「かわりないもの」 


昔お兄ちゃんはいつもほのかをまもってくれてた。
今より強くなかったけれど、ちゃんと約束どおりに。

そんなことをつい口に出してしまってちょっと後悔した。
黙って傍にいた人をそうっと振り返った。聞こえていたと思う。
私がこっちを向くのを待ち構えていたように返事があった。

「今だってオマエのためならそうするだろ、アイツは。」

普段はちっとも好きじゃないみたいなことを言う人なのに、
答えはほのかの兄を良く知っていて、庇ってるみたいだった。
優しいからそういう意味も含んでるんだろう。私のためでもある。
遊びに行った帰りに通った河原はとても綺麗な夕日だったから、
懐かしい昔をつい思い出してしまうのは私だけじゃないはず。
私が後悔したのは、目の前の優しい人が連想してしまうと思ったから。
彼もまた兄で、妹さんを大事に守っていたのだ。それなのに・・・
でも口にしてしまったらお終いだ。もう取り消すことはできない。
私の言ったことに辛い想いを浮かべただろうかと胸は鋭く痛んだ。
それなのに、フォローの言葉が出てこない。それどころか、

「でも今は・・お兄ちゃんには一番に守りたい人がいるの。」

どうしてこんな無いものねだりで子供みたいなこと言ってるんだろ。
僻んでいてみっともない。自分でもそうわかってるのに甘えてしまう。
私を甘やかすのが上手な人にどんどんかっこ悪いところを知られてしまう。
わがままも勝手もきいてくれる。だけどこれは違うよね、八つ当たりだ。
だから優しいことを言わないで、と心で願った。勝手すぎる願いだけど。

「順番なんか付けられることじゃねぇ。わかってるんだろ?」
「ウン・・ごめん。ほのか・・愚痴っちゃった。」

最後の方の声がかすれた。泣いちゃだめだ!みっともないよ、ほのか。
そう自分で突っ込んでみたけれど、涙が一粒止められずに零れて落ちた。

「兄キじゃねぇと・・ダメなのか?」
「ほのかが一番って人、見つけるしかないよね!?」
「・・じゃあオマエが・・一番に守って欲しい奴が現れるまで代役してやる。」
「なっちが!?ホントに?!・・いいの?」
「楓の代わりってわけじゃねぇ。誤解すんなよ?」
「もちろん。そんな図々しくないよ。なっちはお兄ちゃんじゃないし。」
「ならオレで我慢しとけ。」
「えらく謙虚だなぁ・・我慢とか・・」
「しょうがねぇだろ。兄キの代わりにはなれないからな。」
「そうか。そうだね、ほのか代わりなんて欲しくないよ。」
「誰だってそうだ。だから代役でもいいかと訊いたんだ。」

河原の上は夕日で真っ赤だ。風も心地良くてきっとすごくロマンチックな背景。
だからだ、ほのかはちょっと調子に乗った。自己嫌悪ですっかり拗ねてたのに。
なっちに倣って謙虚にならなくちゃ。そうだよがんばれ、ほのか。ファイト!
小走りに距離を埋めるべく近寄っていって、なっちの眼の前で頭を下げた。
そして大きく深呼吸。ちょっと声が上滑りそうだけど細かいことは気にするな。
頭なんか下げてどうしたと背中で聞こえた。勢いよく頭を上げて一気に言うんだ。

「ほのかが今一番に守って欲しいのはなっちです!だから代役じゃない方がいいですっ!!」

「お願いしますっ!」と言って締めくくった。やったぁ!ちゃんと言えたじゃないか。
頭をもう一度深く下げると顔が少しにやけてしまった。だけどすぐに引き締める。
そして身構えた。”お断り”された場合、相当なダメージを食らうとわかってる。
目をぎゅっと閉じて祈った。お願い、なっち。断らないで・・!

長いこと待った。もしかするとそんなに長くなかったかもしれないけど長く感じられた。

「・・顔上げろ。バカ!」
「バ・バカはないでしょお!?真面目に言ったのにっ!」

つい文句を言ってしまった。どうしてこう考えなしに言っちゃうんだろう、私は・・
でもそんな恨みがましい台詞はスルーしてくれた。そのことにはほっとしたけれど、
思いがけない真剣な眼差しと目が合ってしまった。ど、どうしよう?心臓がっ!?
けれど反らすこともできずにいると、なっちの手がほのかの頭にのっかった。
ぐしゃっとかき混ぜるみたいに撫でられた。そのせいで首が揺れて眩暈がした。

「ちょっ・・乱暴!なっち、もっと優しく・・」

やっぱり私の口から出るのは文句だ。胸はさっきからとんでもない音を立ててるのに。
ふっと手が止まった。そしたらその手に前へと押し出されてよろけそうになった。
ぽすんと音が聞こえた。なっちの胸に引き寄せられたのだとそこでわかって慌てた。
うわわ、もう苦しいくらいドキドキしてるんだけど!どうすんの、こういう場合!?
私一人であたふたしてるみたいでちょっと悔しい。なっちの顔が見れないよ。
取り合えず胸に押し付けるように抱き寄せられているので顔は見えないのでほっとする。
更なるパニックは耳元で起こった。何々!?耳元で声ってすごく・・・あう〜!!!

