「消えない花火」 


屋台、提灯、団扇に下駄の音、そして夜空に咲く花
人ごみに紛れて見え隠れする 漂う金魚のような連れ
笑顔が日中と違いぼんやりと浮かぶ 回り灯籠のように
何処かの異次元に迷い込んだ気になる 祭りの夜
少し遠出をしてやって来た とある祭りにはしゃぐ金魚の娘は
次々と目に付く物をせがんでは袖を翻し、オレの袂をくいと引く


「足、痛くないのか?」
「ウン、なっつんが鼻緒直してくれたから治った!」
「食ってばかりいたら腹壊すぞ。」
「そんなに食べてないよ?失敬な。」
「あ、ねぇねぇなっつん、アレ得意?」
「何だよ?・・・射的?」
「あれ取って、あの猫のぬいぐるみ!欲しいよう、なっつん。」
「・・・こういうもんは自分で取るのが楽しいんじゃないのか?」
「うーん・・・じゃあほのかはなっつんの欲しいのに挑戦してみるよ。」
「オレは欲しいもんなんかねぇよ!」
「あれは?あの青く光るおもちゃ!」
「・・それもオマエが欲しいんだろ・・」


小さな物とはいえ、ほのかが持っているとまるきり子供だ
「カワイイ」を連発しながら手のなかで猫のおもちゃを弄ぶ
細い腕の片方には光りを放つ輪が鈍く色を点滅している

「アレってあんまり簡単過ぎたねぇ、なっつんには。」
「・・まぁな・・」
「金魚すくいは?勝負するかい!?」
「・・オマエ得意なのかよ?」
「んー・・そこそこ、かな。」
「ふーん・・」


ついマジになって5回戦とか・・・大人げないことをした・・
コイツを舐めてたわけではないのだ、オセロのこともあるから
飼わないからと返した金魚が水に放たれるのを見て思い出した

”お兄ちゃん、可愛いね?!ありがとう、とってくれて。”

ひらひらと揺れる赤い尾を見つめ、妹は嬉しそうに笑った
大事に育てていた 金魚にしては長生きした方だろう
小さな墓の前で楓は泣いた 儚い命に惜しげなく涙を流し


「なっつん、気分悪い?顔色よくないね。」
「いや、別に・・オマエの方がヤバイだろ、あんだけ食ったら。」
「そんなに食べてないってば・・なっつんこそ食欲ないの?」
「オマエに付き合って結構食ったぞ。」
「そっか・・・あのね、花火もうすぐだよ!楽しみだねぇ!?」
「・・・金魚ホントに要らなかったのか?」
「ウン、だって1匹とか2匹とかだと寂しい気がするんだよ。」
「まぁ・・すぐに死んじまうしな・・」
「・・・あの金魚たちは丈夫そうだったよ、きっと長生きするよ!」
「・・・あぁ・・」
「いっぱいお友達と居た方がいいと思うし、ね、心配しないで?」
「ばぁか、何を心配すんだよ、オマエこそ何泣きそうになってんだ?」
「・・なっつんが・・・ううん、なんでもない・・そうだっ!ねっ花火見る場所探そ!?」


時折昔を思い出すと、ほのかは心配そうな顔をしてオレを見る
同情の眼とは違う、何か・・一生懸命に”大丈夫だよ”と伝えようとして
そんなに情けない顔をオレはコイツの前に晒したりしているのだろうか
たまに誤魔化すようにほのかのくせのある髪をくしゃくしゃと撫でる
その柔らかさが心地良くて 遠い日の思い出から今へと立ち帰るのだ


人並みを掻き分け、少し小高い場所を目指して歩いた
転びそうになるほのかの手を掴んで「慌てるな!」と戒めながら
「えへへ、ごめん」と頭を掻いて恥ずかしそうに手を握り返す
小さい手だといつも思う いくつになってもこのままだろうか

