「気付く」 


気付きなんてのはたいていそうだ。
不意を突き心と体をホールドする。
それに気付いた後の方が問題だ。もしそれが
独りではどうしようもない状態だった場合は
救いの手を求める以外に選択肢がない。



「おう、谷本。最近大変そうだな?」
「何のことだ。」
「ほのかだよ。モテ期到来ってか?!クク・・育ってきたからな。」

お約束ってヤツだろうから、取り合えずぶん殴った。
しぶといからそんくらいでは死にやがらねぇ。むかつく。
厭らしい言い方しやがって。まぁ男なんて誰しもそうなんだが。
ほのかが育ってきたなんてこと、このオレが一番知ってるんだよ。
確かに厄介なことだ。面倒事が増えた。新島に同情されずともだ。

だからってオレにどうしろっていうんだ。

苛々が募るんでほのかの兄を殴ってやろうと思った。
顔立ちは勿論、のんびりと平和な面が心底むかつく。
いくらでも殴れそうだなと観察していると妙なことを訊かれた。

「ほのかと何かあったの?最近君んちに行ってないんだって?」
「・・試験があるとか言ってたが・・本人からか?」
「梁山泊には相変わらず来てるよ。なんか元気なかったし・・」
「あいつ学校で何かあったんじゃねぇのか。訊けよ、兄なら。」
「なんでもないって、言わないんだ。だから君なら何か知ってるかなと思って。」

兼一を殴るのは保留にした。あいつがうちに来るのを嫌がってるとか
どういう了見だと怒りが込み上げた。これまで散々人んちで好き勝手して
このオレを下僕並みに扱って世話を焼かせ、あまつさえ・・いやそれはともかく
あのガキを殴るわけにもいかないが、少々お灸を据えたい気分だった。

だがそうじゃないと思い出した。オレの方から来るなと言ったんだ。
以前は単純に関わるなという意味で言っていたが、こないだのは違う。
何かの拍子にあいつの胸元が押し付けられたときだったか・・・

「オマエさ、もう一人でここに来るのは止めといた方がいい。」

それまでは同じような台詞を全く気にしなかったあいつなのに
珍しく黙ってオレを見詰めていた。明らかな警告だとわかっていた。

「・・でもさ、なっちはほのかのこと、そんな風に見てないじゃないか。」

そう言って目を反らした。その次の日からあいつは来なくなったんだ。
心当たりがあるとすればそれしかない。ならば、原因はオレだ。

新島が言ったことも気に掛かった。学校のクラスメイト、部活の一員。
今までに聞いただけでもほのかに気の有る男の数は増えていっている。
あのなんの危機感も警戒心もないほのかを放置していると思うと胃が痛い。

なんだってオレがこんな思いを。だいたい、このオレを・・・

・・・オレヲ・・?・・・サシオイテ・・?!


なんだか知らんが目の前が暗い。貧血とかいう現象かもしれない。
立っているのに地面が感じられないのはどういうことだ?目が眩む。
それはまるで地底の奥深くへと滑り落ちていくような感覚だった。
気付いたときは奈落という所だったかもしれない。つまりどん底だ。
どうやって這い出たらいいのか、うまく頭が働かなかった。
落とし穴に落とされたみたいだなと、しばらくしてそう思った。


深い闇底に落っこちたみたいなオレはその後をよく覚えていない。
気付いたときには落ちていたし、また次に気付いたとき、
前方にはほのかの学校があって、オレは呆けっとそこに立っていた。

「・・・何やってんだ?オレは・・」

ぼんやりとこんなとこに立っていたら職質されそうだ。
それは免れても下校時にはここは生徒だらけになるはずで
面倒くさい。ほのかがとっとと出てくればいいのにと思った。
案外早く、誰かに言われて走ってきたようだが、やってきた。

「なっち!?・・何か約束してたっけ?」
「いや・・それより帰るぞ。」
「帰るって・・なっちん家・・?」
「ここんとこ避けてた理由を聞かせろ。」

ほのかはぐっと詰まりやがった。やはり図星だったのだ。
苛々を表に出さないくらい得意なものなのに、そうしなかった。
オレの素顔なぞとっくに知っているからほのかは怯えない。
睨みつけられて口を引き結んだまま、オレの後をついて来る。
すんなり従ったのは後ろめたいからか?などと穿ってしまう。
ほのかがこれほど長いこと黙っているのは珍しい。それも俯いて。
結局家のすぐ前までそうしていたほのかは突然立ち止まった。

「・・・なっち、お家じゃなくここじゃダメ?」
「家で二人きりになるのが怖いのか?今さらだな。」
「怖いことないよ。来るなって言ったのそっちじゃないか。」
「そうだな、一応あれが警告だとわかったから自重したんだろ?」
「・・・ほのかが急に来なくなって寂しかった?」
「寂しかねぇが・・オマエにしちゃはっきりしねぇから・・苛々した。」
「試験はほんとだよ。今日終わったから来ようと思ってたんだけど・・」