「言っとくが、オレの代わりはいないからな。」
「あっ当たり前だよ。わかってるよっ!」
「そんならいい。それとオレの一番はオマエだ。」
「へっ・・?」
「オマエだけだ。忘れんなよ、覚えとけ。」
「えっと・・守りたい・・ってこと?」
「そういうことだ。」
「なんだ、謙虚に代役とか言うから・・でもよかった!」

ドキドキは継続していたけど、なんだか嬉しくなってなっちの胸に頬を擦り付けた。
なのになっちに引き剥がされた。なんなの、さっきからほのかを物みたいにして〜!?
と、また文句を言いそうになったところでなっちとまた目が合ってしまった。
あ、あれ?・・・えーとその手!ナニ!?なんでほのかの顎持ち上げ・・

「うきゃあああっ!!ナニすんの、やめろーっ!!」
「っ!!デカイ!声がっ・・」
「ふはーーーっ・・びっくりした。」
「びっくりしたのはこっちだ。・・ぷぷ・・」
「わっ笑うなっ!いきなり顔近づけるから!なっちが悪いんだよっ!」
「悪かった。調子ン乗った。けど・・くく・・・」
「そんなに可笑しい?失礼されてるよ、私。」
「すまん。つい・・」
「んもう!いつまで笑ってんのさ。怒るよっ。」
「こんくらいで済ますつもりだったんだ、信じろよ。」
「え?なにを!?」

頬に触れたのはなっちの唇だったんだ。よくわかんないけど。一瞬だったし。

「許せ、こんくらいは。ダメか?」
「・・まぁ・・これくらいならね。許してあげないこともないよ。」
「ぷっ・・さんきゅ。」
「あのさ、・・ひょっとしてバカにしてる?」
「悪意なんかない。オマエが・・面白いから。」
「誉めてないじゃん!」
「バカにしてるわけでもないぞ、ホントだ。」
「んもう・・せめて気を遣って”面白い”を”可愛い”に変換してよ。」
「・・自分で変換しとけ。」
「なんでよ、たまには言ってみたら、そういうことも。」
「オレはオマエが気を遣わないで済むとこも気に入ってんだよ。」
「そりゃまぁ、なっちがほのかのこと可愛いとか言い出したら・・気持ち悪いね。」
「気持ち悪い!?オマエも気ぃ遣ってねぇよな、絶対。」
「ウン。わー想像するんじゃなかった。気持ちわる〜!言わないでね、なっち。」
「ヘンな女。」
「フンだ。そんなこと言ってそこも気に入ってるんでしょお!?」
「まぁな。」

やられっぱなしで悔しいから反撃したかったのにデコピンされてしまった。
気がつくと辺りはすっかり日が落ちて、少し肌寒くなっていてくしゃみをした。
そしたらなっちが上着を貸してくれて驚いた。ぶかぶかでかっこ悪いけどあったかい。

「おー・・なんだかなっちが彼氏みたいだよ。」
「みたいでなくなるのはいつのことやらだな。」
「ん?嬉しいのそれ?笑ってるけど。」
「どっちだろうな。」

なっちがのせた手は今度は優しくて少しも乱暴じゃない。
嬉しいけどそうされると、妙に恥ずかしい。ああ、だからか。
私は最後の反撃を試みた。寂しい気持ちを正反対にしてくれたお礼も兼ねて。

「なっち、大好きだよ。ほのか一番なっちが好き。」

「・・反則!」

もしかすると成功したかもしれない。その顔は暗くてよく見えないけど照れてる!
嬉しさと幸せで笑顔が零れた。なっちも笑顔で返してくれた。二人で笑うと心地良い。
「反則ってなんだよう!?」って尋ねたら「反則は反則だ。」と誤魔化すこともしない。
手を繋いで帰ってもらうことを条件に仲直りして、河原から家路へと二人で歩き出す。
空に浮かんだ月や星と同じように、ずっとかわらないでいたい。この気持ちのままで。
私の代わりはいないと言ってくれた人の横顔を見上げながらそう思った。
この人の代わりもいないと知ってる。ぎゅっと手を握ると返事みたいに握り返されてまた嬉しかった。








また恥ずかしいものを書いてしまった・・っ!(笑)