「なんか・・周りがかっぷるばっかりになってきたじょ・・」
「そうか?」
「こういうのは皆平等に眺めるべきだよ!」
「オレらみたいなのも居るからそんでいいだろ。」
「なるほど。」
「けど、ちょっとここらは鬱陶しいな・・」
「どうするの?」


オレはほのかの手を引いて、境内の裏面へ移動した
暗いし、怖がるかと思って窺うが、ほのかは笑ってやがった
警戒心の欠片もないことに少しがっくりとした

「ふあっ!何々!?」
「ちょっとこの崖登るからじっとしてろ。」
「ええっ!?ウン、らじゃっ!」

小柄なほのかを抱き上げて、ちょっと足場の悪い坂をかけ上がる
ほんの1,2分で見晴らしのいい場所へ着いたので下ろしてやる

「ここなら眺めがいんじゃねぇか?」
「わっホントだー!なっつんでかしたのだ!!」
「偉そうなんだよ、オマエは・・」
「あっナイスタイミングだよ、始まったよっ!」
「こら、足場が良くねぇから!」
「わわっ!?わー・・危なかったのだ;」
「じっとしてろ。ってか掴まってろよ、もう・・」
「ウン、ごめんよ?怒らない怒らない、ねっ!?」
「ホラ、やってるぞ。」
「うおっ!わーっ!!たーまやーっ!」
「・・やっかましいな・・耳元で;」


打ち上げの花火が夜の空を明るく照らす
傍ではしゃぐ声も明るさを増している
一瞬で咲いては耀き消えてゆく この寂しい風景を
何故人は楽しそうに眺めるのだろうかと思っていた
後に残る静寂との対比に 誰も無口になったりしないのか
美しい瞬間は全て幻だったのだと刻みつけるかのようなのに・・


「なっつん、綺麗だったねぇ・・もう終わりかぁ・・なっつん?」
「・・・あんだよ?うるせぇな。」
「どしてそんな顔してるの?花火キライなの・・?」
「別に。終わったみたいだから、下りるか。」
「あっあのさ、また見に行こうね。お祭りも行こう!?」
「終わったばっかでまた次かよ。」
「だって・・ねぇ、一緒に見よ?また二人でさ。」
「はいはい・・なんて顔してんだオマエ・・」
「なっつん、ほのかじゃあ・・ううん、ダメでもいいから一緒に居てね!?」
「何言ってんだよ?オレは・・そんなに心配なのか?」
「そうじゃなくて・・なっつんにも楽しいって思って欲しくて・・その・・」
「・・結構楽しんでるから。心配すんなって、もう。」
「・・ウン・・なっつん・・」


ほのかが小さな子がせがむようにオレに手を伸ばしたからそのまま抱きしめた
不安にさせて悪かったなと思いながら 少し強く 髪を梳きながら
抱いていた身体からふっと力が抜けたとき ほっとして胸が熱くなった
ゆっくりと離すときほのかがオレの頬に唇を乗せた


「・・コラ、何すんだよ。」
「え?!・・えへへ・・その・・お礼。ここに連れて来てくれたから。」
「ばぁか・・らしくねぇっての。」

お返しに掠めた頬に驚いて手を添えるほのかが大人びて見えた

「な、なっつんだって、らしくないことするじゃん!」
「お返しだ、やられっぱなしが許せないんでね。」
「あはは!なっつんって負けず嫌いだよねぇ?!」
「・・・まぁな。」


もう花など咲いていない空を見上げても虚しさは襲って来なかった
この目の前でオレを気遣うヤツのおかげなのかもしれない
オマエがオレに伝えようとしてくれたように、オレも伝えていこう
寂しくなんかないんだと オレはもう一人孤独に耐えることなどない
眼を閉じると鮮やかなほのかの笑顔が消えずに残っていて無性に嬉しかった







補足させていただきますと、二人の間にあるのはまだ『恋愛感情』ではなく、
『友愛』の域を出ていないと思って書いています。力不足を痛感します。
少しでもその微妙さを汲み取っていただけたらなぁと思いつつ・・・