「君でなければ」 


「好きだとなんでへっちゃらなんだろうね?」
「何の話だ?」
「ちゅーの話。なんとも思ってないと嫌なのにさぁ。」
「そりゃそうだろ?ってかほのか、お前・・してるのか?」
「え?キサラちゃんしてないの?」
「・・そんな相手いないし・・」
「そうなの?でもしてもいいな、くらいは思わない?」
「そうだなぁ・・あたしはそんなガラじゃないし・・」
「そんなこと関係ないじゃん。」
「そうかな?」
「そうとも。」

あたしより年下でそれも子供みたいな顔したほのかはそう言った。
そんなほのかの傍でいつも仏頂面している男の顔を思い浮かべた。
学校では王子だなんてバカな呼名でちやほやされてる谷本夏。
あいつはほのかの前とはまるで別人だ。あたしも王子はどうかと思う。
けどあんなスカした顔でほのかとそういうことしてるとはねぇ・・!
ほのかもちっともそんなことをしてそうにないのに意外なものだ。
そんなことしたいなんて・・思ったことが実はあまりない。
だが・・あたしのことをよく見てるあいつはそう思うのか?
あたしとそんなことをしたいと思うんだろうか。胸がどきんと音を立てた。

フレイヤ姐さまもあいつのことが・・好きだと言っていた。
なんであんなヤツがもてるんだろうな。・・確かにイイ奴だけどさ。
猫好きな男だから好感は持ってる。だけどそれだけだったはずだ。
第一あいつ他の女見ても顔赤くしたりして・・ほんとに好きなのか!?
なんて腹が立つときがしょっちゅうある。告られたわけじゃないけど・・
はっきりしないのは自分もそうだが、あいつだってそうだし。
むかむかしてきて憎らしいとさえ思う。ほんとに腹の立つ男だよ。

むしゃくしゃにはトレーニングに限る。汗をかいてすっきりした。
連合のトレーニングルームを出て何か飲もうと休憩所に入ろうとした。
そのとききっちり締まってないドアから二人の人物が見えた。
フレイヤ姐と宇喜田だ。何やってんだ・・って何か飲んでるのか。
あたしは思わず立ち止まっていた足を動かそうとしたが、そのとき

宇喜田の横顔と・・フレイヤ姐の顔が重なった・・ように見えた。
驚き慌てた様子の宇喜田の顔は赤く染まっていて・・嬉しがってる!?
なんでだよ!?あたしのこと好きなんじゃなかったのかと再び強く思う。
棒立ちになっていたあたしの前にフレイヤ姐がいつの間にかやってきた。

「・・キサラ。終わって休憩か?私はお先に失礼するよ。」
「・・あ、ああっ・・帰るんですかっ・・?」
「どうした?気分でも悪いのなら・・」
「イヤッ大丈夫!フレイヤ姐、お疲れさん!」
「ああ、お先。無理するなよ、キサラ。」
「心配いらないよ、フレイヤ姐。」
「そうか。じゃあな。」

扉の向こうに何の用があったんだったか・・?あたしは混乱した。
そんなとき、宇喜田が気付いて声を掛けてきた。いつものように。

「キサラ!?終わったのか。」

本当にいつもと変わりなく、その顔は親しげで嬉しそうだった。
その顔をみたら何かがプツンと切れた。気付いたらタオルを投げつけていた。
なんだなんだと慌てている宇喜田にあたしは言ってやった。

「宇喜田ァっ!あたしはお前にだけは絶対キスしたりしないからな!?」
「えっキ!?なっなに言ってんだ!?お前っ?!」

そうだ。何言ってるんだろう。驚く顔の宇喜田がおろおろしてやがる。
しかしその慌てふためいていた顔が突然真顔になった。
ゆっくりとあたしに近付いてくるから身構えた。なんなんだよ、コイツ。
怪訝なあたしが大柄なそいつの顔を間近で見上げると不思議にまた胸が鳴る。
何しようってんだと思っていたら宇喜田の大きくて無骨な手が肩に置かれた。

「したくなきゃそんなことしなくていいが・・なんで泣いてるんだ?キサラ。」
「泣く!?いつあたしがっ・・!?」

あたしは自分の手で頬を拭うと驚いた。濡れている。泣いていたのか。
何故泣いてしまったのか考えた。なんだか悔しいようなキツイ想いがして・・
フレイヤ姐にキスされて喜んでいたように見えた宇喜田が許せなくてそれで?
宇喜田はずっと肩に手を置いたままそれ以外には何もせずに黙って立っていた。
いつもの能天気なほど明るい笑顔が曇っていた。あたしを心配そうに見つめて。

「他の女に鼻の下伸ばしてるような奴にキスしないってんだよ・・」
「・・・・それ、いつの話してんだ?オレは誰にもされてないぞ?」
「しらばっくれんな!たった今っ・・フレイヤ姐とっ・・」
「ああっさっきのか!違う違う!フレイヤに内緒だと耳打ちされただけだ。」
「内緒ってなんだよ!随分親密そうじゃないか。」
「オレもびっくりしてよろけたんだ。言わないでくれるか?・・太ったんだと。」
「は・・?」
「キサラに言わないでくれって耳元で言われたんだよ。」
「そんでお前はそのくらいで顔赤くしてよろけたってか!?」
「驚くだろ!?普通。お前だったらもっとヤバかったぜ!」
「あっあたしがそんなこと・・するわけないだろっ!」
「そっそうか。それもそうだな。スマン;」
「いつまで触ってんだよ・・」
「あっすまっ・・悪い!思わずその・・」
「お前・・ちょっといい女だとすぐ・・」
「なァ・・キサラ、それって・・」