背中越しの会話を遮り、オレはほのかの方へ振り向いて対面した。
少し驚いたようだが、いつも通り怖がっているようには見えなかった。

向き直った後、オレは不機嫌を隠さずほのかのことを見下ろしていた。
身長はそれほど変わらないが、確かにほのかは女らしくなったと思う。
自然とスキンシップも減った。触れるのに躊躇するくらいは女だと感じるからだ。
いつから・・いつまで。一緒にいるだろうと漠然と考えた。その答えが
眼の前で突きつけられそうになっているのかと思うと身構えてしまう。
ほのかも言葉を途中で切ったまま、黙ってオレを見上げていた。

「来たくないなら来る必要はない。これを機に来ないと決めたならそう言え。」
「そしたら・・会いたいときはどこかで待ち合わせるの?それとも・・」
「顔も見たくないってんなら会わない。そう言いたいんじゃねぇのか?はっきりしろ。」
「そんなこと言ってない。ほのかはこれまでみたいになっちに会いたいよ。」
「男でも出来たのかと思ったぜ。それなら来たくない理由は明確だからな。」
「ちがっ!・・話を飛ばさないで。家に来るなと言った訳を聞かせてよ!?」
「普通に考えて二人だけで家にこもってたら・・世間体って知ってるだろ?」
「お嫁に・・行けなくなるとか?」
「そうだな。そう言われても仕方無い。それともそういう関係が望みなのか?」
「なんでそこで逆切れするかなぁ!?誤魔化すのやめて!」
「・・オマエ誰かに惚れたことあるか?兄キ以外で。」
「また話飛ばす・・あるよ。なっちは?」
「ない。いや、なかった。」
「・・え・・?」
「気が付いたら落っこちてたって感じだな。自分が間抜け過ぎて笑っちまうぜ。」
「好きに・・なったひとがいるの?ヒドいっ!!」
「酷いだと!?」
「ならないって言った!ほのかに誰か特別な人ができるまで誰のことも好きに」

泣きそうに顔を歪ませるバカを黙らせるために口を塞いだ。オレも大概バカだ。
黙らせて直ぐに離した。それから大声で叩きつけてやった。

「・・なっちまったもんはしょうがねぇだろ!?」
「・・うーっ・・!!なんだいそれぇ〜・・!?」
「唸るなよ。そっちこそどういうリアクションだそれは。」
「ほのかのこと好きなの!?何度も訊くの疲れたよ。いい加減正直に言って!」
「気付いたのはついさっきなんだよ。悪かったな!」
「はい!?だからほのかに会いに来たの?」
「で、いつまでここで怒鳴り合ってんだ。家に入るか?どうすんだ?!」
「・・ちょびっと身の危険感じるんだけど。」
「今頃やっとかよ。」
「好きってそれだけ言ってくれればいいのに・・なんで?」
「唐突にそんなこと言えるかよ。」
「ほのかのことじっと見てるときは・・好きなのかなぁって思ってしまうし・・」
「そんなエロい目では見てないと思うが。」
「またそういう・・真面目に答えて!」
「好きだ!・・こんな単語一つでそうと信じられるってのがわからねぇ。バカか?」
「拗ねることないのに・・なっちって時々子供みたいだよね。」
「そういやオマエよくバカにしてくれるよな?ホントにオレのこと好きなのかよ!?」
「なっちだってほのかをバカにするくせに!嫌いだなんて言ったことないでしょ!」
「オレのこと好きなら全部好きになれよ!でないと不公平だろ!?」
「不公平とな!?」
「オレはオマエの我侭でガキくせえとこから、なんもかんも全部気に入ってんだよ。」
「それっていつから?ずっと好きだったの?!なにかなこの逆ギレ告白!?」
「さっきまで気付いてなかったんだって言ってるだろ!細かいこと言うなうるせぇ。」
「えっと・・・うーんと・・あの・・もしかしてさっきから・・」
「気が付いたら色々と腹が立ってきた。オレはなぁ結構前から好きだったんだよ!!」
「うあ・・・ありがと。嬉しい。じゃ、じゃあこれからも、ヨロシクね?」
「あ、あぁ・・宜しく頼む。・・・」

逆ギレ・・していたのだろうか?苛々も何もかもぶちまけた。
こんなことができる存在はほのか以外にはない。それはわかっていた。
ふっと肩から力を抜くと、ほのかが可愛い顔に似合う普段の笑顔でオレを見ていた。
あぁ、なんだ。そうか。やっぱりオレは・・・当たり前過ぎて気付かなかった。
むかついてイラついて、腹が立ってどうしようもないこんなときは

どうしようもない状況で救いを求めることは間違ってない。
それにオレをすくいあげることのできるヤツは他にいない。


足元はもうしっかりしている。視界もクリアだ。ほのかがここにいる。
それとまた一つ気付いたというか、気付かされた。オレは手が早いのかもしれない。
さっきのではキスだとは言えない。ちゃんとしたのがしたい。したくて堪らない。
また落っこちるんだろうか?ほのかの手を取って二人で落ちてもいいのか?
どちらも落ちてしまったら、誰がすくいあげるのだろう。いや・・・
オレはどうかしてしまった。二人なら飛べるんじゃないかなんて思っている。
どうしようもないオレにした落とし前は、落としたヤツにきっちりつけてもらおう。

          もう 離さない







やっと気付いた。