言っておく。ともだち以上だからってともだちで
なくなったわけではないのだ。きみはともだち。そして特別にすきなひとだよ。







歯が浮く甘さって意識してそうしようとすると意外にむつかしいですよ!(笑)