そこまで言って宇喜田は顔を赤らめた。それであたしも気が付いたんだ。
あたしはヤキモチ妬いてるのかって・・それでこんなになってるのか!?
バカみたいだ。このキサラさまが・・こんな醜態・・信じられない。

「そうだよっ!悪いかっ!!」
「っ!?」

あたしは飛び上がって宇喜田にキスをした。思いっきりぶつけてやった。
ざまあみろだ。驚いて宇喜田が見たことも無い間抜けな顔をしていた。
そして足で一蹴り入れてやった。体を折り曲げて宇喜田は崩れた。

「ちっとは反省しやがれ!この唐変木!!」

言い放つと同時に踵を返し走って帰った。喉の渇きなどどうでもよかった。
走って走って後ろで何か言ってたが振り切るように駆けていった。
家にどうやって帰ったか覚えていない。苦しい肺を抱えて部屋にへたり込む。
ほのかの言ったことを思い出した。そうだな、ちっとも嫌じゃなかった。
生まれて初めてキスをした。それもあたしからだ。見事なもんだと思えた。
男にそんなことされるなんて屈辱だとずっと思ってきたからだ。清々した。
された男もそんな風に思うかどうかは知らないが、とりあえずいいのだ。
奪ってやった。あたしを好きだとも言えないヤツに。どんなもんだい。
ははっと笑いが込み上げ、ひとしきり笑ったら、また涙が出てきた。

「バカ野郎・・あたしのファーストキス・・どうしてくれんだよ!?」

どれくらい泣いてたか忘れた。忘れて腹が減ったあたしは部屋を出た。
夕飯を作る気にはなれず、コンビニで何か買おうとマンションを降りる。
するとマンションのエントランスに大男がぼーっと立ってやがった。

「おいっ!んなとこに突っ立ってたら通報されるぞ!」
「キサラ!よかった。部屋までは行けなくてよ・・;」
「あたしが出てくるの待ってたのか!?バッカじゃねぇの!?」
「スマン、出てこなかったら行ってた。キサラに謝りたかったんだ。」
「お前なんか謝るようなことしたのかよ!」
「あ、間違えた。じゃなくてだな・・俺、俺はっ・・」
「おい、待て。こんなとこで・・ちょっとこっち!」

思いつめたような宇喜田に悪寒が走った。胸がどっきんどっきんいってる。
慌ててマンションの横の狭い隙間に連れ込んでしまった。宇喜田には狭い。
そこを抜けると少し広いマンション裏に出る。宇喜田をそこまで引っ張った。
なんとかたどりついて掴んでいた腕を離した。今日はなんて日だ・・!?
やれやれと思ってほっとしたのも束の間。宇喜田がいきなり抱きついた。

「っ・・なにすんだこのっ・・はなせっ!」
「すっ・・す・・・・・好きだっ!!!キサラ」

耳元で大きな声。鼓膜が破れるかと思った。腕を振りほどくと怒鳴りつけた。

「おっ遅い!知ってるっつの。そんなの!」
「遅くてスマン。それから・・ありがとう!」
「はあっ!?礼ってお前・・」
「おかしいか!?なんて言っていいか・・わかんねぇから・・」
「あたしは何も言ってない。勘違いすんな。」
「や、だから俺になんで泣いてるか教えてくれただろ?その礼だ。」
「え?そこかよ。」
「俺あんまそういうのわかんねぇし・・唐変木だしな。へへ・・」
「ぷっ・・変なヤツ。なんでお前みたいなのもてるんだろうな。」
「えっ俺いつもてたんだ!?あっお前!?そそっそういう?!」
「うっうぬぼれんな!お前なんてなァ・・キスくらいは・・平気だったけど・・」
「あ・・う・・ん・・俺・・どうすりゃいい?このまま好きでいていいか?」
「?!はっきりしろよ、この期に及んで!!」
「わかった。これからも好きだ。ずっと好きだ、キサラ。お前が。」

真直ぐに見つめて言えるんじゃねぇかよ、ちゃんと・・ああどうしよう!?
スキだって言いたくなってる。悔しくって言いたくないのに。どうすりゃいんだ!

「あたしだけだって言え。じゃないと言ってやらない。」
「え?・・お前だけだ。キサラ。・・こんでいいのか?」
「どこまでもお前は〜!?むかつくんだよっ!このアホウ!好きだよっ!」

声を張り上げてそう告げた。言ってしまったのだ、とうとう。
宇喜田は泣きそうな顔をして(ほんとにへたれだ)それでもあたしを抱きしめた。

「夢じゃないんだな・・」
「寝ぼけたこと言ってたら蹴るぞ!」
「ああ、もうなんでもいい。最高の気分だからな。」
「!?・・・お前・・たまに・・・」

たまにかっこいい。ごくたまにだけどな!言わない、そんなこと。
聞くなと一髪蹴りを入れておいた。痛がってたが笑ってた。バカだコイツ。
だけどそんなバカがかなり愛しかったから・・もう一度だけ・・囁いてみた。
そのあとで初めて合意の上でのキスをした。なかなか・・悪くなかった。
不思議だな。どうして好きだと平気なんだろう、こんなことが。
今度ほのかとじっくり話をしてみたい。そんなことを思った。







ウキキサ!また書いてしまった!!
でも楽しかったv(^^)
※11/25一部改稿しました。